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マスト中段配置型艦船用TACAN(電波灯台)アンテナの開発

社会システムを支えるセンシング技術 ~ 見えないところで活躍するセンシング技術

NECは、航空の安全、安心、効率化に貢献するさまざまな航空管制システム、レーダシステム、航法システム、着陸誘導システムなどの重要な社会インフラを開発・製造しています。その1つに、航空機に対し距離・方位情報を提供する電波灯台であるTACAN(TACtical Air Navigation)システムがあります。TACANシステムは、地上に設置されるだけでなく、ヘリコプターなどを搭載した海上自衛隊の艦船にも搭載されています。艦船用TACANシステムのアンテナは、全方位へのサービス要求から見通しの良いマスト最上部に設置することが最適とされてきました。今般、NECでは、マスト中段でも全方位へのサービスを可能とする世界初のTACANアンテナを開発しましたので紹介します。

1. はじめに

航空機が安全に飛行するためには、自機の位置を正確に把握しながら飛行する必要があります。その目的を実現する無線機器として、地上から発射される電波により必要な情報を得る航法援助装置であるTACAN(TACtical Air Navigation)、DME(Distance Measuring Equipment)、VOR(VHF Omni-directional Range)や、GPSの位置情報を準天頂衛星からの電波で補強する衛星型補強システム(MSAS:Michibiki Satellite-based Augmentation System)などがあります。NECでは、航空機に対する距離・方位情報を提供するTACANシステム、航空機に対する距離情報を提供するDMEシステムを設計・製造しており、国内主要機関へ納入しています。なかでもTACANシステムは、地上配置型だけでなく、イージス艦などにも搭載され、艦載機の安全な飛行誘導を実現する重要なインフラとなっています(図1)。艦船は移動するためGPSなどの衛星航法システムが主流となった現在でも、母船からの電波を受信して母船からの距離と母船の方位をパイロットが知ることができるTACANシステムのニーズは失われません。

図1 艦船TACANシステム運用概念図

従来の艦船搭載TACANシステムのアンテナは、全方位サービスの必要性から見通しの得られるマスト最上部に設置することが一般的でした。アンテナを設置する場所が高いほど遠くまで見通すことが可能なためです。しかし、近年の高度化する脅威に対する防衛能力向上のため、マスト最上部には脅威を発見する目的のアンテナを設置するニーズが高くなってきました。

NECではこのようなニーズを踏まえ、これまでのTACANシステムのインテグレーション経験を生かし、マスト中段に設置しても従来型と変わらない性能を持つ世界初の艦船用TACANアンテナを開発しましたので紹介します。

2. 開発コンセプト

開発にあたり、従来の性能は維持しながら、ユーザーの要望を満足するため次のコンセプトで開発を進めました。

  • (1)
    航空機の安全性の向上
  • (2)
    マスト中段で多様なマスト傾斜へ対応
  • (3)
    レーダ有効反射面積(RCS:Radar Cross Section)を考慮した形状
  • (4)
    保守工程の短縮

2.1 航空機の安全性の向上

従来のアンテナは、図2に示すように円盤形状でマスト最上部に設置されるため、落雷の影響を最小限とするようアンテナの近傍に避雷針を設置する必要がありました。避雷針をアンテナの近傍に設置した場合、避雷針で電波が反射しTACANの方位精度の劣化を招きます。また、マスト最上部から中段に下げて設置した場合、マストで電波が反射して方位精度が劣化することが想定されます。このためマストの中段にTACANアンテナを設置するために、マストの周囲にアンテナを配置したマスト貫通型の新しいTACANアンテナの開発を行いました。これにより避雷針、マストの影響を受けることがなくなり、飛行機の安全性が向上します。

図2 従来アンテナと避雷針の方位精度への影響

2.2 マスト中段で多様なマスト傾斜への対応

TACANアンテナをマスト中段へ設置可能とするためには、従来の円盤形状アンテナではなく、マストが通る部分が空洞(いわゆるドーナツ型)である必要があります。

TACANシステム全体を再設計する場合は、円周上に送受信ユニットとアンテナを配置するシリンドリカルアクティブフェーズドアレイ方式の採用も可能です。しかし今回は、艦船機器室内に設置される送受信装置を従来のままでアンテナだけを交換して対応可能とするように検討しました。

2.2.1 変調方式の変更

従来のTACANアンテナの構造は円盤形状の反射板の中央に送受信用のダイポール素子、その周囲に15Hz用のスイッチングモジュール、その外側に135Hz用のスイッチングモジュールが円周上に配置されています(図3)。ダイポール素子から放射された高周波信号が反射板の上のスイッチングモジュールで空間振幅変調されることで、方位測定に必要なTACAN信号を生成します。この方式は送信機からの出力をダイポール素子から直接放射するため非常に効率の良い方式ですが、中央にダイポール素子があることによりマストを通すことができません。

図3 従来アンテナの構造

NECで生産している地上配置型TACANシステムのアンテナは、アンテナ素子が円筒形に並んでいるため、ドーナツ型にすることが可能と考え、その形状をベースに電気及び構造の両面から検討しました。

地上配置型のTACANアンテナは、円周上に配置した36個のアンテナ素子から振幅変調した高周波信号を放射するため、分配器及び変調器で構成されています。TACANの水平放射パターンは互いに180度離れた2点の電界の和が一定で、一方向の電界が強くなると、他方の電界が弱くなる放射パターンの特徴があります。この放射特性を利用し変調器の出力を2分配し互いに逆相の振幅変調を出力する制御を行うことで、一定振幅の信号を入力すればよいことになります。つまり、入力信号の電力が低損失で出力されます。この振幅の位相が180度ずれた高周波信号を互いに180度ずれたアンテナ素子に供給することで、低損失化を実現しています。

2.2.2 分割構造の採用

開発したアンテナは、マスト中段への取り付けや故障時の交換及び定期的な修理による取り外しを考慮して、2分割する方式を検討しました。今回、地上型TACANアンテナの変調方式と同一の変調方式を採用したことで、入力から36台のアンテナ素子までの高周波位相を一定とすることが必要となりました。前述したように変調器の2系統の出力を一方のアンテナ素子と180度反対のアンテナ素子に供給するため、2分割した放射部の18台のアンテナ素子間それぞれを同位相で接続する必要があります。そのため、位相を管理した多芯同軸コネクタ付ケーブルを開発し、放射部間の複数の同軸ケーブルを一括で脱着可能にしています。

2.2.3 垂直面の指向性

従来アンテナは反射板により垂直面指向性のビームトップが仰角+30度に向いていましたが、新アンテナでは仰角0度の振幅を強くし遠方低高度における航空機へのサービスを改善するとともに、仰角0度以下の放射を低減することで海面反射波による方位精度への影響を抑えています。指向性の設計にあたっては、アンテナの傾斜を考慮し最終的な垂直面指向性が目的の性能に入るようにシミュレーション及び試作を繰り返し開発しました。

さまざまな試行実験の結果、2分割型としてマスト中段へ設置可能となるTACANアンテナを試作しました(図4)。

図4 アンテナの構造

2.2.4 内部空洞の直径

内部の空洞直径については、艦船ごとにマストの断面形状傾斜が異なるため、より多くの艦船に対応するためには可能な限り大きくすることが求められました。そのため、円周上に配置されるアンテナ素子の厚さを従来の半分以下にした製品を開発しました。更に、変調器の配置を工夫し、結果としてアンテナ部分の厚さを薄くしてもTACANシステムに必要な性能を満足する形状を実現しました。

2.2.5 方位精度の確認

最終的にはこの形状で、TACANアンテナとして必要な性能を有していることをパターン測定評価により確認しました。また、実際にTACANシステムとして評価を行い、全方位に対して方位誤差が小さいことを確認しました(図5)。

図5 方位誤差の小さいアンテナの実現

2.3 レーダ有効反射面積を考慮した形状

艦船用TACANアンテナには、脅威からの残存性向上のため電磁波に対するRCS低減が求められます。

今回、このTACANアンテナでは、真横方向からのレーダ電波を上方に反射させてRCSを低下させる目的で側面を傾斜させた形状を採用しています(図6)。側面を傾斜させたことにより最終的な形状は、ドーナツよりババロアに近くなりました。

図6 RCSを考慮したアンテナ形状

2.4 保守工程の短縮

TACANアンテナは、前述の通り、送信する電波に対し振幅変調をするため変調器を搭載しています。変調器は、保守性・整備性を考慮してアンテナ下部からアクセスできるよう配置しています。また変調器自体をプラグイン構造とすることにより、ケーブル脱着を不要とし保守時間の短縮を図っています(図7)。この艦船用アンテナは、マスト中段に設置され高所で狭小な作業場所であることから、保守員の安全性・作業性を考慮した設計としています。

図7 保守工程(変調器交換)の短縮

3. 実際の搭載事例

本稿で紹介した艦船搭載型TACANアンテナは、最新鋭イージス艦の護衛艦「はぐろ」に搭載されています(図8)。

図8 搭載事例(はぐろ)

「はぐろ」搭載のTACANシステムは海上試験に合格し、2021年3月に就役しています。

同時期に約30年ぶりに就役した音響測定艦「あき」にも今回開発したTACANアンテナが装備されています。従来の音響測定艦では、優先度の高い衛星アンテナがマスト最上部に設置され、TACANアンテナはその横に設置されていました。そのため、衛星アンテナのマストによるブラインド及び電波反射により方位誤差が規格に入らない結果でした。「あき」では衛星アンテナのマストの中段にTACANアンテナを設置し、方位誤差も規格内となり良好な結果となりました。

現在建造中の新型護衛艦30FFM「くまの」にも複合通信アンテナの一部として実装されています。

新旧アンテナの配置位置の比較例を図9に、機能比較をに示します。

図9 新旧アンテナ配置比較

表 新旧アンテナの機能比較

4. まとめ

マスト中段配置型艦船用TACANアンテナにより、TACANとしての方位精度だけでなく整備性、保守性を従来から大幅に改善することができました。今後の艦船用TACANアンテナはマスト中段配置型が主流となると考えられます。世界的にもこの設置形態のTACANアンテナはないため、今後海外展開も含め事業を推進します。

最後に、開発においてご指導ご支援をいただきました防衛装備庁様に対して心より謝意を表します。

執筆者プロフィール

小川 聡
電波・誘導事業部
主任
齋藤 典之
電波・誘導事業部
エキスパート
松澤 佳彦
電波・誘導事業部
エグゼクティブエキスパート

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