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豊島区における「群衆行動解析技術」を活用した総合防災システム

データ利活用型スマートシティの実証・実装事例

2015年5月の新庁舎開庁を機に、豊島区は、“日本一の防災システム”を目指し、総合防災システムを導入しました。

NECは、「群衆行動解析技術」を含む総合防災システムの提供を通じて、豊島区が目指す「安全・安心な街づくり」の実現に貢献した事例、及び、自然言語処理技術を活用した実証実験事例などを紹介します。

1. はじめに

東京都豊島区は区全体の人口集中度合が極めて高く、全国人口密度順位第1位であり、年間総乗降客数約9億人のターミナル駅である池袋駅を抱えています。そのため、周辺繁華街の利用者が多く、防災上の危険性も凝縮しており、災害時の混乱が懸念される都市・繁華街の典型です。

豊島区では、想定される首都直下型地震をはじめ、大規模地震や停電などの発生により交通機関が停止した場合、池袋駅の周辺では多くの外出者の混乱、大量の帰宅困難者の発生を予測しており、区民の安全を確保するための防災対策の重要性が極めて高く、喫緊の課題となっています。

災害によって駅などの公共エリアで発生する帰宅困難者による混雑や滞留が発生し、危険な状態が引き起こされることを回避するためには、発災初動期に避難経路の確保や人々の誘導などの対策を迅速に決定することが最も重要となります。しかし、従来、どこで異常な混雑や滞留が起こっているかの状況把握が広範囲にわたって人的対応に限られていたため、危険性の把握から意思決定の判断、その対策を打つまでに非常に時間と工数がかかるという課題を抱えていました。

この課題に対し、主要駅周辺や交差点などの公共エリアで発生した異常な混雑や滞留をリアルタイムに自動検知し、見える化することで、迅速な意思決定支援を目的とする最先端技術を活用した群衆行動解析システム1)の事例を紹介します。

2. 事業の内容

2.1 導入の目的

豊島区では、職員が「災害時に有効に活用できるシステム」と「情報の収集と共有の円滑化・高度化を図る」ことをコンセプトとして、総合防災システムを導入しました。

システムの1点目の目的は、「意思決定・情報配信の迅速化を図る」ことです。そのため、情報の収集・管理・配信をトータルに行うシステムで、意思決定力を強化しました。具体的には、区内に51台のカメラを設置することにより、区内全体の状況を一元的に把握でき区民や来街者への情報配信など、迅速な対応を可能としています。

2点目の目的として、「帰宅困難者対策の初動対応を強化」することです。具体的には、区内に設置されたカメラ映像から主要駅や道路の混雑・滞留状況の異変を検知し、その自動アラート通知を受け、帰宅困難者への迅速で安全な誘導を可能とし、区内の滞留人員の把握、一時滞在施設への安全な誘導を実現します(図1)。

図1 システムで対応する業務フロー

2.2 事業の内容及び実施状況

今回のシステム整備では、豊島区内全体の状況を一元的に把握し、かつ迅速な対応を可能とするために、豊島区内の主要駅及び主要な地点51個所(うち群衆行動解析対象17個所)にカメラを設置しました。

災害時は、カメラからの情報収集以外にも現場での職員による情報収集、国、東京都からの情報収集と併せ、防災行政無線などを利用した情報の伝達、住民からの照会など、さまざまな災害対応業務に忙殺される状況となります。このような多数の業務を限られた職員数で対応しなければならず、区内に設置された51台のカメラを職員が常に監視することは不可能となります。

そのため、主要駅及び主要な監視地点(17個所)に設置されたカメラ画像をコンピュータにより自動分析することで、帰宅困難者により発生した異常な混雑や滞留を「混雑度」「混雑状態」「群衆の流れ」としてリアルタイムに検知し、災害対策本部にアラートを発報する仕組みを構築しました。

人間による監視では、複数のカメラ映像に潜在する危険を見逃すリスクが高くなりますが、このシステムにより、危険を見逃すことなく把握することや、困難であった定量化を実現する効果が期待できます。

従来の映像解析技術では、映像から人物を一人ずつ切り出して行動解析を行っていたことから、人同士の重なりに弱いという課題がありました。そこで、本技術では、群衆画像を「何人かの集団」として画像を部分領域に分割し、各部分領域が何人から成る集合であるかを解析することによって、群衆画像から個別に人物を切り出すことなく、画像に写った人数を自動推定することが可能となり、群衆の状況を把握できるようにしました(図2)。

図2 画面イメージ

本技術の導入により、災害対策本部は迅速な意思決定や対応が可能となり、この情報を関係機関と共有することで、帰宅困難者に対して安全な方向へのスムーズな避難誘導と収容可能な一時滞在施設などへの安全な誘導を効率化する効果が期待できます。

2.3 導入に向けた調査・検証

群衆行動解析で部分領域に区切った部分画像の大まかな人数を自動推定するためには、実際のカメラ映像に映った部分画像とシミュレーションによって合成した群衆画像を比較します。この比較の際に、シミュレーションで合成した群衆画像が持つバリエーションが多ければ多いほど人数推定精度は高くなります。シミュレーションでは、あらかじめ数十万枚もの大量の群衆画像を生成し、これらを学習データとして与えることで、大まかな人数推定を行う機能を実現しました。

また、群衆行動解析によって、日々の混雑度と群衆フローを定量的に求め、記録できるようになると、日頃の平均的な数値と現在の数値との比較が可能になります。主要駅または主要な地点に設置されたカメラ画像から、日頃の混雑度の平均値を収集し、この値が大きく乖離した場合は異常な混雑が発生しており危険状態であるとし、自動検知しアラートを発報することが可能となりました。

3. 導入による成果及び効果

群衆行動解析システムを導入後、2016年10月12日に埼玉県新座市内の高圧ケーブル火災(東京電力)が発生した際には、西武池袋線が運休となり混雑が発生し、この池袋駅前の状況を災害対策センターにいながらリアルタイムにチェックすることができました。本システムの導入により、職員の対応速度が上がる効果が期待できます。

また、平常時に職員がモニタリングをしていなかった際に、ある場所で入場待ちのような行列ができているところも自動検知しています。これにより、多数のカメラを同時に人間が確認する必要がある場合、従来は見落としていた事象を、本システムが自動的に異常として検知しアラートを出すことで、運用支援へ効果を発揮することが期待されます。

災害時には、地域住民や域内で勤務・就学している人たちの安全な帰宅の支援、及び、物資の運搬、医療・消防などのアクセス道路の空間を確保することで、被災者の円滑な救援・救護などが可能となることから、都市の防災力向上に寄与する効果が期待できると考えています。

また、本技術を導入し、平常時も人流のデータをビッグデータ解析することにより人流制御に有用な情報を提供する効果も期待でき、街づくりの発展への効果も期待できます。

4. 今後の展開

4.1 技術の高度化

人流の見える化に関する次のステップとして、混雑状況の予測シミュレーションを行う技術開発を進めています。実際に、スタジアムでの大規模イベントにおける人流を解析・予測する実証実験なども行い、アルゴリズム開発や精度検証・向上を図っています。

将来は、30分先までの10万人の来街者の流れを予測、来街者の移動能力に応じて、目的地まで混雑のない最適な移動経路を算出することを目指しています。

今後、実証実験による学習を重ね、精度を上げていくことによって、混雑のないスムーズで安全な移動により、すべての来街者の体感品質を向上し、来街者の増加や施設の資産価値向上に寄与していきます。

4.2 適用範囲の拡大

帰宅困難者への対策に加え、今後は避難所運営について本技術の展開を検討しています。

災害時は、非常に多くの避難者が避難所を訪れることとなりますが、災害対策本部への定期報告を実施するため職員は避難所の状況(避難者数、負傷者数、建物の状況、ライフラインの状況、近隣の被災状況など)の把握から区民への照会業務に追われるため、一時滞在者など避難者数が大きく変動する初動において、迅速に正確な人数を把握することは非常に困難となります。

群衆行動解析技術を発展させ、混雑状況下においても「避難者数・属性・年齢層」を迅速に認識できる技術とし、誘導・防災システムと連携することで更なる都市防災力の向上に貢献していきます。

また、防災に限らず、多くの人が集う公共空間や大型施設(ターミナル駅・空港・テーマパーク・スタジアム・イベント会場など)での適用に際しては、多数の施設で設置されている防犯カメラを活用することで、導入コストの抑制を図ることが可能です。

5. 新たな取り組み

豊島区では総合防災システムの更なる進化に向け、新たな取り組みも始めています。

総務省の委託事業である「平成29年度「IoT/BD/AI情報通信プラットフォーム」社会実装推進事業」における「最先端の自然言語処理技術を活用した高度自然言語処理プラットフォームの研究開発」について、アビームコンサルティング株式会社が代表研究機関として採択され、2017年11月に行われた豊島区帰宅困難者訓練で当該プラットフォームを用いた実証実験を行いました。

本実証事業では、大規模災害や大規模火災、パンデミック(大規模感染症)といった緊急事態発生時における国民の安全・安心を確保し社会課題の解決を図ることを目的として、SNSや地方自治体、関係機関などが保有する自然言語情報の処理と異分野間での連携・利活用を促進する高度自然言語処理プラットフォームの要件定義・設計開発・実証評価を進めています。

豊島区では、2009年度より首都直下型地震による池袋駅での多数の帰宅困難者発生を想定した帰宅困難者対策訓練を実施しており、2017年度の訓練では、帰宅困難者役である訓練参加者からスマートフォンなどを通じて収集した情報を、プラットフォームでリアルタイム分析し、必要な対策の検討、実施などを行えるかを検証しました。

具体的には、学生を中心とした約200人の訓練参加者に、SNSを想定した特設掲示版へ被害状況や避難するうえでの困りごとなどの書き込みを訓練中に実施してもらいました。その書き込みを本プラットフォームで解析した結果、現地や帰宅困難者の状況、訓練方法に関する問題点などの把握に活用できることを確認しました。

結果として、区職員がリアルタイムで現地の状況概要を把握できることを確認するとともに、訓練参加者からも「交通情報の集約結果は移動手段の決定に役立つ」といった意見もあり、実際の行動判断まで結び付けられる点でもプラットフォームの有用性が示されました。

本研究開発は今後、最先端の自然言語処理技術の確立及び社会実装(全国自治体などでの同プラットフォーム利用の促進とプラットフォームの有用性に対する国民の理解醸成など)の実現に向けて、2019年度まで研究開発を進める予定です。

6. むすび

NECでは、2020年に向けた新たな街づくりに備え、本技術の普及拡大を見込むとともに継続的な使用による幅広いシーンでの活用を計画しています。

参考文献

執筆者プロフィール

山崎 規史
スマートインフラ事業部
消防防災事業推進グループ
マネージャー
中島 哲也
スマートインフラ事業部
消防防災事業推進グループ
エキスパート
山口 泰広
公共・社会システム営業本部スマートインフラ営業部
主任
向 健次
スマートインフラ事業部
第四システム部
鈴木 慶太
スマートインフラ事業部
AI推進グループ
瓶子 正人
アビームコンサルティング株式会社
プロセス&テクノロジー
シニアコンサルタント

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