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ディープラーニング技術を用いた指紋照合技術の現状と将来

社会システムを支えるセンシング技術 ~ 検知と認識のセンシング技術

近年、AI技術の中核となったディープラーニング(深層学習)はさまざまな所で活用され、従来の常識を打ち破る革新的な成果をもたらしています。生体認証の領域においても例外ではなく、特に顔照合技術への活用が進んでいます。近年、指紋照合においても、画像強調や特徴抽出処理などで活用が進み始めています。本稿では、指紋照合への活用の現状と将来の展望を紹介します。

1. はじめに

生体認証は個人端末ログインなどに広く普及し、私たちの生活になくてはならない身近なものになっています。また、犯罪捜査1)、国民ID2)、入国管理や選挙管理など、大規模な国家基盤としても多く利用されています。なかでも指紋照合自動化の歴史は古く、NECでは40年以上前から犯罪捜査向けの遺留指紋照合の自動化に取り組み、主要な指紋照合評価でトップレベルの評価を獲得し3)、世界各国にソリューションを提供しています。

指紋照合には、マニューシャと呼ばれる隆線の端点分岐点の位置と方向を利用する方式が一般的となっています。このマニューシャ情報を用いて類似度を計算することで、照合が可能になります。この方式は、研究開始から大きく変化せず、数十年の研究の過程においては、いかに高精度にマニューシャ情報を指紋画像から抽出し、本人と他人とを高精度に判定するかが改善のポイントとなっています。そのため、ノイズ除去技術4)や特徴抽出照合のアルゴリズム改善を日々進め、その精度を少しずつ成長させることにより、今日の大規模なデータベースでの高精度な照合が実現できています。

しかし、この長く続いたアルゴリズムの積み重ねによるルールベースの方式が一変し、指紋照合技術のパラダイムシフトが起ころうとしています。その技術が、ディープラーニング(深層学習)となります。本稿では、指紋照合に活用されているディープラーニングの活用事例及び適用方法、そして今後の展望を紹介します。

2. 指紋照合へのディープラーニング活用事例

2.1 紋様分類

指紋の紋様は、その隆線構造から、図1のように大きく4つに分類され、照合対象を限定するために利用されています。従来の自動紋様分類は、隆線構造をヒューリスティックに解析することで実現していますが、ディープラーニングでも同程度の分類精度獲得に成功しました。現在は、より高精度で、かつ利用価値の高い紋様分類の研究開発を行っています。

図1 紋様例(左上:渦状紋、右上:左流蹄状紋、左下:弓状紋、右下:右流蹄状紋)

2.2 指種判定

指紋画像から、右手の親指などの指種が判別できると、照合対象の限定に加えて、指紋採取時の誤りを発見できます。経験を重ねた鑑識官であれば指紋画像の指種判定が可能ですが、その知識をアルゴリズム化することは困難で、自動の指種判定技術は存在していませんでした。ところが、ディープラーニングを活用することで、鑑識官と同程度の指種判定が可能なことが分かってきました。現在は、ディープラーニングの判断基準を可視化する手法などの分析を行い、人間よりも精度の高い指種判定を目指しています。

2.3 異常データ分類

生体認証システムにおいては、データの品質維持が、照合精度に極めて重要です。特に、国民IDシステムなどでは、国内を広くカバーする必要があり、オペレーターも多く必要となります。しかし、その人数が多くなると、教育の質を保ち、品質良く採取することも難しくなります。時には、右手左手を逆に採取するなどの問題も発生します。このようなトラブルに対応するために、誤入力を検知する機能が重要です。

この機能の実現には、ディープラーニングが有効です。ディープラーニングで画像を判定し、誤入力の可能性が高い場合には警告を出すことが可能になります。

2.4 中心軸検出

指紋は、一部の紋様を除き、中心軸と呼ばれる特定位置が一意に定義できます。図2のように、その中心位置と軸方向を、指紋照合における探索起点として利用しています。

図2 左:中心位置、右:軸方向

もし、中心軸の設定に誤りがあると、照合精度が低下してしまうため、現行の指紋照合システムでは、従来アルゴリズムで設定された中心軸を、鑑識官が確認し、必要に応じて修正を行っています。この修正済みの正しい中心軸と、指紋画像を用いてディープラーニングを活用することで、現行よりも正確な中心軸の抽出が期待できます。

2.5 指紋位置検出

指紋スキャナでは4指を一度に採取するケースが一般的です。この4指画像を効率的に照合するためには、各指を検出し、指単位に管理する手法が広く用いられています。この検出が失敗すると、照合自体ができなくなるため、高精度な照合には重要な要素となっています。

従来はルールベースの方式が一般的でしたが、図3のように、ディープラーニング技術による検出も可能になり、その精度は従来方式を上回る結果が達成されています。

図3 ディープラーニングベースの検出結果例

2.6 隆線認識による特徴点抽出

指紋画像の隆線認識は、今日まで研究が続いている指紋照合システムの中核技術です。この隆線認識もディープラーニングを活用することで実現可能です。指紋画像と鑑識官が入力した芯線と領域情報を教師データとして学習することで、高精度な隆線認識が可能となります。

ディープラーニングを活用することで、図4のように現行方式に比べて、特に領域の設定が正しく行え、指紋領域以外である末節以下や背景文字の誤った特徴点の削減に成功しています。

図4 上:入力画像、左下:現行特徴量抽出、
右下:ディープラーニング特徴量抽出

2.7 特徴量抽出

ディープラーニングを活用することで、照合に使える特徴量を抽出することも可能です。図5のように、指紋画像から同じ指紋は距離が近く、異なる指紋は距離が遠くなるように学習させることで、照合に使える特徴量が抽出可能になります。従来のルールベースの照合方式と異なり、単純な距離計算により照合可能となるため、照合コストを格段に削減することができます。

図5 指紋の距離学習

3. ディープラーニング活用の実態

3.1 組み合わせとしての活用

現在、ディープラーニングを活用した方式は、既に実用レベルとして使えるものが増えてきています。一方で、従来から活用しているルールベースの方式を置き換えるほどの状況にはなっていません。そのため、従来方式にディープラーニング方式を組み合わせて使うことで精度を上げる活用が進んでいます。例えば、第2章6節で紹介した隆線強調による特徴点抽出方式に関しては、フュージョン照合の1つとして従来方式と組み合わせる使い方があります。

フュージョン照合とは、複数方式の特徴抽出照合を組み合わせて精度を高める方式です。従来方式では、ルールベースの方式を複数方式活用し、フュージョン照合をしていましたが、ディープラーニングを活用した方式と組み合わせることで高精度化が期待できます。特にフュージョン照合は、構成する各方式間で相関が低いほどお互いの弱点を補完し合い、高い効果が期待できます。指紋の検出から隆線強調まで特徴抽出の各フローでの組み合わせが高精度化の鍵となります。

3.2 マクロ情報を利用した多段照合への活用

マクロ情報とは、マニューシャ情報のように細かい情報ではなく、指紋全体を含む広範囲な情報を集約した特徴量を指します。ディープラーニングには第2章7節で紹介したように画像全体からの特徴量抽出が可能で、照合も極めて高速です。ただし、現状では精度の面でマニューシャ照合には及びません。そこで、多段照合の一部としての活用が進んでいます。従来から押捺指紋照合の高速化には、ルールベースのマクロ情報を定義し、多段照合の前段部として活用していました。この部分をディープラーニング方式に置き換え、マニューシャ照合の前段のフィルターとしての活用が進んでいます。ディープラーニングを用いた方式では、従来のルールベースのマクロ情報照合方式とは一線を画す精度をより高速な比較処理で実現でき、指紋照合の高速化へ大きな変革をもたらしました。

4. ディープラーニングを活用した指紋照合の将来

4.1 ルールベース方式からの移行の加速化

現在、従来からのルールベース方式をディープラーニング方式が上回る結果が次々生まれてきています。精度向上のスピードも加速度的に進み、将来的には従来のルールベースの方式が不要になる状況も考えられます。既に検出や判定機能は、比較的高速に動作する方式で、十分な精度が達成できてきています。今後更に精度が向上すれば、処理速度の観点でもディープラーニング方式に集約されていくことになります。また、ディープラーニングを活用した特徴抽出照合も、高精度化が進んでいます。比較的品質の安定した押捺指紋照合においては、近い将来、根幹のマニューシャ照合すら不要になり、ディープラーニング方式に置き換わる可能性があります。マニューシャ照合は高精度な反面、照合速度も遅く、特徴量としても大きいため、より大規模で高速な照合が必要になる将来においては、ディープラーニング方式への移行がますます進むと考えられます。

4.2 自動学習による自己進化

ディープラーニング方式は、より実際に近いデータで学習することにより精度が向上することが知られています。指紋照合システムの性質上、オペレーターが正解確認をするケースが多く、実システムの運用で正解データが蓄積されていく場合があります。例えば、マクロ情報用の特徴量は、オペレーターが本人確認をすることにより正解ペアとして利用可能になります。本人と他人がより分離できる特徴量を学習することにより、精度が高まり、運用が進むほど精度が向上していく自己進化の仕組みが構築可能になります。

5. おわりに

近年、ディープラーニング技術は、あらゆる領域で従来の常識を打ち破る成果を達成しつつあります。指紋照合技術においても例外ではなく、既に技術の一部として、活用が進み、重要性はますます高まっていくと考えられます。指紋照合技術の研究開始から40年以上経過し、根幹技術として積み重ねてきたマニューシャをベースとした技術は、ディープラーニングの登場により転換期を迎えています。NECでは、今後もディープラーニング技術を活用することで、より高速かつ高精度な指紋照合技術の開発に努め、安全、安心な社会作りに貢献します。

参考文献

執筆者プロフィール

島原 達也
第二官公ソリューション事業部
シニアエキスパート
廣川 聡
第二官公ソリューション事業部
主任

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