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高速・大容量のデータ通信を実現する光衛星間通信技術

未来の社会を支える最先端技術 ~ 宇宙で活躍する先端技術

NECは、光衛星間通信技術によるネットワークを構築し、より高速かつ大容量の衛星間データ通信を実現して、衛星観測データのリアルタイム性を向上させることで、さまざまな分野へ活用していくことを目指しています。その第一歩として、2020年11月29日に打ち上げられた国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様の光データ中継衛星に搭載されている光通信装置を開発し、約40,000km離れた光地上局との間での光リンクの確立に成功しました。また、地球観測衛星に搭載する光通信装置との衛星間光通信の軌道上実証が計画されており、その後に本格的な運用が開始される予定です。

1. はじめに

光衛星間通信は、近年の地球観測衛星の性能向上に伴う観測データの大容量化・高速化のニーズの高まりや、RF通信(電波通信)に対して光衛星間通信の有する周波数の調整不要であることや秘匿性確保が容易であるなどの特徴により、世界的にも注目が高まってきています。国内でも1994年に初めて宇宙光通信実験を成功させてから2021年現在に至るまで、長きにわたり研究開発が進められています。

NECは、これまで国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様の光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS)搭載の光通信ターミナルや、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)様の小型光トランスポンダ(SOTA:Small Optical TrAnsponder)などの光通信システムの開発を通じて、光衛星間通信技術を培ってきました。

本稿では、光衛星間通信による将来の宇宙システムを紹介したのち、JAXA様の光データ中継衛星及び地球観測衛星向けに開発した光衛星間通信の特徴と技術について紹介します。

2. 光衛星間通信による将来の宇宙システム

NECは、ますます大容量化していく衛星観測データのリアルタイム性を向上させて、さまざまな分野へ活用できる社会を目指しています。そのためには、通信カバレッジを拡大して、またリアルタイム性を確保した、より高速かつ大容量の衛星間通信を可能とするデータ中継システムが必要となります(図1)。NECは、光衛星間通信技術を適用した光通信ネットワークのシステム構築を目指しています。

図1 光衛星間通信のイメージ図

3. 光衛星間通信の特徴

従来の衛星間通信は、RF通信が用いられています。しかし、RF通信は、干渉を避ける必要があり、使用するうえでさまざまな制約があります。更に、帯域も限られているため、通信の高速化が難しくなります。

光衛星間通信は、RF通信に比べて、周波数の高い搬送波で広帯域化が可能であるため、高速・大容量の通信が実現できます。更に電波干渉の影響を受けないことも大きな特長となります。

また、光アンテナは、短波長ゆえに持つエネルギーが高く小さなアンテナ径でも高利得が得られるため、RFアンテナに比べ、小型・軽量化が可能となります。衛星の軽量化は、打ち上げコスト低減に大きく寄与するため、非常に大きなメリットとなります。

光衛星間通信においては、非常に狭いビームを使用するため、通信を傍受することが困難であることから、セキュリティ面でも電波通信よりも優位となります(図2)。

図2 RF通信とのビームの違い

一方で、超長距離の通信が必要となる光衛星間通信において、非常に狭いビームであるために、相手衛星にレーザー光を照射することが非常に難しくなります。また、相手衛星に光を届けるために、宇宙の真空環境でも安定して動作する高出力の光増幅器や相手衛星からの微弱な光を検出することが必要となります。

そのために光衛星間通信で重要となるのが、超長距離通信への対応です。第4章でJAXA様のご指導のもとで開発したNECの技術を紹介します。

4. 光衛星間通信技術の概要

4.1 光捕捉追尾技術 

宇宙空間における光通信は、レーザー光がリンク確立の手段と通信の搬送波の2つの役割を果たしています。このリンク確立に必要なのが、光捕捉追尾技術です。

通信相手衛星及び自身の位置情報は、衛星軌道計算によりある程度の予測ができますが、それだけでは精度が足りず、更に宇宙環境における熱歪や衛星の擾乱の影響も受けてしまいます。そのため、相互に送信レーザー光をスキャンし、同時に通信相手衛星からのレーザー光を受光し、捕捉・追尾する技術が必要不可欠となります。

光捕捉動作においては、まず、予測される通信相手衛星方向を中心にレーザー光をスキャンします。通信相手衛星は、そのレーザー光を自身の光捕捉センサーで検知することで、相手の正確な位置を把握し、その方向にレーザー光を照射します。お互いに捕捉動作を実施することにより、最終的には通信相手衛星からのレーザー光を追尾し、更にレーザー光を照射し続ける状態に至ります。

NECは、短時間かつ確実に通信相手衛星を捕捉追尾するための捕捉アルゴリズムを開発しました。この捕捉アルゴリズムでは、シーケンスに応じて複数のスキャン形状を使い分け、スキャンごとにスキャン範囲を狭めて、精度を高めていく工夫をしています。

スキャン形状のうちの1つであるスパイラルスキャンのイメージ図を、図3に示します。このスパイラルスキャンは、螺旋状にスキャンすることにより、広い捕捉範囲を高速にスキャンすることが可能となります。

図3 スパイラルスキャンイメージ図

スキャン形状は、この他にラスタスキャン/ランダムスキャンがあり、それぞれシーケンスに応じた特徴を有しています。

4.2 光トランスポンダ(光増幅器・光変復調器)

静止衛星-地球観測衛星間では、その距離が40,000kmに及びます。信号光は長距離伝搬中のビーム拡散により減衰し、また衛星間の相対位置変化によりドップラー周波数シフトを発生させます。こうした微弱かつ不安定な信号光での所望の通信品質確保に向け、実績のある1.5μm帯の光ファイバー通信技術に、更に宇宙環境対応のための補強を行っています(図4)。

図4 光トランスポンダの構成

送信部のハイライトは高出力光増幅器です。光ファイバー通信と同様のEDFA(Erbium Doped Fiber Amplifier)を使用しますが、排熱の効かない高真空環境下での高出力特性、長期信頼性確保を目的とした複雑な実装を行っています。また、ドップラー周波数シフトの大きさを軌道情報に基づき、リアルタイムに算出し、送信光源へとフィードバックします。

受信側のハイライトは、広い温度範囲で低雑音特性を提供する低雑音光増幅器、雑音光に埋もれた信号光からでも正しく復調を行うデジタル信号処理部、及び誤り訂正符号になります。ここにも光ファイバー通信技術の粋を集めることにより、1.8Gbpsの高速信号伝送を実現しています。

開発したこれら通信用機器の衛星搭載装置として必要である振動/衝撃耐性、真空高温環境耐性、放射線耐性の確保については、長時間の過酷な試験を経て確認されています。

多様な技術を必要とする衛星搭載用光通信装置の開発は、1.5μmの光ファイバー通信技術を持つ地上通信システムの事業部門と、宇宙環境への適応や信頼性確保の技術を有する宇宙システムの事業部門との協業により進められました。

5. 光衛星間通信システムの本格運用の幕開け

今回、JAXA様のご指導のもと、静止衛星搭載用一式及び地球観測衛星搭載用二式、計三式の光通信装置を開発しました。このうち静止衛星搭載用は、2020年11月に打ち上げられた光データ中継衛星に搭載され、約40,000km離れた光地上局との間で光通信回線の確立に成功しました。これにより、日本における光衛星間通信システムの本格運用に向け、第一歩となる成果を得ています。

開発した光通信装置の構成を、図5に示します。

図5 光通信装置の構成

NECの光通信装置は、海底ケーブルやLANなどで広く用いられ、部品入手性に優れる1.5μm帯の波長を使用しています。また、世界でもトップレベルの衛星間伝送レート1.8Gbpsを実現し、従来の電波通信に比べて、7倍以上に高速化しました。

今後、2021年度以降に打ち上げられる地球観測衛星「だいち3号(ALOS-3)」と「だいち4号(ALOS-4)」に搭載される光通信装置との間で、光衛星間通信の実証や実利用が行われる予定です。更に、マルチアクセス化などの光通信ネットワーク高度化への対応や、小型軽量化や伝送レートの高速化を実現すべく、次世代の光通信技術を開発しています。

6. むすび

本稿では、NECの光衛星間通信への取り組みと光衛星間通信技術について紹介しました。今後、更なる技術開発・実証を進め、社会への貢献を目指します。

執筆者プロフィール

行實 昌和
宇宙システム事業部
主任
横田 祐介
宇宙システム事業部
エキスパートエンジニア
栗井 俊弘
NECスペーステクノロジー株式会社
第二搭載技術部
スペシャリスト

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