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ソフトウェア無線技術のその発展と取り組み
未来の社会を支える最先端技術 ~ 社会に浸透してゆく先端技術ソフトウェア無線(SDR:Software Defined Radio)とは、ソフトウェアを変更することで、複数の通信方式を切り替えることができる無線機を指します。具体的には、内蔵されたDSP(Digital Signal Processor)やFPGA(Field Programmable Gate Array)の処理や回路をCPUで切り替えることで、複数の変復調方式を実現します。
本稿では、日本と米国とのソフトウェア無線の相互通信を目的とした日米合同研究と、その成果を採用した陸上自衛隊向けの広帯域多目的無線機の試作から量産、更にソフトウェア無線の特性を生かしたプログラム改修事業について説明します。
1. はじめに
ソフトウェア無線は、軍用無線機の用途として注目されていました。軍用の通信機には何種類か変調方式を有する無線機があり、運用時には複数の無線機を携行する必要がありました。
ソフトウェア無線技術を採用することで、運用時に携行する無線機の数を削減できるため、装備化が求められていました。
2. ソフトウェアの標準化
当時の米国国防省統合プログラム執行事務局、JPEO JTRS(Joint Program Executive Office Joint Tactical Radio System)、現在はJTNC(Joint Tactical Networking Center)により、ソフトウェアの再利用性や可搬性を目的としたソフトウェアアーキテクチャが定義されました。それが、SCA(Software Communications Architecture)です。SCAは、ソフトウェア無線機を実現させるための仕組み(OS、CORBA Middleware 、Core Framework、Application)を規定しています(図1)。

OSについては、相互移植性を考慮するため、関数の詳細な動作まで規定されています。CORBA Middleware については、Software Busを実現してApplication及びCore Frameworkに対して共通のインタフェースを提供します。Core Frameworkについては、ハードウェアの差異を吸収して、すべてのApplicationに対して同一のハードウェア資源を提供します。
OS、CORBA Middleware、Core FrameworkをOperating Environmentと呼び、ApplicationをWaveformと呼んでいます。ハードウェアの違いをOperating Environmentですべて吸収することで、一度開発したApplicationは、ハードウェアが異なっても動作する仕組みを構築しました。
3. 日米共同研究
米国内において、各軍(陸軍、海軍、空軍、海兵隊)の相互通信性の向上は必要不可欠でした。しかし、無線機の種類が25~30種類と多く、複数無線機の保有によるコスト問題、新規通信ネットワーク機能の必要性により、既存無線機(ハード無線機)とは異なるアーキテクチャの無線機の開発を必要としていました。そのため、ハードウェアを共通化し、ソフトウェアで通信方式が変更可能なソフトウェア無線機の開発に着手しました。その際、米国は同盟国に対して開発の参加を求めました。日本は、防衛庁技術研究本部第2研究所(当時)を窓口とし、米国との間でMOU(基本合意書)に基づく情報交換という形で、日米共同研究を行いました。米国の契約企業は、Raytheon Company(現在は、BAE Systemsに事業移管)、日本はNECが契約企業となり、NEC-Raytheon Company間でTAA(技術援助契約)に基づく情報交換を実施することで、開発を進めました。
ソフトウェア無線機の特徴は次のとおりです。
- ソフトウェア標準化
- ソフトウェアダウンロードによる多様の変調方式に対応
- 日米及び関係省庁との相互通信性の向上
NECはソフトウェアの標準化に向けて、日米共同研究プロジェクトを立ち上げました(図2)。日米相互にハードウェア及びソフトウェアを開発し、お互いのハードウェアにそれぞれのソフトウェアを移植して日米で相互通信ができることを最終目標としました。まず、SCA準拠性試験の合格を目指しました。SCA準拠性試験は、自動試験(米国製準拠性確認ツールによる自動試験)、マニュアル試験(ソースコードを直接確認する試験)、ドキュメント試験(OS、CORBAのマニュアルを参照して確認する試験)になります。合計で約1,000項目にわたる試験項目を実施しました。NECは、2005年度に動作環境及びWaveformでSCA準拠性試験に合格しました。続いて2006年度に、日米それぞれのWaveformをそれぞれのハードウェアにインストールして、相互通信を行うことを確認しました。

4. 広帯域多目的無線機の装備化
広帯域多目的無線機では、防衛省が試作事業を一般公募で募集しました。要求条件としてSCA準拠が求められており、一般公募の結果、日米共同研究にてSCA準拠試験を合格したNECが本試作事業を受注することができました。
装備化に向けて、2009年に試作(その1)、2010年に試作(その2)、2011年に試作(その3)を納入し、防衛省主体の技術試験/実用試験を経て、2013年に量産化することができました(図3)。

広帯域多目的無線機には、車両搭載型の車両用、機上搭載型の機上用、マンパック型の携帯用Ⅰ型、ハンドヘルド型の携帯用Ⅱ型がシリーズ化されています(図4)。

ソフトウェア無線機の特徴であるソフトウェアを入れ替えることで、多目的に利用できる無線機を1台で実現することが可能となり、従来無線機の後継機として装備化することができました(図5)。

従来無線機と比べ、広帯域多目的無線機は小型化・低コスト化することができ、設置スペースを有効活用することができます。
現在、広帯域多目的無線機には従来無線機の相互通信を目的としたWaveform以外に、新規に開発したWaveformが複数あります。それぞれ、音声通信及びデータ通信の同時使用が可能となっています。また、アドホックネットワークの機能が搭載され、複数台でのIP通信を行うことが可能となり、音声だけでなく、メールや映像伝送も行うことができます。アドホックネットワークとは、多数の端末同士を基地局の介在なしに直接接続ができ、自律分散的にルータと同様の役割を担いながら、数珠つなぎのように通信を行うことができる技術です(図6)。

更に陸上自衛隊独自の通信網だけではなく、民間の通信網を利用したデータ通信も可能となりました。
また、ソフトウェアの変更により、容易に機能を向上させることができます。
5. 量産化後の取り組み
広帯域多目的無線機はソフトウェア無線の特性を生かして、量産化後に計3回のプログラム改修事業を実施しました。
2016年に、1回目の広帯域多目的無線機のプログラム改修を実施しました。改修内容は、主に車両・携帯無線機への操作性改善やユーザー操作による機能追加になります。2017年に、2回目のプログラム改修を行いました。改修内容は、主に機上無線機への操作性改善やユーザーインタフェースの変更になります。そして、ほぼ同時期に、3回目のプログラム改修を実施しました(図7)。陸上自衛隊の指揮統制機器は、これまで有線接続のみでしたが、改修を実施した広帯域多目的無線機を使用することにより、セキュリティを維持した状態での無線通信が可能となり、部隊の迅速な行動に寄与しています。

現在、4回目のプログラム改修事業を契約中です。改修内容は、陸上自衛隊と海上自衛隊の相互通信を可能にするWaveformを適用中です(図8)。

6. むすび
今後も、ソフトウェア無線の特性である柔軟性・拡張性を生かした各種プログラム改修事業により、無線機の性能を上げることが継続されると予想できます。例としては、各省庁間との相互通信や他国との相互通信機能などが想定されます。NECは、このようにソフトウェア無線機の性能を発展させ、安全で安心な社会インフラに貢献します。
執筆者プロフィール
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
マネージャー
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
主任
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
主任
ナショナルセキュリティ・ソリューション事業部
主任
日本電気航空宇宙システム株式会社
防衛航空システム事業部
マネージャー
日本電気航空宇宙システム株式会社
防衛航空システム事業部
主任