通信事業者向け測位ソリューション

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

スマートフォンの普及とともに、地図アプリケーションなどの位置情報を使用したサービスが日常的に利用されるようになりました。近年は、自動運転、建設機械、ドローンなど、さまざまな用途でも位置情報が活用され始めています。位置情報の活用シーンの多様化とともに、位置を特定する測位技術への要求も高まっています。NECは、測位精度の向上や測位時間の短縮、測位可能なエリアの拡大を実現する測位ソリューションを通信事業者向けに提供しています。本稿では、NECの測位技術への取り組みと、通信事業者向けの測位システムを紹介します。

1. はじめに

スマートフォンの普及とともに、地図アプリケーションや子どもの見守りなど、モバイル端末の位置情報を活用したサービスが日常的に利用されるようになりました。

近年は、車やドローンなどの自動運転制御や、商圏や人流分析などのマーケティングに活用されるなど、位置情報の活用シーンは拡大し、位置を特定する測位技術に対する要求は多様化しています。例えば、自動運転制御のためのリアルタイムかつ高精度な測位、商業施設の人流をフロアごとに把握するための垂直方向の測位、屋内や高層ビルに囲まれたエリアといった衛星の電波が届きづらい場所での測位など、さまざまな測位技術が求められています。

本稿では、NECの測位技術への取り組みと、通信事業者向けの測位システムを紹介します。

1.1 通信事業者による位置情報サービス

通信事業者は、主に次のような位置情報サービスを提供しています。

  • (1)
    個人ユーザー向けサービス
    • 地図アプリケーションに位置情報を提供するサービス
    • 紛失したスマートフォンの捜索や子どもの見守りなど、離れた場所から測位するサービス
    • 緊急通報(110/118/119)において、緊急通報受理機関(警察/海上保安庁/消防)に通報者の位置情報を提供するサービス
  • (2)
    法人ユーザー向けサービス
    • 配送車両などの位置管理サービス
    • IoTデバイスの位置管理サービス

人々の生活を便利にするサービスから、人命にもかかわる社会基盤となるシステムまで、幅広い用途で位置情報が活用されています。

1.2 測位システム

測位とは、正確な位置が分かっている基準点からの相対的な位置を測定することによって、測位対象の現在位置を算出することです。

モバイル端末では、主にGPSを含む測位衛星システムであるGNSS(Global Navigation Satellite System)の電波を利用した測位方式が使用されています。しかし、端末で受信するGNSSの電波だけでは測位に時間がかかる、さまざまな誤差要因により精度が悪くなる、電波が届かない場所では利用できないといった課題があります。これらの課題解決のために、測位をサポートする測位システムが必要となります。測位システムは、測位を行うだけではなく位置情報サービスを提供するシステムと連携する役割も持つため、位置情報サービスの提供には欠かせないシステムです。

2. 測位システム事業への取り組み

NECは、GNSS対応の携帯端末が登場した当初から、20年以上にわたって通信事業者向けの測位システムを提供しています。その間、2G(第2世代移動通信システム)の通信規格への対応からはじまり、現在の5G(第5世代移動通信システム)まで、測位技術の進歩に追従して技術力と経験を培ってきました。

2.1 新技術への取り組み

新たな測位技術として、高精度な測位や、高さの測位が注目されています。

2.1.1 5G基地局測位

5Gでは、使用される高い周波数(ミリ波)の電波の直進性を生かし、複数の基地局から受信する電波の角度や到達時間により、高精度な測位を実現する技術が開発されています。

2.1.2 高精度(cmレベル)測位

建設機械やドローンなどでの利用を目的とした、高精度な測位の需要が高まっています。一般的なスマートフォンで用いられる測位方式の精度は数m~数十mですが、専用のアンテナと補正データを使用することにより、数cmレベルの高精度な測位が可能となります。補正データにはエリアごとの電離層遅延などによる誤差の大きさが含まれており、この情報を使って補正することで精度を向上しています。

補正データの配信は、インターネットなどを経由して端末ごとに配信する方式が一般的ですが、基地局から一斉に広報配信する方式により、ネットワーク負荷を軽減し、より多くの端末に配信することが可能となります。

2.1.3 高さ・フロアレベル測位

高層ビルなどの屋内での高さを測位する方式として、従来は建物内に測位用のセンサーなどを配置する方式が一般的でしたが、近年は気圧による測位方式が有力視されています。気圧による測位は、気圧変化などのさまざまな誤差要因を補正する技術が必要となりますが、建物内への機器設置が不要となるため、低コストで広範囲での測位が可能となります。

米国の緊急通報では、ビル内で通報者のいるフロアを特定する方式として、気圧による測位が採用されています。

2.2 測位精度向上への取り組み

測位の精度は、測位システムの性能だけではなく、端末の受信感度や、測位衛星の航行状況、周辺の基地局の配置、高層ビルのような遮蔽物の配置など、さまざまな外部要因が影響します。そのため、測位システムの精度評価と精度向上には、多面的な分析が必要であり、専門知識と経験が求められます。

NECは長年の測位システムの開発と運用で蓄積してきた知見と実績を強みとして、測位システムの開発に取り組んでいます。

3. 測位システムの紹介

第3章では、NECが通信事業者向けに提供している測位システムの一部を紹介します。

測位システムは、通信事業者のコアネットワーク(以下、コア網)と連携して、位置情報サービスの機能を提供しています。

3.1 AGPS(Assisted-GPS)

AGPSは、利便性や緊急性の観点から高速で高精度な測位を実現するためのシステムです。本来、端末のみでのGNSS測位では、測位に必要な衛星からの信号(航法メッセージ)を受信してから、位置情報を利用するまでに1分程度の時間を要します。AGPSは航法メッセージの受信をアシストするためのデータを端末に送信することで、端末の処理時間を短縮し、高速な測位を実現します。また、測位の処理をAGPSで実施することにより、端末の負荷軽減が可能となります。

3.1.1 ユースケース

AGPSは大きく3種類のユースケースに対応しています。

  • (1)
    MO-LR(Mobile Originated Location Request)
    測位対象の端末自身が測位要求の起点となって測位する方式です。ユーザーが地図アプリケーションを利用し、自身の位置を特定する場合などに使用されます。
  • (2)
    NI-LR(Network Induced Location Request)
    コア網が測位要求の起点となって、端末を測位する方式です。コア網が緊急通報を中継した際に、通報者の位置情報を取得し、緊急通報受理機関(PSAP: Public Safety Answering Point)に通知する場合などに使用されます。
  • (3)
    MT-LR(Mobile Terminated Location Request)
    測位対象となる端末以外の第三者が起点となって、端末を測位する方式です。保護者による子どもの見守りサービスや、緊急通報時にPSAPから通報者の位置情報を要求するような場合に使用されます。

3.1.2 測位方式

AGPSは、要求に応じて複数の測位方式を使用します。

  • (1)
    GNSS測位
    測位要求が開始されると、AGPSは端末が通話やデータ通信のために使用している基地局の情報を受け取り、該当基地局の位置情報をもとに、端末のエリアを特定します。特定したエリアで受信可能なアシストデータ(GNSS衛星に関する情報)を端末に提供することで、端末がGNSS信号の捕捉と航法メッセージの受信にかかる時間を短縮することができます。アシストデータには、該当エリアから見えるGNSS衛星の航法メッセージ、端末から見たGNSS衛星の方角や距離、相対速度を加味したドップラー効果の影響などの、測位に必要な情報や、信号の捕捉を補助する情報が含まれています。

    端末は測位に必要な情報を受け取り、信号を捕捉することで測位を行うことが可能となりますが、測位処理をAGPSで行うことも可能です。AGPSでの測位では、端末の省電力化、端末が未サポートの測位方式による高精度化などの利点があります。
  • (2)
    基地局測位
    端末が信号を受信している基地局情報をもとに測位を行う方式です。端末が通信している基地局の位置と、その基地局の推定電波範囲から、該当基地局がカバーするエリアを特定し、測位結果を得ます。また、端末が複数の基地局からの信号を受信している場合は、基地局のカバーするエリアが重なりあう地点を特定することで、より精度の高い測位結果を得ることができます。加えて、電波強度や電波品質、受信タイミングなどを使用するECID(Enhanced Cell ID)測位や、測位用信号の受信までの時間差を使用するOTDOA(Observed Time Difference Of Arrival)測位など、端末が取得できる情報に合わせた測位方式の選択が可能です。これらの基地局測位方式を備えることで、GNSS測位が使用できない環境でも高い精度の測位を実現しています。

3.1.3 システム構成

AGPSは、主にコア網を通じて端末と通信する機能部、測位を行う機能部、GNSSの航法メッセージを解析し管理する機能部、基地局の位置や基地局ごとの推定電波範囲を管理する機能部で構成されています。これらの機能群により、AGPSは端末へのアシストデータの提供、GNSSや基地局を使用した測位を実現しています(図1)。

図1 AGPSの機能群

3.2 ELIS(Emergency Location Information System)

ELISは、緊急通報が行われた際、管轄のPSAPに通報者の位置情報を通知する、緊急通報位置通知システムです。

緊急通報の発信時に通報者の位置情報をPSAPへ通知する機能と、PSAPからの要求を受けて、通報者の位置情報を取得する機能を有しています。

緊急通報位置通知は、総務省の事業用電気通信設備規則に定められており、緊急通報を扱う通信事業者に対して導入が義務付けられている機能です。

3.2.1 システム構成

ELISを構成する機能群は、コア網の各世代に対応しています。本稿では、4G及び5G向けの機能名称で説明します。

  • (1)
    GMLC(Gateway Mobile Location Centre)
    GMLCは、緊急通報が行われた際に、通報者の位置情報を適切な管轄のPSAPに通知する機能部です。

    緊急通報の発信時や、PSAPから位置情報の取得要求を受けた際に、コア網やAGPSと連携して端末の位置情報を取得し、全国の適切なPSAPに通知します。
  • (2)
    LMF(Location Management Function)
    LMFは、通報者の現在位置を測位する機能部です。コア網と連携する機能部であるため、5G向けはLMF、4G向けはE-SMLC(Evolved Serving Mobile Location Centre)のように、各世代に合わせた機能群が配置されています。

    測位方式は基地局測位を採用しており、測位要求を受けてから短時間で位置情報を取得できることが特徴です。これにより、通報者の位置情報を即座にPSAPに通知することが可能となっています。

3.2.2 AGPS連携

日本国内での緊急通報では、基地局測位に加えてGNSS測位方式も併用されています。ELISは、緊急通報の発信時に短時間で大まかな位置情報を取得する基地局測位を実施します。続けて、より高精度な位置情報を取得するGNSS測位をAGPSとの連携で行います。緊急を要する通報において、可能な限り早く位置情報をPSAPへ通知するために、このような方式が採用されています(図2)。

図2 ELISの緊急通報位置通知フロー(5G)

4. むすび

本稿では、NECの測位技術への取り組みと、測位システムを紹介しました。通信事業者向けの測位システムでは、測位精度に加えて社会基盤としての高度な可用性や運用性も求められます。NECは通信事業者向けコアシステム開発の経験を生かし、高品質な測位システムの開発を行っています。今後も、位置情報の利用はますます拡大し、社会基盤としての重要性も増していくことが予測されます。NECは引き続き、測位ソリューションの提供を通じて、位置情報サービスの発展と安全・安心な社会の実現に貢献していきます。

執筆者プロフィール

大山 博毅
モバイルコア統括部
ディレクター
津村 周典
モバイルコア統括部
プロフェッショナル
大塩 啓一
モバイルコア統括部
主任
牧野 加奈子
モバイルコア統括部
主任
吉田 一貴
モバイルコア統括部