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打ち上げ時の振動や超音速の衝撃、過酷な熱環境……宇宙ミッションを完遂するために人工衛星に課される試験とは?

人工衛星に搭載される機器は、JAXAが設定する厳しい基準(JERG(※))に則って製造され、打ち上げ時の振動や衝撃などの試験に合格したものだけが衛星に組み込まれます。さらに、衛星の組み立てを行う「衛星インテグレーションセンター」では、完成した衛星に対し、宇宙環境や打ち上げを模した数々の検証試験を行います。これらをクリアしてようやく衛星を打ち上げることができるのです。今回、衛星本体から衛星に搭載する機器やパーツまで、さまざまな試験を担当する6名のメンバーに話を聞きました。

※JERG:JAXA Engineering Requirement, Guideline。JAXAが管理・公開する衛星開発の技術標準

衛星システムや搭載機器に応じた多彩な試験環境を整備

──みなさんの経歴と現在のお仕事を教えてください。

平沢 1992年にNECに入社し、10年間別の業務に従事した後、エアロスペース事業部門に異動しました。現在は、主に衛星システムの試験のとりまとめと、射場作業計画や打ち上げ後の初期運用にも携わっています。

穂積 2014年にNECに入社して以来、衛星の構造設計を担当しています。衛星は製造時からミッション完了まで、打ち上げ時の大きな荷重や軌道上の温度変化といったさまざまな環境を経験します。そのなかでも衛星が形状を保ち、機器の精度を維持するための設計を行っています。これまでに太陽電池パドル(※)や光衛星間通信機器といったサブシステムの構造設計、衛星・探査機システムの機械系システム設計や構造設計を担当しました。また、設計検証となる機械環境試験も任されています。

(※)太陽光を電力に変換し人工衛星に電力を供給する機器。収納された状態で打ち上げられ、ロケットから分離した際に展開される

NEC
エアロスペース事業部門 スペースプロダクト統括部 第一宇宙技術グループ
岡田 雄太郎

岡田 2020年にNECに新卒入社し、穂積と同じ部署で衛星システムの熱設計を担当しています。±200℃と過酷な熱環境である宇宙空間でミッションを完遂するためには、どんな温度下でも正常に機能するよう、衛星を「冷やす」「温める」といったコントロールが欠かせません。そうした熱制御や熱試験を一貫して行うのが、我々のミッションとなります。

古川 2009年のNEC入社後、約10年間は技術者として衛星の構造設計に携わり、設計から解析、組み立て、試験までを一通り行ってきました。その後、2019年から3年間はNEC Corporation of Americaに出向し、米国企業からの衛星機器の調達業務や、米国宇宙市場や技術動向を調査しました。帰国後は衛星開発のデジタル化や衛星試験へのAI適用といった新しい技術戦略の立案、推進に取り組んでいます。

菅原 1992年にNECに入社し、2001年にNECスペーステクノロジーに出向してから、通信およびレーダーに使用するRF(無線周波数)機器の製造に携わってきました。これまでは主に電力の調整や試験業務を担当し、現在はRFグループの生産におけるマネジメント業務を担っています。早くから試験自動化のハードを構築、推進してきたことで、2019年には文部科学省の「創意工夫功労者賞」やNECグループの優秀技能表彰に選出していただきました。さらに、2024年にはNECスペース認定マイスターとなっています。

NECスペーステクノロジー
生産本部・機器製造検査部
星野 智也

星野 私は2013年にNECスペーステクノロジーに入社し、RF機器や衛星通信機器の検査・試験を担当しています。難易度の高い電気調整や試験の自動化への取り組みが認められ、2023年NECグループ技能奨励賞に推薦していただきました。現在は、2024年度から創設された「NECスペース認定ジュニアマイスター」候補として、検査技術の研鑽に努めています。

──NECスペーステクノロジーの試験環境について教えてください。

菅原 衛星に組み込む機器やパーツに対する環境試験、電気試験などを行っています。衛星システムと比べると規模は小さいものの、検査の種類や試験対象の機器数が圧倒的に多く、つねに時間との戦いです。そのため全社的に自動化への取り組みが早く、とくにRF機器においては自社開発したソフトウェアで効率的に検証できる環境を整えています。

NECスペーステクノロジーの試験設備。チャンバー(左)シェルチャンバー(右)

──NECグループでは「衛星インテグレーションセンター」で衛星の各種試験を行っています。センターにはどのような設備があるのでしょうか。

平沢 衛星インテグレーションセンターは、NEC府中事業場内に建設された人工衛星の組み立てと試験を行う施設で、大型のスペースチャンバーや高さ20m以上のクリーンルームを有しています。また、音響試験や振動試験、アライメント試験、質量特性試験といった各種設備を備え、衛星を打ち上げるまでに必要な試験をすべて自社で行えるのが特長です。

NEC府中事業場の衛星インテグレーションセンター

宇宙を模した過酷な環境下での衛星試験、そして分析自動化の取り組み

──衛星インテグレーションセンターで実施する試験内容をお聞かせください。

NEC
エアロスペース事業部門 スペースプロダクト統括部 第三宇宙技術グループ
平沢 真一

平沢 センターでは、宇宙空間や打ち上げを模した環境で試験を実施しています。その内容は、熱真空試験、振動試験、音響試験、衝撃試験の4つに大別されます。

岡田 熱真空試験は、チャンバーと呼ばれる密閉容器内で実施します。真空状態にしたチャンバーの内壁を液体窒素によって冷やすことで宇宙空間を、そのなかに供する衛星をヒータなどで温めることで衛星が軌道上で受ける熱入力を模擬します。このようにしてつくり出した高/低温環境下に衛星を晒すことで、解析モデルの妥当性や衛星および搭載機器の機能性能を評価することが、熱真空試験を実施する目的です。

衛星インテグレーションセンターの大型スペースチャンバー

穂積 熱真空試験が宇宙環境を模擬した試験であるのに対し、打ち上げ時を想定して行うのが、振動試験、音響試験、衝撃試験です。振動試験では、加振台に衛星を乗せ、水平/垂直方向に振動を加えることで、打ち上げ時の振動に耐え得るかどうかをテストします。部位によっては10Gや20Gといった大きな振動が発生する試験です。音響試験は、ロケット発射時に発生する音響や、ロケット飛翔中の流体加振などにより、フェアリング(打ち上げ時に風圧や摩擦熱から衛星を守るカバー)内で衛星が晒される音響環境に耐え得るかを検証しています。

衛星インテグレーションセンターでの振動試験

──音響試験ではどのような環境をつくるのですか。

穂積 音響試験は、前述した音響環境を拡散音場として再現するために「反響室」で行います。試験では、130dBや140dBといった人が耐えられないほどの大音響を発生させるので、反響室には厚さ2mの重厚扉にシャッターを加えた二重扉を設けています。

衛星インテグレーションセンターでの音響試験

──衝撃試験についても教えてください。

穂積 打ち上げられた衛星が宇宙空間でロケットと分離する際の衝撃や、太陽電池パドルのような展開構造物の保持解放(※)による衝撃を模した試験です。実機と同等の分離機構、保持解放機構を用いて行うことが多いです。

(※)打ち上げ時の収納状態を保持する保持機構と、ロケットから人工衛星を分離した後に展開する解放機構を兼ね備えたもの

──衛星に搭載するパーツや機器の試験はどのように行われるのでしょうか。

星野 NECスペーステクノロジーでは、機器単位、基板単位で細かい試験を実施しています。基板やHIC(ハイブリッド集積回路)の状態から電圧や信号の出力性能や通信周波数の安定性などを評価し、さらに機器に組み上げてからもさまざまな性能を検証します。

自社製のソフトウェアで機器単位、基盤単位で試験を実施

菅原 高周波信号の調整には、測定器で波形を見るだけでなく、はんだ付けや接着などの緻密な作業も行うので、検査者にも製造者と同等のスキルが求められます。一方で、検査システムの自動化により、調整結果のデータがシステムで共有されているので、異なる部門の担当者が自席ですぐデータを確認できるのはNECスペーステクノロジーの強みですね。

星野 RF機器は使用する測定器の種類がとても多く、操作を覚えるのも大変なのですが、自動化することで、検査ミスや操作ミスを限りなく減らせるようになりました。まだ自動化できていない機器についても、現場から積極的に提案し、改善に取り組んでいます。

NECスペーステクノロジーの試験自動化システム

──衛星システムの試験でも、AIを活用した自動化の取り組みが始まっているそうですね。

NEC
エアロスペース事業部門 スペースプロダクト統括部 技術戦略グループ
古川 琢也

古川 はい。「インバリアント分析」というNEC独自のAIエンジンを活用することで、早期の異常検知や異常箇所の特定、診断などを実現するプロジェクトを進めています。インバリアント分析は、2017年から米国ロッキード・マーティンの宇宙船開発にも導入され、高い評価を得ている技術です。その成果を本家NECの衛星開発や試験にも取り入れるべく、バイオメトリクス・ビジョンAI統括部やNECソリューションイノベータと共同で、インバリアント分析を搭載したデータ分析プラットフォームを構築中です。私はそのとりまとめを担当しています。

──インバリアント分析は、試験にどれほどの効率化をもたらすのでしょうか。

古川 これまでは何か問題が発生した際、人が手作業でデータを1つずつ検証していたので、原因究明までに時間を要していました。インバリアント分析なら大量のデータから異常を検知し、問題がある箇所を特定することが可能です。これにより、人が30日かけていた原因究明の作業を3日に短縮できる見込みです。

NECグループはワンチームでゴールを目指せ

──みなさんが日々の業務で感じる苦労ややりがい、お仕事のうえで重視しているポイントを教えてください。

岡田 熱真空試験は、機器やサブシステム単位の場合約1~2週間、システム単位の場合約1か月間、昼夜フル稼働で行います。その間は試行錯誤の連続ですが、それだけに試験をクリアしたときの達成感は大きいですね。また自分が関わった衛星が無事打ち上がったというニュースを聞くと、心から嬉しくなり、次のモチベーションにもつながります。

NEC
エアロスペース事業部門 スペースプロダクト統括部 第一宇宙技術グループ
穂積 彰也

穂積 機械環境試験はどれも大変ですが、とくに苦労するのが振動試験です。衝撃試験や音響試験のように環境そのものを再現できないため、実際の打ち上げでは生じない過剰な内部応答により衛星が破損しないように少しずつ振動レベルを上げながら、何度も試験する必要があるからです。試験レベル設定のために膨大なデータを取得し、短時間で評価する必要があるのですが、今は古川たちと協力して、効率的にデータを取れる仕組みづくりを進めています。

古川 私が新しいことに取り組む際、重視しているのは、一切の固定観念を捨てること。「今までやったことがないから、できない」とあきらめるのではなく、「なぜできないのか」「どうすればできるのか」をシンプルに考えることが大事だと思っています。

NECスペーステクノロジー
生産本部・機器製造検査部
菅原 卓也

菅原 試験自動化を実現するには、周囲の理解が必要です。そのために私もいろいろ働きかけてきましたが、思うように進まず、苦労の繰り返しでした。でもいったん納得すれば、全力で協力してくれるのが、グループメンバーの頼もしいところ。強力な推進者の力添えもあって、ある時点から一気に自動化が進みました。たとえ会社が違っても、ワンチームで同じゴールを目指せるのは、NECグループの大きな魅力だと思います。

人工衛星でつくり出す新しい価値

──みなさんの取り組みは、社会にどのような価値をもたらしているとお考えですか。

穂積 NECグループのパーパスは、「安全・安心・公平・効率という社会価値を創造し、持続可能な社会の実現を目指す」ことです。人工衛星を活用した災害監視や気象観測などは、まさに安全・安心をはじめとする社会価値を実現するものだと考えています。

岡田 NECは衛星システムの設計から製造、試験、運用までを一貫して行えるうえ、衛星から得た情報の分析や活用にも長けています。衛星をつくるだけでなく、それを次の価値につなげる力はNECグループならではの強みではないでしょうか。今後もさまざまな部門と連携して、社会に貢献していきたいと思います。

星野 日本人のスポーツ選手が世界で活躍すると「明日も頑張ろう」と思えます。同じように、メイドインジャパンの人工衛星の打ち上げやミッションが成功すれば、日本中が元気になるはずです。これも、私たちの仕事がもたらす1つの価値ではないでしょうか。

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