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海中の無人機に効率良く大電力を伝送できるワイヤレス給電アンテナの開発

未来の社会を支える最先端技術 ~ 社会に浸透してゆく先端技術

本稿では、海中での無人機運用に重要となる海中ワイヤレス給電(充電)アンテナの開発について紹介します。広大な海洋では状況把握、資源調査や採掘・採取を行う設備の開発などに関する研究や産業が進展し、昨今では、ドローンと同様に無人機が海中でも広く活用されています。しかし、海中での無人機運用は有線給電では移動範囲が狭く、バッテリー駆動では稼働時間が短いという課題があるため、運用効率を改善するために海中でのワイヤレス給電の開発に着手してきました。NECで研究開発した独自のアンテナ技術により50W級の海中用アンテナを実現しましたが、容量が小さく適用範囲が限定的となるため、実用レベルのキロワット級へと開発を進めました。

1. はじめに

近年、海洋開発では、海底資源の調査活動や海底設備の設置、メンテナンスなどにおいて、無人機(電動)の活用が進められています。無人機の活用はその電力供給の方法として、海上からの有線による供給と燃料電池や搭載バッテリーからの供給があります。有線の場合は移動範囲が狭くなること、バッテリー駆動の場合は稼働時間が短くなるという課題があります。図1にバッテリー駆動の場合の海中無人機の運用サイクル例を示します。このサイクルでは、人によるバッテリー交換が必要で、浮上から揚収、再度現場に戻るまでに時間を要し、本来必要とされる調査・点検の実働作業時間が全体の1割程度にとどまります。これら運用稼働効率の課題を改善するため、海中における充電の必要性が高まっています。

図1 バッテリー駆動時の海中無人機の
運用サイクル例

図2に海中における無人機の運用例を示します。さまざまなセンサーおよび海中無人機、無人建築機械などによる調査・点検作業や海洋環境の監視作業などに対し、海中給電により運用稼働効率を改善することが本開発の目的です。

図2 海中における無人機の運用例

2. 海中における給電技術の課題

空中ではコネクタやピンを勘合する接触型の給電は容易ですが、海中では、防錆や水密構造が必要であり、また接触部へのゴミの混入などによる短絡の発生などが生じるため容易ではありません。更に、無人機が潮流で流されることから精密に勘合することが困難であり、実施するためには大規模な誘導装置が必要になるなど、厳しい制約条件が発生します。したがって、海中では、シンプルで制約の少ない非接触型による給電技術が有効です。ただし、非接触型であっても、海洋生物の付着などが生じるため、付着状態でも給電できるよう、送受信間距離(離間距離)が広いことが重要となります。

非接触型給電にはさまざまな方法がありますが、スマートデバイスや電気自動車向けに実現されている空中のワイヤレス給電技術をそのまま海中へは技術転用できません。海中では空中に比べて媒質内のエネルギー損失が大きいため、電力の伝送効率が極端に低下するからです。これらにより、海中においても高効率かつ大電力伝送ができる技術が必要となります。

3. 海中給電技術の開発

NECは、海中において送受アンテナ間の離間距離が離れても高電力伝送効率を実現可能な給電技術を開発しました。その重要要素となるのが、海中用アンテナです。ワイヤレス給電では、電界と磁界からなる電磁界エネルギーを用いて電力伝送を行うのが一般的です。電磁波が数m以上伝搬する遠方界においては、磁界と電界エネルギーが互いに影響しながら伝搬します。一方、数cm~数十cm程度しか伝搬しない距離の近傍界では、磁界エネルギーまたは電界エネルギーのどちらかが主となり、送信側から受信側へと電力が伝送されます。磁界エネルギーは媒質(空気、真水、海水)に依存せず、伝搬特性に変化はありません。一方、電界エネルギーを活用する場合は媒質に大きく依存し、海中では特別な現象が見られます。塩分(NaCl)が主成分である海水では、電界を印加することにより、Na+及びClイオンが移動し電流が流れることが知られています。すなわち、海中において送信アンテナから放出された電界エネルギーは、電荷(イオン)が移動する際の運動エネルギーとして消耗するため、電界エネルギーの伝搬損失が空中に比して大きくなり、受信アンテナへの到達エネルギーが極小となってしまうわけです。この課題に対して、電界エネルギーをいったんアンテナの送信回路網内に閉じ込め、その後貯め込んだ大きな電界エネルギーを放射する方法を考案しました1)2)。具体的には、上下のスパイラルコイル間に比較的誘電率の高い誘電体層を入れ(図3)、アンテナ自体を大きな並行平板コンデンサとして見立てた構造です。これにより、強い電界エネルギーが放出でき、遠距離伝搬が可能になります。この構造を「誘電体アシスト構造」と呼びます。なお、送信側と受信側のアンテナは共振現象を利用し、エネルギーを最大限に電力伝送するためにともに同じ構造としています。

図3 海中用アンテナの構造

4. 50W級アンテナの性能確認

開発した誘電体アシスト構造によるアンテナの有効性を実証する必要がありますが、50Wを超える入力電力のワイヤレス給電装置には電波法上免許が必要となるため、それ以下で動作させる50W級のアンテナを製造して基本性能を確認しました。50W級のアンテナ(幅30cm×高さ30cm×厚さ3cm)の外観写真を図4に示します。高誘電体層を上下スパイラルコイルで挟み込み、樹脂でコーティングしています。

図4 50W級アンテナの外観写真

海中にて、本50W級アンテナの磁界及び電界の伝搬特性を計測しました。磁界の伝搬特性の計測結果は媒質に依存せず、空気、真水、海水と異なった媒質においてもシミュレーション通り同じになり、変化がないことを確認しました。一方、電界の伝搬特性は、図5に示すように、空中における傾き0.66dB/cmに対し、海中の傾き0.29dB/cmと送受アンテナ間の離間距離に対する伝搬損失を半分程度に抑え込むことができ、「誘電体アシスト構造」の有効性を確認することができました。

図5 電界の伝搬特性(上:空中、下:海中)

更に、送受アンテナ間の離間距離と電力伝送効率の計測結果を図6に示します。誘電体アシスト構造では、送受アンテナ間の離間距離10cmで67%の電力が伝送できることが確認できました5)。この67%という効率は、スマートフォンで適用されている電磁誘導方式において約1cmの離間距離、電気自動車で適用されている磁界共鳴方式においても約2cmの離間距離と同等の値です。繰り返しになりますが、誘電体アシスト構造によるNECが開発したアンテナは、海中において送受アンテナ間の離間距離が広い場合でも高い電力伝送効率の保持が可能なため、海中無人機などへの適用が大きく期待できます。

図6 送受アンテナ間の離間距離と電力伝送効率

50W級のアンテナで基本性能を確認しましたが、50Wではわずか電球1個を灯す程度の電力量であり、適用先が限定されてしまいます。多様なニーズへと対応するためには、キロワット級のアンテナの開発が必要です。

なお、この50W級のアンテナは米国防省評価プログラムFCT*にてトップの送受アンテナ間の離間距離性能と認識され、米海軍からも大電力化への強い期待が示されています。

  • *
    FCT:Foreign Comparative Testingの略。防衛に必要となる要件を迅速かつ経済的に実現するために、同盟国の高い技術レベルを持つ製品や技術を評価するプログラムのこと。

5. キロワット級アンテナの開発

50W級のアンテナでは基本性能を正確に把握するため、アンテナ内のスパイラルコイル形成は精緻な正対構造の形成を目的として積層プリント基板の製造方式を採用しました。しかし、キロワット級のアンテナの開発では、大電流を流すため、より厚みのある1mm以上の平角銅線によるコイル形成が必要です。そのため、製造プロセス自体の見直しが必要となり、特に上下コイルを貼り合わせる際の工程を変更しました。これにより、上下コイルとコイル間に挟む高誘電体層との間に気泡や剥離による間隙ができやすくなり、その間隙に電界が集中するために発生する部分放電問題が改めて顕在化しました。そこで、いくつかの誘電体層を用いた事前実験を通じて、部分放電問題の対策を検討しました。その結果、ガラスクロス入りの層間接着シートをコイル間の高誘電体層として使用することにより絶縁強度の強化が期待できるようになりました。

現在、本製造プロセスに基づいたキロワット級アンテナの試作を行っている段階ですが、図7に示すように、入力電力を50Wから500Wまで印加した電力伝送効率の評価結果が得られています。計測条件は空中で、かつ送受アンテナ間が密着状態の条件下となりますが、入力電力50Wでは電力伝送効率が61.9%、その後、300W印加時あたりから徐々に電力伝送効率は低下し、500Wの場合には49.3%となることが確認されました。この電力伝送効率の低下は、入力電力に応じた表皮効果の影響による電力伝送路のインピーダンス不整合が原因であると推定しています。大電力印加に対しても電力伝送効率60%以上保持を目標として、可変整合器の付加を予定しています。

図7 キロワット級アンテナの評価結果

次に、送受アンテナ間の離間距離に対する電界強度の伝搬特性を図8に示します。ここでは、入力電力を50Wから、先述の図7における電力伝送効率の低下が生じ始める300Wまで変化させて評価を行っています。図8より、入力電力の増加にしたがって電界強度が増え、かつ離間距離に対する電界強度の変化差分(損失)が小さくなっていることが分かります。これも誘電体アシスト構造の効果であり、広離間距離に対して効率の良い大電力伝送ができたことを示していると言えるでしょう。

図8 入力電力ごとの海中における電界の伝搬特性

6. むすび

海中無人機、無人建築機械などに海中で給電するための海中用アンテナとして誘電体アシスト構造を考案し、その基本性能を50W級アンテナで実証しました。更に、実用性を鑑み、より広範なニーズへも対応可能とするため、キロワット級アンテナの開発に取り組みました。この大電力化への対応は道半ばでありますが、製造プロセスの変更、材料の見直し、事前実験などにより、入力電力500Wまでの電力伝送効率を確認することができました。今後は、電力伝送路のインピーダンス変化に対応した可変整合器を用い、大電力化に対する電力伝送効率の向上(目標:60%以上)を図っていく予定です。更に、部分放電への耐性状況を確認しながら、キロワットの電力印加についても評価する予定です。キロワット級アンテナの実現により、海中のワイヤレス給電の適用例が増え、近い将来、IoTが水中の世界にも広がっていくものと期待しています。

本稿中での研究の一部は、公益財団法人日本財団における水中での非接触型給電システムの開発(事業ID:2018495335)の助成を受けたものです。

Supported by 日本財団 OCEAN INNOVATION

参考文献

  • 1)
    Makoto Ogawa et al.:Development of an Antenna Specialized to the seawater,MAST Asia 2019,2019
  • 2)
    小川誠ほか:海中ワイヤレス充電および通信のためのアンテナ開発,2018年電子情報通信学会ソサイエティ大会講演論文集,2018
  • 3)
    Jun Han et al.:Noncontact power supply for seafloor geodetic observing robot system, Journal of Marine Science and Technology,12巻3号,pp.182-189,2007
  • 4)
    Gino Virgilio Tibajia et al.:Development and evaluation of simultaneous wireless transmission of power and data for oceanographic devices,IEEE SENSORS,2011
  • 5)
    S. Yoshida et al.:Underwater Wireless Power Transfer for non-fixed Unmanned Underwater Vehicle in the Ocean, 2016 IEEE/OES Autonomous Underwater Vehicles (AUV),2016

執筆者プロフィール

小川 誠
電波・誘導事業部
主任
山本 満
電波・誘導事業部
シニアエキスパート