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メタマテリアルを用いた電磁ノイズ抑制技術とその実用化

Vol.66 No.2 2014年2月 ICTシステムを高度化するSDN特集

ワイヤレス機器の急速な小型化に伴い、機器内部の電磁ノイズによって引き起こされる通信性能の低下が課題となっています。この電磁ノイズを抑制する新たな技術として、メタマテリアルの一種である電磁バンドギャップ(EBG)構造が注目されています。本稿では、NECが開発した独自技術であるμEBG構造と、本技術を世界に先駆けて採用したWi-Fiホームルータ製品について紹介します。

1. はじめに

近年、ワイヤレス機器は小型化や通信の高速化により人々の生活に浸透し、社会基盤を構成する重要な要素の1つとなっています。

その一方で、機器の急速な小型化につれて、機器内部における電磁干渉が無視できない課題となりつつあります。この主な原因として、筐体の小型化に伴ってアンテナや無線回路がデジタル回路の近くに配置されるケースが増えていることが挙げられます。これにより、本来受信するべき通信波がデジタル回路から発生する電磁ノイズによって妨害され、通信性能の低下を引き起こすことが懸念されます。

図1に電磁ノイズの発生と伝播の代表的なメカニズムを示します。LSIや無線回路が実装されているプリント基板は、内部に電源プレーンとグラウンドプレーンと呼ばれる2つの導体プレーンが備えられており、LSIに電源電圧を供給しています。LSIの動作時には多数のトランジスタが同時にスイッチングを行うため、電源・グラウンドプレーンに大きな電圧変動が生じ、数百MHzから数GHzのマイクロ波帯で電磁ノイズを発生させます。この電磁ノイズの一部は、プレーンの開口や端部から空間に放射され、周囲のアンテナに飛び込むことで受信感度や通信速度の低下を引き起こす原因となります。

図1 電磁ノイズの発生と伝播メカニズム

本稿では、この電磁ノイズを抑制する新しい技術として、メタマテリアルの一種である、電磁バンドギャップ(Electromagnetic Bandgap:EBG)構造について説明します。また、NECが開発した独自技術「μEBG構造」と、本技術を世界に先駆けて採用して圧倒的な小型化と高速化を両立させたWi-Fiホームルータ「AtermWG1800HP/WG1400HP」について紹介します。

2. メタマテリアルとEBG構造

2000年代の初頭から、電磁ノイズの伝播を抑制する新たな手法として、メタマテリアルの一種であるEBG構造を応用するアイデアが検討されてきました。

メタマテリアルとは、金属などの構成要素を、波長に比べて十分小さい間隔で並べて実効的に均一な媒質を形成する技術です。構成要素や並べ方をうまく設計することで、メタマテリアル中の実効的な誘電率εや透磁率μの値を正のみならず負にも制御できるため、自然界に存在しない物性を実現することも可能となります。誘電率と透磁率が同時に負となる領域で起こる、負の屈折率などの興味深い現象は、世界中の研究者がメタマテリアルに注目するきっかけとなりました。

一方、誘電率または透磁率の一方が負となる領域では、伝播解が存在せず電磁波の伝播が禁止されます。この電磁波伝播が禁止される帯域を電磁バンドギャップ(EBG)と呼び、EBGを実現する構造を「EBG構造」と呼びます。

EBG構造をプリント基板の電源・グラウンドプレーンの間の層に形成すれば、電磁ノイズの伝播を基板内で抑制し、空間への放射を大幅に低減できると考えられます。EBG構造は、プリント基板上の配線などと同様に銅箔のエッチングプロセスで形成することができるため基本的に製造コストがかかりません。また、従来の電磁ノイズ対策で使われてきたチップ部品の限界とされる、GHz帯のような高い周波数帯でも優れた伝播抑制効果を示します。これらの利点のため、EBG構造は次世代の電磁ノイズ抑制技術として期待を集めており、実用化に向けた研究が精力的に進められています。

3. EBG構造の実例と課題

EBG構造には、負の誘電率を実現するε-negative型と、負の透磁率を実現するμ-negative型の2つのアプローチが提案されています。図2にそれぞれの代表的な構造を示します。

図2 代表的なEBG構造

ε-negative型は電磁波の電界成分と相互作用するように共振回路を並べることで特定の周波数帯で負の誘電率を実現する方式であり、代表的な例としては、電源・グラウンドプレーン間にマッシュルーム構造と呼ばれるユニットセルを配列させた構成が知られています1)。マッシュルーム構造は、高周波においてLC共振回路として機能し、共振周波数付近で負の誘電率を示して電磁バンドギャップとして動作します。

一方、μ-negative型は電磁波の磁界成分と相互作用するように共振回路を並べることで特定の周波数帯で負の透磁率を実現する方式であり、代表的な例としては、プレーンそのものに周期的なスリットを形成した構成が知られています2)。周期的なスリットは高周波においてLC共振回路として機能し、共振周波数付近で負の透磁率を示して電磁バンドギャップとして動作します。

しかし両方式に共通して実用化を阻んできた課題が、ユニットセルのサイズです。主に電磁干渉の原因となる数百MHzから数GHzの周波数帯の電磁ノイズを抑制するには、大きなインダクタンスやキャパシタンスが必要となるため、LC共振回路の面積増加が避けられません。例えばWi-Fiの2.4GHz帯をターゲットにする場合、ε-negative型で8mm以上、μ-negative型では30mm以上のユニットセルサイズが必要となり、小型化が進むワイヤレス機器の基板に組み込むことは困難でした。

4. NEC独自の超小型μ(マイクロ)EBG構造

弊社はこうしたユニットセル小型化の要求に応えるため、新しいコンセプトを採用したμEBG構造を提案しています3)。μEBG構造は、従来のLC共振回路ではなく、オープンスタブと呼ばれる共振構造を用いて負の誘電率を実現するε-negative型のEBG構造です。

オープンスタブとは、終端が開放された伝送線路であり、面積ではなく“長さ”で共振周波数を制御することができます。バンドギャップを低周波化するためにはオープンスタブを長くする必要がありますが、必ずしも面積を必要としません。このため、従来に比べてユニットセルの実装面積を大幅に小型化することができます。図3に、試作した2.4GHz帯向けμEBG構造の評価基板とユニットセルを示します。渦巻き型のスタブ形状を採用することで、2.4GHzにおける波長の1/4に相当する18mmの長さのスタブを、2.1mm×2.1mmと小さいユニットセルサイズの中に収容しています。これは従来提案されているEBG構造のユニットセルの1/15以下の実装面積です。

図3 μEBG構造の評価基板とユニットセル

この超小型ユニットセルの実現によって、複雑な製品レベルの基板にEBG構造を実装することが初めて可能となりました。図4はμEBG構造をPCマザーボード試作機に実装して、基板内部から表面に漏えいする磁界強度を測定した結果です。μEBG構造なしの基板ではデジタル回路の周囲や基板の端部から強い磁界が漏えいしているのに対して、μEBG構造を実装した基板では漏えい磁界が大幅に低減していることが分かります。我々は更に、無線回路とアンテナを備えた試作機で通信性能の評価を行い、電磁ノイズによって低下していた受信感度が、μEBG構造によって最大で10倍に向上することを実証しています4)

図4 試作機における表面磁界強度の測定結果

5. 世界初のEBG構造搭載Wi-Fiホームルータ

試作機における実証ステップを経て、2013年4月からμEBG構造を搭載したNECアクセステクニカ製Wi-FiホームルータAtermWG1800HP/WG1400HPの出荷が始まっています(写真)。これはEBG構造の本格的な実用化例として世界で初めてのものです。

写真 AtermWG1800HPとWG1400HPの外観と
基板上のμEBG構造ユニットセル

本製品は最新のWi-Fi規格IEEE802.11ac(Draft)に対応しており、AtermWG1800HPでは従来規格の約3倍となる1,300Mbps(規格値)の超高速通信を実現しています。更に、μEBG構造による電磁ノイズの抑制によってデジタル回路とアンテナの距離を接近させることが可能となり、超高速な通信性能を確保しながら圧倒的な小型化を実現しています。

また本製品は、アジア最大級のネットワーク・コンピューティングイベント「Interop Tokyo 2013」においてBest of Show Awardモバイル&ワイヤレス部門グランプリを受賞し、その先進性に大きな評価をいただいています。

6. むすび

本稿では、ワイヤレス機器の小型化と高速な通信性能を両立させる新たな電磁ノイズ抑制技術であるμEBG構造と、本技術を世界に先駆けて採用したWi-Fiホームルータ製品について紹介しました。本技術は汎用的な技術であり幅広い製品への展開が期待できます。今後も、より身近で快適なワイヤレス化社会の実現に向けて本技術の研究開発に取り組んでいきます。


  • *
    Wi-Fiは、Wi-Fi Allianceの登録商標です。

参考文献

  • 1)
    R. Abhari et al.,“Metallo-dielectric electromagnetic bandgap structures for suppression and isolation of the parallel-plate noise in high-speed circuit,”Microwave Theory and Techniques, IEEE Transactions on., Vol. 51, No. 6, pp. 1629-1639, Jun. 2003.
  • 2)
    Tzong-Lin Wu et al.,“Electromagnetic bandgap power/ ground planes for wideband suppression of ground bounce noise and radiated emission in high speed circuits,”Microwave Theory and Techniques, IEEE Transactions on., Vol. 53, No. 9, pp. 2935-2942, Sep. 2005.
  • 3)
    Hiroshi Toyao et al.,“Electromagnetic bandgap using open stubs to suppress power plane noise,”IEICE TRANSACTIONS on Communications., Vol. E93-B, No. 7, pp. 1754-1759, Jul. 2010.
  • 4)
    Hiroshi Toyao et al.,“Experimental demonstrations of EMI suppression using open stub electromagnetic bandgap structures,”in Proc. of APEMC2011, May 2011.

執筆者プロフィール

鳥屋尾 博
グリーンプラットフォーム研究所
主任
半杭 英二
グリーンプラットフォーム研究所
主任研究員
小林 準人
NECアクセステクニカ株式会社
開発本部リーダー
安藤 利和
NECアクセステクニカ株式会社
開発本部リーダー

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