サイト内の現在位置

第5話 「あかつき」の旅路を見守るまなざし

届け、あかつきの星へ 第5話 「あかつき」の旅路を見守るまなざし

金星探査機「あかつき」にNECのプロジェクトマネージャとして関わる大島 武。「あかつき」のこれまでの道のり―設計、製造、打ち上げ、5年前の軌道投入時の状況、この5年間の運用―と、今回の再挑戦に向けた意気込みを聞いた。(取材日 2015年10月20日)


大島武
NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア

NEC 宇宙システム事業部 エキスパートエンジニア 大島武

プロマネとは「解明、対策、選択」を続ける仕事

Q:大島さんは「はやぶさ」にも関わって来られましたよね。


はい。2003年5月に「はやぶさ」が打ち上がり、次のプロジェクトとして2003年7月から「あかつき」の設計・製造に関わりました。最初は技術面の責任者であるシステムマネージャとしてで、プロマネになったのは2007年からでした。


Q:2005年の夏から暮れにかけては「はやぶさ」の小惑星滞在でたいへんな時期だったのでは?


4か月ぐらいは毎日、JAXA宇宙科学研究所(以下、JAXA宇宙研)に通っていました。会社には顔を出せず、「あかつき」プロジェクトの仕事は電話で指示を出していました。


Q:当時、「あかつき」は探査機の製造に入る前の段階ですか?


まだ設計の最初の頃でしたね。

Q:科学衛星の製造では、どの段階から緊張度が増してくるのでしょうか?


フライトモデル(FM、実機)ができる時期ですね。実際にものづくりが始まると、計画に沿うだけではなく、判断や対策が必要になることが多くなります。課題に対して、どういう解決方法があり、どれを選択するか。それぞれの案の得失を考え、最善の方法を選び取るといった仕事も増えてきます。そうやってできた機器同士を噛み合せる一次噛み合わせ試験やFM総合試験が始まれば、また新たな課題が出てきます。ひとつひとつの課題に対して、徹底して原因がどこにあるか突き止めなければいけません。原因が特定できなければ、どんどん深いところまで追求しなければならない。


Q:どこまでやるか、どこでやめるかの判断も難しい?


探査機が形になり、試験の段階に入ると、その日その日の判断が重要になってきます。どこまで試験を進めるか。もう少しデータをとっておく必要はないか。電源をオフする前に、やれることはすべてやりつくしたか。必要に応じて機器を開発した技術者を含めてディスカッションをし、原因の切り分けをしていきます。場合によっては、改修が必要になることも。改修するとなれば、スケジュールをどう確保するか。いつ機器を持ち帰り、どのくらいの期間で直して、いつシステム試験に合流するのか……。


Q:気の休まるヒマがないですね。


写真

打ち上げ前年の2009年6月から2010年3月にかけ「PLANET-C」(あかつきの開発名)のFM総合試験が実施された。金色の覆いは太陽熱を遮る「MLI」と呼ばれる熱制御材。銀色の鏡張りの部分は、宇宙空間に熱を逃がす放熱面。この面に太陽光を当てるのを避けるよう姿勢を維持しなければならない。

順調に旅が始まった「あかつき」

Q:探査機の組立や試験の段階では、緊張の日々が続くわけですが、実際にFMが組み上がって試験も終わり、打ち上げを待つ時期となると、プロマネとしては少しリラックスできるようになるのですか?


打ち上げは打ち上げで、一回限りで失敗のできないビッグイベントですから。だんだん緊張が高まってきます。

写真
2010年5月21日、H-IIAロケット17号機で「あかつき」は打ち上げられた。


Q:でも、その段階でできることは、あまりないわけですよね?

探査機本体に関してはそうですが、打ち上げ後の運用の準備は入念にやります。最初に電波がキャッチできるタイミングを「第1可視」と呼びますが、そこで何をやるか。第2可視、第3可視ではどうか。その手順を何度も何度も見直します。あとはコンティンジェンシープランです。


Q:緊急事態への対応ですね。


万一問題が起きたときのインパクトの大小や、それが運用者からどう見えるか、どのようなことが見えたらどう行動するか、といったことをあらかじめ考え抜き、計画しておきます。


Q:「あかつき」の打ち上げでは?


「あかつき」に限らないのですが、探査機/衛星の打ち上げで一番気がかりなのは、まず太陽指向をして、太陽電池を開いて、その太陽電池の電力で動いているかどうか、です。第1可視で探査機の情報が見えてきたとき、バッテリを使っている「放電モード」だったら、すぐさま対処しないといけません。


Q:どんな手を打つ?


いろいろなケースがありますが、例えば、太陽電池が開いていなければ開くコマンドを再度打つ。ラッチ(留め金)が外れていても展開していないのであれば機体を揺らす。あるいは、太陽電池は開いていても太陽指向していなければ、太陽サーチを開始するコマンドを打つ、などです。考えうるケースごとにメンバーで議論し、シナリオを用意し、できるだけ当日は事象を見たら迷わず動けるよう準備をします。


Q:2010年5月の、実際の「あかつき」の打ち上げでは、いかがでした?


第1可視でテレメトリ(探査機から送信されてくる各部のデータ)を見たところ、きちんと太陽電池が開いて、その電力で探査機は動き、放電もしていない。それを確認してホッとしました。


Q:軌道投入の精度も良く、比較的早くに地球を撮影した写真が公開されました。順調な旅の始まりでしたね。


はい、その通りです。


Q:では、その年の12月の金星周回軌道投入のときは?


主エンジンを噴き始めたところは、ドップラーモニタ(地上受信電波の周波数変化を捕える精密な速度計)で地球からも状況が見えていました。探査機の速度が予定通りに変わっていくのを見て、みんなで「ああ、順調だ」と。


Q:その後、金星の陰に探査機が入ってしまう。


いったん電波が途絶え、ふたたび電波が届くのを待つことになるのですが、予定時刻になっても電波がキャッチできませんでした。いったい何が起きているのかを考えるのが最初でした。行方不明の「はやぶさ」初号機を探した経験もありますので、臼田*とも連絡をとり、スペアナ**を使って電波を探しました。

*臼田:JAXAの深宇宙通信用大型アンテナのある、長野県佐久市の臼田宇宙空間観測所
**スペアナ:スペクトラムアナライザー。周波数毎の電波の強さを画面に表示する装置
結果的にはDSN(Deep Space Network)での運用時に電波が見つかり、そこから、復旧のため、シスマネの榎原とディスカッションしながら、さまざまな手を打つことになりました。

中間赤外カメラ(LIR)
中間赤外カメラ(LIR)
(青い半月)紫外線イメージャ(UVI)
紫外線イメージャ(UVI)
(オレンジの半月)1μmカメラ(IR1)
1μmカメラ(IR1)

打上げ当日の20時50分ごろ、約25万kmの距離から観測機器の状態確認のため地球を撮影

「執念」が探査機を蘇らせた

Q:打てる手は限られているが、頭の中はフル回転、という状況だったのでしょうか。


見つかるまで時間が経っていたので、急いでも周回軌道に入れ直すことはできなくなっていました。一方、金星に落ちる心配はない。あわてずに姿勢を立て直し、探査機の情報を地球に降ろすことを第一に考えました。厳しい状況だったのは間違いないですが、探査機の状態が見えるようになったところで、やることははっきりしてきました。


Q:その後、5年間のうちに近日点通過が9回……。


「あかつき」を熱から守っている熱制御材が、最終的にどれだけ劣化するかの推定を近日点のたびに行いました。最初のころは急に劣化が進んだので、「このまま行くと、結構大変なことになるかもしれない」と心配しましたが、近日点を迎えるたび、劣化のカーブがなだらかになってきて、「これだったら何とか行けそうだ」となってきました。劣化量推定によって、「状況は厳しいが、まだまだ望みはある」と確認することは、このプロジェクト継続の補強材料になったのではないかと思います。


Q:軌道計画の面では、探査機が宇宙に飛び出した後にここまで大胆に軌道の計画を作りなおすなんて、相当にイレギュラーなことではないですか?


普通はないことです。しかし、火星探査機「のぞみ」でもトラブルからのリカバリーのため、なんとか火星に到達させる軌道が考えられましたし、「はやぶさ」初号機も帰路の軌道はつくり直しています。どんなに困難な状況でも、ほかにミッションを達成できる方策がないか考え抜き、アイデアを見つけ出してしまうJAXA宇宙研の皆さんの執念はすごいと思います。

「頑張ったからこそ、ムダになる」というジンクス

Q:今回の再挑戦、具体的に「あかつき」は何をするのでしょうか?


基本的には、ある姿勢を決め、時間を決め、エンジンを噴きます。その準備はできていますが、やはり、やってみないと分からない部分はあります。何が難しいかというと、うまく噴かなかったときにそこで諦めていいのか、というところなんです。噴いた量が0%ならどうか、20%なら、50%なら、70%ならどうするんだ、と。どんな値もあり得るわけですが、限られた時間でそれに対処しなければならない。たとえ最初のトライがうまくいかなくても、すぐに姿勢を変えて別のスラスタで噴くなど、準備と議論を重ねてきました。もちろん、うまく行くのであれば全然必要のない準備です。うまくいく前提で必要と思われる量に対し、10倍も100倍も考えて準備しています。


Q:ムダになるかもしれない、多分ムダになるだろうことも準備を……。


この5年間に、1度も起きていない事象まで想定し、それが起きたらどうするかまで考えています。5年間起きてないことは起きないと思いたいですが、でも起きたらどうするか。考えておかないと対処もできません。実際に起きるかもしれませんからね。


Q:そこまで考え抜くのなら、確かに10倍とか100倍になってしまいそうです。


異常時対応のエッセンスはA3用紙1枚ぐらいですが、そこに至るまでには多くの検討が必要です。今はその内容について議論を重ね、対応する手順を準備しています。トラブルを想定して対策を考え、かつそれを紙に残しておくことは、ケーススタディであり、訓練にもなりますから。


Q:まさに机上訓練ですね。


そうです。でも、より多くの準備をするほどミッションはうまく行って、その準備したことがムダになってくれるというジンクスがあります。「頑張ったからこそ、ムダになる」という(笑)。


Q:12月7日をどういう心境で迎えることになりそうでしょうか。


準備がすべて終わっていても、頭の中ではぐるぐるとシミュレーションが回っていて、「あれはどうなっていたかな?」と引っかかると、設計データとか運用手順とか仕様書を調べ始めたり、そんなことをやっているのではないかと思います。これまでも大きなイベントの前はそんな感じでした。


Q:では、もし今から、12日7日の自分に声をかけるとしたら?


「大丈夫だよ」と言ってあげたい気はしますが、たぶん言わないと思います(笑)。


Q:どうしてですか?


頭をぐるぐるさせているのは良いことなので、そっとしておきます。安心させても仕方がないし、言ったとしても安心しないだろうから、そっとしておくのが一番です(笑)。

2008年12月、一次噛み合わせ試験実施中のJAXA中村 正人教授(左)とNEC大島 武(右)

2015年10月20日 取材
(取材・執筆 喜多 充成

金星探査機「あかつき」は、金星周回軌道投入に成功しました!