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「宇宙における光通信」という未知の領域へ踏み出すために

LUCASプロジェクトを現場で支えたメンバーたち

宇宙を飛行する衛星間を従来の電波よりも高速で大容量の光通信によって結ぶ──。その画期的な試みが実現しようとしています。JAXAが進めているその光衛星間通信プロジェクト「LUCAS」において、システムのコアとなる光通信システムの設計、開発、製造を手掛けたのがNECでした。その仕事を現場で担ったメンバーたちに、プロジェクト完遂までの苦労と、LUCASにかけた思いを語ってもらいました。

光通信システムの設計から製造までを担う

──LUCAS開発のプロジェクトにおいて、それぞれどのような役割を果たされたのでしょうか。

杉保 LUCAS開発プロジェクトのスタートは2015年で、2020年11月にLUCASのシステムを搭載したデータ中継衛星が打ち上げらました。NECが担ったのはその他に地球観測衛星2基分、計3基の衛星に搭載される光通信機器の開発と製造です。私はシステムマネージャーとして、光通信システム構築全体のマネジメントを担当しました。システムを設計し、機器を組み合わせ、試験をして問題が見つかったら解決に当たる。その一連の作業を統括する立場です。

横田 私はプロジェクトスタートから3年ほどの間は、光レーザーの出口と受け口になる機器の構造設計や部品の取りまとめを担当していました。その後の3年間は、プロジェクトの顧客であるJAXA(宇宙航空研究開発機構)や衛星本体のメーカーとの調整担当を務めました。プロジェクトの進行に遅れが生じた際に、それぞれの窓口の方々と早めに調整をして、全体のスケジュールに大きな影響が及ばないようにするといった仕事です。

杉保 昌彦
NEC 航空宇宙・防衛ソリューション事業部門
宇宙システム統括部
第三宇宙システム第四グループ
プロフェッショナル

竹井 プロジェクトが設計、開発から製造の段階に入った2017年にプロジェクトに参加しました。担当は機器の組み立て全般でしたが、とくに光ファイバーの融着作業をメインで任されました。衛星に搭載される光通信システムを構成する機器のそれぞれの光ファイバーをつなげる作業です。

黒木 私はシステムインテグレーション検査部という部署で、製造されたシステムを検査する仕事を担当していました。まず、エンジニアリングモデルと呼ばれる試験用の機器を検査し、その結果をフィードバックして、実際に宇宙に打ち上げられるフライトモデルの機器を検査するというのが私の仕事でした。

──設計や製造に現場で携わった立場から、LUCASの画期性についてご説明ください。

杉保 LUCASは従来のRF通信のデータ中継での通信スピードの7倍を超える1.8Gbpsという高速通信を実現しました。また、2005年に行われた光衛星間通信の最初の実験時は欧州との間の通信方式、捕捉追尾方式が採用されましたが、今回は波長1.5μmのレーザー光を使った通信方式や捕捉追尾方式を一から開発しています。1.5μmというのは地上の光通信で使われている波長であり、今後宇宙で衛星間をつなぐ標準波長になると見られています。LUCASが成功すれば、宇宙における光通信の基盤ができる。そう考えています。

横田 祐介
NEC 航空宇宙・防衛ソリューション事業部門
宇宙システム統括部
第三宇宙システム第一グループ
プロフェッショナル

横田 光通信には、電波と比べて大容量のデータを高速でやり取りできるだけでなく、電波よりも口径がはるかに小さいアンテナで通信ができるという特性があります。アンテナが小さくなるということは、衛星を軽量化することができて、打ち上げ時のコストが下がるということです。その点も、LUCASが今後の宇宙利用にもたらす大きなメリットだと思います。

黒木 LUCASは、4万㎞も離れて飛んでいる衛星を光レーザーで結ぶシステムです。レーザー光という目に見えないビームで長距離をつなぎ、しかも通信し続けることができるのはとてもすごい技術だと率直に思いますね。

竹井 宇宙における光データ中継衛星と地球観測衛星の間での光通信への取り組みは、NECとしても今回のプロジェクトが初めてでした。光通信技術を大きく成長させる可能性を拓いたこと。それもLUCASの画期性だと感じています。

現場の一人ひとりのプロフェッショナルな力で成功したプロジェクト

──足掛け6年近くに渡ったプロジェクトの中で、特にたいへんだったことは何でしたか。

杉保 新しい通信方式や捕捉追尾方式だったので、機器なども新規開発したものが多く、結果として問題も数多く発生しました。設計の段階では見えなかった問題が試験によって明らかになり、それを一つひとつ解決していく。そんな作業を繰り返しました。今振り返ると、その作業が一番苦労したように思います。

横田 先ほど申し上げたように、プロジェクト後半では他社との調整を担当したのですが、それまでそのような仕事をした経験が少なかったため最初はなかなかコツがつかめず、調整会議に出ても後手に回ってしまい、こちらの意見を強く主張できないようなことも多くありました。LUCASのシステムは、1基のデータ中継衛星と2基の地球観測衛星、合計3基の衛星によって構成されています。衛星ごとに担当者が異なるため、それぞれのキャラクタに応じてコミュニケーションの方法も変えなければなりませんでした。その調整やコミュニケーションにたいへん苦労しましたね。会議には準備をしっかりして臨み、先方のそれぞれの担当者と丁寧に対話をし、約束したことは期日通りに行い、こちらの要求も受け入れてもらう──。そんなことを心掛けながら、何とか調整のスキルを磨いていきました。

静止衛星用の光通信装置 (光ターミナル)
静止軌道の光データ中継衛星に搭載
地球観測衛星用の光通信装置 (光ターミナル)
低軌道の地球観測衛星に搭載

黒木 宇宙で使う光通信機器について過去に自製の試験装置による機器の試験をした実績がありませんでした。地上での光通信に携わってきたエンジニアはいるのですが、空間通信を行うことが異なるので、経験値をすべて生かすことはできませんでした。一つひとつ自分たちで工夫しながら試験をしていかなければならなかったことが一番苦労した点です。

竹井 私も同じですね。初めてのことばかりで、わからないことがあっても誰かに教えてもらうわけにもいきませんでした。試行錯誤しながら、一番いい方法を自分たちで見つけていかなければなりませんでした。

──成功させるのがかなり難しいプロジェクトだったようですね。

杉保 4万㎞の距離で互いに移動している衛星をレーザー光で結ぶというのは、東京から富士山の頂上にあるサッカーボールに光を正確に当てるくらい難しい技術であるとよく例えられます。そのような技術開発と機器製造に成功したのは、各工程のプロフェッショナルたちがもてる力を100%出し切った結果だったと思います。まさに現場の一人ひとりの頑張りによって成功したプロジェクトでしたね。

「神の手」と「スピードスター」

──光ファイバーの融着作業を担当した竹井さんは「神の手」と呼ばれていたそうですね。

杉保 髪の毛くらいの細さの光ファイバーをつなげる難しい作業が融着です。基本的にはマシンの操作による作業なのですが、誰もが簡単にできるものではありません。融着の精度が低く、光の伝導ロスが生まれてしまうケースもしばしばあります。その作業で竹井さんは断トツの実力を見せてくれました。

横田 融着作業にはいくつかの段階があるのですが、最後の一番重要なところは必ず竹井さんにお願いしていましたね。

光ファイバー融着のイメージ(左)、光ファイバーをセットする部分(右)
光ファイバー2本を装置にセットし、放電熱で融着させる
画像提供:株式会社フジクラ
竹井 友美
NEC 航空宇宙・防衛ソリューション事業部門
宇宙システム統括部
システムインテグレーション検査グループ

竹井 光ファイバーの切断面の角度をできるだけ垂直にするのが融着のコツでした。融着がうまくいかないと、1日から2日のロスが発生して、スケジュールに影響してしまいます。必死に頑張りました。

──一方、試験を担当された黒木さんは「スピードスター」と呼ばれていたとのことです。

杉保 黒木さんが担当していたのは、機器のパワーや軸のずれなどを一つひとつ検査していく作業です。試験の計画を私が立て、技術担当者が具体的な手順を考え、それに従って現場の試験担当者が実際に検査するという流れです。これも担当者によって精度やスピードが変わってくるのですが、黒木さんは普通より2倍くらいの速さで検査を完了させてくれました。

黒木 智子
NEC 航空宇宙・防衛ソリューション事業部門
宇宙システム統括部
システムインテグレーション検査グループ

黒木 NECが製造した光通信機器が、ロケット打ち上げから宇宙空間での運用までそれぞれの環境に耐えられるかどうかを確認するのが検査担当の大きな役割でした。打ち上げ時の振動、音、熱などに対する耐久性を試験によって確かめるわけです。1基目の衛星に搭載する機器の試験は初めての経験だったので手探りで作業を進めましたが、2基目、3基目ではその経験をいかすことができました。心掛けていたのは、とにかく効率をよくすることです。重複している作業を省いたり、まとめられる作業をまとめたりするなど、段取りをうまく立てたことが迅速な検査につながったのだと思います。毎日その日の作業の目安を決めて、それを朝会で周知して、作業に遅れが出ないようにしていました。

人々の生活や経済活動のインフラとしての光衛星間通信

──プロジェクトに関わる中で達成感を感じたのはどのようなときでしたか。

竹井 うまくいかない工程にぶつかったときに、みんなで試行錯誤をして壁を乗り越えたときは「やったー!」という感じでしたね。光ファイバー融着以外にも難しいことは本当にたくさんありましたが、チームプレイで一つひとつの課題をクリアすることができました。

横田 先ほどお話があったように、光通信装置を乗せた1基目の衛星は2020年に打ち上げに成功しています。その衛星がロケット発射場のある種子島に運ばれて打ち上がったときには、やり切ったという思いがありました。2基目と3基目が宇宙空間で軌道に乗って、光通信が実現したときには、それ以上の達成感を感じられると思います。

黒木 私も一番はやっぱり、ロケットの打ち上げを見たときですね。種子島で直接見ることはできませんでしたが、リアルタイムで動画を見ていました。NECに入社して初めて関わった衛星だったし、とてもたいへんな仕事だったので、思わず泣きそうになりました。苦労が報われたと感じましたね。

──プロジェクト全体を通じて、NECならではと感じたのはどのようなところでしたか。

黒木 一番はプロジェクトメンバーの皆さんの人柄だと思います。上の立場の人たちがとても丁寧で真面目でしっかりコミュニケーションをとってくれるので、仕事をやらされているという感じがまったくありませんでした。会社によっては技術開発担当と現場が完全に分業になっているケースもあると思うのですが、そこも一体になってワンチームでプロジェクトを進めることができました。

竹井 私も同感です。上の立場の皆さんや同僚が頑張っている姿を見て、自分も頑張ろうという気持ちになりました。

横田 お客様やパートナーからのレベルの高い要望に何とか粘り強く応えようとする。そこにNECのカルチャーがあると感じました。それから、自分の次の工程の人たちに迷惑をかけないようにするマインドもNECならではだと思いましたね。私は以前、「設計の作業が遅れると現場にしわ寄せが行くのだから、絶対に作業を遅らせてはいけない」と先輩から強く言われたことがありました。このプロジェクトでも、その教えを守ることを心掛けていました。

杉保 横田さんが言うように、粘り強さに尽きると思います。次々に出てくる問題をあきらめずに一つひとつ解決して、プロジェクトを成功させようという思いをみんなが共有していました。私自身は、難しい問題に直面したときに、みんなの力を合わせて乗り越え、それを解決することに達成感を感じていました。本当にやりがいのあるプロジェクトだったと思います。

──今後、LUCASはいよいよ実運用のフェーズに入っていきます。LUCASの今後への期待をお聞かせください。

杉保 光衛星間通信システムは宇宙利用のインフラです。インフラになるということは、人々の生活や経済活動に役立つものにならなければならないということです。私自身は、今後の運用にも関わることになります。LUCASを本当に有用なインフラにしていくための努力をこれからも続けていきたいと思っています。

竹井 自分が製造に関わった機器が、宇宙で故障することなく、想定された寿命を超えて活躍してくれたらいいなあと思います。

黒木 今後、宇宙での光通信の用途が広がっていったときに、LUCASがその先駆けだったことが後世に伝わっていくといいですよね。

横田 光衛星間通信のプロジェクトはLUCASで終わるものではありません。次のプロジェクトにできるだけタイムラグなくつながっていけばいいと思います。それから、できるだけ早い段階でこのシステムがビジネスのフェーズに入っていくこと。それにも期待したいですね。

──最後に、プロジェクトをやり遂げての率直な思いをお聞かせください。

竹井 宇宙開発に関わる仕事は本当に楽しいです。これからもずっと宇宙に携わっていきたいと思っています。

黒木 宇宙利用は技術的に難しいところがたくさんあるのですが、みんなが想像していたことが一つひと一つ実現していくのが何よりの面白さです。今よりもっとたくさんの人たちに宇宙に興味をもってほしいと感じています。

横田 NECの宇宙事業はものづくりからシステムづくり、運用まで多岐にわたります。そのすべてに関われる可能性がある素晴らしい仕事を自分はしていると思っています。今後は、たくさんの衛星をつなげていく衛星コンステレーションが進んでいくと言われています。NEC社内だけではなく、いろいろなパートナーと共創を進めて、「宇宙の仲間」を増やしていきたいと考えています。

杉保 宇宙開発において重要なのは、何よりも人材です。ぜひ若い皆さんに宇宙事業に関わってもらって、日本の宇宙開発の力を今以上に伸ばしていきたい。LUCASプロジェクトに関わって、その思いがいっそう強くなりました。そのためにも、私たちが宇宙に関するメッセージをどんどん発信していかなければならないと感じています。

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