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宇宙から見守るまちの安全・安心 ~衛星搭載合成開口レーダ活用サービス~
社会システムを支えるセンシング技術 ~ 見えないところで活躍するセンシング技術近年、多数の衛星が打ち上げられ、衛星取得データの利活用が盛んになっています。従来は光学画像データが主流でしたが、悪天候下や夜間に観測できないため、マイクロ波を用いた合成開口レーダが脚光を浴びています。NECでは、高精度かつ広域に地表面変位を計測できる合成開口レーダの特性を活用し、インフラなどの劣化や変位を可視化するサービスを立ち上げています。ただし、光学画像と比べると直接視認性に欠けるため、さまざまな解析技術の付加が必要です。本稿では、それらの技術を解説し、インフラ維持管理サービスについても紹介します。
1. はじめに
電波、赤外線、可視光などを用いた地球観測衛星のデータは、気象、防衛、防災などの一部の分野でしか利用されていませんでした。しかし、衛星の低コスト化による衛星数の増加に伴い、リアルタイム性の向上やビッグデータ解析が図られたことにより、農業、資源エネルギー、金融、インフラ監視などの幅広い分野での活用が期待されています。地球観測衛星の一種である光学センサーを搭載した衛星画像は人の目で分かりやすく、多数の衛星が既に運用され、利活用が進んでいます。近年、光学にはない特徴を持つマイクロ波を利用した合成開口レーダ(SAR:Synthetic Aperture Radar)(以下、SAR)衛星も注目されつつあり、数多くのベンチャー企業がコンステレーション化*を目指し、大規模な打ち上げ計画が立てられています。
SAR衛星は、光学画像が不得意な悪天候下や夜間でも画像を取得でき、更に位相に基づく距離情報も有しています。しかし、SAR画像は取得データのままでは直接視認性に欠けるため、さまざまな解析技術を駆使して必要な情報に加工する必要があります。NECでは、この解析技術を用いてインフラモニタリングサービスを立ち上げており、インフラの維持管理と防災・減災分野で、新たな顧客価値を創造しています。本稿では、これら解析技術とサービスについて概説し、更に活用事例と今後の取り組みについて紹介します。
- *コンステレーション化:多数の衛星に協調した動作を行わせ機能させるシステムのこと。
2. 衛星搭載SARの原理と解析技術
2.1 SARの原理と概要
SARとは、人工衛星などの飛翔体に搭載されたアンテナからマイクロ波を地上に向けて照射し、対象物からの反射波を用いて画像を生成するアクティブセンサーです。一般的にアンテナが大きいほど分解能が高いため、分解能を向上させる仕組みとして飛翔体の移動とともにマイクロ波の送受信を繰り返して仮想的に大きなアンテナを作り出します。図1に衛星SARのシステム概要を示します。飛翔体の種類として航空機もありますが、本稿では、少ない空気抵抗のため軌道が安定し、周期的観測が可能な衛星搭載SARを紹介します。
光学画像とSAR画像の例を図2に示します。ある市街地の画像で、左側が光学画像、右側がSAR画像です。SAR画像では、白黒で強度情報を示し、反射波が強い箇所は白く、弱い箇所は黒く見えます。波長や分解能などの違いから、光学画像と比べてSAR画像は直接視認性がよくないことが分かります。しかし、さまざまな解析技術を施すことによって、SAR画像だからこそ得られるメリットがあります。
第1に、マイクロ波は雲を透過することができるため、昼夜間・天候に依存せずに観測を行うことが可能です。また、SAR画像に含まれる位相情報を干渉解析(後述)することで、地表面のわずかな変位を抽出することができます。
2.2 干渉解析技術とインフラモニタリングサービス
NECでは、SARを用いたインフラモニタリングサービスとして主に2つの解析サービスを提供しています。1つ目は、二時期のSAR画像を用いて、強度情報が大きく変化した箇所を抽出する変化抽出解析です。こちらは、建造物の新築・撤去及び被災前後における洪水エリアの検出などに有効です。2つ目は、多時期のSAR画像を用いて、位相情報から微小な変位を計測する時系列干渉解析です。本稿では、この時系列干渉解析について概要を紹介します。
時系列干渉解析における撮像から解析までのフローを図3に示します。時系列干渉解析では、同一地点を同一条件(軌道、入射角、観測モードなど)で撮像したSAR画像を20シーン以上蓄積させて解析することで、さまざまなノイズ成分を低減します。更に、反射波が常に強い箇所ほど位相が安定しているという特徴を用いて、反射の強い人工構造物などの位相変化に注目することで、ミリメートル単位の精度で地表面の経年変位[mm/年]を算出することができます。この解析結果を可視化し“経年変位マップ”として提供しています。また、これらの時系列ごとの変位情報を活用して、各撮像日の変動量[mm]を算出できるため、変動量を可視化した“変動量マップ”も提供しています。衛星から撮像することで、非常に広範囲な地表面の変位情報を一気に可視化することが可能です。
2.3 時系列干渉解析の原理
SAR画像から得た位相情報より変位情報を抽出する原理を説明します。時系列干渉解析における位相情報の概略式を図4に示します。ここで、φは観測された位相情報、φDEMは地形の起伏によって生じる位相成分、φOrbitは衛星の軌道差によって生じる位相成分、φATMは大気や電離層によるマイクロ波の遅延の位相成分、φDispは地表面の変位による位相成分、φNoiseはその他のランダムなノイズとなります。時系列干渉解析から地表面の変位φDispを抽出するには、観測された位相φから各位相成分を推定し除去します。例えば、φDEMは航空レーザ測量などで作成された高さ情報(DEM:Digital Elevation Model)から、φOrbitは衛星の軌道データから、φATMは時系列的にランダムで空間的に滑らかという特徴からそれぞれの位相モデルを推定します。
より高精度な変位情報(φDisp)を算出するには、前述した各位相モデルを正確に推定することが必要であり、NECでは計測精度向上のため、さまざまな研究開発を実施しています。研究開発の具体例として、周辺画素及び時系列的な位相の類似性を評価することで計測点をクラスタリングする手法1)、時空間的な位相アンラップにより非線形な変位を計測する手法2)、2つの軌道(北行軌道と南行軌道)から観測された変位情報をもとに鉛直方向と東西方向の変位に分離する手法3)などを開発し、お客様のニーズに合わせて最適な手法を適用しています。
3. インフラモニタリングサービスの活用事例
3.1 社会的背景
本サービスが広がる社会的な背景として、高度経済成長期に建造された多くのインフラの一斉老朽化があります。インフラの維持管理では、点検・診断・処置・記録というサイクルを回していきますが、本サイクルの点検フェーズでは、いかにして老朽化が進んでいる緊急度の高いインフラを見つけ出すかが重要です。従来の現場における目視点検や測量業務を主体とした点検方法では、人手不足、コロナ禍によるリモート推進などの課題があり、人手で行う点検対象の絞り込み・優先順位付けなど効率化のニーズが高まっています。SARを活用したNECのインフラモニタリングサービスでは、広域にわたって変位情報を可視化し、特異な変位を示すインフラを洗い出すことができるため、洗い出された点検対象の優先順位付けや、インフラ崩落などの事故を未然に防ぐ予防保全につながります。
3.2 活用事例
現在、本サービスは多岐にわたる業界のインフラオーナー様に活用されています。業界の具体例としては、エネルギー業(ガス/電力会社)、建設業(ゼネコン/デベロッパ/コンサル)、運輸業(空港/港湾)、金融業(損保/銀行)、国・自治体(道路/橋梁)などが挙げられます。特に、本サービスは広域性が特徴であるため、広範囲にインフラを保有されている場合、非常に高い費用対効果が見込まれます。
今回はトンネル工事と空港の解析例を紹介します。トンネル工事エリアの解析例を図5に示します。トンネル工事では、長期にわたり工事エリアやその周辺の変位を把握する必要があり、通常は測量を実施しています。本サービスでは、施工開始前、施工中及び施工後の地盤変位を面的に確認でき、施工の健全性確認を可能とします。施工フェーズに合わせて観測頻度を調整することも可能です。また、SAR衛星はさまざまな地域のデータを蓄積しているため、データがある箇所であれば過去に遡って解析することも可能であり、トンネル工事と相性のよい技術といえます。
次に、空港の解析例を図6に示します。濃い灰色はマイナス(沈下)、薄い灰色は変位がほとんどない箇所を表します。一般的に、沈下が懸念される箇所では定期的に測量を実施していますが、予算との兼ね合いもあり離散的な変位計測しかできていない状況です。一方で、本サービスでは、面的な変位計測が可能であるため、この測量の補助的な役割として利用されています。
4. DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進
インフラ維持管理には点検だけでなく診断・記録を含めたメンテナンスサイクルの継続が必要不可欠ですが、本サービスのみではまだこれらの業務を網羅できていません。そこで、NECでは、複数の技術を組み合わせることで、より高度なインフラ維持管理サービスの提供を目指したDXに取り組んでいます。
取り組み例として、「くるみえ for Cities」との連携イメージを図7に示します。「くるみえ for Cities」とは、NECで開発した自動車に設置したドライブレコーダの映像と画像認識AIによって路面などの異常を発見するソリューションで、衛星では分からない路面上の細かなひび割れなどを検知できます。UI上で修繕優先度付けや住民の声・処置結果の記録なども行えます。SARのインフラモニタリングによるマクロな視点と「くるみえ for Cities」によるミクロな視点を組み合わせることで、異常検知精度の向上及び効果的なインフラ維持管理サイクルの実現が期待できます。
5. むすび
本稿では、NECの衛星SARによるインフラモニタリングサービスを説明しました。日々の研究開発を通して、技術力に一層磨きをかけ、計測精度の向上やビッグデータ解析による付加価値創造を推進します。更に、パートナー企業やお客様との共創によってオンリーワンのソリューションを提供し、皆様の安全・安心に貢献します。
参考文献
- 1)Taichi Tanaka and Osamu Hoshuyama: Persistent scatterer clustering for structure displacement analysis based on phase correlation kernel, EUSAR 2018,2018.6
- 2)Taichi Tanaka and Osamu Hoshuyama:Cluster Based Method to Identify Persistent Scatterers for Nonlinear Displacement Analysis of Structures,IGARSS 2018,2018.7
- 3)Daisuke Ikefuji, Taichi Tanaka and Osamu Hoshuyama:Two-Dimensional Displacement Analysis Of Buildings Based On Persistent Scatterer Clustering And Map Data,IGARSS 2019,2019.7
執筆者プロフィール
電波・誘導事業部
主任
電波・誘導事業部
電波・誘導事業部
主任
電波・誘導事業部
マネージャー
電波・誘導事業部
シニアエキスパート