NECの生体認証技術が実現する安全・安心な空港運営

お客様との接点を改革するDXオファリング

観光業に重きを置く都市において玄関口となる空港での安全・安心な運営は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により今まで以上に重要になってきています。既存のオペレーションを維持しつつ追加のオペレーションを行うにあたっては、まさにデジタルトランスフォーメーション(DX)が必須となり、緊急性の高い課題に対して早急に導入を行えるソリューションが求められています。NECでは、複数の空港での感染症対策ソリューションとして、生体認証及び映像分析を活用し、旅行客と空港従業員双方にとって安全・安心なサービス/技術を導入しました。本稿では、生体認証/映像分析を活用した施設運営のDXオファリングについて紹介します。

1. はじめに

2020年より新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下、COVID-19)が猛威を振るい始め感染が拡大したことで、旅行業界並びに旅客事業、空港は大きな打撃を受けました。そのようななか、空港では渡航制限解除を見越し早急に感染拡大防止対策を導入し対外的にも安全・安心をアピールする必要があり、それに応えるべくNECでは生体認証技術を活用した対策を提供することになりました。

第2章では感染症対策DXオファリングSuiteの全体像、第3章ではシステムの特徴と導入にかかわる現場での取り組み、第4章では生体/映像分析を活用して利便性を向上させるためのDXオファリングを紹介します。

2. 安全・安心な空港運営

2.1 施設運営でのDX-UXの全体像

既存オペレーションの高度化・変革を起こしながら新たな技術を導入することにより、CX(Customer Experience)とEX(Employee Experience)を向上させ施設運営全体のDXを加速させます(図1)。

図1 空港DX全体像

NECが考える施設運営のDXとして、関係者の健康状態の把握、スクリーニング(体表温度検知)、モニタリング(映像分析と生体認証技術)とともに、ユーザービリティを向上(ID管理と生体認証)させる全体像を描いています。

2.2 安全・安心の第一歩

施設運営のさまざまな課題を解決するサービスが、NECの感染症対策DXオファリングSuiteになります。空港運営でのDX推進の第1段階として、喫緊の課題に早急にかつ大規模に対応できる水際対策を実施し、安全・安心の確保を提供しました(図2)。

図2 感染症対策DXオファリングSuite

2.3 空港運営の課題と対応

施設運営のさまざまな課題を解決するサービスが、NECの感染症対策DXオファリングSuiteになります。空港側ではCOVID-19の対応策をすぐに業務に適応することが必要でしたが、単に体表温度検知ができる、健康状態が分かるというだけではなく、技術精度やシステムの安全性にプラスして、(1)旅行客の人流や導線を変更しない、(2)現地スタッフが複雑なトレーニングをしなくてもすぐに利用できる、(3)空港管理者が空港内の状況をモニタリングできる、(4)個人データの取り扱いやプライバシーについて追加対応が発生しない、といった業務への影響がないソリューションが必要でした。

そのためNECでは次の点を考慮し、関係者全員が安全・安心で快適な利用・運営ができることを実践しました(図3)。

図3 業務プロセス
  • (1)
    ウォークスルーでの検知を可能にするシステムと精度
  • (2)
    利用が容易なスクリーニングアプリケーションとモニターシステム
  • (3)
    運用面において必要最小限のデータ設計

3. 生体認証/映像分析プラットフォームの特徴

3.1 システム概要

空港の感染症対策ソリューションを実現するシステムは、ウォークスルーでの利用を可能にした顔認証基盤「NEC I:Delight Services」1)、スクリーニングアプリケーションとモニタリング統合UI、体表温度検知用サーマルカメラ、照合用RGBカメラから構成されています(図4)。

図4 システム概要

複数空港にあるすべての降機ゲートにサーマルカメラを設置し、体表温度がしきい値を超えたと判定されると顔画像が取得され、顔認証基盤へ送られます。顔認証基盤では顔の向きやブレなどから高品質の顔画像を選別して登録します。登録された顔画像は空港内の通路をチェックする顔照合システムと同期され、登録者の通行経路を把握できるようになります。これらの一連の情報は統合UI上に表示され、空港職員は登録者の顔画像と移動経路を把握することができ、空港内の安全を確保できるようになっています。

3.2 技術課題

顔認証分野においては、例としてパスポートや運転免許証で使われる証明写真のように、いかに高品質な登録画像を用意するかが重要な要素となります。登録画像の解像度が低かったり、ブレがあったりすると特徴情報がうまく抽出できません。このため、正面からの静止した状態で撮影し、帽子、サングラス、マスクなどの顔を覆うものを外して登録するのが一般的です。しかし、飛行機から降りてくる乗客の場合、ゲートで立ち止まることは降機時間が長くなり問題となります。また、昨今のCOVID-19対策からマスク着用が必須とされており、従来の顔登録とはまったく異なる状況でも顔登録できることが課題となっていました。

また、大規模な空港内でも、現地スタッフが簡単なトレーニングでシステムを使えることや、空港管理者が空港内の状況をモニタリングできることも必要になります。

3.3 事前検証

降機時の乗客の行動を推定し、顔の向き、歩行速度、光源位置、カメラ設置高とカメラまでの距離、マスク柄の違い、カメラ設定のWDR機能*のON/OFFの違いといった、ウォークスルーでの登録に対する影響の事前検証を行いました。NEC玉川事業所内(神奈川県川崎市)に空港環境を模した実験設備を設置し、社員20人の協力を得て動画撮影と、当時リリースされたばかりのマスク対応顔認識エンジンで事前検証を行いました。スマートフォンを見ながらうつむいて降りてくるケースや、降りた後の移動先を探すために周りを素早く見回すケースでは、顔として認識できず登録できないことがありました。またカメラとの距離が近くなると、顔に対してカメラ角度が大きくなるため、顔登録に適さない画像になります。このため遠方でも解像度が保てるように、光学ズームによる撮影画角調整も必要でした。柄のあるマスクは目の位置の誤検出につながり、正しく特徴量をとらえられませんでした。強い逆光や斜め横からの光により顔に影ができると、顔画像品質の低下が見られました。懸念されたマスク着用での検出については、柄の影響を除くと比較的良好に顔検出が行えたことで、新エンジンの効果が確認できました。これらを総合して、降機時の乗客がなるべくカメラ側を向くように、カメラ位置や動線の工夫が必要なことと、十分な速度のカメラシャッタースピード設定で画像のブレをなくすこと、十分な光量の確保を行うガイドラインを設定しました。

3.4 実環境でのパラメータ調整

空港内では、天井の構造や係員用のカウンターの位置などにより、カメラ設置位置や人流動線にさまざまな制約がありました。特にカメラは正面に設置できても、通路の構造上どうしても降機スロープから出た瞬間に左右の方向を向いてしまうゲートもあり、これらの場所での正面顔を取得するのは困難でした。できるだけ正面顔で登録するために、検出された顔の角度で選別を行う機能追加を行いました。誤検出を取り除くために、顔照合のしきい値調整も行いました。これらの調整を行った結果、お客様立ち会いのもとでデモを実施し受入れ了承の判断をいただき、無事正式稼働を迎えることができました。ウォークスルーでの顔登録を行うケース(非積極認証)では、事前に人流動線を考慮して最適な位置にカメラを設置するようお客様との事前調整が重要です。

システムの操作性や分かりやすさは、現地セットアップ時に現場スタッフとともに立ち上げを行うことで操作方法に慣れてもらい、必要に応じてマニュアルを参照する程度で習得可能でした。

3.5 その他留意した点

ウォークスルー認証時には動画による検知が行われるため、同じ人物が複数回検出されることになります。そのため、アラーム数が膨大になってしまい必要な情報がUI上で流れていってしまうことが考えられていました。その課題を解決するため、統合UIでは、顔認識技術を使い類似の顔に関しては複数アラームを1つに統合し表示する機能を備えています。また、同じ人物が別の場所で検出された場合には、地図上に移動場所を表示する機能もあり、時系列で対象者がどこに移動したか把握することが可能です。一方で個人情報保護の観点から、登録情報は一般的に降機後空港内にとどまるとされる30分間だけ保持するようにし、30分経過後はシステムデータベース内からすべての個人情報が削除され、UI画面にも表示されなくする仕組みも取り入れています。

  • *
    ワイドダイナミックレンジ。逆光時などの明暗差が激しい撮影条件において、白飛びや黒つぶれを抑えるカメラが備えている機能。

4. 将来拡張への取り組み

4.1 空港内外でのIDとサービス連携

空港運営企業、航空事業者並びにテナントなど空港オペレーションにかかわるサービスにおいて、生体認証を活用したID管理により利便性が向上するため、出入国の健康状態把握に加えシステムの連携拡大を多地域の空港で進めています(図5)。

図5 ID管理

搭乗手続き、税関審査や検疫で生体情報とパスポート、搭乗券、ワクチン証明や陰性証明などを連携し利用することで、チケットレス、パスポートレス、証明書レスで通過できます。また、ラウンジや飲食店などの空港施設、空港内ホテル、周辺サービスでも生体情報で認証し、手続きや支払いを簡素化することができます。このようにNECでは、ID連携サービスで空港施設全体のシームレスな体験を実現するDXオファリングを提供する取り組みを進めています。

4.2 クラウドでの空港間データ連携

頻繁に相互利用される空港の場合、到着空港と周遊空港間でデータを連携することで、空港管理者の業務や旅行者のプロセスにおいて重複するタスクを省略しUXの改善が見込まれ、より快適な空港運営と旅行体験が実現します(図6)。

図6 空港業務連携

複数の空港施設を同一の機関が管理している場合、クラウドで空港間のデータを連携活用することで、システム管理面で効率的になり、渡航者の健康状態の履歴が把握できスムーズな運営が可能になります。また、生体情報などユニークな情報を認証情報として利用することにより搭乗手続きや検疫のプロセスを一元化でき運営者と渡航者、両者の負担を軽減できます。

5. むすび

生体認証技術やシステム構築ノウハウを駆使し、感染症対策ソリューションを6力月で複数の空港に迅速に導入し安全・安心な運営を提供できたのは、国内外のスタッフ並びにパートナー各社、またお客様のご協力のおかげであり感謝いたします。今後もNECでは生体認証やID管理の技術を活用し、企業や利用者の利便性を向上させるとともに、安全・安心に生体認証サービスやIDサービスを利用できるシーンを増やし、利便性の高いDXオファリングを提供します。

参考文献

執筆者プロフィール

吉川 正人
デジタルプラットフォーム事業部
事業部長代理
祢宜田 啓寿
デジタルプラットフォーム事業部
シニアエキスパート
村松 英路
デジタルプラットフォーム事業部
エキスパート
山下 信行
デジタルプラットフォーム事業部
シニアエキスパート
藤井 健一郎
デジタルプラットフォーム事業部
マネージャー
平田 陽介
デジタルプラットフォーム事業部
マネージャー
宮内 コスモ
DX戦略コンサルティング事業部
主任

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