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Beyond 5G、IoT、AIを活用したDX推進を支えるアプリケーションアウェアICT制御技術
Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~昨今、Beyond 5G、IoT、AIを活用してDXを推進し生産性を高くすることで、豊かな社会を実現することへの期待が高まっています。このような背景のもと、従来の平均的な通信品質を向上するポリシーに加え、アプリケーションを安定して高い性能(作業速度や生産性など)で利用可能とするために、ICT性能要件を通信セッション単位かつリアルタイムで緻密に守るポリシーを強化していく必要性が高まっています。本稿では、アプリケーションを安定して高い性能で利用可能とする、アプリケーションアウェアICT制御技術について説明します。
1. 背景
少子高齢化による労働人口の減少、並びに技術継承問題やインフラ老朽化といった社会問題に対し、人間にしかできなかった多くのことを機械で代替し社会課題を解決する必要性が高まっています1)。そして、その実現手段として、Beyond 5G、IoT、AIを活用した遠隔監視・制御による自動化・省人化といったDXの推進に対する期待が高まっています。遠隔監視・制御領域では、機器の移動性や設置容易性が求められるユースケースが多く無線通信が必須となり、かつ高いアプリケーション性能(例えば、監視カメラの映像分析精度、無人搬送車の運搬スループット、自動運転における安全性)を担保することが求められます。それに伴い、従来の平均的な通信品質を向上するポリシーに加え、アプリケーションを安定して高い性能で利用可能とするために、ICT性能要件(通信品質や応答性能などに関する要件)を通信セッション単位かつリアルタイムで緻密に守るポリシーを強化していく必要性が高まっています。本稿では、アプリケーションを安定して高い性能で利用可能とする、アプリケーションアウェアICT制御技術について説明します。
2. アプリケーションのICT性能要件
第2章では、Beyond 5G、IoT、AIを活用した遠隔監視・制御によりDXを推進していくうえで、ICTインフラに求められる性能要件を考察します。
2.1 アプリケーションとその要件の多様化に対応
遠隔監視・制御によるDX推進の対象領域(例えば、工場、倉庫、建設現場など)の拡大により、多種多様なアプリケーションとそのICT性能要件に対応することが求められています。しかし、アプリケーションとICTインフラの両方を深く理解した専門人材の確保が難しく、またリアルタイムでICTインフラを最適化する必要があるため、人手による対応は困難であり、ICTインフラを自動最適化する機能が必要となります。
2.2 上下方向で厳しいICT性能要件に対応
遠隔監視・制御によるDXを推進するうえでは、アプリケーションの性能が本業のパフォーマンスに直接影響することが多いため、アプリケーションを安定して高い性能で利用可能とすることが強く求められます。そのためには、厳しいICT性能要件を達成しなければなりません。更に、例えば工場自動化やロボット制御などの遠隔制御では、機器やロボットの状態監視と制御指示からなる双方向のやりとりを一定時間のなかで完了させる必要があるため、上り下りの双方向で高いICT性能(高信頼・低遅延など)を維持することが求められます。
2.3 複数アプリケーションの混在に対応
DXを推進していくうえで、アプリケーションやその要件は多種多様であり、また同じアプリケーションでも要件が異なる複数種別のトラフィックを生成する場合があります。例えば、高速・大容量通信を必要とする映像配信と、高信頼・低遅延を必要とする遠隔制御などのトラフィックが混在する場合は、大容量通信を維持しながら高信頼・低遅延を実現するなど、幅広いICT性能要件に同時に対応しなければなりません。
3. AIを活用した無線品質分析技術
第3章では、AIで無線品質を可視化・分析し、通信品質が低下した原因を即座に特定し迅速な対処が可能となる学習型無線品質分析技術について説明します2)3)。
3.1 課題
Beyond 5G、IoT、AIを活用した遠隔監視・制御の現場では、機器や人の移動などにより電波環境が変動し通信品質が低下することがあります。電波は目に見えないため低下の原因を特定することが難しく、分析に膨大な時間と労力を要します。このため、通信品質低下の原因を自動特定し、対処までの時間を短縮する必要性があります。
3.2 解決方法
本技術では、AIで無線品質の変動特性を分析し、通信性能の低下原因を通信セッション単位でリアルタイムかつ自動的に特定します。具体的には、複数の原因(距離減衰、遮蔽、フェージングなど)で通信品質が低下する状況をシミュレーションで再現し、無線品質指標値の時系列データを作成し、同時系列データを使用して機械学習の手法で学習します。そして、実環境における無線品質指標値の時系列データから現場における通信品質低下の原因を自動で特定します。
3.3 効果
実験で、個々の通信品質低下原因が独立して発生する場合や複数の原因が複合的に発生する場合でも、通信品質低下の原因を高精度で特定できることが確認されました(図1)。AIが通信品質低下の原因や影響範囲を自動特定、可視化することで、それに基づき迅速な対処が可能となり、結果として、アプリケーションを安定して高い性能で利用できるようになります。
4. アプリケーションアウェアRAN最適化技術
第4章では、アプリケーションの要件に応じてRadio Access Network(RAN)を自動最適化するシステムについて説明します。
4.1 課題
5GやBeyond 5G の標準仕様がいかに高度化されても、またサービス開始時のネットワークスライス設計・構築や、RANへの計算リソースの割り当てをいかに最適化しても、ダイナミックに変動する通信要件、並びに時々刻々と変動する無線品質への対応には限界があります。このような変動環境で安定して高いアプリケーション性能を達成するためには、ダイナミック・リアルタイム・インテリジェントなRAN最適化機能が必要不可欠となります。
4.2 解決方法
アプリケーションとRANの双方を理解するAI がインテリジェントかつ自動的にRANを最適化し、ICTインフラの存在を感じさせることなくアプリケーションを安定して高い性能で利用可能とする世界を、国際的に普及しやすい透明性の高いオープンなネットワークアーキテクチャで実現します。O-RAN ALLIANCEで定義されているRAN Intelligent Controller(RIC)にAIを搭載し4)、O-RAN Central Unit(O-CU)/O-RAN Distributed Unit (O-DU)をインテリジェントに制御することで、5GやBeyond 5Gの特長(高速・大容量、高信頼・低遅延など)を最大限に活用し、アプリケーションを安定して高い性能で利用することができます(図2)。
4.3 効果
実験では、現場状況(機器の移動や、機器間の衝突リスクなど)に応じてアプリケーションのICT性能要件や、無線品質が変動する環境において、アプリケーションの通信要件を高信頼で達成できることを確認しました。
5. 映像配信技術を使った遠隔監視システム
第5章では、映像配信技術を使った車両遠隔監視システムについて説明します5)6)。
5.1 遠隔監視における課題
車両遠隔監視システムでは無線ネットワークで映像を配信する必要がありますが、無線ネットワークは電波環境の悪化時などに通信速度が低下するため、監視に必要な画質を維持しつつ、映像データ量を低減しなければなりません。
5.2 解決方法
NECは、監視センターでの映像分析に必要な注目領域と最適画質を学習し、送信映像の画質を制御することで、映像データ量を削減する「学習型メディア送信制御技術」、及び、本技術を使った車両遠隔監視システムを開発しました(図3)。本システムは監視対象の全車両の映像を一覧表示する統合監視画面と、オペレーターの注意や介入が必要な車両を拡大表示する詳細監視画面から構成されています。監視センターでは、各車両から配信された映像に対して、物体検出、車線検出、距離推定などを実施し、自車線の一定以内の距離に人・自転車・車が入った場合などには、オペレーターの注意が必要と判断し、当該車両の映像をアラートとともに詳細監視画面に表示します。
5.3 効果
2台の車両を監視する実証実験を実施したところ、オペレーターからは、既存システムに比べて負担が軽減し、複数台の監視が可能になったという評価を受けました。
6. エッジ・クラウド処理最適化技術
第6章では、無線接続されたエッジ・クラウド分散環境において映像分析AI処理を最適分担する技術について説明します。
6.1 映像分析AIの推論における課題
行動認識などの映像分析AIの推論では、映像中の物体数に応じて負荷が変動します。そこでエッジでは収容しきれない処理をクラウドに委譲する方法がありますが、その際には、無線通信性能の変動を考慮した最適な分散方法を選択しなければデータが欠損し、精度が劣化します。
6.2 解決方法
そこで、エッジ・クラウド間の無線通信性能の変動を考慮しながら、エッジからクラウドに映像分析AI処理を委譲するエッジ・クラウド処理最適化技術を開発しました(図4)。本技術では、処理負荷や無線通信のリソース量の変動を予測し、それを制約条件として最適な処理パイプラインを算出、選択することで、動的な処理分担の変更を実現しました。
6.3 効果
実験では、建設現場の映像と行動認識AIを利用し、映像中の物体数や無線通信リソースの変動に合わせて最適な分担が選択され、精度劣化が抑制できることを確認しました。
7. まとめ
本稿では、アプリケーションを安定して高い性能で利用可能とするアプリケーションアウェアICT制御技術を説明しました。また、その具体例として、AIを活用した無線品質分析技術、アプリケーションアウェアRAN最適化技術、映像配信技術を使った遠隔監視システム、エッジ・クラウド処理最適化技術を紹介しました。アプリケーションのICT性能要件に応じてこれらの技術を使い分け、ネットワークリソースとコンピューティングリソースを効果的に活用することで、多種多様なアプリケーションの高性能化を実現していきます。
参考文献
- 1)経済産業省:デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン Ver. 1.0,2018.12
- 2)
- 3)
- 4)O-RAN Working Group 2:AI/ML workflow description and requirements,Technical Report v1.1,2020
- 5)
- 5)
執筆者プロフィール
セキュアシステムプラットフォーム研究所
シニアリサーチアーキテクト
セキュアシステムプラットフォーム研究所
ディレクター
セキュアシステムプラットフォーム研究所
主任研究員
セキュアシステムプラットフォーム研究所
主任研究員