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はやぶさ2 イオンエンジンと今後の展望

Vol.74 No.1 2021年8月 安全・安心・公平・効率を提供する社会インフラ特集

小惑星探査機「はやぶさ2」に搭載されたイオンエンジンは、地球から小惑星「リュウグウ」への往路、そして小惑星でのミッションを終えサンプルを地球へ持ち帰る復路を支えました。更に、今も「はやぶさ2」の次のミッションに向けて稼働を続けています。イオンエンジンのような電気推進システムは、深宇宙探査にはなくてはならないシステムとなり、注目されています。本稿では、宇宙機における推進システムとイオンエンジンの概要から、NECにおけるイオンエンジン開発、及び「はやぶさ2」での運用実績、そして次期探査プロジェクトの深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」へ向けた更なる高性能化の状況について紹介します。

1. はじめに

2014年12月に小惑星探査機「はやぶさ2」は種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げられ、2018年6月に小惑星「リュウグウ」へ到着、2019年に合計5.4gの小惑星サンプルの採取に成功し、2020年12月に地球へ帰還しました。この6年間の旅路を支えたのが、イオンエンジンです。宇宙機の推進システムには主に、化学推進系と電気推進系があります。化学推進系は、化学反応による燃焼で得られたエネルギーを用いて推力を得る方法で、大推力であることが特徴です。一方、電気推進系は、加熱や加速に電気エネルギーを用い、推進剤を加速排気し推力を得る方法で、少ない燃料で遠くの目的地まで到達することができます。イオンエンジンは、この電気推進系の1つです。

図1に、各推進システムの推力密度(噴射口単位面積当たりの推力)と比推力(推進剤消費率当たりの推力(燃費に相当))の関係を示します。図1に示すように、イオンエンジンは、電気推進のなかでも、推力は低いものの、比推力が高いシステムです。「はやぶさ」のような惑星探査ミッションでは、探査機が地球から遠く離れた目的地まで到達できることが重要となるため、イオンエンジンなどの電気推進系が不可欠となります。NECはこれまで、国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構(JAXA)様と共同で、マイクロ波放電型イオンエンジンを開発し「はやぶさ」「はやぶさ2」に搭載しました。そこで得られた知見及び新たなミッション要求に応えるべく、性能及び信頼性を更に向上させたモデルを、次期探査プロジェクトである深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」に搭載予定です。

図1 推進系の推力密度と比推力の関係1)

2. イオンエンジンの概要2)3)

イオンエンジンはプラズマを静電加速して推力を得ることから、静電加速型推進機とも呼ばれます。図2にイオンエンジンの概要図を示します。最初に、上流の放電室にて推進剤であるXeガスをプラズマ化し、次に、3枚のグリッドにそれぞれ異なる電位を与えることでイオンを加速し、最後に、中和器においてイオンを電気的に中性化して宇宙空間へ放出し、推力を得る仕組みとなります。最初のプラズマ生成の手法は複数あり、「はやぶさ」「はやぶさ2」に搭載されたマイクロ波放電型イオンエンジンは、その1つです。

図2 イオンエンジン概要

マイクロ波放電型イオンエンジンの主な特徴は、2つあります。1つ目は、放電用の電極がないため、寿命制限や地上試験時における大気曝露に対する保護の必要がありません。2つ目は、プラズマ点火に特殊な手順や付加装置が不要で、システム全体の機器の数が少ないことが挙げられます。また、「はやぶさ」「はやぶさ2」に搭載したイオンエンジンは、前述した特徴に加え、中和器からも電極を撤廃することが更なるシステムの簡略化、長寿命化につながり、世界初の完全無電極放電のイオンエンジンとして宇宙空間で性能が実証されました。

3. NECにおけるイオンエンジン開発

マイクロ波放電型イオンエンジンをはじめとする電気推進系は、JAXA様宇宙科学研究所(ISAS)の前身である文部省宇宙科学研究所で研究されていました。マイクロ波放電型イオンエンジンは1988年ごろから研究され、NECでは「MUSES-C(はやぶさ)」プロジェクトが発足した1996年から本格的な製品開発が始まりました。

「はやぶさ」のイオンエンジン開発後はJAXA様(ISAS)では更なる性能向上を、NECでは他の衛星にも応用できるよう汎用化、商用化開発を実施しました。2011年に「はやぶさ2」プロジェクトが発足し、「はやぶさ2」に向けた本格的なイオンエンジン開発が進みました。

「はやぶさ」のイオンエンジンに課せられたミッションは、1つ目がイオンエンジンによる推進実験、2つ目がイオンエンジンの長期連続稼動実験、3つ目がイオンエンジンを併用しての地球スイングバイによる加速操作であり、これらの技術を実証することができました。

「はやぶさ」におけるイオンエンジンの技術実証を踏まえ、「はやぶさ2」では、確実に小惑星へ行き地球に帰還する技術を確立することが求められました。

4. はやぶさ2でのイオンエンジン開発4)

「はやぶさ」及び「はやぶさ2」のイオンエンジンシステム(IES)の諸元をに、系統図を図3、搭載状態を図4に示します。

表 「はやぶさ」「はやぶさ2」 イオンエンジン諸元5)

図3 「はやぶさ2」イオンエンジン系統図
図4 イオンエンジンの搭載状態6)

「はやぶさ」からの主な改良点として、まず、中和器の故障を踏まえた長寿命化、次に推力の25%増強(8mNから10mN)が挙げられます4)

「はやぶさ」と「はやぶさ2」は同様の構成となっており、イオンエンジン、高圧電源装置(IPPU)やスラスタ制御装置(ITCU)の他、このシステムの特徴であるマイクロ波放電系のシステムを持ちます。イオンエンジンは1枚のプレート上に4台搭載され、最大で同時に3台まで使用することができ、探査機の軌道変更に必要な推力を発生します。また、ジンバル駆動により推力方向を変更できる機能、及び、供給電力の変化に応じて推力を変更できるスロットリング機能があります。

第3章で前述したように、「はやぶさ2」ではより確実な動作、信頼性が求められました。これらを達成するために、信頼性解析を徹底し、実際に行われる運用をベースに、できるだけ宇宙環境に近い条件で試験を行いました。

5. 「はやぶさ2」でのイオンエンジンの運用実績

図5に、「はやぶさ2」の打ち上げから小惑星までの往路と、小惑星から地球までの復路の軌道を示します。

図5 「はやぶさ2」の軌道7)

図5の軌道を飛行するにあたり、イオンエンジンを運用し、1台当たり往路約6,400時間、復路約3,000時間の運転を実現しました。「はやぶさ」ではトラブルもあり、最後まですべてのイオンエンジンを運用できませんでしたが、「はやぶさ2」は4台すべてのエンジンが現時点でも健全であり、小惑星と地球の往復に必要な性能と信頼性を確立しました。「はやぶさ2」は地球帰還後、新たな目的地「1998KY26」に向け出発し、今なおイオンエンジンの運転を継続しています。

6. 次期プロジェクトに向けた高性能化

「はやぶさ2」では、イオンエンジンの技術を確立しました。更に性能・信頼性を向上させたイオンエンジンを、次期探査プロジェクトの深宇宙探査技術実証機「DESTINY+」に搭載する予定です。「DESTINY+」はロケットで地球周回軌道に投入後、イオンエンジンによる加速を続けることで周回軌道を離脱し、小惑星軌道に入ります。したがって、地球圏を離脱するための高い推力が求められています。また、「はやぶさ2」とは異なり、長く地球周回軌道にとどまるため、地球周回軌道上の環境に対応可能な排熱と保温の能力が求められています。これらの性能向上により、小惑星探査に限らず、イオンエンジンの利用可能範囲を拡大していきます。

7. まとめ

本稿ではNECがJAXA様と共同で開発したイオンエンジンについて、概要とその技術を紹介しました。宇宙機開発において、世界的に電気推進系への需要が高まるなか、NECは、今後もイオンエンジンを中心とした電気推進系システムの開発を続けてまいります。最後に、開発において、ご指導とご支援をいただきましたJAXA様に感謝申し上げます。

参考文献

  • 1)
    細田聡史、國中均:イオンエンジンによる小惑星探査機「はやぶさ」の帰還運用,プラズマ・核融合学会誌,Vol.86 No.5,pp.282-292,2010.5
  • 2)
    荒川義博 監修、國中均ほか:イオンエンジンによる動力航行,コロナ社,2006
  • 3)
    栗木恭一、荒川義博:電気推進ロケット入門,東京大学出版会,2003
  • 4)
    西山和孝ほか:はやぶさ2用イオンエンジンの開発状況,平成25年度宇宙輸送シンポジウム 講演集録,2014
  • 5)
    西山和孝ほか:小惑星探査機はやぶさ2イオンエンジンの運用状況,平成28年度宇宙輸送シンポジウム 講演集録,2017
  • 6)
  • 7)

執筆者プロフィール

尾郷 慶太
宇宙システム事業部
マネージャー
渡部 修
宇宙システム事業部
エキスパート
碓井 美由紀
宇宙システム事業部
主任
吉澤 直樹
宇宙システム事業部
主任
清水 裕介
宇宙システム事業部
森本 悠介
宇宙システム事業部
大井 俊彦
宇宙システム事業部

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