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医師の働きかた改革を推進するLLMの医療応用
医療言語処理技術
NECの最先端技術 2023年12月13日
大企業では2019年4月、中小企業では2020年4月から適用された時間外労働規制。しかし、一部の職種では2024年4月まで適用が猶予されていました。医師もその一つです。とはいえ、大学病院ではおよそ3割の医師に月80時間を超える時間外労働が見込まれているという実態があります(※)。月80時間は、労働災害認定で「過労死ライン」として設定されている基準です。この深刻な状況下、目前に迫った法規制の適用に向けて、どのような対策がとれるのか。昨今の医療業界では、抜本的な働き方改革が求められてきました。
NECでは今回、医療言語処理技術をもとにした文書作成支援機能を開発。テクノロジーによって、医師の業務効率化を実現するといいます。この技術と機能について、研究者に詳しく話を聞きました。
- ※「大学病院における医師の働き方に関する調査研究報告書(全国医学部長病院長会議)」より
医師の大きな負担となっていた文書作成業務をAIが支援
― 医療言語処理技術とは、どのようなものなのでしょうか?
久保:プログラムなどのコンピュータ用言語ではなく、私たちが普段書いたり、話したりする言葉をコンピュータが処理できるようにするための技術を自然言語処理と言います。近年の大規模言語モデル(LLM)の登場によって、急速に社会での応用が広まった分野でもあります。しかし、医療などの分野では専門用語が多いですし、実際の診療現場で医師が書くカルテでは言葉や文章が省略されていることが多いのが実情です。そのため、一般的な自然言語処理では対応することができません。そこで、医療向けには専門用語や省略に対応した、より高度な言語処理が必要になります。
今回NECでは、独自の医療言語処理技術を開発して、2つの機能を開発しました。「電子カルテの作成支援(※1)」と「医療文書の作成支援(※2)」です。双方とも長時間労働下にある医師の方々の業務効率化をめざしたもので、2024年4月から施行される医師の働き方改革の新制度に対応するソリューションになると考えています。
- (※1)(※2)特許出願中(2023年12月13日時点)
辻川:電子カルテの作成支援は、音声認識を使って医師と患者の会話をテキストデータ化し、さらに医療言語処理によってカルテのフォーマットに自動で変換して出力するものです。若干の手直しさえすれば、すぐにでも使える音声認識精度を実現しています。これにより、医師1人あたり、年間約116時間もの業務時間を削減できると試算しています。
医療文書の作成支援は、他病院への紹介状や保険会社に出す診断書、退院時につくるサマリーなどの文書作成をサポートするものです。カルテなどの文章を入力すれば、治療経過などの要素を的確に抽出して要約し、それぞれの文書のフォーマットにあわせて出力します。本機能はすでに実証実験によって文書作成時間を半減させる効果を確認していて、医師1人あたりで年間約63時間の業務時間を削減できる見込みです。
久保:これらの技術は、東北大学病院様と連携して研究を進めてきました。東北大学病院様は、アメリカで広く採用されている「バイオデザイン」注1)という医療機器開発手法を日本で先陣をきって進めてこられた機関の一つです。このような先進的な考え方のもと、東北大学病院様とNECが共同して徹底した現場観察を実施してプロジェクトを進めてきました。その結果明らかになったのは、医師の方々にとって、医師以外の方でも代替できるような文書作成業務が大きな負担となっていることです。私たちの技術によって大きな改善が見込めるのではないかと効果を試算して研究を進めてきた結果、今回の技術が生まれました。
- 注1:
NECのAI技術群とLLMを活用
― 今回のソリューションの技術的なポイントを教えてください。
辻川:まず、電子カルテの作成支援からお話ししましょう。電子カルテの作成支援では、先ほどお話した通り音声認識を使って医師と患者の会話を認識しています。とはいえ、音声認識自体は医療現場でもわりと古くから取り組まれてきたことであり、それほど目新しいものではありません。特に、放射線科ではCTなどの読影レポートの作成において音声認識が使われてきました。
今回の技術がこれと一線を画すのは、対話を認識してカルテを作成できるという点です。読影レポートの音声認識では、医師がマイクに向かってボイスメモのように機械に語りかけるというスタイルをとります。そのため、医師1人による文章化を想定した音声をテキスト化すれば事足りました。これに対し、今回の技術では医師と患者のあいだの自然な対話を認識して、カルテ作成に必要な内容を抽出します。メモすることを想定した言葉ではなく、自然な対話を収録してデータ化していくため、技術的には一段階難しいことを行うことになります。また、放射線科に限らず、幅広い領域の専門用語に対応できるという点もポイントです。
今回NECでは、医療用語の高精度な音声認識を行うために医療論文から2000万におよぶ文章を取り出し、合成音声を作成してAIに学習させていきました。また、さまざまな声色にもロバストに対応できるように、一般用語を話す大量の話者の声色を学習させています。これにより、幅広い分野の医療にも対応できる高精度な音声認識を実現しました。
― 文章作成においては、どのような技術が使われているのでしょうか?
辻川:NECが開発したLLMを活用しました。日本語にも高精度に適応できるうえに、軽量でオンプレミス化できることが特長です。診療情報は非常にセンシティブであるため、クラウドへの接続は避けたいと考えるお客様もたくさんいらっしゃいます。そうしたニーズにも応えられる仕様になっています。
― 医療文書の作成支援における技術的なポイントはどこでしょうか?
辻川:東北大学病院様との共同研究で培った医療用語の意味推定技術です。これは、インプットしたカルテ情報を意味と時間軸のテーブルにマッピングするというものです。これにより、医師が治療の経過を俯瞰でき、短時間で理解しやすくなります。そして、LLMによる文章生成においても文脈を推測しながら完成度が高い要約を作成できます。
この技術を支えるのが、独自の医療用データベースです。東北大学病院様から10年分のカルテデータをお借りし、一つひとつラベルづけをしながら教師データを作成して機械学習を行いました。このアノテーション作業においては、医療言語処理で博士号を取得し、大学教員の経験もあるNEC社員が先導しています。本領域のスペシャリストが舵をとったことで、複数の作業者によるアノテーションの揺らぎを抑えつつスピーディに作業を進めることができました。
NECならではの豊富な医療知識とソリューションデザイン
― 今回の技術は、なぜNECが開発できたのでしょうか?
久保:NECは電子カルテベンダーとして長く実績があり、医療情報に関する豊富なドメイン知識を持ちあわせています。だからこそ、カルテ情報をいかに病院の経営に役立てられるかということをかねてより考え続けてきました。今回の技術は、そうした姿勢が結実した一つの成果だと思います。
また、NECは幅広いAI技術群を保有しています。単独の機能だけにとどまらないソリューションを提案できるということも、一つの特長です。今回の技術に関しても、単に文書作成を効率化するためだけにつくったものではありません。バイオデザインの考え方に基づき、病院の経営効率化と業務時間削減の両立を見据えた、より上位のレイヤーからデザインしたサポートの第一歩として考えています。いま私たちは検査や診療といった支援範囲の拡張に加え、会計システムと連携した経営効率化機能の実装を見据えたロードマップを策定し、病院オペレーション全体の最適化に向けて活動しています。このような視座に立った技術の開発は、NECならではのものだと思います。
― 将来的な目標を教えてください。
久保:病院オペレーションの全体最適化は大きな目標です。あともう一つ、より精力的な目標を挙げるとするならば、それはグローバル展開です。現在、私たちは「日本語の医療言語処理と言えばNEC」と言われるようなポジションを確立するために日々活動を続けていますが、次のフェーズとしては海外への展開も視野に入れております。特に、インドはNECが手掛けるヘルスケア戦略の大きな拠点です。現地での課題を分析し、ローカライズした技術を積極的に展開していきたいと考えています。
チームメンバー メッセージ
音声認識×LLMにより音声認識結果をもとに文章要約・文章生成を行い、電子カルテ・医療文書の作成につなげます。
北出 祐
宇野 裕
NECだからこそ取り組める医療言語処理タスクがたくさんありますので、興味のある方は是非NECへ!
柴田 大作
渋谷 恵
電子カルテの作成支援は、音声認識によって医師と患者の対話をテキストデータ化したうえで、LLMによって高精度な電子カルテのドラフトを作成する技術です。医療論文から2000万におよぶ文章を取り出し、合成音声を作成して学習させることで、医療の専門用語にも対応できる高精度なモデルを完成させました。幅広い声色に対応可能にするために、多様な声色も多く学習させています。
医療文書の作成支援は、東北大学病院様との共同研究で培った医療用語の意味推定技術を活用しています。この技術を支えるのが、東北大学病院様からお借りした10年分のカルテデータを基に構築した独自のデータベースです。これにより、高精度なドラフト作成を可能にしています。
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