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新特徴量を利用した遺留指紋照合高度化技術

バイオメトリクスを支えるコア技術・先進技術

犯罪捜査の現場では長い間、遺留指紋が重要な証拠として用いられています。遺留指紋は、通常の指紋照合と異なり、一部のみ残留しているケースやノイズが重畳しているケースがあることから、極めて品質が劣悪な場合が多いのが実態です。そのため、検挙率向上による安全・安心な社会実現のために、より高精度な照合技術が求められています。NECでは、40年以上にわたり、照合精度の向上に努めてまいりました。本稿では、NECにおける遺留指紋照合の技術研究の歩みと最新の遺留指紋照合技術への取り組みを紹介します。

1. はじめに

現在、顔認証や虹彩認証、静脈認証などさまざまな生体認証(バイオメトリクス)技術が確立され、個人端末ログインから国民ID1)までさまざまなシーンで利用されています。なかでも指紋認証の歴史は古く、NECでは40年以上前から研究開発に取り組み2)、さまざまなソリューションを展開しています。そのなかでも、指紋認証ソリューションのスタートとなったシステムが犯罪捜査向けのシステムとなります。

システム化される以前は、犯罪捜査向けの指紋照合は、データベース側を指紋の紋様パターンによって分類し、対象となる紋様の指紋のみを目視で一致確認するという膨大な作業が必要な業務でした。この膨大な作業は指紋照合のシステム化によって効率化され、遺留指紋の本人特定の時間は大幅に向上し、犯罪捜査に大きく貢献しました。しかし、犯罪捜査の現場に残される遺留指紋は、図1のように一部のみ残留しているケースやノイズが多く重畳しているケースなど低品質なケースが一般的であり、限られた情報からいかに精度良く照合することができるかが重要となります。

図1 遺留指紋画像例

NECでは、研究開始以来、継続的に遺留指紋照合の高精度化に取り組んできました。本稿では、40年以上にわたる遺留指紋照合技術研究の歩みと、最新の取り組みである、新特徴量を用いた照合精度向上への取り組みを紹介します。

2. 遺留指紋照合技術研究の歩み

2.1 自動照合技術の確立(1970年代~1980年代)

NECでは、1971年から研究を開始し、マニューシャリレーション方式を開発しました3)。マニューシャリレーション方式とは、マニューシャと呼ばれる指紋隆線の端点分岐点間の隆線数を用いた方式で、それまでの方式では遺留指紋の大きくゆがんだケースに対応できなかった弱点を改善した方式となります。これにより、初めて指紋照合システムが導入された1983年以後、遺留照会において多くの成果をもたらしました。マニューシャとリレーションに加えて、指紋の中心位置を示す中心軸や指紋が鮮明に写っている部分と不鮮明な部分を切り分けるゾーンと呼ばれる特徴量を合わせて、NEC指紋照合方式のベースとなる図2のような基本特徴量が確立されたのです。

図2 基本特徴量例

2.2 精度向上と掌紋照合(1990年代)

1990年代に入ると、自動指紋特徴抽出方式の高精度化や遺留掌紋照合の研究を開始しました。既存の特徴抽出方式では、微細な特徴点の取りこぼしが発生していたのですが、これをより高精度に抽出することができるようになりました。また遺留掌紋照合に関しては、指紋と似ているようで異なる点があり、新たに基礎となる技術を確立しました。掌紋は、指紋よりも皺が多く、図3のように自動特徴抽出がそのままでは困難なケースがあり、皺に強い特徴抽出方式の確立が必要でした。また、指紋の場合は、指の中心という明確な基準点があり、位置合わせのハードルが低かったのですが、掌紋に関しては、基準となる位置がないばかりか、照合対象となる掌全体が指紋と異なり広大なため、新しい位置合わせ技術が必要となりました。

図3 皺に強い掌紋特抽

2.3 自動遺留指紋照合とELFT(2000年代)

2000年代に入ると計算機の性能向上により、自動遺留指紋照合技術の研究が盛んになりました。遺留指紋は、ノイズやかすれが多く低品質のため、自動で特徴抽出照合することが困難でした。そのため、基本的に遺留指紋は、鑑識官が端点分岐点などの特徴点を入力することを前提としていました。一方で、入力の手間を削減したいという自動照合の要望は根強く、図4のようなノイズ除去技術4)やフュージョン照合技術と呼ばれる複数方式の特徴抽出照合方式を開発し、これらを組み合わせて精度を向上させる方式に取り組みました。この技術により米国国立標準技術研究所(NIST)の自動遺留指紋照合評価ELFT075)で首位を獲得するなど、NECの自動照合技術は大幅に向上しました。

図4 遺留指紋ノイズ除去例

2.4 自動遺留指紋照合実用化と新特徴量(2010年代)

2010年代に入ると高精度化と高性能化の両立に向けた研究が加速しました。2000年代までの自動遺留指紋照合は、高精度化のみを追求したもので、特に照合速度が遅く、実際のシステムにそのまま導入することは困難でした。照合速度が遅くなっていた要因として、高精度化のための多フュージョン照合が課題になっていました。照合精度を高めるためには、さまざまな方式を数十方式組み合わせる必要があったのです。このフュージョン数を削減させるために、複数特徴量を1つの特徴量に合成する技術や、1回の照合自体を高速化する方式などさまざまな取り組みを実施し、高精度を維持したまま従来の照合速度と同等までの高速化が実現できました。一方で、現行の特徴量を利用した照合方式の精度限界も見えてきました。そこで、2010年代中盤から、新たな特徴量を定義することで従来照合が困難であった指紋を照合可能にする試みを開始しています。

3. 新特徴量を用いた照合精度向上への取り組み

3.1 リッチリレーション

鑑識官は対となる特徴点間の関係を詳細に調べる際に、隆線をたどって隆線数を比較することが多いのですが、この作業を模倣するためには、現行のリレーション特徴量は不十分でした。そこで、リレーション特徴量を拡張した新たな特徴量を定義し、これをリッチリレーションと定義しました。

(1)コンター隆線数導入

特徴点間の隆線数は、図5のように、直線との交差数だけではなく、コンター隆線数を定義しました。コンター隆線数は、隆線を等高線と見立てたときの標高差ともいえ、親特徴点から隆線をトレースしたときの子特徴点の向きも特徴量化しました。コンター隆線数導入により高曲率部や弾性歪が顕著な領域の比較が可能になりました。

図5 直線交差数とコンター隆線数

(2)接続形態タイプ導入

特徴点間が1本の隆線で接続されている時に、図6のように新たに接続形態タイプを導入しました。特徴点間がどのように接続されているかを分類し、特徴点の一致比較に利用することで精度向上が期待できます。

図6 特徴点接続形態タイプ

(3)リレーション数拡張

現行方式のリレーション数は、4象限で最近傍1個の計4個と少なく、偽特徴点が多いケースでは、未定義の場合が多く発生して精度劣化の要因となっていました。リッチリレーションでは、32近傍に拡張しています。

3.2 特徴点第二方向

高曲率部に存在する特徴点を安定的に決定することは困難なケースがありました。この課題を解決するために、図7のような特徴点に第二方向を定義しています。

図7 特徴点第二方向

3.3 ループトップ突起とデルタドット

ループ状の中核線(最も内側の隆線)や三角州形状は、特徴点は存在しないものの、鑑識官の鑑定では非常に有効な特徴量となっています。このような形状は、ちょっとした影響で、抽出結果が変わりやすく、安定的に利用することができていませんでした。そこで、図8のようにループ状のトップや三角州形状に短い隆線を疑似的に定義することで安定特徴量として利用しています。

図8 ループトップ突起とその遷移例

3.4 ディベータブルゾーン

鑑定官の遺留指紋入力時に特徴点を指定すべきか否か悩むケースがあります。このような不鮮明な領域では、疑義のある特徴点を入力できるように、新たな特徴量としてディベータブルゾーンを定義してゾーン単位に指定可能に拡張しています。

3.5 芯線

芯線(細線化された隆線)を特徴量として扱い、その対応関係を比較することを芯線照合と呼んでいます。芯線照合は、まず、対となる特徴点を特徴点照合で決定し、端点分岐点が同一種別となる対となる特徴点を探索します。その特徴点から伝播していき、ゆがみを吸収しながら妥当性を検証していきます。

4. 今後の展望

犯罪捜査向けの遺留指紋照合は、今後ますます自動化、高速化、高精度化が求められてきています。対象となるデータベースはますます拡大し、より高速で高精度な照合技術が必要になります。近年では、ディープラーニングに代表されるAI技術の進歩も目覚ましい状況です。このような新しい技術と従来積み重ねてきた技術をうまく融合させることで、高速かつ高精度な照合技術を追求し、安全安心な社会へ貢献していきたいと考えています。

参考文献

執筆者プロフィール

島原 達也
第二官公ソリューション事業部
マネージャー
原 雅範
第二官公ソリューション事業部

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