未来の放送業界のDXを支える映像符号化技術

社会システムのDXを実現する技術 ~ 放送システムのDX

インターネットトラフィックの約8割を占める映像データは、放送などの日常サービスからテレワークをはじめとする企業活動まで、欠かせないものになっています。このことは、映像データを圧縮する映像符号化技術に支えられています。本稿では、安全・安心・公平・効率を提供する放送インフラを支えるNECの映像符号化技術、及び、放送業界のDXに向けた今後の取り組みについて紹介します。

1. はじめに

NECにおける映像符号化技術の源流は、1928年の丹羽保次郎と小林正次による、国産初のファクシミリであるNE式写真電送機にまでさかのぼります。当時は国内大手新聞社がすべて輸入品を使用していたなか、NE式が昭和天皇の即位大礼の写真を高画質かつ圧倒的な速さで伝送したことで、その方式の優秀さが世界に伝わりました。

以来、NECは通信事業者や放送局向けに映像伝送・符号化技術の開発を進め、世界初のテレビ信号圧縮装置、地上デジタルテレビ放送エンコーダなど、日本のみならず、海外における通信や放送事業の発展に貢献してきました。

以降、第2章では放送領域におけるこれまでの取り組みを、第3章では環境変化と最近の取り組みを紹介し、第4章はむすびとします。

2. 放送領域におけるこれまでの取り組み

2.1 NECの映像符号化技術

映像サービスにおいては高い相互接続性が必要になるため、圧縮データのフォーマットにはITU-TやISO/IECの国際標準規格が採用されています。NECは、映像符号化技術の開発を標準化作業開始前から積極的に進め、NECが生み出した多数の技術が、重要な国際標準規格に採用されています1)。NECは、国際標準規格準拠で、放送サービスで求められる高い技術要件を満たす製品やサービスを業界に提供するため、次に示す独自のキーテクノロジーも保有しています。

2.1.1 高画質化

絵柄や色などに基づいて、「人の目」で見たときの劣化の目立ちやすさに応じて、領域ごとの再現粒度(圧縮率)を最適にします2)。劣化が見えにくい複雑な絵柄は再現粒度を粗くしてデータ量を削減し、劣化が見えやすい顔や平坦な領域は再現粒度を細かくして、高画質に保ちます(図1)。

図1 視覚適応量子化

2.1.2 低演算量化

国際標準規格に準拠した映像符号化では、映像のコマ(画面)をブロックに分割して処理します。NECの技術では、画面の領域ごとに絵柄を分析して、最適なブロック分割形状を推定します。図2のように、限られた演算量でも的確に、空のような平坦な所は大きな単位にまとめ、物体の輪郭など細かな所は小さな単位で詳細に表現することができます。同技術の応用により、2014年に利用できるFPGA(Field Programmable Gate Array)の性能でも、国際標準規格のHEVC(High-Efficiency Video Coding)に対応したハードウェア4Kエンコーダを世界に先駆けて実現しました3)

図2 多段解析による最適ブロック分割形状推定

2.1.3 低遅延化

画面1コマ以下の遅延時間が要求される用途では、画面全体を蓄積して視覚感度や複雑度を分析できません。NECの技術では、独自の確率モデルに基づいて、低遅延かつ高精度に視覚感度と複雑度を推定します(図3)。同技術の応用により、過去履歴と数ライン程度の情報から処理対象領域の視覚感度と複雑度を高精度に推定可能となり、高画質性と画面1コマ以下の低遅延性の両方を確保できます4)

図3 低遅延かつ高精度な視覚感度推定

2.1.4 高並列処理化

映像符号化は、処理特性が大きく異なる、動き推定、変換・量子化などの複数の処理で構成されています。NECは、各処理の特性に応じて、GPU(Graphics Processing Unit)を効率的に活用できる高並列処理アルゴリズムを保有しています5)6)7)。更に、CPU(Central Processing Unit)とGPUの異種プロセッサ間で最適にタスク配置させて、画面の領域ごとに割り当てられる処理が変わっても、両プロセッサの稼働率を最大化するノウハウも保有しています(図4)。

図4 CPU/GPU連携による高速映像符号化処理

2.2 NECの製品と社会貢献

2.2.1 送出用エンコーダ

4K/8K映像のためのカメラ技術とディスプレイ技術が進展し、2014年6月にCSにおいて4K試験放送が開始され、2018年12月にBSと110度CSにおいて4K/8K放送サービス(本放送)が開始されています。

NECの4K/8K送出用エンコーダは、運用方式のHEVCに準拠し、前述したNECの独自技術を応用することで高圧縮率でも画質を確保できます8)図5に示すように、繊細な模様を忠実に再現できるNECの4K/8K送出用エンコーダは、エンドユーザーへの臨場感豊かな映像体験を提供する新4K8K衛星放送送出システムの最重要コンポーネントの1つとして、前述したシステムの第30回電波功績賞「総務大臣表彰」受賞に大きく貢献しています9)

図5 臨場感豊かな映像体験の提供(4K/8K放送)

2.2.2 素材伝送用コーデック

素材伝送用コーデックは、FPU(Field Pickup Unit)と呼ばれる放送事業用無線局と組み合わせて、取材現場から放送局への素材映像伝送用途に使用されます。生放送での掛け合い、無線と有線が混在するゴルフなどのスポーツ中継の映像切り替えなど、運用性質上、素材伝送用コーデックには低遅延性が必須となるケースが多数存在します(図6)。

図6 素材伝送における低遅延要求

NECの素材伝送用コーデックは、前述したNECの独自技術を応用することで、業界最高水準の低遅延性能と素材伝送用途の画質を両立します10)11)

低遅延と高画質を両立できるNECの素材伝送用コーデックは、700MHz帯から1.2G/2.3GHz帯へのFPU周波数帯移行事業にて周波数帯の有効活用にも貢献し、第28回電波功績賞「電波産業会会長表彰」を受賞しました12)

3. 環境変化と最近の取り組み

3.1 環境変化

次に、環境変化をとらえた最近の取り組みを紹介します。

3.1.1 ライフスタイルの変化

スマートフォンの発展と普及、定額制サービスの増加、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、映像コンテンツの視聴スタイルが変化し、ネットビジネスへの進出が事業社様の急務となっています。

3.1.2 技術の変化

放送専用ケーブルのIP化13)、深層学習をトリガーとするGPUによる汎用演算の発展と普及、及び、クラウドサービスの発展により、これまで専用設備でしか利用できなかった放送技術がサービスとして利用可能になっています。

3.1.3 政策の変化

国際標準規格の進展と5Gの本格普及により、放送と通信の融合及びユニバーサルサービスが加速します。

3.2 事業者のネットビジネス進出と業務DXに向けて

事業者がネット同時配信を行うにあたり、権利処理に問題が残る番組を事前登録した映像素材に差し替える「フタ被せ処理」が必要となります。このような処理を高信頼かつ自動化することで、事業者のネットビジネスへの進出だけでなく、その業務のDXにも貢献できると考えられます。

このために、NECは、地上波マスター送出システムのCM開始タイミング通知信号に連携することで、フレーム精度でのCM枠のフタ被せ処理を自動で行い、更に、配信プラットフォームに対してCM差し替えに必要な情報を、SCTE-35規格に準拠した形式で伝送する技術を開発しました(図7)。

図7 自動での高精度なフタ被せ

NECは、前述の技術を応用した「地上波ライブ配信エンコーダソリューション」を開発し、2020年9月から放送局への納入を開始しました14)。事業者は既存のマスター送出システム設備に本ソリューションを導入するだけで、ネット同時配信を効率的に運用できます。また、NECの同時配信エンコーダは、災害時にローカル5Gを通した地上波テレビ放送の同時配信用途にも適用できます15)

NECは、事業者のネットビジネスへの進出と業務のDXだけでなく、災害時でのエンドユーザーへの安全と安心の提供にも貢献します。

3.3 提供価値と範囲の更なる拡大に向けて

3.3.1 ユニバーサルサービス化

情報通信審議会においては、放送のユニバーサルサービスのあり方が検討されています。前述したネット同時配信などにより放送サービスのネット進出が進み、5Gを代表とするブロードバンド化により、伝送路での放送と通信の垣根がなくなりつつあるためです。

NECは、5G設備への放送モード伝送技術の組み込みによる設備投資の効率化、独自の適応映像配信制御16)の応用による回線負荷集中でのサービス安定化、CMAF(Common Media Application Format)対応17)によるメディアセグメント方式の統一、などに取り組むことで貢献します(図8)。

図8 5Gを用いたユニバーサルサービス

3.3.2 ソフトウェア化とクラウド化

現在スマートフォンや4K/8K放送で利用されているHEVC規格よりも、飛躍的に高い圧縮性能を達成するVVC(Versatile Video Coding)規格の標準化が、2020年7月に完了しています。国内では地上波4K放送へのVVCの採用検討が進められていますが、VVCの実用化の課題として、膨大なエンコードの処理量が挙げられます。この処理量はHEVCでの処理量の8倍以上といわれています。この課題に対し、NECは前述した独自技術を応用することで、1台の汎用サーバで動作する4K映像のリアルタイムVVCエンコーダをいち早く実現しています(写真)。

写真 開発中のVVCリアルタイムエンコーダ

本成果で重要な点は、最新国際標準規格VVCのリアルタイムエンコードという先端技術を汎用サーバで動くソフトウェアで実現していることです。これまで事業者に提供してきた専用設計ハードウェアとは異なり、機能追加やサービス規模のスケールに柔軟に対応できます。極めて近い将来にクラウドサービスとしても提供可能であり、事業者のサービス拡張と設備コストの最適化に貢献します。また、クラウド上の映像認識やAIなどのさまざまなエンジンと連携することで、大規模映像監視、パブリックビューイングなどの用途にも貢献できると考えています(図9)。

図9 映像サービスの拡大

4. むすび

本稿で述べた取り組みを通じて、NECは、メディアを核として、人と社会のコミュニケーションに新たな価値を創造し、人々のより豊かな生活の実現に貢献します。

参考文献

執筆者プロフィール

森吉 達治
放送・メディア事業部
マネージャー
新保 豪平
放送・メディア事業部
シニアエキスパート
辻 直也
放送・メディア事業部
マネージャー
永山 卓
放送・メディア事業部
主任
道口 隼人
放送・メディア事業部
主任
飯田 健太
放送・メディア事業部