電子カルテと医療文書の作成支援による医師業務効率化

Vol.75 No.2 2024年3月 ビジネスの常識を変える生成AI特集 ~社会実装に向けた取り組みと、それを支える生成AI技術~

本稿では、大規模言語モデル(LLM)を用いて電子カルテと医療文書の作成を支援することで、医師の業務を効率化する技術について紹介します。電子カルテ作成支援は、医師と患者の対話音声を認識してカルテのドラフトを生成し、医療文書作成支援は、カルテから治療の経過を要約して保険診断書、紹介状などのドラフトを生成します。効率化の効果として、カルテ作成は年間116時間/医師、医療文書作成は同63時間/医師の削減が見込まれることがモデルケースで試算されます。技術開発が先行する医療文書作成については、実証実験で作成時間が半減することが確認されました。医師の働き方改革関連法の2024年4月施行に向けて技術開発を進めるとともに、インドなど国外での応用も目指します。

1. はじめに

2019年4月に働き方改革関連法が施行されましたが、医師や職業ドライバーなど一部の職種に対しては適用が5年間猶予されました。2024年4月に医師に対する同法の適用が迫るなか、病院勤務医の約20%が過労死基準(年間の時間外労働960時間)を超えているという調査結果が報告されており1)、喫緊の対策が求められています。

対策として、大病院への負荷集中を緩和するため、かかりつけ医の活用、医師の業務の一部を看護師など他の医療従事者へシフト、ICT(Information and Communication Technology: 情報通信技術)などの活用による業務負荷軽減など多面的に準備が進められています2)。ICTの進化スピードが急激に増すなか、近年、大規模言語モデル(Large Language Model、以下、LLM)3)4)が注目されています。しかし、日本の医療業務へ実際に適用された事例はまだありません。

本稿では、LLMを用いて電子カルテと医療文書の作成を支援することで、医師の業務を効率化する技術について紹介します。具体的には、第2章では、医師の業務の分析結果について説明し、第3章では、電子カルテと医療文書の作成を支援する技術について説明します。第4章では、技術開発が先行する医療文書作成を支援するアプリケーションとそれを用いた実証実験について説明します。第5章では、海外応用の可能性としてインドでの事例について紹介します。

2. 医師の業務

東北大学病院ベッドサイドソリューションプログラム アカデミック・サイエンス・ユニット ASU、耳鼻咽喉・頭頸部外科の協力を得て、2022年6月から11月に医師の業務現場(外来、病棟)を観察しました。図1に、観察により得られた医師の業務割合を示します。電子カルテ作成、医療文書作成、スケジュール調整など非診療業務に、およそ半分の時間が費やされています。更に、他10病院へのアンケート調査の結果、電子カルテ作成と医療文書作成については、医学的判断が不要で医師以外が代替可能な割合が大きく、これら業務の支援により高い労働時間削減効果が期待できることが示唆されました。

図1 医師の業務割合

電子カルテ作成に関する削減余地は1日32分/医師、医療文書作成は1日20分/医師と試算されました。削減余地の90%を実際に削減できたと仮定すると、それぞれ年間116時間/医師、73時間/医師の時間外労働削減効果が見込まれることになります。また、時間外労働が減ることで人件費の低減も見込めます。これらの分析から電子カルテと医療文書の作成支援により、医師の労働時間削減と病院収益改善に大きな効果が期待されることが示唆されました。

3. 電子カルテと医療文書の作成支援

3.1 電子カルテ作成支援

現場観察の結果、外来での患者への問診、病状や治療方針の説明、病棟での回診や処置の内容を電子カルテに記録する場面で、高い時間削減効果が期待できることが分かりました。これらにより、NECは、医師と患者の対話音声を認識することで、診療と同時に医師が短時間で手直し可能なドラフトを生成します。機能実現に向けた課題としては、病院内の対話音声データを集めにくく、高精度な音声認識モデルの学習が難しいことです。

そこで図2に示すように、対話音声認識モデルを医療ドメインに適応させました。医療論文から医療用語の合成音声を作成して語彙を学習させ、合成音声で補えない声色を一般用語の実音声から学習させました。これにより、医療現場での対話音声を高精度に認識することが可能になります。

図2 電子カルテのドラフト生成

外来での患者への病状説明時の音声データを認識させることにより、前述の医療用モデルと一般用語の実音声だけを用いて学習させた一般モデルとを比較しました。医療用語に対応していない一般モデルによる音声認識精度75%に対して、医療用モデルは89%と大幅に改善しました。この高精度な認識結果をLLMに入力することで、電子カルテのフォーマットに合わせてドラフトを生成することができます。

3.2 医療文書作成支援

現場観察の結果、他病院への紹介状、保険会社に提出する診断書、入院患者の退院サマリなど治療経過の要約の記載が必要な医療文書を作成する場面で、高い時間削減効果が期待できることが分かりました。そのため、NECは、電子カルテから治療の経過を要約して医師が短時間で手直し可能なドラフトを生成します。機能実現に向けた課題としては、専門用語やその略語を多く含む現場カルテに対してコンテキストを理解して要約することです。

そこで図3に示すステップで、コンテキスト理解による要約文章生成を行いました。最初のステップで、カルテの文脈から語句の意味(検査実施、投薬実施など)を推定し、治療の経過を抽出します。これは東北大学病院のカルテ10年分をもとに構築した独自のデータベースを活用し、医療用の言語モデルを学習することで実現しました。次のステップでは、LLMによって記載漏れの補完、文章の成型を行い、医療文書のフォーマットに合わせて文章を生成します。これらのステップにより、完成度が高い医療文書の生成が可能になります。また、生成された文章に誤った情報が含まれていても、容易に確認して修正することが可能です。

図3 医療文書のドラフト生成

医師が記載した現場カルテのデータを用いて、医療用語の意味推定評価をしました5)。推定する意味は、時間表現、病状・症状、治療、検査、投薬、クリニカルコンテキスト、部位、変化、特徴としました。平均推定精度は、90%と高い推定精度を実現しました。第4章では、試作した医療文書作成支援アプリケーションとその評価について説明します。

4. 医療文書作成支援アプリケーション

医療文書作成支援アプリケーションを試作し、アプリケーションの利用による作成時間削減効果を検証しました。

4.1 アプリケーションのユーザーインタフェース(UI)

図4は、試作した医療文書作成支援アプリケーションのUI画面です。画面は左、中央、右の3列で構成されています。左列には入力となる電子カルテの記載内容を配置しています。中央列は、入力された電子カルテに含まれる医療用語の意味を推定した結果がテーブル形式で表示されています。テーブルの行は時間を表しており、列は意味を表しています。右列の上段は、推定した意味に基づいて抽出した治療の経過を箇条書きで表示しています。また、右列の下段は、抽出した治療の経過を基にLLM4)で生成した文章を表示しています。

図4 医療文書作成支援アプリケーション

長い場合には数年にも及ぶ左列の膨大な電子カルテの記載内容を医師が読む場合と比較して、医師は中央列のテーブルにより治療の経過の流れを容易に把握することができます。そのうえでLLMにより治療の経過を要約した文章を生成し、確認するため、医師が正しいことを保証した文書を容易に作成することができます。

4.2 アプリケーションの効果検証

2023年10月から11月に東北大学病院の耳鼻咽喉・頭頸部外科の医師10名の協力を得て、試作したアプリケーションの効果検証実験を実施しました。試作したアプリケーションを利用せず電子カルテの記載内容だけから紹介状を作成した場合と比較して、アプリケーションを利用して紹介状を作成した場合に作成時間がどの程度減少するかを計測しました。その結果、アプリケーションの利用により紹介状1件当たりの作成時間の47%削減(平均16分15秒から8分40秒に削減)を確認できました。これにより、第2章と同様な業務割合の医師に対して、医師一人当たりの医療文書作成時間を年間63時間削減できる見込みです。

5. インドでの事例

インドでは、慢性的な医療従事者不足に悩まされています。人口1万人当たりの医師数は日本の20人に対してわずか8人であり、少ない医師で多くの患者を診察するためIT化への期待が高まっています。大病院では既に Healthcare Information Management System(以下、HIMS)を導入しているものの、十分な効果が上がっているとは言いがたいです。NECはいくつかの病院での現地サーベイ・医師や経営陣へのヒアリングを経て、課題の把握と解決策の提案を行っています。

5.1 課題

次の課題が、HIMS導入済みの病院で見られました。

  • 医師にHIMSを利用するインセンティブがない
  • 煩雑なUIが原因で仮に利用されるとしても最低限の利用にとどまっている

これは、インドでは経営者よりも現場の医師にシステム利用の最終判断が任されていることが原因であると推察されます。結果として、HIMSを導入した病院では、すべての情報を備考欄に自由記述文(省略などを含むテキスト)として記載されていたり、過去履歴を参照する際には印刷された紙のカルテが用いられたりしています。そのため、効率改善への関与は極めて限定的です。

5.2 解決策

NECは医師の日常的な診察形態を変更することなく、HIMSに必要な情報を自動的に抽出するためのソリューション案を作成しました。すなわち、医師には備考欄にテキスト入力することを今まで通り行ってもらい、一方で自然言語処理技術を用いることで、過去の診察サマリや時系列の検査情報をシステムとして自動化します。これにより紙のカルテから医師が情報抽出する時間を削減し、結果的に患者一人当たりの医師の診察時間を削減することができます。

図5は、試作中のHIMS画面です。画面は医師が診察時に自由記述文の入力を行う左列、自然言語処理技術を活用してアウトプットした情報を表示する右列から構成されています。診察時に医師が入力した患者の症状、診断結果、処方内容などは、自然言語処理技術によりHIMSの各フィールドに自動入力され、画面右側の各項目に表示されます。また、HIMSに入力された過去の診療データをもとに、LLM4)で自動的に生成した時系列イベントテーブルや過去診断サマリを表示します。

図5 HIMS画面試作

6. おわりに

本稿では、電子カルテと医療文書の作成を支援することで、医師の業務を効率化する技術について紹介しました。医療現場を観察し、電子カルテ作成と医療文書作成の支援が、労働時間削減と病院収益改善に大きな効果をもたらす可能性が示唆されました。また、それら支援技術を実現するための課題、解決する手段について説明しました。技術開発が先行する医療文書作成支援については、実証実験により作成時間半減を確認した結果を紹介しました。医師の働き方改革関連法の2024年4月施行に向けて、技術開発を進める予定です。更に、国外の事例としてインド特有の課題とその解決策についても紹介しました。引き続き日本と連携して、サービス開発を進めます。

参考文献

執筆者プロフィール

辻川 剛範
バイオメトリクス研究所
研究マネージャー
久保 雅洋
バイオメトリクス研究所
ディレクター
木原 隆行
NEC Laboratories India
所長代理
ダナンジャヤ ベドカニ リングナイク
NEC Laboratories India
シニアデータサイエンティスト

関連URL