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美笹深宇宙探査用地上局向け30kW級X帯固体電力増幅装置の開発

未来の社会を支える最先端技術 ~ 宇宙で活躍する先端技術

NECは国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様との契約により、長野県佐久市にある美笹深宇宙探査用地上局に30kW級X帯固体電力増幅装置を納入しました。これまで深宇宙探査機運用に必要となる大電力のX帯送信機にはクライストロンが採用されていましたが、今回国産GaN(窒化ガリウム)素子を用いた電力増幅ユニットの多段合成により、固体型としては世界で初めてとなる30kW級のX帯電力増幅装置を実現しましたので紹介します。

1. はじめに

NECは、これまで衛星及びロケット搭載機器の開発、追跡管制システムの開発、ロケット用射点、射場システムの開発をはじめ、各種関連システム/設備を担当し、衛星、ロケットから地上システムを含めたトータルシステムインテグレーションメーカーとして、宇宙開発事業に携わってきました。特に深宇宙探査機用地上局に関しては、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様臼田宇宙空間観測所に納入した送受信運用設備の整備に始まり、35年余りにわたり数多くの開発、運用実績を積んでいます。

2021年2月、臼田宇宙空間観測所の後継局として、美笹深宇宙探査用地上局が長野県佐久市に整備されました。NECは臼田宇宙空間観測所と同様、送受信設備を担当しました。

これまで深宇宙探査機運用に必要となる大電力のX帯送信機は、クライストロン型が採用されてきましたが、この電力クラスのクライストロンは供給元が米国1社に限られており、国産化が望まれていました。

NECは国産GaN(窒化ガリウム)を用いた125W電力増幅ユニットを多段合成することにより、固体型として世界で初めて30kW級の大電力増幅装置を実現しました。本稿では、この30kW級X帯固体電力増幅装置について紹介します。

2. X帯固体電力増幅装置の構成

X帯固体電力増幅装置(以下、X-SSPA:X-band Solid State Power Amplifier)の系統をに示します。

図 X帯固体電力増幅装置系統

まず、X-SSPAに入力されたX帯(7GHz帯)の信号を励振増幅器へ入力し、励振増幅を行います。励振増幅された信号は、いったん2分配され、導波管で電力増幅部#1、電力増幅部#2にそれぞれ出力されます。電力増幅部#1と電力増幅部#2では、更にそれぞれ192分配(4分配×48分配)され、電力増幅部内に実装する384本の125W電力増幅ユニット(以下、125W_PA)に入力します。電力増幅部では、1台の125W_PA当たり125Wへ電力増幅を行い、48台ごとに合成して約4.8kWの送信信号を生成します。電力増幅部一式当たり48合成器を4台実装し、4系統の4.8kWの送信信号を8合成器へ出力します。

そして、8合成器では、各電力増幅部からの8系統の4.8kWの信号を合成し、30kW級の送信信号を生成します。

X-SSPAは、各8系統の4.8kWの送信信号に対して、送信電力、反射電力をモニターするための方向性結合器を具備するとともに、8合成器出力の送信信号に対しても送信電力、反射電力をモニターするための方向性結合器を具備しています。また、8合成器以降の負荷側でなんらかの異常が発生し、4.8kWの送信信号あるいは8合成器出力の送信信号の反射電力がしきい値を超過した場合、瞬時に大電力増幅装置の出力を遮断する保護機能を有しています。

3. X帯固体電力増幅装置の要素技術

3.1 GaN素子を使用した125W_PA

125W_PAに入力されたX帯信号は、初段アンプで増幅された後、後段アンプで更に増幅されて125Wの出力電力を実現します。

初段のアンプには、住友電工デバイス・イノベーション株式会社製のGaN素子を、後段のアンプにも同社製のGaN素子を使用しています。

125W_PAの外観を写真1に示します。

写真1 125W_PA

125W_PAは、GaNを実装した電力増幅部と電力増幅部にDC電源を供給する電源部から構成されており、30kW級X-SSPA向けにNECネットワーク・センサ株式会社と株式会社多摩川電子様が共同開発しました。SSPA方式において通常課題となり得る後段アンプの発熱抑制のため、125W_PAは、デバイス性能が最大パフォーマンスとなるパワーと効率整合を行い、平均43%の電力付加効率(PAE:Power Addition Efficiency)を実現しています。

3.2 電力合成技術

125W_PAの出力は、まず48合成器に入力され、48合成されます。48合成器の外観を写真2に示します。

写真2 48合成器

入力(48系統)は同軸ケーブル、出力は導波管です。48個の入力ポートを円周上に等間隔に配置したラジアル型の合成器です。

8つの48合成器の出力を合成する8合成器もラジアル型合成器です。8合成器の外観を写真3に示します。

写真3 8合成器

これらラジアル型合成器には、NECネットワーク・センサ株式会社と日本高周波株式会社様の共同研究による既存技術を採用し、384台の各125W_PAの振幅と位相を最適値にキャリブレーションする多段合成補正により、多段合成損失が0.4dBという低合成損失(48合成器と8合成器のトータルの合成損失。間の導波管ロスを含まず)を実現しています。

3.3 水冷方式による冷却技術

125W_PAを安定的に動作させるためには、特に後段のGaN素子で発生する熱を放熱し、温度を一定に保つことが重要になります。

X-SSPAでは48個の125W_PAごとに冷却板を設けて各125W_PAを冷却板に接触させ、その冷却板を水冷することにより温度制御を行っています。

水冷のための熱交換器の外観を写真4に示します。熱交換器は東横化学株式会社製です。

写真4 熱交換器(一部)

30kW級の大電力出力であることから、導波管回路における信号損失に伴う発熱も大きいため、導波管回路も水冷による冷却を行っています。

3.4 ALC機能

X-SSPAでは、出力電力が0.3dBの範囲で一定となるように自動調整する機能(ALC機能:Automatic Level Control)を有しています。

8合成器の出力部にある方向性結合器(図)で送信電力を検出し、検出した送信電力をもとに励振増幅器の前段に設けた可変減衰器(図)により信号入力レベルを自動制御して、出力レベルを0.3dBの範囲内に保ちます。

4. X帯固体電力増幅装置の特長

X-SSPAの主要諸元をに、装置の外観を写真5に示します。

表 X-SSPA主要諸元

写真5 X帯固体電力増幅装置

今回開発したX-SSPAは、200W/2kW/20kWの3つの出力電力モードがあり、探査機運用に応じて必要な電力モードを選択します。

200W/2kW出力モードでは、稼働させる125W_PAの数をそれぞれ48台(1/8)、128台(1/3)に減らして運転を行います。

20kW出力モードでは384台の125W_PAすべてを稼働させて運用します。1台ないし2台の125W_PAが故障しても全体の電力低下はわずかであるため、運用継続が可能であり、安定した探査機運用を提供します。

また、将来的な拡張性を実現するため、電力アップ可能なSSPA合成方式を採用しています。

5. むすび

以上、30kW級X帯固体電力増幅装置について紹介しました。固体型大電力増幅装置の実現により、クライストロン型よりも安定した動作が可能となりますが、大きさや消費電力の点では、依然クライストロン型が優位です。今後更なる小型化、省電力化が期待されており、その実現に向けて研究開発を継続していく予定です。

執筆者プロフィール

中原 智勇
宇宙システム事業部
シニアエキスパート
山田 庸平
宇宙システム事業部
マネージャー
大竹 俊也
宇宙システム事業部
主任
浅尾 博之
NECネットワーク・センサ株式会社
技術開発本部
電波・センサ技術部
シニアエキスパート
泉倉 健司
NECネットワーク・センサ株式会社
技術開発本部
電波・センサ技術部
マネージャー
小東 幸助
NECネットワーク・センサ株式会社
技術開発本部
構造設計技術部
主任

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