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小惑星探査機「はやぶさ」の開発と成果

Vol.64 No.1 2011年3月 宇宙特集

小惑星探査機「はやぶさ」は、月以遠の地球圏外の天体に着陸し、サンプルを地球に持ち帰った世界初の小惑星探査機です。NECは、「はやぶさ」のシステムインテグレータとして、システム全体の設計、製作、試験、運用を担当し、またバス機器やイオンエンジンなど多くの搭載機器も担当しました。

本稿では、「はやぶさ」の設計や運用の概要を示し、「はやぶさ」の開発・運用で得られた成果と、今後の事業へのつながりについて紹介します。

1. はじめに

小惑星探査機「はやぶさ」( 図1 )は、世界初の小惑星サンプルリターン技術実証探査機として、2003年5月9日にM-Vロケット5号機により打ち上げられました。NECは、「はやぶさ」のシステムインテグレータとして、システム全体の設計、製作、試験、運用を担当し、またバス機器やイオンエンジンなど多くの搭載機器を担当しました。

「はやぶさ」外観図
図1 「はやぶさ」外観図

「はやぶさ」に課された技術実証課題は、1)惑星間航行用主エンジンとしてのイオンエンジンの実証、2)光学航法による自律誘導制御の実証、3)微小重力下でのサンプル採取技術の実証、4)惑星間軌道から再突入する回収カプセル技術の実証、の4つです。いずれも難易度の高い課題でしたが、それら図1 「はやぶさ」外観図すべてを2010年6月13日のカプセル帰還をもって成功裏に完遂することができました。

また、その結果、人類史上初の小惑星のサンプル入手という、太陽系の起源の研究に大きく寄与することが期待される画期的な成果を得ることができました。

今回「はやぶさ」で得られたものは、これら主要技術課題の実証や科学成果だけではなく、未知の小惑星へのタッチダウン時や、帰路で起きた種々の試練を工夫で乗り越えてきた経験から得られた、運用技術、システム技術への知見であり、これらは今後の太陽系探査技術の大きな礎となるものといえるでしょう。

今回の「はやぶさ」の7年間60億kmに及ぶ旅の物語とカプセル帰還の映像は、報道により社会に広く知られることとなり、国民の宇宙開発に対する理解を深めるきっかけになったと同時に、技術立国日本のチャレンジ精神と組織力、人間力の健在ぶりを社会に認知していただき、また、「はやぶさ」プロジェクトにかかわった非常に多くの企業に喜びを持って祝っていただくことができました。

本稿では、「はやぶさ」のプロジェクト概要を紹介すると同時に、「はやぶさ」で得られた成果、今後の事業へのつながりについて紹介します。

2. ミッションの概要

図2 に「はやぶさ」のミッションシーケンスの概要を示します。「はやぶさ」のミッションは、小惑星イトカワにタッチダウンしてサンプルを採取し、地球に持ち帰ることであり、そのシーケンスは、一筆書きのように直列に成功させていかないと失敗した時点でミッションが終わってしまうという難易度の高いものでした。

ミッションシーケンス概要
図2 ミッションシーケンス概要

3. システム設計概要

3.1 全体設計

「はやぶさ」は1m×1.5m×1.1mの箱型の本体に、固定式の高利得アンテナ、固定式の太陽電池などの外部機器を搭載した、総重量510kg(燃料142kgを含む)の探査機です。姿勢制御はリアクションホイール(RW)を用いて行いますが、小惑星へのタッチダウン運用時には、RWの他、20N推力の12基の推進系(化学燃料)RCS(Reaction Control Subsystem)を用いて、姿勢と位置の6軸自由度制御を行います。

「はやぶさ」の代表的システム主要諸元を 表1 に示します。

表1 システム主要諸元

システム主要諸元

「はやぶさ」のシステム設計の課題は、大きく分類すると1)太陽距離や小惑星により大きく変わる環境条件に適合すること、2) 高度な自動化、自律化制御機能を持つこと、3)軽量で高信頼性を有するシステム構成及び要素技術を採用すること、の3点に集約することができます。

「はやぶさ」ではこれらの課題を解決するため、それ以前の科学衛星のバスに対しほぼ全面的な見直しを実施しました。

バス設計の課題に対応したバス系サブシステムの設計概要を 表2 に示します。

表2 バス系サブシステム設計概要

バス系サブシステム設計概要

(1) 電源系バス電圧制御方式

「はやぶさ」の軌道上環境は太陽距離が大きく変化する環境であるため、その位置の太陽光強度に応じた最大限の電力を引き出せる、SSR-CV方式と称するレギュレータ方式のバス電源制御方式としました ( 図3 ) 。

SSR-CV方式電源制御
図3 SSR-CV方式電源制御

(2) 電源系バッテリ

「はやぶさ」に課された厳しい軽量化要求を満たすため、それ以前のNiMH(Nickel Metal Hydride)バッテリに代えて、宇宙機搭載用に開発された電池では世界初となるLi-ion2次電池(定格容量13.2Ah)を搭載しました。

(3) 通信系、データ処理系

深宇宙通信用として、火星探査機「のぞみ」以前の通信系構成である、Sバンドアップリンク、Xバンド/Sバンドダウンリンクのシステムに変え、Xバンドアップリンク、Xバンドダウンリンク(Xバンド受信機/Xバンド送信機)のシステムを新たに搭載しました。

これにより、通信系の軽量化を実現した他、アップリンクに対する太陽コロナの干渉が改善され、イトカワとのランデブー直前に「はやぶさ」と地球の間に太陽が入る合の位置関係のときに生じる通信干渉期間を少なく抑えることができました。

また、リソース上、限られた通信能力を最大限に生かすため、ダウンリンクは2n刻みのビットレートを状況に応じて選択し、最大限のビットレートで通信が可能となるマルチビットレート方式を採用しました。

(4) データ処理系テレメトリ/コマンド

いったんデータレコーダに蓄えたハウスキーピングのデータは、2秒ごとのサンプリングデータから1,024秒サンプリングデータまで、自由に選んでダウンリンクできる方式としました。

これにより、運用時間と回線状況に応じ、優先して下ろすべきデータの種類と順序を指定し、例えば時間間隔の粗い、時間的に間引きされたデータをダウンリンクして状態を確認し、詳細に確認が必要な事象があった場合には、その時間周辺だけを指定して時間間隔の詳細なデータをダウンリンクするなどの運用を行うことで、低速の通信しかできない状態のなかでも、必要なデータだけを無駄なくダウンリンクすることができました。

また、探査機が、機上の判断で自律的な動作を行ったり、異常が発生したりした場合は、それらイベントの発生時刻と事象の内容を示す数バイトのコードを、非常に小さなパケットとして優先的にダウンリンクするレポートパケットを設けました。これにより、回線が細いなかでも、真に必要な情報を最初に確認することができ、異常発生時にも最短時間で状況把握に役立てることができました。

(5) データ処理系自動化/自律化

探査機に登録したコマンドシーケンスを制御する手段として、複数のコマンドをカプセル化したマクロ機能、絶対時刻指定でコマンド発行を計画制御するタイムライン機能を持ち、また、探査機上でのテレメトリを監視して自律的にコマンドを発行する自律機能、搭載機器側からシステムに特殊な自律制御を開始するよう要求するリクエスト機能、システムが定常的に行われる運用を監視するウォッチドッグタイマー(WDT)を持ち、タイムアウト時には自律的にバックアップのモードに移るためのタイマー機能を有しています。

これらの機能を最大限に活用し、一定期間通信が取れないときに探査機が自律的に待ち受けモードを切り替える処理や、テレメトリ回線が不成立のときのダウンリンクキャリアでON/OFFによる通信(1bit通信)などを行いました。

(6) 熱制御系

太陽電池発生電力を余すことなくイオンエンジンに供給するために、128chの独立したヒータのON/OFFのタイミングを調整し、消費電力を平滑化してピーク電力を抑える制御を行うソフトウェア制御のHCE(Heater Control Electronics)を搭載しました。

太陽からの距離が遠いところでは、探査機は、発生可能な電力の最大限まで、イオンエンジンに電力を供給しているため、その状態で多数のチャンネルのヒータONタイミングが重なって消費電力が瞬時に上昇すると、消費電力が発生電力を超え、太陽電池動作電圧が瞬時にBAT電圧まで降下し、過負荷が解消された後もBATの放電が続くロックアップという危険なモードに陥ります。それを防ぎつつイオンエンジンへの最大限の電力供給を行うため、ヒータピーク電力を抑圧する機能を新たに開発して搭載しました。

本機能により、発生電力の上限までの電力を引き出して、イオンエンジンに電力を供給することができました。

動作実績例を 図4 に示します。

ピーク電力抑圧型ヒータ制御の動作実績例
図4 ピーク電力抑圧型ヒータ制御の動作実績例

また、ヒータチャンネルごとに優先度を設定することで、設定したヒータ電力が不足する場合でも、凍結の許されない推進系やBATを優先して温度を維持し、更には温度計測が異常なチャンネルに対しては、自律的にオープンループのデューティ制御に切り替えるなどのインテリジェントな機能を設けて、ロバストな温度制御を行いました。

その他、運用モードにより発熱が大きく変化する場所の放熱材料として、放射率可変素子(SRD:Smart Radiation Device)を新たに開発実装しました( 図5 )。この材料は図5に示すように温度により大きく赤外放射率が変化します。この特性により、高温時は大きな放熱能力を有しますが、低温時には放熱しにくくなり、保温のために必要なヒータ電力を削減できます。

放射率可変素子の実装と温度特性
図5 放射率可変素子の実装と温度特性

(7) イオンエンジン

探査機は常に+Zを太陽方向に向けて運用するシステム設計となっています。太陽を周回する探査機の軌道制御は太陽方向とは直角方向に推進力を出すと効率が良いため、4機のイオンエンジンスラスタは、太陽方向と直角方向である+X面に2軸ジンバル機構を有したプレートを介して搭載しています。各スラスタは、探査機の重心方向を指向するよう搭載していますが、推力ベクトルの重心からのずれは、ジンバル角を制御することで補正します。このジンバルの制御を用いることで、イオンエンジンを運転している間は、外乱をキャンセルするトルクを発生することが可能であり、本機能を用いて貴重な化学推進エンジンを使った蓄積外乱キャンセルを最小限に抑えています。

イオンエンジンの探査機への実装状態を 写真1 に示します。イオンエンジンは電力を推進力に変換する装置であるため、大きな電力を必要としますが、太陽電池から得られる電力は、「はやぶさ」が飛行している軌道位置の太陽距離により、大きく変化します。そのため、太陽電池の発生電力の変化に応じ、最小スラスタ1台運転から最大3台同時運転まで運転台数を切り替えられるシステムとしており、また、各スラスタの推力も可変(スロットリング)として、常に最大限の電力をイオンエンジンの推進力に注入できる電力供給設計と、それを前提とした軌道設計を行いました。

イオンエンジンの探査機実装状態
写真1 イオンエンジンの探査機実装状態

3.2 ミッション機器設計

「はやぶさ」は、小惑星での観測運用、サンプリング、サンプル持ち帰りのために、通常の人工衛星には無い、「はやぶさ」ミッション固有の装置を搭載しています。これらについて、以下に設計概要を示します。

(1) ランデブー、観測、タッチダウン関連機器

「はやぶさ」がイトカワにランデブーしている期間、地球から見るとイトカワは、太陽を挟んで反対側(外合)に位置しており、地球-太陽-イトカワがほぼ一直線に並んだ位置関係にあります。イトカワの明るい面を観測する必要性から、「はやぶさ」は、地球-太陽-「はやぶさ」-イトカワの順番で並ぶ位置(イトカワ上空)にとどまるよう位置制御(ホームポジションキーピング)を行いました。

このとき、「はやぶさ」から見ると太陽と地球は+Zにあり、イトカワは-Zにあります。そのため、太陽電池パドルと高利得アンテナは+Z指向とし、小惑星とランデブーするための機器は、-Z面に搭載しました。-Z面に搭載した小惑星滞在時に使用する機器の詳細な搭載状況を 図6 に示します。

探査機-Z面の機器実装
図6 探査機-Z面の機器実装

具体的には、ランデブー用の機器としては、小惑星までの距離を測るレーザ測距装置(LIDAR: 写真2左)、小惑星表面の地形を詳細に観測するカメラ(ONC-T:写真2右)、小惑星を常に視野にとらえ、小惑星上空の位置保持のための情報を出すカメラ(ONC-W1:写真2中央)を-Z面に搭載しています。

LIDAR(左)、ONC-W1(中央)、ONC-T(右)
写真2 LIDAR(左)、ONC-W1(中央)、ONC-T(右)

小惑星観測用機器としては、上述のONC-Tの他、小惑星の組成を調べるための近赤外分光機(NIRS:Near Infrared Sensor)、蛍光X線スペクトロメータ(XRS)も-Zに向けて搭載しています。

同様に、タッチダウンのための機器も、障害物センサを除いては、すべて-Z面に搭載しています。

小惑星表面近くまで降下するフェーズでは、上で述べたランデブーのためのカメラや測距装置を主に用いますが、高度100m以下の小惑星表面直近の誘導では、小惑星表面のランドマークとなるターゲットマーカ(TM: 写真3 )、それを光らせるフラッシュランプ(FLA)を用います。

ターゲットマーカ(TM)
写真3 ターゲットマーカ(TM)

FLAによりTMを光らせた状態を 写真4 に示します。

TMをFLAで光らせた状態
写真4 TMをFLAで光らせた状態

TMを検出するためのカメラは、上述のONC-W1が受け持ちます。また、表面上の4点の距離を測ってイトカワのローカルな表面に対する傾きと距離を計測するためのレーザ測距 装置(LRF-S1: 写真5左)も、-Z面に搭載しています。

タッチダウン時にサンプリングをするための装置であるサンプル採取装置(SMP)は衛星本体の-Z面から-Z方向に1mの長さで筒状に伸展しており、探査機のなかで最も先に小惑星の表面に接触するため、衝撃を探査機本体に直接伝えないよう、コイルばね構造になっています。タッチダウンタイミングを検出するために、SMPの先端の変形をレーザで常時モニタしている装置(LRF-S2:写真5右)も-Z面に搭載しています。LRF-S2の出力により、小惑星表面破砕用の弾(プロジェクタイル)を発射するタイミングと、探査機が上昇するタイミングが決められます。

タッチダウン時に探査機を傷つける有害な障害物を検出するための障害物センサ(FBS)は、太陽電池パネルの下面をカバーするため±Y面に搭載されています。

LRF-S1(左)、S2(右)
写真5 LRF-S1(左)、S2(右)

(2) 再突入カプセル(CPSL)

タッチダウン時にSMPが取得したサンプルを、再突入カプセル内のコンテナに搬送して収納するために、再突入カプセルはSMP取り付け場所の直近で、分離方向に障害物のない-X面に搭載しました。

4. 「はやぶさ」の運用実績と成果

「はやぶさ」の運用は、往路のイオンエンジン動力飛行、小惑星へのランデブー、観測、タッチダウンとサンプリング、帰還、再突入というシリーズに行う運用がミッションの骨格でした。これら運用の概要と成果を以下に示します。

(1) イオンエンジン動力飛行とスウィングバイ

「はやぶさ」は、従来の化学燃料による推進系に比べ、燃料の質量効率が10倍良いマイクロ波放電型イオンエンジンを、惑星間軌道航行用主エンジンとして新たに開発して搭載しました。イオンエンジンは、出せる力は1台8mNと非常に小さいため、時間を掛けて運転し続けることで徐々に軌道を変換していく必要があります。「はやぶさ」は、M-Vロケットで地球とほぼ同じ太陽周回軌道に投入された後、1年間掛けてイオンエンジンによる加速を続けました。

打ち上げ1年後に地球と会合して、地球のそばを通過するとき、地球の引力で大きく軌道を曲げると同時に、一年間の加速で蓄えた軌道エネルギーを軌道方向の増速に有効に変換し、イトカワとほぼ同じ軌道である遠日点約1.4AUの軌道に遷移することに成功しました。

これはEDVEGA(Electric Delta-V Earth Gravity Assist)と呼ばれ、推進力が小さく持続的に加速を続ける必要があるイオンエンジンを、惑星間航行で利用するための有効な軌道変換方式として提案されたものであり、「はやぶさ」はこれを世界で初めて実証し、利用した探査機となりました。これにより、軽量の探査機で大きな軌道変換を行う有力な深宇宙探査技術を獲得できたといえます。

(2) 光学航法の実証とランデブー

「はやぶさ」がイトカワとランデブーするに当たっては、電波による軌道決定だけでは必要な軌道決定精度を得ることが極めて難しいことから、電波による計測と、搭載カメラに写ったイトカワの画像情報を利用する、光学複合航法と呼ばれる軌道決定を実施しました。

この手法により、イトカワに対する位置速度を極めて精密に決定することに成功し、イトカワに対する精密な誘導制御を行って、イトカワ表面から20kmの位置で探査機を相対的に停止させることに成功しました。光学航法用のカメラ画像情報の一例を 図7 に示します。

光学航法用イトカワ搭載カメラ画像情報
図7 光学航法用イトカワ搭載カメラ画像情報

(3) イトカワの観測

イトカワ表面から20kmの位置(ゲートポジション)及び7kmの位置(ホームポジション)に滞在し、搭載カメラを用いて、自転軸に垂直な全方向から数多くの詳細な表面画像を取得しました。経度ごとの画像例を 図8 に示します。

イトカワの経度別画像
図8 イトカワの経度別画像

このような多数の画像を用いて、イトカワ形状を3Dモデルとしてモデル化することに成功し、タッチダウンが可能な場所の選定やタッチダウンシナリオ検討用のリファレンスとすることができました。また、本モデルはイトカワの密度を決定するための解析にも利用されました。

その他、近赤外分光器(NIRS)、蛍光X線スペクトロメータ(XRS)により、リモートセンシングでイトカワ表面の組成分析が行われて大きな成果が得られました。
ランデブー中の観測では、科学者と技術者が一体となって観測運用や解析に当たり、そこで得られた成果は、Science誌の「はやぶさ」特集号に7本の論文として掲載されました。科学雑誌ではありますが、NECグループの7名の技術者が共著者としてこれら論文成果に貢献することができました。

(4) タッチダウンとサンプリング

イトカワへのタッチダウンに先駆け、2005年の11月4日、11月9日、11月12日の3度にわたる接近降下リハーサルを行いました。一度目のリハーサルにおいて、次の2点の大きな問題が明らかとなりました。

1) イトカワへのランデブーと前後して、3台搭載したリアクションホイールのうちの2台が相次いで故障したため、RCSを姿勢制御に使うことになり、姿勢制御のための噴射がタッチダウンへの誘導に大きな擾乱として漏れ込んだ。

2) イトカワの形状が事前の想定を外れた、いびつな形状で岩石の集合体のような表面だったため、影により星像が2つに分裂したり、想定以上に多数の揮点が現れるなど、誘導制御用カメラの制御能力を超えてしまう事象が発生した。これらは、リハーサル期間に急遽開発した、イトカワ画像を用いた地上での位置決定ツール及び地上からの誘導制御コマンド生成ツールを用いて、着陸地点上空500mまでの降下の間、地上からの誘導を付加することで解決することができました。

この新方式の誘導制御と、表面近傍の完全自律誘導制御により、11月20日、11月26日に2度にわたる着陸/離陸を行いました。11月20日は、課題であった誘導は非常に精度良く行うことができましたが、タッチダウン直前に障害物センサが障害物検出信号を出して姿勢系自律制御が混乱し、想定外の着陸で30分以上小惑星表面にとどまる事態となりました。地上からの指令により離陸することができましたが次回のタッチダウンでは障害物センサによる自律動作は解除することとなりました。11月26日のタッチダウンにおいては、誘導、着地、離陸ともほぼ想定どおりに実施することができました。2回目のタッチダウン時の誘導の計画パスと実績パスを 図9 に示します。

2回目タッチダウンの計画誘導パスと実績誘導パス
図9 2回目タッチダウンの計画誘導パスと実績誘導パス

タッチダウンの際、サンプリングのために発射する予定であった弾丸発射を行うことはできませんでしたが、タッチダウンの衝撃でサンプラ内に舞い上がった小惑星表面の微粒子を回収することに世界で初めて成功しました。

これは、太陽系の原始的な姿をとどめた小惑星表面の直接的なサンプルであり、太陽系進化の研究に大きく寄与することが期待されます。

(5) 帰路の試練とリカバリ

イトカワから離陸後、RCSの燃料漏れによる通信喪失が発生しました。いったんは安全姿勢に移行することで通信を回復し、イオンエンジンの中和器から流すXeガスを用いた姿勢制御を開発することで安定しましたが、2005年12月9日に再度大きな燃料漏れが発生して姿勢を喪失した結果、通信が途絶えました。

どこかのタイミングで「はやぶさ」の太陽電池に太陽が当たる姿勢になるはずであるとの推定から、電源が回復するタイミングを逃さずコマンドが到達するよう、想定される多くのケースを網羅的にコマンドし続けるツールを作り、連日「はやぶさ」立ち上げのコマンドトライを続けました。この結果、2006年1月23日に「はやぶさ」からの電波を受信し、再び「はやぶさ」をとらえることができました。この後、送信キャリアのON/OFFに情報をのせた1bit通信により、探査機の状態把握を行ったところ、RCSは使用不能であり、BATも故障していることが明らかとなりました。

そして、Xeガス姿勢制御で徐々に通信に適した姿勢に変えていき、2006年3月には中利得アンテナによる32bps通信を回復することができました。その後にはイオンエンジンの再起動にも成功し、2007年及び2009年にイオンエンジンによる帰還軌道の軌道制御を実施しました。

帰還軌道中の姿勢制御においては、Xeガスの消費を抑えるため、太陽光の圧力を利用してパッシブな太陽追尾を実現する姿勢制御プログラムを新たに開発し、帰路の燃料節約と姿勢維持を行うことに成功しました。

また、帰還直前の2009年11月にイオンエンジンが停止し、一時は地球への帰還が絶望的となりましたが、イオンエンジンのAスラスタの中和器とBスラスタのイオン源の回路をつなぐことにより、スラスタ1台分の推力を出すことに成功し、再度地球と会合する帰還軌道に戻すことができました( 図10 )。

イオンエンジンのクロス運転模式図
図10 イオンエンジンのクロス運転模式図

(6) 帰還とリエントリ

2010年3月27日に復路の地球帰還目標位置への誘導を完了し、イオンエンジンによる動力飛行を完遂しました。その後、TCM-0~4と呼ばれる、着地点への精密誘導を行うためのイオンエンジンによる軌道変換と、その前後での軌道決定を繰り返し、2010年6月9日にオーストラリア ウーメラ砂漠にあるWPAへの誘導運用を成功裏に完了しました。

2010年6月13日の19時51分(日本時間)に再突入カプセルを「はやぶさ」から分離し、7年もの長旅を終え、「はやぶさ」はカプセル誘導の最後の役目を果たしました。

その後22時51分(日本時間)カプセル及び「はやぶさ」本体は大気に突入し、「はやぶさ」本体は火球になり分解しながら燃え尽きましたが、カプセルはアブレータによる熱防護も良好で、パラシュート開傘及びビーコン送信にも成功し、成功裏に着地、回収することができました。

5. 「はやぶさ」から得られたもの

「はやぶさ」は、新規開発の実証項目の多さと、それぞれの項目の難易度の高さから、当初より非常にチャレンジングな計画との認識を全関係者が共有した状態で始まりました。

この困難な探査機システムを成立させるために、個々のサブシステムが、配分を守るという局所最適から一歩踏み込み、目標を達成できないサブシステムの質量超過を他のサブシステムが軽量化で補うなどの協力を行うことで、始めて軽量化の目標を達成することができました。

これは、高いレベルの最終目標を共有し、最終目標達成への高いモチベーションを維持できたからこその成果です。その高いモチベーションとメーカや団体を越えたチームワークは、開発の最初から帰還にいたる最後まで維持することができ、それがミッション完遂につながりました。

「はやぶさ」の成功が社会で広く知られることとなり、「はやぶさ」及び宇宙事業に対する社内外の認識、理解も高まり、社内的にも、高い目標を掲げたイノベーションへの情熱の大切さと、あきらめない、やりぬくことの大切さを改めて共有することができました。

「はやぶさ」で開発して実証された新規技術のマイクロ波放電型イオンエンジンは、商用化の準備を進めており、ビジネス拡大につながる成果として実を結びつつあります。

また、現在開発中のNECの標準バス衛星の1つである小型衛星「NEXTAR」では、「はやぶさ」で実証された探査機の自動化自律化プログラムを実装することで、運用への信頼度向上やロバスト性の向上、運用省力化の仕組みが盛り込まれている他、「はやぶさ」で情報伝達効率の良さが実証されたオンデマンドテレメトリ方式を、新しい衛星高速ネットワーク方式であるSpaceWireに適合する形で新たに実装しています。

「はやぶさ」で高い目標を持って開発した種々の技術が、7年の過酷な航行での技術実証を経て、着実にこれからの衛星の技術の礎として生かされています。

科学・技術実証SBUの柱の1つが深宇宙探査であり、今後も深宇宙探査機で必要となる更なる技術開発が、その後の宇宙開発事業に大きく貢献していけるものと確信します。

最後に、開発や運用において、最大限のご指導とご支援をいただきました宇宙航空研究開発機構(JAXA)殿/宇宙科学研究所(ISAS)殿、各大学の関係者の方々、及び無理なお願いに対しても、最終目標を共有しつつ最大限のご協力をいただいたプロジェクト関係各社殿に心より謝意を表します。

執筆者プロフィール

萩野 慎二
航空宇宙・防衛事業本部
宇宙システム事業部
シニアマネージャー