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はやぶさ2 システム設計と運用結果
未来の社会を支える最先端技術 ~ 宇宙で活躍する先端技術NECは、小惑星探査機「はやぶさ2」のシステム設計/インテグレーション/試験/運用支援を行うのみならず、構造/熱/電源/通信/データ処理/姿勢軌道制御/イオンエンジン/電気計装/サンプラサブシステムのまとめを行い、これらサブシステムの構成要素はもちろん、観測機器の一部も供給しました。「はやぶさ2」においてNECが果たした役割を振り返るとともに、小惑星近傍での運用シナリオ/運用結果と、その成功要因についてまとめました。
1. はじめに
小惑星探査機「はやぶさ2」は、「はやぶさ」初号機同様、NECが多くのサブシステム/機器を供給し、システム設計/インテグレーション/試験/運用支援までを行った探査機です。初号機に比べ、信頼性向上、機能性能向上を図っています。2014年12月に打ち上げられた後、2018年6月~2019年12月に小惑星「リュウグウ」近傍運用を行い、2020年12月に再突入カプセルが地球帰還を果たしました。本稿では、「はやぶさ2」のシステム、運用結果、成功要因について紹介します。
2. 探査機構成
図1、2に探査機外観を示します。黒丸で識別したものが、NEC担当部分です。初号機と比較すると、ハイゲインアンテナをパラボラからラジアルライン給電スロットアレイアンテナに変更したうえで、Xバンドに加えてKaバンド(ダウンリンクビットレート4倍)を搭載しています。
地球方向(=ほぼ太陽方向)から小惑星に向かうことを前提に、上側に太陽電池セルやハイゲインアンテナ、下側に小惑星観測用センサーや小惑星への分離物、サンプラホーンを搭載しています。
また、軌道変更用ΔV(速度変化)は太陽に対して垂直方向に行うことを前提に、イオンエンジン推力方向は太陽に対し、ほぼ垂直方向としています。イオンエンジンスラスタは2軸ジンバルに載せ、推力軸を重心周りで変更することにより、イオンエンジンによる2軸トルク制御を可能としています。これは、姿勢制御用リアクションホイールのアンローディング(回転数調整)などで使用します。
NECは、前述したものの他、ほとんどの内部搭載機器を供給しています。NECが担当したサブシステムを、次にリストアップします。
- (1)太陽光から電力を発生し、電圧調整/蓄電/配電/カレントリミッタ機能を提供する電源系
- (2)地球との双方向通信を行う通信系
- (3)コマンド処理/テレメトリ処理を行うデータ処理系
- (4)姿勢制御や小惑星近傍での位置制御を行う姿勢軌道制御系
- (5)地球/小惑星間の軌道制御を行うイオンエンジン(Xe供給系を除く)
- (6)ミッション系の一部(光学カメラ、中間赤外カメラ、各カメラの制御を行うデジタルエレキ、サンプラ)
- (7)人工クレータを作る衝突機や地球に帰還する再突入カプセルの電気系
- (8)探査機の各部を適切な温度に保つ熱制御系
- (9)打ち上げ時の振動衝撃に耐えて機器を保持する構体(構造系)
- (10)各機器をつなぐ電気計装
また、これらに加えて、他社担当のミッション機器、化学推進系、Xe供給系を含む、全体のシステム設計/インテグレーション/試験/運用支援を行いました。
3. 小惑星到着前のタッチダウン(TD)シナリオ
小惑星到着前に想定していたTDシナリオは、次のようなものでした。
- (1)直径100m程度の広い場所に向かって降下する。
- (2)表面同期のためにTM(Target Marker)を落とし、それを目印として使う。
- (3)タッチダウン運用の一連のシーケンスのなかでTMを落とし、すぐにタッチダウンに向かう。
- (4)表面へのアライン(地表面の傾きに探査機を合わせる)はLRF(Laser Range Finder)の4本ビームの測距データに基づいて行う。
4. 小惑星「リュウグウ」形状
到着して初めて目にした小惑星「リュウグウ」外観を、写真1に示します。全面がゴツゴツした岩に覆われ、当初想定していた100m四方の平坦な場所はどこにもありません。
その他の「リュウグウ」の特徴は次の通りです。
- (1)大きさ: 赤道直径1,004m
: 極方向直径875m - (2)自転周期: 約7時間38分
- (3)自転軸の向き: 小惑星公転面に対して、ほぼ垂直
- (4)自転方向: 地球とは逆方向
- (5)反射率: 0.05 (黒っぽく見える)
- (6)タイプ: C型(水・有機物を含む可能性有)
- (7)軌道半径: 約1億8,000万km
- (8)公転周期: 約1.3年
5. TD1に向けた対応策
想定外の状況に対応するため、次の対策を行いました。
- (1)TMをあらかじめ落とし、事前にその場所を確認しておくことで、TM相対での位置制御を(初回から)行うことにした。
- (2)極めてローカルな事前情報にアジャストする形で、ヒップアップ(探査機の姿勢を傾けて岩を回避)を行うこととした。
- (3)LRF(Laser Range Finder)の4本ビームでのローカル平面推定が岩の影響を強く受けるため、探査機に予定のローカル平面を教え込むこととした。
投下したTMとその周辺の様子を写真2に示します。
6. TD1で起きたこと
対策が功を奏し、2019年2月22日 7:29(日本時間)に、TD1を成功させることができました。しかし、「リュウグウ」表面は、またもや想定外でした。小惑星表面は非常に脆く、小惑星表面から飛び出た破片が紙吹雪のように宙を舞いました。この破片は非常に黒く、各種光学センサーのレンズを汚しました。特にLRFについては、その後の確認の結果、測距範囲が狭まり、測距特性も変わっていることが分かりました。
7. TD2に向けた対応策
TD2は、衝突機による人工クレータ生成の後、地下物質がありそうな場所に向けて実施しました。人工クレータの様子を写真3、4に示します。
TD2に向けて行った対策は次の通りです。
- (1)LRFの測距範囲/特性を事前に確認し、特性変化を搭載ソフトで補正。また、LRFの使用開始高度を下げました。
- (2)ONC-W1(航法カメラ)の曇り具合を事前に確認し、それに合わせてシーケンスをアジャスト。具体的には、TM捕捉高度を下げるなどを行いました。
- (3)結果として、LIDAR(レーザー高度計)測距範囲下限と、LRF測距範囲上限との間にギャップができましたが、タイマーで時間制限を設けるなど、入念な衝突回避対策を行いました。
- (4)基本的には機体の安全第一で、何かあればアボートして逃げ帰る設定としました。
8. TD2の結果
2回目のTDは、2019年7月11日 10:06(日本時間)に完全な成功を収めることができ、人類初となる、(1)2地点からのサンプリング、(2)地下物質へのアクセス、を達成しました。
9. 成功の要因1:入念な運用準備
「はやぶさ2」では、初号機よりもかなり手厚く、次のような準備を行いました。
- (1)降下運用の種類ごとに、運用計画書を作成。状況変化や新しいアイデアを盛り込み、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様と議論した結果を反映して何度も改版。
- (2)運用計画書に基づいて、運用日ごとに運用手順書を作成。コンティンジェンシー対応も盛り込み、すべてはこの手順書に基づいて運用。
- (3)運用手順書に基づき、パソコン上でシミュレーションを実施。探査機のダイナミクスも解いて、コマンドの正誤のみならず、パラメータの妥当性も検証。
- (4)衛星管制装置やプロトタイプモデルを組み合わせたHIL(Hardware In the Loop)シミュレーションを実施し、運用手順書を検証。
- (5)HILを駆使して、運用訓練を実施。さまざまなトラブルを出題して訓練。
10. 成功の要因2:成果を出すチーミング
次のような、素晴らしいチームで運用に臨めました。
- (1)忌憚なくものが言える関係。得意先であっても遠慮しない。自分の得意なところで貢献し、他のメンバーの得意なところを活用する。
- (2)絶対に成功させるという気持ち。変に自分を守ろうとせず、全体での成功を目指す。その方が個としても得るものが大きい。
- (3)「探査機安全確保」をしたうえで、「運用の成功」に関してはリスクを取る姿勢。安全確保のため、やりたかったことができず、アボートして帰ってきても良しとし、「気づきがあった」と喜ぶ姿勢。
11. むすび
「はやぶさ2」の再突入カプセルは、2020年12月6日に無事地球に帰還し、ガスとサンプル(5.4g)が確認されました。探査機本体は、小惑星1998KY26(直径30m、自転周期10.7分)とのランデブーに向けて順調に航海中です。到着予定は、2031年7月となります。その前の2026年7月には、小惑星2001CC21をフライバイ予定です。NECは、「はやぶさ」初号機、「はやぶさ2」の経験を生かし、小惑星探査をはじめとする深宇宙探査にこれからも貢献します。
なお、NECは、JAXA様との契約に基づき、JAXA様の指導のもと、「はやぶさ」初号機/「はやぶさ2」の開発/運用支援を行いました。感謝いたします。
執筆者プロフィール
宇宙システム事業部
プロジェクトディレクタ