Japan
サイト内の現在位置を表示しています。
世界最高性能の薄膜太陽電池パドルの開発
未来の社会を支える最先端技術 ~ 宇宙で活躍する先端技術人工衛星に搭載される太陽電池パドルには、できるだけ軽量で大電力を供給できる性能が求められます。そこで、NECは国立研究開発法人宇宙航空研究機構(JAXA)様と連携し、世界最高レベルの発生電力質量比150W/kg以上を目標とした、薄膜太陽電池パドルの開発を進めてきました。新しい構造方式により大幅な軽量化を実現した薄膜太陽電池パドルは、地上実証モデル及び軌道上実証モデルにより、目標とした性能が確認されています。こうして開発された薄膜太陽電池パドルは、深宇宙探査や、数百機規模のコンステレーション衛星など、さまざまな宇宙開発での活躍が期待されます。
本稿では、薄膜太陽電池パドルの特徴、軌道上実証などの開発実績、今後の取り組みについて紹介します。
1. はじめに
NECの人工衛星開発は、1970年に打ち上げられた日本初の人工衛星「おおすみ」からはじまり、サンプルリターンで大きな話題となった小惑星探査機「はやぶさ2」など、多種多様で豊富な実績があります。
太陽電池パドルは、太陽光を電力に変換し人工衛星に電力を供給する重要な機能がある機器であり、これまで人工衛星の要求に合わせて、さまざまな太陽電池パドルを開発してきました。昨今の太陽電池パドルには、「軽量」で「大電力」を供給できる高い「発生電力質量比(W/kg)」が求められています。
そのような背景のなか、薄く柔軟に曲げられるという独自の特徴を持つ「薄膜太陽電池セル」を有効活用することで、世界最高レベルの発生電力質量比(W/kg)を目標とした薄膜太陽電池パドル(以下、薄膜パドル)の開発を2009年から開始しました(図1、2)。国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様ご協力のもと開発を継続し、2019年に軌道上実証モデルが打ち上げられ、宇宙空間での性能を確認しています1)。
本稿では、完成した薄膜パドルの特徴と軌道上評価などの開発実績及び今後の取り組みについて紹介します。
2. 薄膜パドル概要
2.1 開発目標
薄膜パドルの開発目標は、世界最高レベルの性能となる発生電力質量比150W/kg以上です。図3に示すように、現在主流の太陽電池パドル方式の2~3倍の性能向上になります。
2.2 開発コンセプト
薄膜パドルは今後の拡販を考慮し、次のコンセプトにより他社との差別化を図りました。
1つ目は、従来のパドルから衛星取付インタフェースを継承し、容易に置き換えができる方式です。他社の高性能パドルは、ロールスクリーンのように太陽電池セルを丸めて収納するなど独自の方式としており、搭載する衛星側も従来のインタフェースから変更が必要となります。それに対し、薄膜パドルはインタフェースを継承することで、自社衛星だけでなく国内外の衛星への採用も容易にしています。
2つ目は、小型衛星から大型衛星までさまざまな電力要求に柔軟に対応できる汎用性と拡張性です。他社の高性能パドルは、大型衛星向きで大電力に対する拡張性を有していますが、薄膜パドルは、今後拡大が見込まれる小型衛星、探査機にも適合することで差別化しています。
2.3 薄膜パドルの特徴
本節では、薄膜パドルの特徴を3つ紹介します。
2.3.1 高い発生電力質量比を実現する軽量パネル
図4に示すように、ハニカムパネルは太陽電池パドル全体質量の半分を占め、軽量化の効果が高い部位です。そこで、薄膜パドルでは図5(b)に示すように、太陽電池セルを支える最低限の骨組みのみを残すことで、図5(a)に示す主流の平板パネルから大幅な軽量化を行いました。
また、単純に平板パネルをフレーム化するだけでは強度・剛性が低下してしまうため、パネルにわずかな曲率を持たせて、薄く柔軟に曲げられる特性を持つ薄膜太陽電池セルを実装することで、太陽電池パドルに求められる強度・剛性と軽量化を両立しています(特許第6213806号、6399391号)。
2.3.2 高い拡張性
薄膜パドルは、小型から大型まで幅広い人工衛星に搭載できる高い拡張性を有しています。具体的には図6に示す(a)の標準サイズを基本とし、(b)の2倍サイズや(c)の4倍サイズのように、拡張することができます。また、最大12枚までパネルを組み合わせることが可能であり、衛星の電力要求に柔軟に対応します。
2.3.3 3Dプリンタ製の軽量機構部品
小型化、軽量化を図るために複雑な形状となった一部の部品については、3Dプリンタで製造しました。図7に、適用した部品を示します。これらの部品は、JAXA様の品質認定を受けて、初めて人工衛星に適用された3Dプリンタ製金属部品になります。
3. 開発実績
薄膜パドルは、2009年から開発に着手し、各構成品の検証を経て、2014年に軽量パネルが確立し、2015年に1翼6.5kW級相当の地上実証モデルが完成しました。その後、約2年半で軌道上実証モデルを開発しました(図8)。ここでは、各モデルの評価内容を紹介します。
3.1 地上試験評価(地上実証モデル)
人工衛星は、ロケット打ち上げ時及び宇宙空間で過酷な環境にさらされるため、地上での各環境を模擬した試験により、機器の耐性と機能性能を検証します。本地上実証モデルは、世界の主要なロケットに搭載できるように、それらの打ち上げ環境レベルを包絡した厳しい条件で試験を実施し、耐性を確認しています。図9に、主な機械系試験の様子を示します。地上実証モデルによる一連の評価試験結果により、目標とした「発生電力質量比150W/kg」の達成を確認しています。
3.2 軌道上評価(軌道上実証モデル)
TMSAP(Thin Membrane Solar Array Paddle)と称した軌道上実証モデルは、革新的衛星技術実証プログラム小型実証衛星1号機に搭載され、2019年1月に打ち上げられました。軌道上では、薄膜パドルの展開実験と薄膜太陽電池セルの発電実験を行い、2020年6月の運用終了まで正常に機能しました。図10に示す衛星カメラの画像により、展開シーケンスが事前の予測と一致したことを確認しています2)。
4. 今後の取り組み
薄膜パドルは、軌道上実証を経て、実際の人工衛星プログラムへの初採用として、JAXA様が2024年度に打ち上げを予定している深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」への搭載が決まりました。このプログラムのなかで、薄膜パドルは将来の深宇宙探査の鍵となる先端技術の1つとして挙げられており、今後さまざまな衛星・探査機への採用が期待されます。
また、2021年現在、NECスペーステクノロジー株式会社と協力して、民生部品の適用による低コスト化、量産ライン構築による生産能力向上に取り組んでいます。本取り組みにより、今後、製品の魅力を更に高めることで、数百機規模のコンステレーション衛星への採用を目指しています。
5. むすび
本稿では、新たなコンセプトに基づき開発した薄膜パドルについて紹介しました。従来の発想にとらわれずに極限まで軽量化することで、世界最高レベルの発生電力質量比「150W/kg」を達成しました。今後、低コスト化や生産能力向上を進め、多数の衛星に活用することで、宇宙開発の発展に貢献します。
本開発にご指導いただきましたJAXA様に深く感謝し、お礼を申し上げます。
参考文献
- 1)小林拓郎ほか:革新的衛星技術実証プログラム小型実証衛星1号機搭載軽量太陽電池パドルの構造・機構系設計と開発,第61回構造強度に関する講演会講演集,JSASS-2019-3070,2019
- 2)内田英樹ほか:革新的衛星技術実証プログラム小型実証衛星1号機搭載軽量太陽電池パドルの軌道上展開実証と展開挙動,第61回構造強度に関する講演会講演集,JSASS-2019-3071,2019
執筆者プロフィール
宇宙システム事業部
主任
宇宙システム事業部
主任
宇宙システム事業部
マネージャー
NECスペーステクノロジー株式会社
技術本部
マネージャー