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人工衛星運用における自動化・省力化技術
未来の社会を支える最先端技術 ~ 社会に浸透してゆく先端技術NECは、高性能小型レーダ衛星「ASNARO-2」の運用を2018年から行っています。自社開発の衛星運用ソフトウェアパッケージ「GroundNEXTAR」によって、安定した衛星運用を実現してきました。本稿では、「GroundNEXTAR」の特徴と、これまでの衛星運用で得られた自動化・省力化に向けた知見を紹介します。
また、衛星運用で課題となっている「観測候補の選定」について、熟練の運用者からの脱却と運用の自動化・省力化に向けた取り組みとして、「熟練の運用者の意思決定」を自動化する意図学習技術について紹介します。
1. はじめに
人工衛星の運用は、高度な知識と経験を持った熟練の運用者がこれまで活躍してきました。しかし、これからの衛星運用では、熟練の運用者に頼らない業務遂行、すなわち属人的な業務からの脱却が必要です。加えて、「衛星コンステレーション」と呼ばれる、複数の人工衛星を同時に連携させて活用する考え方が一般的になりつつあります。このため、数百基の衛星運用になると、人手に頼らない運用が今後必要になると考えます。このような背景から、運用者の業務負荷を低減する衛星運用システムの自動化・省力化が必要になります。
一方、「何をどうするか」という、人による意思決定は、システムによる自動化の対象とはなり得ません。なぜなら、意思はシステムへのインプットになるためです。意思決定は運用者の「経験」や「勘」に大きく依存していますが、社会的な問題でもある働き手の減少もあり、後進の育成と引き継ぎが課題です。そのため、熟練の運用者視点での意思決定を支援することが求められると考えます。
これらの課題を解決するためにNECが実施してきた、衛星運用システムによる「定型業務の自動化」と、人工知能(AI)技術の1つである意図学習を用いた「意思決定の自動化」の取り組みを紹介します。
2. 「ASNARO-2」の概要
高性能小型レーダ衛星「ASNARO-2」は、国際市場で競争力を持つ小型の地球観測衛星を開発することを目的とした経済産業省のプログラムASNARO(Advanced Satellite with New system Architecture for Observation)の一環で開発された衛星です(図1)。観測時間帯や気象条件に左右されないレーダ(合成開口レーダ:SAR)を使用し、小型軽量ながらも地表の1m以下の物体を識別することができる高い観測能力を有しています(写真1)。
3. 「GroundNEXTAR」の特長
「ASNARO-2」の運用では、NECが開発した衛星運用ソフトウェアパッケージ「GroundNEXTAR(グランドネクスター)」をNEC衛星オペレーションセンター(NSOC)に導入しました(写真2)。「GroundNEXTAR」は、多彩な宇宙ミッションに対応するNEC標準小型衛星システム「NEXTAR」に完全準拠し、更にその他の衛星へも対応可能な衛星運用システム用のソフトウェアパッケージです。
従来の衛星運用システムは、衛星ごとに特化された設計になっており、拡張性や汎用性が課題でした。「GroundNEXTAR」では、観測要求受付、計画立案、衛星管制・監視、画像処理、データ提供の一貫した地球観測衛星運用に必要な機能を有しています。人工衛星や運用に合わせて地上システムを構築することができます(図2)。
「GroundNEXTAR」が有する機能のうち、運用者の負荷低減を目的とした作業の自動化の例を2つ紹介します。
1つ目は、コマンド自動実行機能です。衛星と通信する時間帯に実行する作業をあらかじめ登録しておくことで、衛星の状態を確認するテレメトリモニタと、衛星に指令を送るコマンド送信運用の知識がなくても運用が可能です。更に、運用者が不在の時間帯でも自動実行が可能なため、省人化も実現できます。
2つ目は、衛星の基本機能を維持するバス運用の実施時間帯の自動調整機能です。衛星の状態を監視するバス運用は、観測や地球へのデータ送信のミッション運用の時間帯と調整して実施計画を立てます。「GroundNEXTAR」では、大まかな実施時間帯を指定しておくことで、衛星のイベントがない空き時間帯を探してバス運用実施を決定することができます。
4. 運用で得られた知見
2018年1月の「ASNARO-2」打ち上げから3年以上にわたり、「GroundNEXTAR」を使用して運用してきました。NECで運用を行ったことによって得られた自動化・省力化につながる知見を、3つ紹介します。
1つ目は、観測地点候補の自動選定です。国内外の情勢、自然災害、事件・事故などの発生によって、衛星画像を必要とするユーザーの関心地域は変わっていきます。自動選定が可能になることで、速やかに観測し、画像提供を行うことができます。
2つ目は、観測要求の自動作成です。「ASNARO-2」の運用では、日々地球を観測する計画を立案しています。計画立案のために、運用者は「いつ・どの地点を撮影するか」をまとめた「観測要求」と呼ばれるものを作成します。運用者が人手で作成するため、観測機会を逃している可能性もあります。
3つ目は、運用計画の自動立案です。立案にかかる作業はいくつかのステップに分かれており、「GroundNEXTAR」では各ステップの作業を自動化する機能を有しています。一方、立案の期限時刻までに計画に含めるべきタスクをインプットするだけで立案ができれば、各工程にかかっていた負荷の低減が望めます。定型的な作業も含まれるため、システムでの更なる自動化・省力化が目指せると考えています。
前述した内容のうち、業務難易度が高く、作業できる運用者が限られている、2つ目の観測要求の自動作成に着目し、意図学習技術を活用した改善を研究しました。この取り組みを第5章において紹介します。
5. 意図学習技術適用の取り組み
5.1 意図学習技術
意図学習技術は、NEC独自の逆強化学習技術をコア技術としています。
強化学習は、設定した目的関数を最大にする行動を探索し、各状態に対する最適な行動を算出する手段(方策関数や価値関数)を学習します。逆強化学習はその逆で、行動軌跡(状態と行動の時系列データ)から、最大化している最適化指標を学習するものです。
意図学習技術は、従来の逆強化学習では困難だった「組み合わせ最適化」への適用や、複数の最適化指標をその意図が解釈可能な形で学習する(定式化する)ことを可能にしています。特に、組み合わせ最適化へ適用可能になったことの効果は大きく、意思決定のような、人がある基準に従って最適解を導き出す、というプロセスの自動化に寄与できます。
意図学習技術は、模倣したい熟練者の行動の行動軌跡データを教師データとして、最適化指標の特徴量と重みを更新するという作業を行います。特徴量と重みは、最適化ソルバ(最適化AI)を用いて一意に算出される行動軌跡が熟練者の行動軌跡データに近づくように計算を繰り返し、導き出されます。この過程で、熟練者がどの特徴量に重みを置いているかを学習することができ、熟練者の行動軌跡を模倣した最適化指標を得られるようになります。最適化指標は、次式のように重みと特徴量の積の総和で表されます。
意図学習技術の適用事例には、スキルや休暇希望に合わせた従業員のシフト決めや、需要と供給を考慮した在庫計画の立案が挙げられます
5.2 観測要求作成への適用
第4章で挙げた知見のうち、観測要求作成の自動化の課題解決のため、意図学習技術の適用を検討しました(図3)。
運用者は、観測要求作成時に、膨大な観測候補の中から衛星の設計上の制約やユーザー間の観測依頼の競合の条件を総合的に判断しています。これまでは作成作業を担える運用者が限られ、また作業に多くの時間を要していました。この思考の過程=意図をAIに学習させることで、観測候補を選定するという組み合わせ最適化の問題を解き、観測要求作成を自動化することを目指しました。
観測要求作成で考慮している4つの特徴量を考慮し、最適化指標を定式化しました。
選定した特徴量に対して、熟練の運用者は表の観点で観測要求を作成しています。
表 観測要求作成の観点
熟練の運用者による観測要求作成の行動軌跡データを意図学習エンジンの教師データとして使用し、特徴量ごとの重みを繰り返し計算させました。
意図学習技術の適用による観測要求作成の自動化により、次の成果を上げることができました。
- 熟練の運用者の意図を高精度で再現:再現精度94%
- 業務時間を1/6に短縮:熟練の運用者120分→非熟練者20分
6. むすび
NECは、多くの人工衛星の運用システムの開発において機能の向上に取り組んできました。更にNECでの「ASNARO-2」の運用を通して、衛星運用の自動化・省力化に取り組んできました。
得られた知見は、「GroundNEXTAR」の改良に生かすだけでなく、今後の衛星運用システム開発にも反映することにより、運用の自動化・省力化に寄与していきたいと考えています。
本稿では、意図学習を観測要求作成に適用しましたが、これに類似した「複数のお客様から注文が寄せられ、限られたリソースで注文に応える」システムへの適用が可能と考えられます。
NECは、人工衛星運用システムの自動化、AIでの自動化・省力化技術の獲得を通じて、社会課題の解決と公平・効率という社会価値の創造に貢献します。
執筆者プロフィール
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
NECネッツエスアイ株式会社
ネットワークインフラ事業本部
主任