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生体認証が切り拓く未来
DXオファリングを支える先端技術及びメソドロジー今日、生体認証は世界中の人々によって日常的に使われています。今後、生体認証があらゆるデジタルサービスを結びつけることによって、各個人に最適化されたサービスが提供されることが期待できます。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に端を発して非接触・非対面な社会へ移行するなか、特に非接触の生体認証の役割がますます大きくなっています。NECは、2021年に開催された米国国立標準技術研究所(NIST)が主催するコンテストにおいて、非接触の顔認証と虹彩認証で相次いで世界第1位を獲得し、2冠を達成しました。本稿では、DXオファリングを支えるNECの顔認証と虹彩認証の特徴、それらを組み合わせたマルチモーダル認証、更には、顔認証のコア技術の応用の可能性について紹介します。
1. はじめに
今日、生体認証は世界中の人々によって日常的に使われています。スマートフォンのロック解除は最も身近な例の1つですが、それ以外でも、オフィスやマンションの入退、銀行口座の開設、決済など、たくさんのシーンで使われています。今後、生体認証があらゆるデジタルサービスを結びつける中心的な役割を果たすことによって、各個人に寄り添うような最適化されたサービスが提供されることが期待できます。そのような世界を実現するためにも、更に安全で安心して使うことができる生体認証が不可欠です。
最近では、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に端を発した非接触・非対面社会へ移行し、非接触の生体認証の役割がますます大きくなっています。そのようななか、NECは、2021年に開催された米国国立標準技術研究所(National Institute of Standard and Technology:NIST)が主催するコンテストにおいて、顔認証と虹彩認証で相次いで世界第1位を獲得し、2冠を達成しました1)2)。
本稿では、NECの顔認証と虹彩認証の特徴をそれぞれ第2章と第3章で説明します。第4章では、それら2つの生体認証を組み合わせて圧倒的な認証精度を実現したマルチモーダル認証について紹介します。更に、第5章では、顔認証のコア技術を発展させることによって、ヘルスケアの観点から各個人に寄り添う応用についても述べます。
2. 顔認証技術
前述した通り、近年、顔認証の利用が急速に拡大しています。これには非接触での認証が可能であることなどの顔認証の利便性の高さが大きく寄与していますが、技術的に見た場合、一般的に利便性と精度は相反する場合が多く、利便性を損なわずに認証精度を確保することが顔認証技術の大きなポイントになります。また、利用が拡大するにつれて、精度だけでなく顔認証を安全・安心に利用するための技術も重要になってきています。顔認証の場合は他人の写真などを用いて他人になりすます行為への対策が重要です。また、顔認証では個々人を認証するためのデータ(特徴量)を用いますが、これがそのまま漏えいすると利用者のプライバシーに重大な影響を与えるので、このような状況に対応するプライバシー保護の技術も重要です。
第2章1節ではNEC顔認証の認証精度面での特徴を、第2章2節ではなりすまし対策に向けた技術を、第2章3節ではプライバシー保護に向けた技術について紹介します。
2.1 NECの顔認証の特徴
近年、深層学習の進展により顔認証の精度は各段に向上してきました。この精度向上が前述した顔認証の利用の拡大を支えていますが、特に高い精度が要求される分野も存在しており、顔認証の精度向上は依然、重要です。
このような状況のなか、NECの顔認証はNISTが実施するベンチマークテストで世界第1位の精度を獲得しました。特に、多人数に対する大規模な認証、及び撮影後10年以上経過した顔画像と現在の顔画像とで行う経年変化の大きな場合の認証を強みとしています。
ここで高い精度を持つNEC顔認証の技術について説明します。図1は顔認証の中核である顔照合の処理の流れを示しています。顔照合は、画像から検出された顔画像を入力として個人を識別するために最適な数値列である特徴量を抽出します。この特徴量をいかに最適に計算するかにより顔認証の精度が大きく変わってきます。NECの顔認証は、この特徴量の算出において、「本人」と「似ている他人」の違いを最大限強調する独自の方式を用いており、ここが高い精度を実現する技術面での特徴となります。
2.2 なりすまし対策に向けた技術
なりすましとは他人の写真などを用いて他人になりすます行為ですが、このなりすましに用いる手段としては、写真1に示した写真やディスプレイ、及び変装用の3Dマスクの3つが主な手段となります。したがって、なりすまし対策としてはこの3つの手段すべてを検知し、排除する技術を開発する必要があります。
NECは、3つのなりすまし手段すべてを高精度に検知する技術を開発しています。なりすまし検知の精度基準についてはISO規格(ISO/IEC 30107-3)で定められており、NECのなりすまし検知は2021年9月に国内企業としては初めて、国際的な独立系第三者品質保証機関による試験において本ISO規格に適合することが確認されました3)。
2.3 プライバシー保護に向けた技術
顔認証の特徴量は、顔の特徴が圧縮された数値列です。この特徴量から元の顔画像を復元することはほぼ不可能ですが、顔認証のアルゴリズムも同時に入手すれば不可能ではありません。なりすましなど、認証以外の目的で特徴量が利用されることを防ぐ必要があります。
NECでは、このような不正利用を防ぐ技術として、キャンセラブル顔認証技術や秘匿顔認証技術を開発しています。前者は、特徴量を「鍵」を用いて不可逆に変換し、これをシステムに登録して顔認証に用いる技術です。不可逆に変換されているので元の特徴量を知られることはなく、また、もし漏えいしてしまった場合でも、新しい鍵を用いて変換し直すことにより漏えいしてしまった特徴量は無効化されます。また後者は、特徴量を暗号化したまま照合結果を計算することにより、特徴量を強固に保護する技術です。
3. 虹彩認証技術
虹彩は、目の中心に位置する瞳孔を囲むドーナツ状の部分を指します。虹彩は、個々人で固有のパターンを持ち、生涯不偏と言われ、また、角膜に覆われているため損傷しにくいことから生体認証に適した部位です。第3章では、虹彩認証の基本となる虹彩照合技術について紹介します。そして、歩いてくる人の虹彩をとらえ、瞬時に本人か否かを判定するウォークスルー型虹彩認証技術について紹介します。
3.1 虹彩照合技術
虹彩照合では、虹彩領域における微小なパターンを特徴として、登録画像と照合画像の2枚の虹彩画像を比較することで、本人か否かを判定します。NECの虹彩照合技術は、強みとするAIを活用した認証技術を駆使し、実用場面で頻繁に発生するさまざまな外乱により品質低下した画像に対して頑健に高い認証精度を実現できることが特徴です。なお、NECの虹彩照合技術は、NISTが実施している虹彩認証技術のベンチマークテスト(IREX 10)にて世界第1位を獲得しています。
3.2 ウォークスルー型虹彩認証技術
虹彩認証では、直径約12mmの虹彩における微小なパターン(模様)を特徴として用いるため、顔認証の約25倍もの高い解像度(10~15.7画素/mm)で虹彩画像を撮影します。NECでは、虹彩認証をより利便性の高いものにするため、ウォークスルー型での実現を検討しています。ウォークスルー型で虹彩認証を実現するためには、図2に示したように、ピント位置をカメラからやや離れたところに設定し、このピント位置を通過する瞬間の虹彩をブレることなく高品質な画像として的確にとらえる必要があるため高度な虹彩センシングが要求されます。
図3は、虹彩センシングの処理フローを示しています。歩いてくる被認証者がピント位置付近を通過する際に連続撮影した目周辺の画像群から認証に適した画質を有する画像を選択する画質評価技術、高速かつ高精度な目位置検出技術、そして、照明の反射などの外乱に頑健に虹彩領域を検出する虹彩検出技術を開発し、これらの技術を統合した虹彩センシングを実現しています。
虹彩センシングを活用したウォークスルー型虹彩認証システムでは、速度1m/秒で歩いてくる人の虹彩をとらえ、瞬時に本人か否かを判定することができます。
写真2は、ウォークスルー型虹彩認証システムにより、歩行者を虹彩で認証する様子を表したものです。本システムでは、被認証者に立ち止まらせることなく歩いたままでの認証を提供できます。本システムは、ユーザーに負担を与えることなく、高いスループット(1分間に約20名)で高精度な個人認証を実現できることから、短時間に多く人々の入出管理が必要な重要施設への入出管理に応用できます。
4. マルチモーダル認証技術
顔認証と虹彩認証を組み込んだマルチモーダル生体認証端末について紹介します。
NECのマルチモーダル生体認証端末は、高い利便性によりさまざまな用途で導入が加速している顔認証技術と、高度な個人識別が可能な虹彩認証技術を統合することで、他人受入率100億分の1以下を実現する認証を可能にします。また、身体的特徴の多様性への対応が必要な大規模システムや厳格な本人確認が必要な利用環境において、安定した高い精度で高速な認証を行うことができます。
本認証端末は、利用者の身長に合わせて内蔵カメラが傾きを自動調整し、顔や目の位置をとらえて顔と虹彩の検出を同時に行い、照合したスコア結果から本人確認を行います。
これまで顔情報と比較して取得が難しかった虹彩を確実かつ高品位にとらえるために、顔情報から虹彩の位置を素早く正確に特定し、ピントや照明を瞬時に自動調整します。これにより、個々に身長が違っても利用者に負担をかけることなく、約2秒間での高速な認証が可能となります。
本認証端末は、国や社会などでの大規模人数を対象としたシステムでの活用や高いセキュリティを求めるオフィスへの入退室、また衛生面に配慮した服装やマスク着用が必要な食品工場、工場内のクリーンルーム、医療現場での入退室、更にはATMでの本人確認や店舗での迅速な決済など、さまざまな用途での広がりが期待されます(写真3)。
5. 顔認証のヘルスケア応用
顔に心身の健康や感情などにかかわる何らかのサインが表われることがあります。顔認識技術には、顔の特徴だけでなく、視線を検出したり、虹彩、瞳孔を正確にとらえたりする技術もあります。顔をますます正確にとらえられるようになれば、顔色の変化、顔の動き、まばたき、瞳孔の大きさ、虹彩の動き、表情など、さまざまな情報を得られます。これらをもとに、生理情報や内面状態を知ることができれば、心身の健康状態を判断するきっかけになります(図4)。
このような顔認証のヘルスケア応用は、幅広い事業に活用できる可能性があります。企業では、社員の出社時や在宅での体調管理に使えます。空港では、出入国の際の体調チェックで感染症対策はもちろん、さまざまな用途に利用できます。車を運転するときには、ドライバーの体調変化をいち早くつかむきっかけになります。高齢化する社会で一人暮らしの高齢者が増えるなか、見守りのニーズにも対応できます。更に、既に一部で運用が始まっている遠隔医療でも、医師にさまざまな情報を提供できるようになれば、診察の精度は更に高まることが期待できます。
6. むすび
本稿では、世界第1位を獲得した顔認証と虹彩認証の技術とその応用について説明してきました。今後、高い信頼性が求められる利用シーンの拡大を目指し、研究開発に取り組んでいきます。また、生体認証で培った技術をヘルスケアなどへ幅広く応用していきます。
参考文献
執筆者プロフィール
NECフェロー
バイオメトリクス研究所
技術主幹
バイオメトリクス研究所
主幹研究員
バイオメトリクス研究所
所長代理
バイオメトリクス研究所
プリンシパルクリエーター
セキュアシステム研究所
主任研究員