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省電力を実現する相変化冷却技術・熱輸送技術

Vol.67 No.2 2015年3月 ICTシステムを担うこれからのクラウド基盤特集

地球温暖化の問題を受けて、地球環境への負荷を小さくする省電力化に対する社会的ニーズは、日毎に高まっています。データセンターに設置されるサーバなどのIT機器の冷却方式に関し、ラックの高密度化と、冷却のために使う電力を小さくする、NEC独自の高効率ラック冷却技術の研究開発事例を紹介します。

1. はじめに

ITを活用することで、(1)オンラインショッピングに代表されるように、人やモノの移動の抑制、(2)エコドライブなどのように、効率的なエネルギー消費、(3)ペーパーレス化などのように、モノの消費の抑制ができるため、あらゆる産業のCO2の排出量が削減されることが期待されています。

このITの利活用の促進は、さまざまな分野においてクラウド化を進展させ、インターネットに流れる情報量の爆発的な増大と、IT機器を専用の空調設備を持つデータセンターに集約する動きを加速させています。このため、データセンターでは新たに空調電力の増加と、新規にデータセンターを建設することによる設備償却コストの増加が生じています。本稿では、これらの空調電力増加と、新規建屋の建築による運用コスト増加の2つの課題を、同時に解決する冷却技術について紹介します。

2. データセンターの冷却課題

クラウド化の進展と、IT機器のデータセンターへの集約により、データセンターで扱う情報量は、図1に示したように爆発的に増大し、その増加に伴う新規データセンターの建設を必要としています。

図1 データセンターの情報量の推移と運用コスト

データセンターで扱うIT機器の電力量と床面積の拡大推移をみると、床面積当たりの電力量は年率10%で拡大しており、2025年には現在の2倍以上の電力密度となることから、冷却のための空調電力増加が課題となります。一方、現在のデータセンターの運用コストの1/3は空調電力コストと建屋設備の償却コストであり、データセンターの新設による運用コストの増加は、クラウド化の進展を妨げる課題となります。

データセンターでは、処理しなければならない情報量の増加に伴って、IT機器の処理能力を上げていきます。それに伴い、IT機器を搭載するラックの電力量が大きくなると、IT機器を冷却するファン風量も大きくなり、ラックから排気された暖気を再び吸気する、あるいは本来は周囲のラックの冷却に使われるべき冷気も吸気してしまい、図2に示したようにホットスポットと呼ばれる局所的に高温な領域が発生します。このホットスポットを解消しようとすると、空調電力が急増してしまうため、多くのデータセンターではラック当たりの電力量の上限を5~10kWと低く制限して運用しています。

図2 ラックの電力量と運用コスト

従来の空調電力を削減する取り組みの多くは、ホットスポットの発生原因であるラックの排気熱が、吸気側へ再び循環することを防ぐものです。この排気の循環を防ぐ施策は、ホットスポットを解消することで、空調機が過剰に電力を消費して冷却することを抑制するものであり、前述の空調電力増大の課題に対しては有効ですが、1ラックに搭載できるIT機器の電力量を増加するものではなく、建屋新設による運用コスト増加の課題は解決できません。

3. 高効率ラック冷却技術

NECが開発した冷却技術は、図3に示したようにラックの排気ドアに受熱部を実装し、IT機器を搭載するラックの排気熱を、直接サーバ室外に熱輸送する技術で、空調機が冷却すべきラックの見かけ上の発熱量を下げるものです。例えば、ラックの排気熱の1/2を、空調を介さずに室外に輸送すれば、空調は残りの1/2の発熱量を冷却すれば良く、空調負荷は1/2に低減できます。

図3 ラックの排気熱輸送による空調負荷低減

(1) 相変化冷却技術

ラックの排気熱をサーバ室外に輸送するために新たに追加する搬送電力は、小さいことが望まれます。熱を輸送する方式には、送風ファンなどによって空気を流して輸送する「空冷」と、ポンプなどによって水を流して輸送する「水冷」があり、これらは顕熱と呼ばれる熱移動の形態で、流体である空気や水の温度上昇分が熱の移動量に相当します。このため、一定の温度上昇で大きな熱量を運ぶためには、送風ファンやポンプの搬送電力を増加して流量を増やす必要があります。

本冷却技術では、「相変化冷却」という、冷媒が液相と気相に相変化する際の潜熱と呼ばれる熱移動の形態を採っています。熱搬送電力:Powは、流体の流量:Qと、流体が流れる際の圧力損失:ΔP、搬送機の効率:ηで決まります。図4に計算例として、700Wの熱量を流体の温度上昇15℃で輸送する際に必要な搬送電力を比較しました。顕熱で熱移動する際の熱輸送量は、流体の密度と比熱に比例します。このため、空冷よりも水冷の方が必要とする流体流量が小さくなり、より少ない搬送電力で熱量を輸送することができます。これに対し、相変化冷却に必要となる流量は流体の潜熱分ですむため、大幅に搬送電力を小さくすることができます。

図4 各冷却方式による熱搬送電力比較(計算例)

更に、本冷却技術では、図5に示したように、ラック排気ドアに受熱部を実装します。受熱部内の冷媒は、IT機器からの排気熱と熱交換して、液相から気相に相変化します。気相となった冷媒は、放熱部まで輸送してから熱を放出し、受熱部で熱交換されなかった残りの熱がラックからサーバ室内へと放出されます。

図5 ラック相変化冷却

例えば、IT機器の吸気温度が25℃で排気温度が40℃だったとすると、本冷却技術で排気熱の1/2を抜熱すれば、ラックからの排気温度はIT機器の温度上昇の1/2の7.5℃だけ上昇し、32.5℃となります。空調機は従来、40℃から25℃まで、15℃の温度低減をしなければなりませんでしたが、本冷却技術によって7.5℃低減すれば良いことになります。

(2) 冷媒循環技術

今後データセンターで処理する情報量が爆発的に増大し、2025年にはラックに搭載されるIT機器が、現状の2倍以上の電力密度となっても対応可能とするため、機器からの排気熱を最大限に集熱する多段受熱部と、各受熱部への最適流量を、駆動源を使用せずに自然に制御する冷媒循環技術を新たに実現しました。

図6に示したように、ラックの排気ドアに受熱部を単体で構成してしまうと、下方の受熱部は液の重みがかかるため沸騰しづらくなり、また上方の受熱部は冷媒が気相になっているため、これ以上沸騰できなくなります。このため、潜熱を利用して効率的に熱移動できるのは、ラック中央付近のIT機器のみに限られてしまいます。

図6 多段受熱部冷媒循環技術

そこで、受熱部を多段に分割して、IT機器の発熱量に応じた最適流量を各受熱部に供給することで、ラックの排気ドア全面で集熱できるように工夫しました。本冷却技術は図7に示したように、現状の2倍以上の30kW/ラックであっても、各受熱部への冷媒循環に、新たにポンプやバルブなどの追加電力を必要としない完全無給電の自然循環で、50%以上の抜熱を実現しました。その結果、冷却用に消費していた電力の一部をIT機器に割り当て可能とし、データセンターで扱う情報処理能力の増強ができます。

図7 ラックの電力量と抜熱率

また、この冷媒循環技術による高性能化の実現によって、本冷却技術では、これまで冷却特性が低く普及が進まなかったGWP(Global Warming Potential:地球温暖化係数)が従来比1/3以下という低環境負荷冷媒を、いち早く使用することができます。冷媒使用規制の面でも、将来にわたり使用可能としています。

4. 製品ラインアップ

本冷却技術を2014年1月にNEC神奈川データセンターに適用し、ラックに最大700台のサーバを搭載可能として、情報処理量を従来比8倍以上に向上させながら、空調電力とフロアコストを従来比30%削減しました。現在、図8に示した、30kW/ラックと15kW/ラックに対応する3種類の冷却ユニットをラインアップしています。

図8 相変化冷却ユニット

5. むすび

以上、クラウド化の進展によるデータセンターの空調電力増大と、運用コスト増加の2つの課題を解決する高効率ラック冷却技術を紹介しました。今後は気温の高い新興国などに於いても低コストでクラウドサービスを提供し、ITの利活用による地球規模での環境保全に貢献していきます。

執筆者プロフィール

吉川 実
スマートエネルギー研究所
主幹研究員
中井 康博
ITプラットフォーム事業部
シニアエキスパート
来住野 剛
ITプラットフォーム事業部
シニアマネージャー

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