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衛星リモートセンシングを活用し、雪氷融解を予測する
──気候変動観測衛星「しきさい」が支える地球温暖化対策
インタビュー 
地球温暖化の進行にともなって、地球にさまざまな異変が生じている。海水面の上昇もその一つだ。その要因のひとつとなっているのが、北極域、南極域の氷河氷床の融解である。極地の雪氷はなぜ解けるのだろうか。そして、それを食い止めるにはどうすればいいのだろうか。長年、北極圏・グリーンランド氷床の雪氷の研究に取り組んできた国立極地研究所・国際北極環境研究センターの特任教授、青木輝夫氏に、氷河氷床融解のメカニズムと、それを観測し将来予測モデルをつくるために人工衛星が果たしている役割について詳しく解説していただいた。
青木輝夫(あおき・てるお)
1981年に気象大学校を卒業し、気象庁・千歳航空測候所、札幌管区気象台に勤務。85年より気象研究所の研究官となり、研究室長を務める。2016年、岡山大学大学院の自然科学研究科の教授に着任。19年3月より現職。日本雪氷学会学術賞、日本気象学会学会賞などを受賞。
なぜ、北極圏の雪氷融解が進んでいるのか
──地球温暖化の現状を雪氷研究の観点から解説していただけますか。
青木輝夫氏(以下、青木):1900年から2000年までの100年間で、地球全体の平均温度は約1.0℃上昇し、平均海面水位は15cmから20cmも上昇しています。その海面水位上昇の約半分は、海水温の上昇による熱膨張と考えられています。それに加えて、北極域のグリーンランド氷床や南極氷床および山岳氷河の融解が挙げられます。
地球上に存在する氷の約9割が南極にあり、残りの多くはグリーンランドにあります。グリーンランド氷床の氷の割合は地球全体から見れば9%ですが、現在その減少のスピードは南極を2倍程度上回っています。仮にグリーンランドの氷河氷床がすべて融解すると、海面水位は7m上昇すると言われています。
なぜ、グリーンランドなどの北極域の雪氷が南極域よりも速いペースで融解するのか。その原因はまだ十分に明らかになってはいません。有力な説としては、南極は陸地を海が取り囲んでいるのに対し、北極は逆に海洋が中心にあるため、北極域の方が大気や海洋による熱輸送が大きいと考えられています。
──現在のスピードで海水膨張や雪氷融解が進むとどうなるのでしょうか。
青木:IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル)が2019年に発表した「海洋・雪氷圏に関する特別報告書」によれば、温暖化対策に積極的に取り組んだ場合、海水面は2100年までに0.43m、取り組まなかった場合は0.84m上昇するとされています。海水面が0.84m上昇すると、例えば、日本では東京都の内陸部まで海面下に沈むことになります。
──グリーンランドの氷河氷床が融解している原因は何なのですか。
青木:グリーンランドを含む北極域は、過去100年間で地球全体の2倍のペースで気温が上昇しています。気温が上がり雪氷が解けると、海面や地面が露出します。太陽光を反射する割合を「アルベド」といいますが、雪氷はアルベドが高いのに対し、海面や地面はアルベドが低く、日射をより多く吸収するので、温度が上昇することになります。また、温暖な地域からの熱や水蒸気が極地に集まってくる現象も見られます。それらの要因によって、極域はほかの地域よりも温度変化が大きくなるのです。
──地球温暖化によって雪氷が融解すると、アルベドが下がり、気温上昇がさらに加速するわけですね。
青木:アルベドと気温上昇のメカニズムは、実はもう少し複雑です。例えば、排気ガスなどに含まれるブラックカーボン(煤)で積雪が汚染されると、アルベドは低下します。また、見た目は同じ白い雪でも、「積雪粒径」、すなわち雪粒の大きさが大きくなった場合もアルベドは低下します。積雪粒径は新雪では小さく、気温上昇にともなって一部が解けたり、再凍結したりしたいわゆるざらめ雪では大きくなります。ざらめ雪が増えるのもまた、極域の気温上昇の影響です。
──雪氷が融解しなくても、新雪がざらめ雪になった時点で、太陽光の熱を吸収しやすくなるということでしょうか。
青木:そうです。新雪からざらめ雪に変化すると約10%アルベドが低下します。さらに、クリオコナイトなどの雪氷微生物が雪氷面上で繁殖することによってアルベドが低下することも確認されています。これも、温暖化によって雪氷微生物の繁殖条件がよくなったことが要因と考えられます。
温暖化の作用などによってアルベドが低下し、それによってさらに極域の温暖化が進み、その結果として氷河氷床の融解が加速し、海水面の上昇につながる──。これが地球温暖化と雪氷融解、そして海面上昇のメカニズムです。






継続的かつ長期的な観測が必要
──地球温暖化と雪氷融解は、私たちの生活にどのような影響を及ぼすのでしょうか。
青木:現在の陸域の一部が海水に沈み、人類の生活域が減ることが挙げられます。その結果、津波や高潮などの災害のリスクも高まるでしょう。また、港湾や空港などの重要施設は沿岸域に多くあるため、経済的な影響も大きいと考えられます。
それから、海水温の変化など海洋環境が変化すれば、海洋循環が変化し、更なる環境変動や生態系に影響が出ることが予想されます。それによって漁業資源がダメージを受ける可能性もあるでしょう。
──地球温暖化の進行を食い止めるにはどうすればよいとお考えですか。
青木:温室効果ガスやブラックカーボンのような温室効果の原因物質の排出量を減らすことが喫緊の課題です。また現在、テクノロジーの力によって気候をコントロールするジオエンジニアリングへの取り組みが各国で進んでいますが、その開発も継続していくべきです。
雪氷研究に取り組む私ができることは、雪氷融解の現状を把握し、かつできるだけ正確な将来予測が可能な数値モデルの開発に寄与することです。確かな予測ができれば、有効な温暖化対策をとれる可能性が高まるからです。それら一連の作業に必要不可欠な技術が、衛星リモートセンシングです。
──衛星リモートセンシングは、雪氷研究にどのように役立つのでしょうか。
青木:私たちの雪氷研究の基本は現地観測ですが、その方法で網羅的なデータを取得することはできません。そこで、広域を観測できる衛星の役割が非常に重要になります。とりわけ、新型コロナウイルス感染拡大の影響で現地へのアクセスが制限されている2020年以降は、衛星によるリモートセンシングの重要性がさらに高まっています。
また、将来予測のための数値モデルをつくるには、高精度のデータを蓄積していくことが必要になります。そのようなデータを取得することも衛星の大切な役割です。とくに重要なのは、データを継続的かつ長期的に集めていくことです。というのも、地球温暖化は直線的に進むものではないので、長期的な観測によって変化の傾向を正確に捉えることが必須だからです。年単位で見れば、温かい年も寒い年もあります。しかし、10年、20年という単位で変化を捉えると、長期的に雪氷圏が変化していることがわかります。
──地球観測衛星は長期的に運用することが必要ということですね。
青木:そのとおりです。現地観測、継続的かつ長期的な衛星リモートセンシング、そして数値モデル。その三位一体によって、雪氷変動の実態と物理メカニズムを把握し、将来予測の精度を上げる。それがこれからの雪氷研究の重要な取り組みになると考えています。
「しきさい」のデータが気候変動予測精度を向上させる
──気候変動観測衛星「しきさい」は、雪氷研究にどのように寄与しているのでしょうか。
青木:これまで、雪氷に関するデータは、NASAの地球観測衛星「テラ」や「アクア」に搭載されていた可視・赤外域の放射計「MODIS」が取得したものを主に活用していました。しかし、「MODIS」の運用が始まったのは2000年で、すでに20年以上稼働しています。このため、いつ故障しても不思議ではないのが現状です。そこで、「MODIS」の役割を引き継ぐ衛星として私たちが期待しているのが「しきさい」です。
現在、「MODIS」のデータや現地観測データと「しきさい」のデータの比較検証を行っていますが、「しきさい」は「MODIS」の観測を継承できる性能を有していると思います。単に継承するだけでなく、「しきさい」は空間分解能の点で「MODIS」を大きく上回っています。空間分解能とは観測できる最小単位の領域の大きさのことで、「MODIS」の多くのチャンネルで分解能が1kmであるのに対し、「しきさい」は250mの分解能をもっています。これによって、雪氷分布などの細かな観測が可能になり、情報量も大幅に向上します。その結果、雪氷に関する物理プロセス研究が進展し、数値モデルが高度化し、気候変動予測精度が大きく向上する。そう私たちは考えています。
──「しきさい」のシステム開発や運用を担っているNECに期待することは何ですか。
青木:「MODIS」は20年以上にわたって観測を継続してきました。「しきさい」にも同じように長期間にわたる観測活動を続けてほしいと考えています。繰り返しになりますが、雪氷の変化や地球温暖化の進行は、長期的に観測することによって初めて明らかになる部分が非常に多いからです。
また「しきさい」の後継機を開発する際には、現行機を上回るセンサーのチャンネルが搭載されることが望ましいと考えています。チャンネルが増えれば、観測に使える波長が増え、それだけ多くの情報を取得することができるようになるからです。さらに、地球温暖化が日々進行していることを考えれば、衛星システム開発の迅速化も求められます。
もちろん、衛星の開発、打ち上げ、運用といったプロセスのすべての決定権がNECにあるわけではありませんが、衛星システムのトップメーカーの一社として、今後も衛星による地球観測活動を支えていただきたいと思います。
──最後に、雪氷研究のこれからの見通しについてお聞かせください。
青木:現在、JAXAの「しきさい」プロジェクトや、
文部科学省の北極域研究加速プロジェクト「ArCS II」で雪氷研究を引き続き進めています。これからの目標は、現地観測と衛星リモートセンシングによって数値モデルの精度を向上させ、可能な限り正確な気候変動の将来予測を実現すること。それに尽きます。
加えるとすれば、若い世代に観測の技術やノウハウを伝え、雪氷研究の持続性を確保することです。若い研究者と一緒にグリーンランドにできるだけ足を運び、現地観測の方法を次世代に継承しながら、衛星リモートセンシング、数値モデルづくりもマルチにこなすことができる人材を育成していきたい。そう考えています。


2021年3月26日 公開