海中の音波をあやつる可変深度ソーナー

社会システムを支えるセンシング技術 ~ 見えないところで活躍するセンシング技術

NECは、海の脅威である潜水艦を見つけるためのセンサーである“ソーナー”を90年もの長きにわたり開発しています。しかし近年では、潜水艦の静粛化性能が飛躍的に向上したため、これに対抗した更なる新しいソーナー技術の必要性が出てきました。そこで開発した技術が、音波の伝搬経路をあやつり、潜水艦を追い詰める「可変深度ソーナー」です。開発の中では、幾多の難題がありましたが、無事に成功を収め、実海面での試験においても期待以上の効果を発揮することができました。本稿では、それらの内容について紹介します。

1. はじめに

日本は、四方を海に囲まれた世界でも有数の海洋国家です。このため、他国との貿易においても海上輸送が大半を占めているなど、海に頼る部分が大きく、近年激化しているさまざまな海の脅威に対する防衛手段の確保が非常に重要です。

代表的な海の脅威として、日本の領海を侵犯して航行する国籍不明の潜水艦が挙げられます。水上船舶や航空機であれば、光や電波を利用したセンサーを用いて見つけることができますが、水中は空中とは異なり光や電波が届きにくいという特徴があるため、水中に潜航した潜水艦を見つけることは困難です。そこで、この潜水艦を見つけるためのセンサーとして、水中でもよく伝搬する音波を利用したソーナーが一般的に用いられています。NECは戦前の旧海軍から海上自衛隊向けに至るまでソーナーの研究・開発に取り組んでおり、2021年で事業継続90年を誇る歴史あるソーナーシステムメーカーです。長きにわたり、水中防衛の分野から、国家の安全保障及び「安全・安心な社会」の実現に貢献しています。

2. ソーナーについて

ソーナーには、目標自身が放射する音波を受信する“パッシブソーナー”と、自ら音波を発信し目標からの反響音を受信する“アクティブソーナー”の2種類があり、用途に応じて使い分けています。

図1にそれぞれのソーナーの原理を示します。ここでは、潜水艦を目標の例として述べていきます。“パッシブソーナー”は、潜水艦自身が放射している雑音などの特徴音を2つ以上の受波器で受信し、受信信号の位相差などから、潜水艦の方位を求めることができます。“アクティブソーナー”は、自ら音波を発信して潜水艦からの反響音を受信し、発信から受信までの音波伝搬時間を計測することにより、潜水艦までの距離を求めることができます。更に、前述の“パッシブソーナー”と同様の方法で方位を求めることにより、距離と方位から、潜水艦の存在位置を割り出すことができます。

図1 ソーナーの原理

これらにより、海の状況にもよりますが、数十km、場合によっては100km以上もの遠方に潜む潜水艦を探知することが可能です。

ただし、実際に潜水艦を見つけることはさまざまな要因があり、容易ではありません。

第1の要因は、海中がさまざまな雑音で溢れていることです。地殻変動や火山活動の音にはじまり、雨風が海面を叩く音、海洋生物の鳴き声など、多種多様な雑音のなかから目標である潜水艦の音だけを拾い上げる必要があり、高度な信号検出技術が求められます。

第2の要因は、音波の性質にあります。音波は光や電波に比べると非常に遅く、受信した音波は数秒~数十秒前の情報であることに注意しなければなりません。また、詳細は後述しますが、水中では音波は直進ではなく曲がって伝達されるため、この屈折を考慮して捜索する必要があります。更に、これらの性質は海水の水温と密接な関係があるため、時々刻々と伝搬状況が変わってしまい、まったく同じ状況は二度と生起しないといったことも、潜水艦の捜索を難しくしています。

この「光が届かず、目では決して見えない世界」そして「宇宙より近く、されど未知なる世界」に隠れた潜水艦を、いかにして見つけるかが、ソーナーの真髄です。また、最前線で日本の安全を守っている自衛隊員の方々にとっては、このソーナーが海中の脅威である潜水艦に対峙する唯一の目であり生命線です。国防のためには、まずは探知することが必須であり、更にシステムの停止は隊員の生命に直結するため、ミッションクリティカルなシステムを作り上げなければならない、といった使命が私たちソーナーシステムメーカーにあります。

3. 水上艦用ソーナーシステムの変遷

潜水艦も、ソーナーによる捜索から逃れるべく、年々性能が向上しています。特に近年では、静粛化技術が飛躍的に進歩したことにより、潜水艦捜索はより難度が高いものとなってきています。NECは、この潜水艦の性能向上に対抗すべく、防衛省殿並びに防衛装備庁殿と協力して、水上艦用ソーナーシステムの更なる発展を目指して次に示す2つの新しい技術を開発しました。

第1の技術は、マルチスタティックソーナーと呼ばれる技術です。図2にイメージを示します。従来は水上艦が単独で捜索をしていましたが、複数艦艇でリアルタイムにデータを共有しながら送信艦と受信艦で分担し、連携して捜索する技術です。この技術により、単独のソーナーよりも捜索範囲が拡大され、更に、各艦艇における目標の情報を統合することにより、潜水艦探知の機会及び確度が向上します。現在では水上艦ソーナー間だけでなく、航空機から投下するソーナーなどとの連携技術も開発しており、更なる能力向上が期待されています。

図2 マルチスタティックソーナーのイメージ

第2の技術が、本稿の主題である可変深度ソーナーです。図3に可変深度ソーナーの原理イメージを示します。前述の通り、水中の深度方向の水温変化などの影響により屈折率が大きく変わるため、音波は直進せず曲がって伝搬します。これにより、従来用いられている水上艦の船体に固定されたソーナーのように海面付近からの送信では、音波が届かない「シャドウ・ゾーン」と呼ばれるエリアが存在します。一般的に潜水艦は、水上艦のソーナー音を認識した際にこの「シャドウ・ゾーン」に逃げ込もうとすると言われています。そこで、ソーナーを船体固定ではなくケーブル経由で吊下して深度を可変とし、音波の垂直方向の伝搬経路を変えることにより、潜水艦を逃がさないようにします。

図3 可変深度ソーナーの原理イメージ

一方、可変深度ソーナーは、荒れた海、更に高速航行中の水上艦から数トンもの重量物を安定してえい航する必要があるため、従来のソーナーに求められる要件に加えて、耐水圧に優れたセンサー、姿勢安定に優れたえい航体、耐張力と大電力伝送が可能なケーブル、それらを支える吊下揚収機構と、多数の技術課題があり、国内では実現に至っていませんでした。しかし近年、ユーザーサイドにおいて、シャドウ・ゾーンへの対応の機運が高まってきました。この機運に従い、NECは、それぞれの要素技術を持ったメーカー各社とコラボレーションし、国内初となる可変深度ソーナーシステムの開発にチャレンジしました。

4. 可変深度ソーナーシステム

図4に可変深度ソーナーシステムの全体イメージを示します。送波器と受波器は、水上艦の速力と繰り出すそれぞれのケーブル長を変更することにより、深度を変えることができます。

図4 可変深度ソーナーシステム イメージ

送波器は、水中深くまで吊り下げるため、水圧に耐える構造を有する必要があります。また、ソーナーシステムでは、音波の出力の大きさが性能に直結します。出力を大きくするためには送波器を大型化する方が有利ですが、水上艦の搭載スペースには制限があり、必要な性能を保持したまま送波器を小型化することが要求されます。これらの要求を満たすために、本システムの送波器は検討を積み重ね、分割・積層構造で形成されたフリー・フラッド・リング型を見出しました。フリー・フラッド・リング型とは、図5に示すような円筒形状をしており、送波器の内側に水が入り込むため、送波器内外面にかかる圧力がほぼ同じとなり、水圧による性能変化を最小限にすることができます。また、分割・積層構造とすることにより、振動の高効率化を実現しました。

図5 送波器 イメージ

送波器を格納するえい航体は、艦艇への搭載スペース、及び強度を担保しながら、荒れた海で高速にえい航しても姿勢が崩れない形状をシミュレーションと実環境を模擬した試験にて導き出しました。

図6に音源用吊下揚収装置のイメージを示します。えい航ケーブルには流体抵抗を低減するための整流片が取り付けられていますが、海中での外乱により整流片がさまざまな方向を向くこともあり、吊下揚収装置にそのまま巻き取ると整流片同士が重なり破損させてしまいます。そこで、図6下部に示すように、整流片をすべて同じ向きに整え、巻き取る機構(整列巻取り装置)を搭載し、ドラムにはえい航ケーブルがはまり込むための溝を設けました。これにより、巻上げ機との干渉、及び整流片の重なりをなくし、何度でも巻き取り、繰り出しを行うことが可能となりました。また、図7に示すように、スライド式を採用することで、収納時は限られたスペース内に収めつつ、展開時にはえい航体が吊下可能な位置まで展開できる構造としました。更に、えい航体の吊下、揚収時には、吊下揚収装置の先端を海面に着水させることで、船が波をかぶるような荒れた海洋環境においても安定してえい航体を吊下揚収することが可能な機構を実現しました。

図6 吊下揚収装置 イメージ
図7 収納/展開 イメージ

受波器は、目標方位をより正確に求めるために素子を高密度により多く並べることが望ましいですが、その分ケーブル内部の電線や電子回路が増え、外径が太くなるため、こちらも水上艦の搭載スペースの制約に阻まれます。そこで、光ファイバーを用いた素子を採用することにより、電子回路を減らして太径化を抑え、性能を維持したまま水上艦に搭載する形態を導出しました。

これら紹介した技術要素はすべて初の試みであるため、従来なかったシミュレーションモデルの考案からはじまり、それぞれ数年かけてシミュレーションと試作を繰り返し、研究を重ねてきました。考案した手法がシミュレーションでは良くても実海面では効果を発揮しなかったり、計算値以上の発熱により機能停止してしまったり、想定していなかった応力が発生し試作品が破損してしまうなど、手痛い失敗が何度もありましたが、その度にシミュレーションモデルを見直し、試作を重ね、試行錯誤の末、すべてが成立する解の導出に至りました。

5. むすび

可変深度ソーナーシステムの開発は、国内有数の技術力を持つ多数のメーカーを巻き込んだ大規模プロジェクトでしたが、その中でもNECはプライムメーカーとして、本開発を成功に導くべく尽力してきました。決して順風満帆ではなく、前述の通り幾多の難題が発生しましたが、プライムメーカーとして、そしてこれまで信頼あるソーナーシステムを作り上げ、古くから日本の水中防衛に貢献してきた自負と責任を持ち、真摯に対応して参りました。功を奏して、2020年に実施した試作機を試験艦艇に搭載しての海上試験では、従来水上艦ソーナーで探知できない潜水艦を遠距離で探知するなど、期待以上の性能を発揮することができ、先行する海外製品とも競合し得る目覚ましい開発成果を達成することができました。これを受けて、本システムは、防衛省殿が計画されている最新鋭水上艦への装備化が決定し、次期の水中防衛における切り札として活躍することが期待されています。

この結果に満足することなく、今後も実際の運用を通して高い能力を発揮し続けられるように、お客様を支えていきます。また、このシステムを活用した更なる技術展開、培ったノウハウをもとにした新たなシステムの考案や使い方の提案など、NECは今後も日本の安全・安心、世界の安全・安心へ貢献します。

本開発を成功に導くうえで、ご指導いただいた防衛省殿並びに防衛装備庁殿、またご尽力いただいたメーカー各社の皆様に心から感謝を申し上げます。

執筆者プロフィール

姫野 真宏
電波・誘導事業部
主任
荒谷 仁
電波・誘導事業部
エキスパート
籠谷 和峻
電波・誘導事業部
主任
斯波 尚志
電波・誘導事業部
シニアエキスパート