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気候変動観測衛星(しきさい)を支えた光学センサ技術と成果
社会システムを支えるセンシング技術 ~ 見えないところで活躍するセンシング技術全世界共通の社会課題解決の目標である持続可能な開発目標(SDGs)達成のために、全球規模で地球環境監視や被災状況把握などができる「衛星からの地球観測」の重要性は更に増してきています。NECは、日本初の衛星搭載用光学観測センサを開発して以来、数多くの衛星搭載用光学センサの開発実績があります。本稿では、2017年に打ち上げられた気候変動観測衛星「しきさい」に搭載された多波長光学放射計をはじめとして、2019年に国際宇宙ステーションに取り付けられた宇宙実証用ハイパースペクトルセンサ、更に2009年の打ち上げ以来、温室効果ガスの観測を継続している観測技術衛星「いぶき」搭載温室効果ガス観測センサのハードウェアおよび軌道上における成果の概要を紹介します。
1. はじめに
NECは、1987年2月に打ち上げられた日本初の海洋観測衛星「もも1号」に搭載された日本初の衛星搭載用光学センサ「可視近赤外放射計(MESSR)」を開発して以来、30年以上にわたり地球観測衛星や科学衛星、国際宇宙ステーションなど、多くの衛星に光学センサを提供してきました。波長に関しては、紫外線から可視光、赤外までの広い範囲について、高精度でその輝度を計測する光学センサ(放射計)の開発実績があります。本稿では、NECが近年開発を行った光学センサシステムのハードウェア、及び、軌道上における成果の概要を紹介します。
2. 気候変動観測衛星「しきさい」搭載の多波長光学放射計「SGLI」
多波長光学放射計(SGLI:Second-generation Global Imager)(以下、SGLI)は、2017年12月23日にH-IIAロケットにより種子島宇宙センターから打ち上げられた気候変動観測衛星「しきさい(GCOM-C:Global Change Observation Mission-Climate)」に搭載されており、5年間にわたって全球の雲・エアロゾル、海色、植生、雪氷などを観測します。
SGLIは、「可視・近赤外放射計部(VNR:Visible and Near Infrared Radiometer)」と、「赤外走査放射計部(IRS: Infrared Scanning Radiometer)」の2つの放射計から構成されています(図1)。前世代の環境観測技術衛星「みどりⅡ」搭載GLIから、地表面分解能を向上(1km→250m)し、陸上エアロゾルなどを観測するための偏光・多方向観測機能を追加しています。
SGLIは、放射計部が計測する特定波長の輝度データを用いて算出される気候変動、海色、植生などに関係する物理量を全地球規模で観測できます。打ち上げから3年経った2021年現在、さまざまな分野での貢献が報告されています。
気候変動と密接な関係がある北極域、南極域の氷河の融解について、250m分解能で雪氷分布、雪氷面温度、積雪粒径を細かく観測することが可能になり、これにより数値モデルの高度化、そして気候変動予測精度の向上が期待されています1)。
エアロゾルの一種である黄砂やPM2.5の濃度を観測することもできます。特にSGLIで追加した偏光観測機能がPM2.5のような微粒子の検出を可能にし、予測精度の向上に関する研究も進められています。図2は、左が人間の目で見たものに近い画像、右が偏光輝度の観測(陸上のみ)の画像となっており、黒くなっているほど小さい微粒子の濃度が高いことを示します2)。
漁業の分野では、植物プランクトンの濃度を表す海色と海面温度から、漁場予測や赤潮の発生・移動状況の把握に利用されています(図3)。特に250m分解能を利用して、これまで不可能であった沿岸部の状況把握が可能になり、養殖業へ貢献が期待されています。
3. 宇宙実証用ハイパースペクトルセンサ「HISUI」
宇宙実証用ハイパースペクトルセンサHISUI(Hyperspectral Imager SUIte、図4)4)は、エネルギー・資源の安定供給を目的として、植生や鉱物などをより詳細に分類するために、連続する波長帯を分光観測する光学センサで、2019年12月6日に打ち上げられ、国際宇宙ステーションの「きぼう」に搭載されました。HISUIはより多くの観測光を得るために明るい望遠鏡、可視・近赤外域(VNIR:波長400nm-970nm)及び短波長赤外域(SWIR:同900nm-2,500nm)に対応した2種の高効率の回折格子型分光器、低雑音の二次元検出器・信号処理部があります。これにより、可視域から短波長赤外域の連続した帯域を、高い波長分解能(VNIR:10nm、SWIR:12.5nm)で185バンドに分光します。これらの分光データは、海外競合プロジェクトと比較して高い地表分解能(20m×31m)、及び高いSNR(VNIR:450@波長620nm、SWIR:300@同2,100nm)で取得することができます。
HISUIは2020年に図5に示す初画像を取得し、初期運用に移行しました。2021年現在、地球上のさまざまな領域における分光データを蓄積しています。これまで、陸域を全球規模で観測することを目的とした光学センサでは十数バンドの波長帯を観測するマルチスペクトルセンサが多く運用されていましたが、HISUIで得られる可視域から短波長赤外域での連続的な185バンドの分光データにより、今後、資源分野での鉱物の分布状況や環境・農業分野での植生の状態の把握等が期待されています。
4. 観測技術衛星「いぶき」搭載の温室効果ガス観測センサ「TANSO」
TANSO(Thermal And Near infrared Sensor for carbon Observation、図6)は、主要な温室効果ガスである二酸化炭素とメタンの濃度を宇宙から観測することを主目的とした世界初のセンサで、温室効果ガス観測技術衛星「いぶき(GOSAT:Greenhouse gases Observing SATellite)」に搭載されて、2009年1月23日に打ち上げられました。TANSOはFTS(Fourier Transform Spectrometer)及びCAI(Cloud and Aerosol Imager)という2つの観測センサで構成されています。TANSO-FTSは、近赤外(波長:0.76μm)から熱赤外(同:14.3μm)まで非常に広い波長域の分光観測を1台で実現するフーリエ干渉計であり、地球表面で反射される太陽光の気体吸収スペクトル、及び地面や大気から放射される熱赤外線を高い分光分解能で計測します。また、二軸周りに駆動するポインティングミラーがあり、地球観測点及び校正源を迅速かつ高い精度で指向するとともに、1データ取得中(4s)に衛星の動きを補償して、同一地点を指向することができます。一方、TANSO-CAIは、紫外域、可視域、及び近赤外・短波長赤外域の放射計であり、TANSO-FTSの晴天域を判断し、雲及びエアロゾルの光学特性を取得して、TANSO-FTSのより正確なデータ導出に使用されています。
ミッション期間の5年を超えても、TANSOの全体的な機能や性能は良好であり、大きな劣化は観察されていません。ハードウェアの軌道上で確認された特性及びその変化については、地上におけるデータ処理アルゴリズムを更新することで対応しています。このようにして、TANSOは適正に校正されたデータを供給し続けています。また、TANSOで取得したデータを用いて得られる温室効果ガス濃度の精度は、2021年3月時点において、二酸化炭素:-0.35±2.19 ppm(-0.1±0.6%)、メタン:2.2±13.4ppb(0.1±0.7%)を達成し7)、当初のサクセスクライテリア(1,000kmメッシュ、3力月平均相対精度で二酸化炭素:1%、メタン:2%)を大幅に上回る成果を挙げています。
TANSOの二酸化炭素濃度データを使用して、東京における2020年のデータを2016年-2019年の月別平年値と比較すると、2020年の二酸化炭素濃度増加量は平年と比べて減少していることが明らかになっています(図78))。TANSOの集中観測点は直径約10km視野の円で示しています。この二酸化炭素濃度増加量の変化は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行に起因した化石燃料消費の減少の影響を受けていると考えられています8)。
2021年3月時点において、TANSOは12年以上に及ぶ軌道上観測を継続し、均質な温室効果ガスの濃度データを供給しています。有効な温室効果ガス削減策に結び付けるためには、単に濃度を導出するだけでなく、排出源別に排出量を算出することが重要です。打ち上げから12年が経過した2021年時点においても、TANSOデータから最大限の情報を得るためのサンプリングの最適化や排出量算出の研究が進められており、パリ協定で合意された2023年から始まるグローバルストックテイクへの貢献が期待されています。
5. おわりに
本稿では、NECが近年開発を行った光学センサシステムのハードウェア、及び軌道上における成果の概要を紹介しました。光学センサが提供するデータから得られる物理量などのプロダクトは、地球環境の監視や、気候変動の予測精度向上、養殖業などの実利用に大きく貢献しています。これらの光学センサシステムの開発にあたっては、経済産業省様、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様、一般財団法人宇宙システム開発利用推進機構(J-spacesystems)様をはじめとする関係機関に指導していただきました。 ここに深謝の意を表します。
NECは今後も衛星搭載用光学センサを提供し、それらが生み出すプロダクトを通して、安全・安心・公平・効率を提供する社会インフラの実現、及び全世界共通の社会課題解決の目標であるSDGs達成に貢献します。
参考文献
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- 2)
- 3)
- 4)
- 5)
- 6)
- 7)
- 8)
執筆者プロフィール
社会基盤企画本部
マネージャー
地球電磁気・地球惑星圏学会員
宇宙システム事業部
エキスパートエンジニア
宇宙システム事業部
主任