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顔認証を活用した新しい搭乗手続き「Face Express」(成田国際空港「One ID」)

社会システムのDXを実現する技術 ~ 空港のDX

NECの顔認証システムを活用した新たな搭乗手続き「Face Express」が、稼働開始します。空港を利用するお客様が「Face Express」を利用すると、所定の手続きで顔写真を登録することで空港でのその後の手続きにおいて、搭乗券やパスポートを提示することなく“顔パス” で手荷物預け・保安検査場への入場・搭乗ができるようになります。これにより、従来の煩わしい搭乗手続きが非接触かつスムーズに行えるようになります。

本稿では、システム構築プロジェクトの成田国際空港「One ID」における顔認証精度実証の難しさ、設置場所ごとの画質調整の重要性、ウォーキングペース実現に向けた設計、既存業務と関連する各種ステークホルダとの調整の取り組みを紹介します。

1. はじめに

航空業界では世界的な航空旅客の増加に伴い、混雑により、確実でスムーズな入出国プロセスの実現や旅客の快適な旅行体験が阻害されることが課題となっていました。IATA(国際航空運送協会)はこの状況を改善するために、「FAST TRAVEL」というキーワードのもとに改善検討のワーキンググループを発足させました。この活動のなかで、顔認証をはじめとした生体認証技術を活用した搭乗手続きのコンセプト「One ID」が提唱されました。このOne IDコンセプトを日本で初めて実現するために検討されたのが、日本版One ID「Face Express」です。NECは、成田国際空港(以下、成田空港)においてこの「Face Express」を構築しました1)2)

2. 導入システムの概要

成田空港の「Face Express」を実現するシステムは、顔認証基盤と旅客が操作を行う4つのタッチポイント(旅客が搭乗手続きを行う機器の総称)から構成されています(図1写真1)。セルフ搭乗ゲートを除くすべてのタッチポイントで、「Face Express」への登録を行うことが可能です。

図1 システム概要
写真1 成田国際空港に設置された4つのタッチポイント

顔認証基盤は、米国国立標準技術研究所(NIST)が実施した顔認証技術のベンチマークテストで1位を獲得した3)NeoFaceエンジンを採用し、複数のエンジンで並列処理を行うことで、成田空港の繁忙期の旅客数でも十分な性能を有し、遅滞なく認証を行うことを可能としました。

4つのタッチポイントの概要は、次の通りです。

  • (1)
    自動チェックイン機(CUSS):
    従来のチェックイン機能に加えて、パスポート・搭乗券・当日取得した顔写真を顔認証基盤に送信し、「Face Express」への登録を行う端末です。既存の航空会社のチェックインアプリケーションに変更を加えることなく、既存画面の途中に顔認証用の画面を差し込むことで、本人確認を実現しています。
  • (2)
    自動手荷物預け機(CUBD):
    顔認証に成功すると「Face Express」の登録情報から搭乗情報を読み出し、従来航空会社係員が対応していた搭乗券、本人、パスポート確認なしに、セルフで手荷物を預けることが可能です。
  • (3)
    保安検査場入場ゲート(PRS):
    保安検査員による搭乗券確認が、自動化ゲートに置き換わります。2019年度、搭乗券で通過可能なゲートをNECにて構築しました。この度、顔認証機能を追加したゲートを構築しました。
  • (4)
    セルフ搭乗ゲート(ABG):
    搭乗口に設置されるゲートです。航空会社係員と搭乗券リーダによる搭乗確認が自動化ゲートに置き換わります。顔認証により「Face Express」の登録情報を読み出し、航空会社の搭乗システムと連動し搭乗資格を判定、ゲートを開放します。

3. 航空業界標準のシステムとの連携

航空業界(特に国際線)では、世界中の航空会社が、さまざまな国の多様な空港に乗り入れています。各航空会社がどこでも同じ旅客ハンドリングを実現できるように、“コモンユース”という発想で、搭乗に関わるシステムの共有ができる仕組みが構築されています。その実現のため、IATAが規定した規約(CUSS/CUPPSのTechnical Specification)に準拠したソリューションが、世界中の空港に導入されています。

このIATAの規約に準じた空港における共有化の仕組みと航空会社のホストシステムが整備しつくされた環境に、顔認証技術を搭載することは、このプロジェクトの難しいポイントの1つでした。既に空港にコモンユース環境を提供しているベンダー(航空産業は戦後欧米主導で発展してきたため、主要ベンダーは欧米の企業)と、IATA標準準拠での顔認証技術の搭載方式と各航空会社が用意する搭乗業務アプリケーションへの改修を不要とする方法論を議論しました。その結果、IATA標準に加えて、コモンユース環境での詳細なICT通信規約を規定したAEA標準にも準拠する形でのOne IDを実現しました。

背景も文化も異なる欧米のコモンユースベンダーとの顔認証技術搭載の議論は、熾烈を極めましたが、多くの時間を費やしてようやく形にすることができました。

4. ステークホルダとの仕様調整

「Face Express」は国内空港初の取り組みであるため、運用イメージが正確に描けていませんでした。これはNECのみならず、システム発注元の成田国際空港株式会社(以下、成田空港)やシステムを利用する航空会社も同様でした。そのため、ゲートのモックアップや後述するVRを用いて運用をイメージしてもらい、細部の仕様を決めていきました。

本システムでは、係員が行っていた本人確認を機械が実施することになるため、人による本人確認を前提としていた保安対策基準の見直しが必要でした。成田空港が中心となり国土交通省航空局との調整を進めましたが、NECからは、本人確認の技術的手段を提案し、関係規則の改訂が図られました。

また、本システムは「顔画像情報」を扱うことになるため、成田空港から個人情報保護委員会への相談を重ねて実施しました。更に、航空局が「One ID導入に向けた個人データの取扱検討会」を設置して議論を進め、「空港での顔認証技術を活用したOne IDサービスにおける個人データの取扱いに関するガイドブック」が策定されました。NECは、成田空港や航空会社と協議を繰り返し、旅客から「顔画像情報」提供の確実な同意を得ることと、画面数を減らして利便性を向上させたいという航空会社の相反する要求を両立させ、ガイドラインに沿う形でシステムを完成させました。

5. 高い顔認証精度の要求とその対応

パスポートと当日の顔写真により本人確認する入出国ゲートが既に運用されていますが、当日さまざまな光条件で撮影した顔写真同士を本人確認する難易度の高い本システムにおいても、同等に厳密な顔認証精度を要求されました。この高い要求精度を実現した施策を紹介します。

5.1 現地光環境対策

空港は、外光を取り込む大きな窓や照明により、場所・時間・季節で光条件が変わる顔認証にとって厳しい環境です。そのため、多数のタッチポイント設置場所をさまざまな時間に調査し、光の入射角や強さに応じた対策(パーティションやカーテンの新設など)を講じる必要がありました。その結果、景観を損ねずに顔認証に適した光環境を整えられました。

5.2 タッチポイント設計

海外のタッチポイントベンダーと耐光環境に関わる課題を正確に共有することは、難題でした。そこで、空港の光環境を模した実験環境をベンダー拠点に準備し、そこで撮影した画像をクラウド上に準備した顔認証基盤で評価できるようにしました。基盤から返される画像の評価値をともに分析することで、パラメータ最適化を図りました。

また、顔認証に適した正面向きの顔を撮影できるように、視線誘導アニメーションの追加や、視線をカメラに向ける時間を考慮した撮影など、UIやカメラ制御を工夫しました。

5.3 定量評価

完成システムの要求精度達成を現地で実証することが理想的ですが、空港で大勢の被験者を通過させることは非常に困難なことです。そこで、試験環境での「多人数評価」と、試験環境相当の画像を現地で取得可能にするための「カメラ調整試験」により、成田空港における要求精度達成を保証しました。

5.3.1 多人数評価実証

要求精度達成を示すには、タッチポイントで撮影した数百人分の顔画像が必要です。そこで、組織の垣根を越えて賛同者を募り、NECグループ社員300人超の協力を数回にわたり得ることで大量な顔画像を取得しました。撮影に当たり「現地を模した光環境」を用意し、更に実際のタッチポイント機器を使い、画面操作やウォーキングペースのような「人の振る舞い」を加味した撮影を行いました。この試験で集めた膨大な顔画像によって、要求精度を達成することを試験環境で実証しました。また、この際のカメラ画像の品質を定めることができました。

5.3.2 カメラ調整試験

タッチポイントの設置場所や向きによって、顔に差し込む光の条件は変わります。そこで、どのタッチポイントでも肌の色によらず顔認証が行えるように、事前検証を重ねた光対策を施したうえで、タッチポイント一台一台に対してカメラパラメータを調整しました。その結果、成田空港の全タッチポイントにおいて、試験環境相当の画像品質で撮影できることを確認しました。

6. PRS/ABG ウォーキングペースの実現

従来、旅客が歩きながら顔認証ゲートを通過するための有効な手段としては、税関ゲートのようにダブルフラッパゲートなどの奥行きの長いゲートを採用し、旅客がゲート内を歩いている時間を長くすることで、カメラ撮影開始からフラップを開けるまでに顔認証を完了させる方法が一般的でした。

しかし、成田空港におけるPRS/ABGは、ゲートの前が旅客の歩行路や待合スペースであるため設置場所が広くとれず、奥行きの短いシングルゲートが必要でした。更に保安の観点で、一人ひとり確実に本人確認を行えるように、レーン内のセンサーが旅客を検知してから顔認証を開始する必要がありました(図2)。

図2 ダブルフラッパゲートとシングルゲート

前述したような制約条件のなかで、カメラの撮影範囲に対する顔領域の検出範囲の絞り込み、カメラ撮影から顔の特徴量抽出までの内部処理の最適化、通過過程で撮影した複数枚の顔写真群から品質の良い写真を選別する仕組みを開発することで、世界最高レベルの認証スピードと認証率を両立したゲート通過を実現することができました。

PRSでは、顔認証による通過の他に、顔認証を使用しない旅客向けの搭乗券による通過、CUSSやCUBDに立ち寄らずPRSで「Face Express」への登録を行う旅客の通過など、多様な通過方式を実現しています。

顔認証だけで旅客の通過速度を向上させることに加えて、通過ケースの各レーンへの割り当て、旅客誘導の方法を検討することで、レーン全体でのスループットを最適化することができます。

本プロジェクトでは、国内初のシステムということもあり、より実際の運用イメージに近づけるために設計段階からレーン全体のVR映像を作成し、各通過ケースにおける旅客比率が変化したときの待ち時間やゲート通過を旅客の気持ちになって体感する試みを新たに行いました。成田空港、航空会社にも実際に体感いただくことで、実際のゲートがない段階から、全体レーン運用についてもより具体的に議論でき、スムーズにレーン通過する運用案を作ることができました(写真2)。

写真2 VRを使ったPRSでの待ち時間体験

7. まとめ

成田空港において日本初の顔認証搭乗システムを構築しました。本システムは搭乗手続きの効率化に加えて、非接触であることから、これから必要とされるNew Normalな社会においても対応できるシステムです。更に、周辺システムとの連携や他空港との連携で、より利便性を高めることも可能になります。今後は、さまざまな空港へ展開し、非接触で安全・安心な利便性が高い空港サービスの実現に取り組んでまいります。


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    Face Expressの名称、ロゴは成田国際空港株式会社の登録商標です。
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    その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

参考文献

執筆者プロフィール

石原 一雄
第二都市インフラソリューション事業部
上席プロフェッショナル
山田 裕代
第二都市インフラソリューション事業部
シニアマネージャー
大谷 巧
第二都市インフラソリューション事業部
マネージャー
笹本 武史
第二都市インフラソリューション事業部
マネージャー
井上 淳一
第二都市インフラソリューション事業部
マネージャー
石川 真澄
第二都市インフラソリューション事業部
マネージャー