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第1話「はやぶさ」を継ぎし「あかつき」へ
NECにおいては、2人の技術者が軸となって「あかつき」プロジェクトが推進された 。探査機開発のすべてを仕切るプロジェクト・マネージャー(以下プロマネ)と、衛星システム全体の計画管理を行うシステム・マネージャー(以下シスマネ)だ。「あかつき」では、小惑星探査機「はやぶさ」の開発で、シスマネを務めた経験を持つ大島武が、初めてプロマネを務めた。その大島が、シスマネ役として抜擢したのが、入社間もない榎原匡俊だった。(取材日 2010年10月13日)
大島 武 (写真左)
プロジェクト・マネージャー
榎原 匡俊 (写真右)
システム主担当
- 松浦:
-
「あかつき」のプロマネ大島さんと、シスマネ榎原さんのコンビ、ずいぶんとお若いですね。
- 大島:
-
ええ、特に榎原君が若い(笑)。入社1年目からだっけ?
- 榎原:
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入ってから半年後からです。ある日、大島さんからぽんと肩を叩かれ、「よし、じゃあシスマネ担当だからよろしく!」と。
- 大島:
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正確には私がプロマネ兼シスマネなんです。プロマネは、計画の全体を見ていく仕事です。衛星開発の技術課題に加えて、予算の管理や開発の進行状況、人員の配置などなど諸々の仕事を担当します。一方、シスマネはプロマネの下で、衛星システム全体を見て、開発が円滑に行くように管理するのが仕事です。各サブシステムの間を調整したり、重量や電力といったリソースの管理を行います。榎原君は「実質シスマネ」というか「シスマネ相当」というか。私がバックアップとなってアドバイスとしつつ、実務部分は彼にやってもらっています。今も、「あかつき」の運用に関する仕事は全部榎原君が取りまとめてやっています。
- 榎原:
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ちょうど今(2010年10月半ば)は運用が午前10時から午後5時ぐらいなんですが、携帯電話が離せません。ほらね、また鳴った!(と席を立つ)
- 大島:
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「あかつき」の開発は2003年に始まっています。はじめはシスマネの立場でしたが、その後、「はやぶさ」のプロマネであった萩野が忙しくなったので、2007年7月から私がプロマネ兼シスマネとなり――で、榎原君の肩をぽん、と(笑)。
- 榎原:
-
実は私は大学院生としてJAXAの宇宙科学研究所にいたんです。X線天文学専攻で、実際にX線観測衛星「すざく」の開発に参加していました。そこでメーカーの方々が実際に衛星を作る姿を目の当たりにして、すごく魅力を感じ、衛星を作る側になりたいと思い、入社した次第です。
- 松浦:
-
なるほど。入社後半年で、大島さんの言う“実質シスマネ”を任される下地はあったわけですね。
- 松浦:
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「あかつき」は、小惑星探査機「はやぶさ」に続く太陽系空間に出て行く探査機ですが、「はやぶさ」の設計のどこを引き継ぎ、どこを変えたのでしょうか。
- 大島:
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探査機内部の温度を制御するHCE(ヒーターコントロールエレキ)や、探査機の“頭脳”としてデータを司るDHU(データ・ハンドリング・ユニット)※1 などは、基本的に「はやぶさ」の設計を引き継いでいます。
- ※1DHU(データ・ハンドリング・ユニット):衛星全体の動作の制御をつかさどる計算機のことです。地上から衛星に送信するコマンド(命令)と、衛星から地上に送信される画像などの各種観測データは、すべてDHUを経由して処理されます。
- ※1
- 松浦:
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ああ、そうかも知れません。「はやぶさ」だと、太陽電池パドルを翼にして、イオンエンジンを噴射して飛んでいるとか。
- 大島:
-
実はそうじゃないんですよ。まず太陽系を思い浮かべて下さい。中心に太陽があって、回りを金星や地球が公転しています。「あかつき」は、2枚の太陽電池パドルをおおよそ地球の公転面(専門的には黄道面といいます)に垂直な北極方向と、反対の南極方向に向けて飛行しているんです。注
注:厳密には時期によって姿勢が変わる。金星周回軌道では、「あかつき」軌道面に垂直になる。
- 松浦:
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なるほど、太陽電池パドルを“帆”のように立てて飛行しているといってもいいですね。
- 大島:
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この姿勢だと太陽電池パドルが付いている面は、太陽光が当たりませんよね。だから、ここには熱を逃がす放熱面をもってきます。残る4つの面には太陽光があたる可能性がありますから、そこは断熱材で覆います。この4つの面のうち一つには、金星を観測するセンサーがまとめて付いています。この面はセンサーの視野に太陽を入れてはいけませんから、太陽に向けないように運用します。
残る3つの面のうちのひとつには、金星周回軌道に投入するための軌道制御用ロケットエンジンが付いています。ここもあまり温度が上がっては困るので、なるべく断熱するようにします。問題は、エンジンの反対側、地上での組み立てでは上になる面です。ここには地球と交信するための高利得アンテナがあります。 - 松浦:
-
「はやぶさ」だと、デザイン的なアクセントになっているパラボラアンテナがある面ですね。
- 大島:
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「あかつき」の設計では、このアンテナが問題になりました。より太陽に近い金星に向かうので、「あかつき」は強い太陽光を浴びます。アンテナ面を保護するために白色の塗料を塗りますが、するとアンテナ面が太陽光を反射します。
- 松浦:
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凹面鏡だ!虫眼鏡みたいに光を集めてしまう。
- 大島:
-
そうです。アンテナ面から突きだした電波を出す給電部が、ちょうど虫眼鏡で集光した状態になって温度が上がってしまう。このため、アンテナをパラボラ型から、新規開発の平面アンテナに変えました。「あかつき」も「はやぶさ」同様、重量制限が厳しかったのですが、この平面アンテナは大きな重量軽減にもなっています。同時に、打ち上げ時に太陽電池パドルをアンテナのある面の上に折り畳むようにして、左右のパドルを固定する機構を一組にしています。左右別々に折り畳む方式だと、固定機構が二組必要なので、その分重量も軽くなっているのです。
この平面アンテナについては、別途開発担当者が紹介します。 - 松浦:
-
姿勢が決まると、太陽光をどちらから浴びるかで設計が決まっていくわけですね。
- 大島:
-
金星周回軌道で強い太陽光と、金星自身からの照り返しを受けるので、温度が上がりすぎないように設計を考えていきます。例えば通信システムですが、「はやぶさ」では半導体を使った出力20Wの固体電力増幅器(SSPA)※2 を使いました。SSPAは信頼性が高いのですが、かなりの廃熱が出ます。そこで「あかつき」では、SSPAに代わって真空管の一種である進行波管(TWTA)※3 を採用しました。出力は同じ20Wです。TWTAはSSPAより効率が高くて発熱が小さいのです。衛星では他のシステムの影響もあるので、単体での特徴と単純に比較することはできませんが、一般的にはそれぞれ下記の表のような特徴があります。
- ※2固体電力増幅器(SSPA) :宇宙空間での通信には、マイクロ波(波長1m以下の電波)を使います。このため に通信システムにはマイクロ波を増幅する仕組みを搭載します。SSPAは半導体素子を使ってマイクロ波を増幅する装置です。
- ※3進行波管(TWTA):SSPAが半導体の増幅装置であるのに対して、TWTAは真空管の一種を使ったマイクロ波の増幅装置です。動作にSSPAよりも高い電圧が必要ですが、SSPAよりも効率よくマイクロ波を増幅できます。
- ※2
通信システム比較表
効率 (出力電力/ 入力電力) |
発熱量 | 使用 電圧 |
放電 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|
固体電力増幅器(SSPA) | 20-30%程度 | 一般的に大 | 低 | 低真空度では 起きやすい |
はやぶさ: 20Wを使用 あかつき: 10Wを使用 |
進行波管増幅器(TWTA) | 30-40%程度 | 一般的に低 | 高 | 低真空度では 起きやすい |
あかつき: 20Wを使用 |
- ※「あかつき」の場合、同じ発熱量に対し、出力が2倍(10W対20W)なので、情報量の多い通信を行う場合はTWTAが適している。
- 大島:
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TWTAは動作するために高い電圧が必要です。真空度が悪い所で高い電圧をかけると放電という現象がおきます。当然TWTAには放電が起きないように万全の対策を行っていますが、万が一にも放電が起きると大変なので、万全を期して動作電圧の低い10WSSPAも載せています。
打ち上げ後、しばらくの期間、探査機の中の真空度は宇宙空間ほど良くならず、かつ情報量の多い通信を行わないので、そのような状況ではSSPAを使うこととしています。異なる増幅器を2種類搭載することにより、全体の信頼度を上げる効果もあります。 - 榎原:
-
「はやぶさ」でトラブルが発生した部分も、より一層信頼性を上げるように設計を変えています。例えば、「はやぶさ」では姿勢制御用のリアクション・ホイールという機器を3基搭載しましたが、2基が壊れました。「あかつき」では、リアクション・ホイールの構造も見直していますし、1基増やして4基を搭載するようにしました。ホイールの運用方法も、「はやぶさ」の教訓から、トラブルを起こしにくい運用にしています。
- 松浦:
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重量制限がきびしかったということですが、「あかつき」の場合、開発の途中で打ち上げロケットがM-VからH-IIA※4に変わっています。ロケットが大きくなったから、重量制限は楽になったのではなかったのですか。
- ※4M-VからH-IIA:あかつき(PLANET-C)は当初、M-Vロケットでの打ち上げを前提に開発を開始。しかし、文部科学省は2006年7月に、高コストを理由にM-Vロケットの廃止を決定。M-V9号機で打ち上げる予定だったあかつきは、H-IIAロケットで打ち上げることになりました。
- ※4
- 大島:
-
金星に到着すると、軌道制御用エンジン(下記図参照)の噴射で金星周回軌道に入ります。打ち上げ時重量が増えると、大型化しないと、金星周回軌道に入れなくなってしまいます。変更があった時にはもうかなり設計が進んでいて、エンジンを大型化するのは無理がある、ということでM-V打ち上げを想定した設計のままで進みました。
- 松浦:
-
それでもM-VとH-IIAでは打ち上げ時の振動条件などは異なりますよね。搭載する衛星の試験基準も異なっています。
- 大島:
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本番のフライトモデルの前に、構造/熱モデル(MTM/TTM)※5 という試験モデルを作成します。これらを、H-IIAの振動レベル、金星周回の環境レベルで試験を行い、設計の妥当性を確認します。フライトモデル含め、試験は相模原の宇宙科学研究所にある試験設備で行いました。筑波までフライトモデルを輸送するのは大変なので、相模原でできることは、なるべく相模原でと考えました。
- ※5構造/熱モデル(MTM/TTM):衛星・探査機を開発する際に、まず実物と同じ構造、実物と同じ熱の条件となる試験モデルを作って、振動試験や真空チャンバー(内部を真空にした試験用の部屋)を使った地上試験にかけ、設計通り動作するかを確かめます。これを構造/熱モデル(MTM/TTM)といいます。
それでも、打ち上げの解析を行うと、探査機が軽すぎて過大な振動がおきることが分かりました。振動を軽減するためには、大きな重量のものを合わせて打ち上げる必要があり、「イカロス」がその相手として選ばれました。その時から「あかつき」と「イカロス」の兄弟関係が始まったんです。
- ※5
- 松浦:
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「あかつき」の組み立てはどうだったのでしょう。「はやぶさ」は複雑な構造で、組み立てが大変だったという話をお聞きしていますけれど。
- 大島:
-
いや、やっぱり大変でした。「はやぶさ」は、本体の側面パネルが蓋のように下に開くんですが、「あかつき」は、真ん中にエンジンと燃料タンクが入ったスラストチューブという円筒形の構造物があるんです。その関係で、側面とアンテナのある上面が一体となってとりはずせる仕組みになっています。
電子機器類は側面に取り付けるので、上面から側面にかけて配線が走り回るのですが、これが軽量化のためにコネクターを極力使わない一体構造なんです。だから組み立ての時は、配線を上面と側面のヒンジ部分に挟まないように慎重に慎重に行わねばなりませんでした。
- 榎原:
-
「あかつき」の組立・検査は、30代を中心とした若いグループが担当しました。女性も参加しています。その一方で「はやぶさ」の組み立ても担当した西根さんいう組立の大ベテランがいたので、組立に関しては安心していました。
- 大島:
-
「はやぶさ」の時もそうでしたけれど、「彼らなら組み立てられる」という信頼の上に立って設計ができましたね。
- 榎原:
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検査チームに一人、大柄で腕も長い方がいたのですけれど、場所によっては「彼なら組み付けられる」と考えて設計した部分もあります。
- 大島:
-
そうだね。「あかつき」は上面と側面を上からかぶせる構造だといいましたけれど、上のほうのコネクターは「背の高い彼なら手が届く」と考えて配置したりね。
- 松浦:
-
それぞれ、プロマネとシスマネを経験しての感想はありますでしょうか。
- 大島:
-
「はやぶさ」のシスマネは、私としてはスムーズに仕事が出来たという実感がありましたけれど、「あかつき」のプロマネになると色々大変でした。「人と人とのコミュニケーションがかくも大事業だとは…」です。「はやぶさ」の時は、プロマネの萩野さんが私には、見えないところで色々気を遣っていてくれたということを痛感しました。基本的には、各部分の担当者が少し自分の領域から踏み出してお互い歩み寄るというのがうまくプロジェクトを回すコツなんですね。
榎原君は、私が「じゃ、よろしく」と任せられるように鍛えたつもりです。大島がいなくとも榎原がいれば話が通る、あるいは榎原に話せば大島がやって来る、というようにです。 - 榎原:
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鍛えられました(笑)。コミュニケーションは大切ですね。大島さんともしょっちゅう議論していたような気がします。社内では、私はなるべく電話を使わないようにしました。各サブシステムの担当者がいるフロアに直接行って、実際に顔を付き合わせて打ち合わせをするんです。電話だと厳しいやり取りになる場合も、顔を見て打ち合わせをするとお互いの機嫌が変わってスムーズに物事が進むんです。社外の場合も、せっぱ詰まれば直接会いにいきました。
- 大島:
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私は会いに行くというよりも、しょっちゅう相手のフロアをうろついて、たまたま在席している担当者と打ち合わせをするといった感じだったね。
- 松浦:
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「はやぶさ」のプロマネを務めたJAXAの川口淳一郎教授は「『はやぶさ』で、太陽系大航海時代を切り開くんだ」ということをおっしゃっていますが、お二人は次にどんなことがしたいですか。
- 榎原:
- 大島:
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榎原君はもう大丈夫だと思う。なにかあったら、私がちゃんと相談に乗るからね(笑)。私は、まず「あかつき」をきちんと金星周回軌道に投入したいです。火星探査機「のぞみ」は、火星を周回させることができませんでしたから。「のぞみ」の開発にも参加していましたから、自分にとって周回軌道投入は、「のぞみ」の無念を晴らすリベンジなんです。
今は、「はやぶさ」後継機の検討にも参加していますが、その先は木星に行きたいです。「イカロス」の先に検討されているソーラー電力セイルですね。
直径50mにも及ぶ巨大なソーラーセイルと薄膜の太陽電池を組み合わせて、「はやぶさ」に搭載したイオエンジンをさらにパワーアップして、木星まで数年で飛んでしまおうという、とんでもなく野心的な計画です。
大島は、榎原を鍛え、榎原は大島の信頼に応えた。その成果である「あかつき」は2010年10月13日現在、金星に向けて順調に飛行を続けている。その先には新たな小惑星への往復飛行や、火星へ、木星へ、さらに先へという太陽系大航海時代の曙が見えてくる。
大島は最近、ベランダに天体望遠鏡を出して、週末になると木星の観測をしているという。「けっこう良く、縞模様が見えるんですよ。木星は日本にとって究極の目標ですよね。」
JAXA宇宙研では、すでにソーラー電力セイルによる木星とトロヤ群小惑星※8 の探査が検討されている。大島は現役として木星探査に参加することができるかもしれない。そして、大島より若い榎原は、さらにその先を望むことができる。いつか榎原が参加する探査機は、大島が「究極」という木星よりもさらに先、もっと遠い星々を目指して航行することになるのかも知れない。それは『宇宙』大航海時代の黄金期の開幕を告げる飛行となるのだろう。
- ※8トロヤ群小惑星:一般に大きな星の回りを小さな星が回る時、小さな星の前方60°と後方60°のところに重力的に安定した場所ができます。太陽と木星との位置関係において、木星の前60°と後ろ60°の位置には、小惑星が多数集まっています。この小惑星の群れをトロヤ群小惑星といいます。
取材・執筆文 松浦晋也 2010年10月13日
NEC宇宙システム事業部 エキスパート
大島 武
1990年入社。搭載用コンピュータの開発を経てMUSES-C(はやぶさ)のシステムマネージャーとして全体設計の技術とりまとめを担当。
2003年7月よりPLANET-C(あかつき) のシステム設計、システムマネージャーとして全体設計を担当。
2007年7月より「あかつき」 プロジェクト・マネージャー。
NEC宇宙システム事業部
榎原 匡俊
2006年入社。大学院時代にISAS/JAXAにてX線天文衛星「すざく」搭載のX線望遠鏡開発に携わる。
2006年11月よりPLANET-C(あかつき) のシステム設計主担当として探査機システム全体の取りまとめを担当。