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グローバルな宇宙ビジネスを目指して

ベトナム向け地球観測衛星「LOTUSat-1」が切り拓く
NECの宇宙事業の可能性

NECが開発した小型地球観測衛星「ASNARO-2」は、2018年に宇宙に打ち上げられ、現在も周回軌道上から地表の観測を続けています。その同型機である「LOTUSat-1(ロータスサット・ワン)」がベトナムに提供されることが決まったのは2020年のことでした。来年度に打ち上げが予定されているこの衛星の機能とミッション、そしてNECが目指す宇宙事業のこれからについて、LOTUSat-1のNECサイドのプロジェクトマネージャーを務める蛇石一統に話を聞きました。

ベトナムの宇宙事業の創成をトータルに支援する

──「LOTUSat-1」はシステムとして海外に提供される初のNEC製衛星です。この衛星がベトナムに提供されることになった経緯をお聞かせください。

蛇石一統
NEC エアロスペース事業部門
スペースプロダクト統括部 第一宇宙システムグループ部長

蛇石 LOTUSat-1プロジェクトは、日本製の小型衛星をグローバルに提供していくことを目指した経済産業省主導のプロジェクト「ASNARO」の一環として2010年前後に始まりました。ASNAROプロジェクトではこれまで、「ASNARO-1」「ASNARO-2」の2基の衛星の打ち上げに成功しています。いずれの衛星もNECが開発したもので、ベトナムに提供したLOTUSat-1ASNARO-2の同型機です。名前は蓮の花を意味する「Lotus」と衛星を意味する「Satellite」を組み合わせてつけられています。

ASNAROプロジェクトが目指してきたのは、すでに完成していて運用実績もある衛星を海外に展開していくことでした。それによって技術リスクを抑え、高性能・高信頼性でありながら国際競争力のある価格を実現することが可能になるからです。そのようなコンセプトに共感し、ぜひ使いたいと言ってくださったのがベトナム政府でした。ベトナムはこれまでも通信衛星と観測衛星を運用してきましたが、本格的な宇宙事業への取り組みはまさにこれからという段階にあります。宇宙開発計画を立案し、宇宙事業を管轄する新しい組織である宇宙庁が2011年に設置されたところです。衛星だけではなくシステムも提供し、宇宙庁の取り組みをトータルに支援してくことが、LOTUSat-1プロジェクトのミッションとなります。

──「トータルな支援」の具体的な内容をお聞かせください。

蛇石 衛星本体を提供するほかに、首都ハノイの近郊につくられたベトナム宇宙センターに管制システムや画像処理システムを納入し、打ち上げ後はその運用をサポートしていくことになります。そればかりでなく、宇宙事業を支える人材育成プログラムも提供します。すでに、プロジェクトが始まった2020年から人材を日本に招いて、衛星の開発や運用のスキルを身につける研修を実施しています。最終的には40人ほどのプロフェッショナル人材を養成する予定です。加えて、宇宙庁という組織に求められる制度設計や、メーカーとのコミュニケーションなど、基礎的なナレッジも今後提供していく予定です。

──ベトナムの宇宙事業のまさに創成の取り組みを総合的にサポートするということですね。

蛇石 そのとおりです。そこにNECの衛星開発力、システム開発力、技術力、運用力、人材力などがいかされることになります。

災害対策をミッションとする衛星

──LOTUSat-1の機能とミッションについてご説明ください。

蛇石 LOTUSat-1は総重量600kgほどの小型レーダー観測衛星で、およそ100分で地球の周回軌道を一周します。搭載している合成開口レーダー(SAR)によって、約1mの精度で地球の表面を観測することが可能です。レーダーは光学センサーと異なり、雲を透過して地表の様子を捉えられます。ベトナムは曇りや雨の日が非常に多い国なので、国土を観測する場合にはレーダーが大いに力を発揮することになります。

 衛星が小型であることのメリットは、比較的小さなロケットでも打ち上げが可能であることです。NECは長年にわたる科学衛星の開発を通して小型でかつ広範なミッションを担うことができる衛星の開発力を培ってきました。高機能小型衛星は、まさしくNECの技術力の結晶と言っていいと思います。

 LOTUSat-1の主なミッションは災害対策です。ベトナムでは近年、気候変動の影響によると思われる河川氾濫や海岸浸食などが増加しています。気象災害の被害を防ぐには、平時の減災の取り組みが必須となります。災害が起きる危険性のある場所を記したハザードマップをつくったり、避難計画を立てたり、インフラを整備したりする取り組みです。その取り組みに、衛星で捉えた地形や河川、海の様子や変化などのデータを活用していく予定です。一方、災害が発生した際には、LOTUSat-1を地上からコントロールしながら、ほかの衛星や地上のデータと組み合わせて状況をリアルタイムに把握することが想定されています。

ベトナムの人々の信頼に応えたい

──蛇石さんはこのプロジェクトにいつから参加しているのですか。

蛇石 先に申し上げたように、LOTUSat-1プロジェクトが正式に発足したのは2020年ですが、NECとベトナムとの関係が始まったのは2009年からでした。私自身は2013年からその活動に加わっています。

ベトナムではその頃から宇宙事業を推進する動きがスタートしたのですが、膨大な予算が必要とされる事業を進めることに対して、すぐに国内の理解を得られたわけではありません。宇宙開発利用を推進する組織が、宇宙事業に取り組むことの意義や衛星の有用性を政府関係者や国民に丁寧に伝え、支持を得る活動を続けました。その間NECは、LOTUSat-1のミッションフィジビリティ(実現可能性)の検証を始めとするさまざまな活動を側面から支援しました。

それがようやく実を結んでベトナム政府がプロジェクト化を決めたのが2020年だったわけです。その段階で、NECはパートナー企業とともにプロジェクトの入札に参加して、衛星やシステムを正式にベトナムに提供できる運びとなりました。同時に、私自身もNEC側のプロジェクトマネージャーに就任しました。

──長い間ベトナムとの関係を粘り強く続けてこられた理由は何だったのでしょうか。

蛇石 ベトナム側のチームとの対話を通して、多くのメンバーが、宇宙事業に本気で取り組みたいと思っている熱意が伝わってきました。また、NECの宇宙関連技術を信頼し、本格的に組むことになった際には、ベトナムの宇宙事業発展を力強くサポートしてくれると信じてくれていることもわかっていました。ベトナムの皆さんの期待と信頼に応えたいという強い思いが、ここまでプロジェクトを牽引し続けることができた私の原動力になっています。

 一方、当然ながらビジネス上の目標もありました。NECの宇宙事業の歴史は古く、1956年に日本初の本格的地球観測用ロケットである「カッパロケット」にデータ送受信装置を提供するところからスタートしています。その後、日本初の人工衛星「おおすみ」をはじめ、主には国の宇宙開発系機関からの注文に応じて衛星などを開発してきました。その長年の技術開発力や衛星システムの運用力をいかし、いよいよ次のステップとして自主事業としてグローバルに衛星システムを提供することが私たちの目標でした。ベトナムの宇宙事業を支援するプロジェクトに参画し、それを成功させることができれば、NECの宇宙事業をグローバルビジネスに育てていく足掛かりを得ることができる。このチャンスは絶対に逃したくない。そう思っていました。

──世界を見渡すと、スタートアップなども宇宙事業に参画してきていて、競争が非常に激しくなっています。

蛇石 そのような市場で日本の宇宙事業を成長させていきたいといった気持ちももちろんありました。宇宙事業は、NECがグローバルで競争力を発揮できる分野であると私は確信しています。NECがこの分野で海外に打って出ることで、世界における日本の宇宙関連事業の存在感を確かなものにできるはずです。

宇宙技術で社会課題を解決していく

──LOTUSat-1プロジェクトは、現在どのような段階にあるのでしょうか。

蛇石 2024年度中に衛星の打ち上げが予定されています。現在はそこに向けて衛星と地上システムをそれぞれインテグレーションしている最中です。打ち上げ後に衛星が周回軌道に乗ってからは、NEC側で機能などの最終チェックを行い、ベトナムにシステム全体を納入することになります。衛星の運用開始後は、3カ月間ベトナム現地にNECのエンジニアを派遣して、運用を支援します。さらにその後も、主にリモートで継続的にベトナムの宇宙事業をサポートしていく予定です。

──いよいよ来年度にはLOTUSat-1が宇宙に飛び出すわけですね。あらためて、この10年以上にわたる取り組みの意義についてお考えをお聞かせください。

蛇石 これまでのNECの宇宙事業の主な任務は、顧客の要求仕様を満たす衛星をつくることでした。今回のベトナムのプロジェクトは、そこから大きな一歩を踏み出す転機になると考えています。NECが自ら標準仕様を定め、開発した衛星やシステムを商品として「カタログ化」し、独自の顧客価値を示して、グローバル市場に販売していく──。その最初の取り組みとなったのがこのプロジェクトです。衛星本体、衛星の運用全体を管轄するシステム、データ管理システム、SARなどのセンサーのどれをとっても、NECは世界でトップクラスの技術をもっていると自負しています。その高い技術力を基盤にした宇宙事業をグローバルビジネス化していくための重要な足掛かりとなるのがこのLOTUSat-1プロジェクトであり、そこにこの10年以上の取り組みの意義があると思っています。

──衛星やシステムが「カタログ化」されるということは、NECのほかのソリューション同様、宇宙技術が社会課題を解決するために幅広く活用されることになる可能性があるということですね。

蛇石 まさにそのとおりです。私たちが取り組んでいる宇宙事業もまた、世の中の困りごとに対してソリューションを提供していくNECの活動の一環です。ベトナムのプロジェクトも、まさに災害対策という社会課題の解決を支援する取り組みと言えます。

先ほど、宇宙事業の国際的競争が激しくなっているというお話がありましたが、それはまた、宇宙の可能性が非常に広がっていることを意味します。これまで多くの人にとって、宇宙空間の活用はどこか遠い世界の話だったと思います。しかし、衛星や衛星データ利用、ロケットの技術などが発展し、宇宙関連の市場が活性化することによって、宇宙は人々にとって身近な場所になりつつあります。また、宇宙活用に対する期待も高まっています。その期待に応えるためにも、長年培ってきたNECの宇宙技術をさまざまな先端テクノロジーと組み合わせながら、新しい社会価値を生み出していきたい。そう考えています。

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