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NEC技報の歩み
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NEC技報のはじまりは、NECの創業まもない1902年5月に創刊された、総合PR誌『日本電気月報』にまで遡ります。これまでのNEC技報の歩みをご紹介します。
記載されている技術は製品に採用されているとは限りません。
製品が掲載されている場合は、販売を終了している可能性がありますので別途ご確認ください。
はじまりは1902(明治35)年
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現在の『NEC技報』の原点である、総合PR誌『日本電気月報』が創刊されたのは、今から100年以上前の1902年のことです。
日本電気株式会社の設立(1899年)から3年目に創刊された『日本電気月報』は、総合PR誌として、技術動向の解説やNECの取り扱い製品が紹介されました。
そのほかにも、「漫録」として一般寄稿による随筆や詩歌を掲載し、「彙報」として国内外の業界の話題を掲載するなど、読み物としても楽しめる企業雑誌でした。
創刊号には、本誌発行に向けた思いが、次のように語られています。
発行の目的(『日本電気月報』創刊号より抜粋)
斬新なる電気の効用を平易なる文字を以て説明を與へ、奇抜なる機械の応用を、広く世間に紹介し、需むる者需めらるる者の間に立ちて、双互の便宜を謀り、且つ最近に於ける電気商品の一斑を斯業者間に報道して、彼我の共益を計らんとす、これ本誌発行の目的也。
「漫録」や「彙報」など読み物として楽しめる記事が掲載されていた背景も、この発行の目的の言葉からうかがい知れます。そして「平易なる文字を以て説明」というモットーは、現在の『NEC技報』にも受け継がれています。
技術論文誌としての第一歩
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新商品と新技術をお客様へ紹介していた『日本電気月報』は、新たに社内技術を発表する雑誌としての再出発を図っていました。その準備のさなか、1923年に関東大震災が起き、社会的に困難な時代を経ながら、1924年5月にPR・技術誌『日電月報』が創刊されました。
総販売部長 松代松之助は、『日電月報』の発行に当たり、次のような言葉を寄せています。
発行に就いて(『日電月報』初号より)
日進月歩の電気用具に関して一日も早く之れを一般社会へ知らせると云ふ事は私等の義務であると自覚して居ります之れが為め日本電気株式会社より四季報を発行して電気技術上の新智識を世間へ放送する計画をして居りますが資料は澤山にありますけれども之れを編纂する人手が不足の為め未だ其実行に至りませぬ
所が我取引先の諸君より稀に大飛躍をするよりも寧しろ屡々小飛躍をする方が便利であるし又之れを歓迎すると云ふ御懇望が続々御座いますから兎も角も小冊子を発刊して御参考に備へる事に致します。
係の者が随分誠意をこめて発刊します此小冊子を何うか隅から隅まで漏なく御熟覧の栄を賜はる様お願ひ申し上げて置きます
技術を重視する社内の気運の高まりと、NECの最新技術を速やかにお客様へご紹介したいという強い思いが感じられ、同時に技術論文としての第一歩を踏み出したといえます。