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訪日外国人向けのおもてなしサービスの高度化と地域活性化への取り組み事例

データ利活用型スマートシティの実証・実装事例

増大する訪日外国人の旺盛な消費の獲得は、地域活性化にも資するものとして重要視されています。一人ひとりの旅行者に対する細やかな「おもてなし」の実現を目指した都市サービスの高度化への取り組みや、企業同士の連携による旅行者の地域送客、地域内周遊の仕組みづくりに向けた取り組みを紹介します。海外・域外からのヒトの流入拡大と消費獲得に向けた異業種連携、地域連携による総合的な街づくりへの貢献を目指します。

1. はじめに

観光やショッピングなどを目的として、日本を訪れる外国人が急増しています。日本政府観光局は、2018年1月に2017年の訪日外国人数が過去最高の2,869万人だったと発表しました。政府は2020年のその目標人数を4千万人、旅行消費額目標を8兆円と設定しています。

観光庁の策定した「明日の日本を支える観光ビジョン」では、自然・文化・気候・食を日本の観光振興の4条件として観光産業を日本の基幹産業にすることを今後の方向性としてうたい、地方創生に資する成長戦略の1つに位置付けています。

その実現に向けた視点の1つが、ソフトインフラの改善・ICT活用です。本稿では、日本を訪れる外国人が、滞在やショッピングなどを快適に満喫できる環境づくりを目指し、サービスの高度化や質の向上を図るために行われている取り組みについて紹介します。

2. 総務省「IoTおもてなしクラウド」実証事業

2016年度と2017年度の2年間にわたり、総務省が推進する「2020年に向けた社会全体のICT化アクションプラン(第一版)」の取り組みの一環として、「IoTおもてなしクラウド」の実証実験が実施されました。

「IoTおもてなしクラウド」実証事業は、訪日外国人の一人歩きや快適な滞在を可能とする「おもてなし環境」の実現に向けて行われたものです。そのポイントには以下のものが含まれます。

  • 訪日外国人などのスムーズな移動、観光、買い物などの環境づくりを支援するクラウドサービスの実現
  • スマートフォン、交通系ICカードやデジタルサイネージなどとクラウド環境を活用した、先進的で多様なサービス連携の実現
  • 前提として、個人主導での属性情報の提供と、利用するサービス選択を行う仕組みの実現。いわゆる、パーソナルデータストア(Personal Data Store:PDS)、ベンダーリレーションシップマネジメント(Vendor Relationship Management:VRM)の思想

訪日外国人は、専用のアプリケーションを使ってスマートフォンから自身のパーソナルデータを登録します。年齢、利用言語、アレルギーや、パスポート情報などをクラウド上に登録し、更に利用したいサービスを一覧から選択します。

交通機関、ホテル、レストラン、免税店などのサービス事業者は、利用者から許可された属性情報を利用して、細やかなサービスに役立てます。その属性情報を取り出すツールとして利用されるのが、パーソナルデータと紐付けられた交通系ICカードです(図1)。

図1 「IoTおもてなしクラウド」のイメージ

NECは、2016年度と2017年度の2年間にわたってこの「IoTおもてなしクラウド」の実証事業に参加しています。

クラウド基盤の共同開発企業の1社として、Open ID Connectに準拠した製品「NC7000-3A」をID連携基盤として活用し、多様なお客様と共同で、このクラウド基盤を活用したサービスの検証を行いました。

3. クラウドサービスの仕組みの検証

2016年度には、「IoTおもてなしクラウド」の社会実装に向けた課題の抽出を目的として、3地域5カ所でのユースケース実証が行われました。NECは、東京都の「港区地区、六本木・虎ノ門エリア」のメンバーとして参加しています。このエリアでは、入国後の移動、宿泊、食事、買い物の流れにおいて5つのユースケースの実証を行いました(図2)。

図2 六本木・虎ノ門エリアの実証概略

東京空港交通株式会社殿は、訪日外国人が購入した交通系ICカードを使って、パーソナルデータとともに、バスの到達時刻などをホテルに伝達する実証を担当しました。株式会社ホテルオークラ東京殿では、宿泊者のスムーズなチェックインやレストランにおけるきめ細かなメニュー案内の対応の実証を行いました。株式会社J&J事業創造殿(現、株式会社J&J Tax Free殿)は、ショッピングの際の免税手続きの効率化の検証を行いました。一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会殿は、実証に参加するモニターの募集と、実証実験の統括を行っています。そしてICTのとりまとめとして、パーソナルデータの登録や「IoTおもてなしクラウド」と各種サービスとの連携支援を担当したのがNECでした。また、2017年度に東京空港交通株式会社殿は、手ぶら観光をテーマにしたホテル向け手荷物配送サービスの実証事業も実施しています。

これらの実証を通じて抽出された課題は主として以下のものでした。

(1) 「IoTおもてなしクラウド」基盤の社会的担保

個人の属性情報で公的認証性を必要とされる業務(免税処理におけるパスポート情報取得など)では、公的認証性の担保が必要であることが前提となります。サービス活用には法制度の整備などが必要となるものがあります。

また、訪日外国人に対するアンケート結果では、「日本だからパスポート情報を預ける」との特徴的な回答が少数ですが存在しました。これは、属性登録の不安を軽減するポジティブ要因ととらえてよいものと考えられます。個人主導の情報流通社会に向けた制度や枠組みの整備も、併せて求められるものと考えられます。

(2) 属性情報のサービス活用についての課題

「IoTおもてなしクラウド」基盤のコンセプトはPDSとVRMです。個人の属性情報の利用については、個人情報保護法にも則しながら適切に形成していく必要があります。第三者利用などについて、利用者本人からの同意の取得、サービス事業者間との規約など、欧州の個人情報保護の動向なども考慮しながらの整理が必要です。

(3) 交通系ICカードの所有者の特定と保証

実証事業では、サービス現場で個人の情報を呼び出すツールとして交通系ICカードを活用しました。グループでレストランなどを訪れる場合、サービス現場でカードや情報の取り違えが発生し得ます。

前述の公的認証性が必要となるサービスもさることながら、個人に応じたサービスを提供する場合では、これらの状況はサービス低下の要因となります。本人利用が前提であることや、現場でサービス事業者が個人識別を行うための工夫が必要です。利用者に抵抗やストレスのない形で生体認証技術を活用することも1つの方法です。

4. 2017年度「地域内の送客サービス」の実証事例

多くの訪日外国人が訪れる場所であっても交通機関の利便性やラストマイルの移動手段などの理由から足を運ぶことを躊躇し、有名どころだけに訪日外国人が集まり、地域内の周遊や消費が偏るといった課題があります。

2017年度にはこの課題解決の1つの手段として、交通事業者を中心としたサービス連携のユースケースを構築し、広島県を舞台として、「IoTおもてなしクラウド」を活用した地域内送客サービスの実証を実施しました(図3)。

図3 広島の実証概略

バスやタクシーが連携して、一人ひとりの旅行者の域内における迷わない移動を実現するとともに、コト施設や自治体が協力して、訪日外国人に魅力ある体験を提供します。その結果として域内の周遊促進を図ることが狙いです。

ここでは、一般社団法人ジャパンショッピングツーリズム協会殿のもと、公益社団法人広島県バス協会殿と広島電鉄株式会社殿、株式会社JTB中国四国殿(現、株式会社JTB殿)、NECが集い、実証事業を行いました。

このシナリオの仕組みは、いたってシンプルです。

広島空港や広島市内ゲストハウス、おりづるタワーなどで、訪日外国人向け観光客周遊乗車券「Visit Hiroshima Tourist Pass」を購入した外国人が、自ら登録するパーソナルデータと交通系ICカードを連携させ、広島市とその周辺地域の9つの周遊観光プランから1つを選択します。その場で訪問予約を獲得し、訪問当日の路線バス乗車前に交通系ICカードを利用して、バス乗車宣言をします。その際、訪問予約番号とともに訪問者の属性情報を訪問先のタクシー事業者やコト施設などと共有します。おおよその移動時間が推測できるので、その時間にあわせたタクシー配車や、施設側の受入体制を整えます。

各プランに参画するバス・タクシー・旅行などのサービス事業者が「IoTおもてなしクラウド」から情報提供される訪日外国人のパーソナルデータに基づき、各自に適したサービスを提供する仕組みを試みました(図4)。

図4 広島実証のフロー概略

実証期間は1カ月で、参加した訪日外国人は50名程でしたが、思いがけず多数の訪問者が獲得できた観光場所や、なかには1泊2日の民宿体験に参加したモニター外国人も現れ、魅力の訴求と企業が連携したサービスの整え方次第で、旅行中であっても来訪者を獲得できることや宿泊需要を獲得できることなどを実践的に経験することとなりました。

実証事業でもあり、利便性向上に向けたITの改善余地は多々ありますが、地域内の旅行客の動きを地域の方々と実際に目の当りにしたことは、貴重な実証であり、訪問客・消費獲得のモデル実証の1つとなったと考えます。

5. 街づくりへの道筋

訪日外国人の地域拡散は、雇用の創出や、さまざまなサービス維持など、人口減少に起因するいくつかの社会課題への対応策としてもとらえられています。

また、行政がリードするWi-Fiや多言語対応などの受入環境整備、日本版DMOの設立、民間企業などによる観光資源開発なども活発になされています。

一方で、観光産業は、交通、宿泊、小売、施設事業者、自治体など多様な企業や団体が関係する産業構造を持っており、企業や行政が連携して取り組みを行っていくことも大切です。多様で変化のスピードの速い訪日外国人の行動や嗜好をソーシャルメディアや、行動履歴を通じて知ることにより、効果的に、かつ的確にターゲットを絞ったプロモーションや交通・言語などの受入環境整備を行うことも、可能となります。

2017年度に広島で行った実証は、地域の移動を担う交通事業者が中心となり、域内の魅力的な観光資源をアピールし送客して消費を獲得する、地域内の企業連携サービスの好例となるものと考えています。そこに、個人の属性情報を掛け合わせ、訪日外国人一人ひとりに合わせたサービスを提供することによって、観光客の満足度が向上し、リピーター獲得の好循環ができあがると考えます。

このユースケースからの発展は、バス、タクシーだけではなく、観光地を周遊するデマンド交通や、シェアリング型サービス、一次交通との連携なども考えられます。また、日本人の国内旅行へのサービス適用、地域住民向けのソフトインフラサービスにもなると考えています。

活用する情報も、交通機関の運行ダイヤや運行情報、自治体などが持つ地域のイベント情報など、多様な街の情報が考えられ、多面的な移動サービスの提供が可能となります。

一方で、地域内の送客サービスがあったとしても、訪日外国人を誘引する魅力の発信とリーチ、One to Oneプロモーションの方法が重要であることはいうまでもありません。

ツアー型ではない個人旅行客が増大するなか、このOne to Oneプロモーションには、個人のスマートフォンを起点としたソーシャルメディア活用の手法なども要点になるといえます。

6. おわりに

本稿では、訪日外国人を切り口とした、海外・域外からの地域へのヒトの流入促進、消費獲得に向けた取り組みについて紹介しました。「地域でもう1泊」「もっとお買い物」が掛け声でもあります。

また、「IoTおもてなしクラウド」には、来るべき個人主導の情報社会に向けた、パーソナルデータストアの先鞭的な取り組みの側面もあります。

新しい情報流通時代の到来を見据えつつ、地域・街づくりのステークホルダーの方々の思いを肌で感じながら、これからも地域活性化へ取り組みを続けていきます。


* Wi-Fiは、Wi-Fi Allianceの登録商標です。
* その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

執筆者プロフィール

田中 謙
公共・社会システム営業本部
シニアエキスパート

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