Japan
サイト内の現在位置を表示しています。
衛星機器を構成する標準コンポーネント
Vol.64 No.1 2011年3月 宇宙特集衛星搭載機器において、どのような衛星でも共通的に使用されるコンポーネントがあります。地球センサ、トランスポンダ、GPS受信機、スタートラッカと呼ばれる機器もその分類に属します。NECでは、これらの機器をほとんどの国内衛星において供給しており、地球センサのように海外でも大きなシェアを確保しているものもあります。
本稿では、海外市場を含め、更なるシェア拡大を目指した小型高性能な標準機器の開発について紹介します。
1. はじめに
NECでは国内外の衛星に対し、標準コンポーネントとして使用できる機器開発を進めています。
ESA(精地球センサ、 写真1 )は、1992年から世界衛星市場への販売を開始して累計約350台を出荷、世界の通信・放送衛星の姿勢制御用メインセンサとして50%のシェアを獲得しています。これに続くことを目標に宇宙航空研究開発機構(JAXA)殿の指導の下、将来の衛星の要求や需要、ニーズを満たす今後の標準コンポーネントとして、次の機器の開発を進めています。
- マルチモード統合トランスポンダ(MTP:Multi-mode Integrated Transponder)
- 衛星搭載GPS受信機(GPSR:GPS Receiver)
- スタートラッカ(STT:Star Tracker)
このうちMTPについては、実験実証衛星を用いた軌道上での実験実証と認定評価を終え、開発フェーズを完了し、FM品生産供給の段階に入っています。
MTPが分類されるトランスポンダについては、これまでの開発品で海外商用市場において既に多くの実績を残していますが、今回紹介する標準コンポーネント開発機器は更に小型で高性能化を実現しており、コスト・納期の面でも競争力を得ています。これにより、ESA同様に海外商用市場でも、シェア獲得・拡大を図っていく予定です。本稿では、MTP、GPSR、STTのコンポーネントについて紹介します。
2. MTP(マルチモード統合トランスポンダ)
(1) 概要
人工衛星はミッションを問わず、地球局から衛星の追跡・監視及び制御(TT&C:Tracking, Telemetry and Command)を行うトランスポンダと呼ばれる通信機器(送受信機)を搭載しています。
「だいち」「いぶき」などの地球観測衛星や、「かぐや」のような月周回衛星、「はやぶさ」「あかつき」のような探査機など、従来の日本の衛星ほとんどにNEC製トランスポンダが搭載されています。その多くの実績と高い信頼性、性能により、海外の商用衛星向けにも、近年数多くの同種の機器を供給しています。
これまでは衛星ごとにトランスポンダを開発し、供給してきました。今後の衛星用トランスポンダ標準化のため、Sバンド(2GHz帯)のトランスポンダ「JAXA衛星搭載の標準トランスポンダ」として、MTPの開発を行いました( 図1 、 図2 )。
(2) Sバンド標準トランスポンダに対する要求と対応
標準トランスポンダとして採用されるために、従来のトランスポンダへの要求仕様に加え、以下の要求に基づいて開発を行いました。
- 1)衛星へ搭載する基本機器として、より小型で軽量、低消費電力、低コストを実現し、国際的な競争力を有すること。
- 2)従来よりも高速なデータ伝送が可能なこと。
- 3)衛星数の増加で逼迫するSバンド周波数内で、複数の衛星が同じ周波数を使用するような場合においても衛星の運用が可能なこと。
1)の要求実現については、復調/変調処理の完全デジタル化を図り、専用のASICを開発して回路の小型軽量化と高性能化、及び無調整化を実現しました。
2)、3)の要求実現については、これまでのトランスポンダに新たな処理モードを追加し、自由に選択して使用できる構成を実現しました。
(3) Sバンド標準トランスポンダの仕様概要
従来のトランスポンダは、多くの実績を有するUSB(Unified S-Band)モードを基本とし、36,000kmの軌道高度でデータ中継衛星と衛星間通信を行うものにおいては、SSA(S-band Single Access)機能を有したトランスポンダが採用されてきました。
Sバンド標準トランスポンダとしてMTPは、これらのモードに加えて高速伝送用にQPSKモード、干渉回避用にCDMAモードの機能も実装しています。これらのモードを地上からのコマンドで切り替え可能とするとともに、受信信号を自動的に識別して適切なモードで復調/変調処理を行う仕様とし、利用者の利便性を向上させています。また従来どおり、通信機能とともに衛星までの距離を算出する測距機能も有しています。
表1 に各モードにおける主要性能を示します。
表1 主要性能
(4) 今後の計画
Sバンド標準トランスポンダとしてMTPは、認定モデルによる認定試験、及び衛星搭載実証モデルにより技術実証衛星(SDS-1)での軌道上実証確認も終え、機能性能すべての面で問題ないことが確認されました。今後、繰り返し生産のフェーズに移行し、多くの衛星に標準トランスポンダとしてMTPが搭載されていく予定です。
3. GPSR(衛星搭載GPS受信機)
(1) 概要
近年の地球観測衛星は、観測したデータの位置や時刻を精度良く把握するために、GPSRを搭載しています。GPS衛星が実運用になって以降、最近では「だいち」「いぶき」などの地球観測衛星のほとんどにNEC製GPSRが搭載されています。
衛星用GPSRは地上のGPSRと異なり、衛星自体が7km/sの速度で数百km以上の高度を移動しているため、頻繁な衛星切り替えなどの処理が必要になります。
衛星搭載用GPSRは、 図3 の開発の流れに示すとおり、世代ごとに小型化・高機能化・高性能化を図っています。
現行のGPSRは、第4世代「いぶき」に搭載し、 図4 に示す外観・諸元となっています。
(2) 次世代GPSRの開発
標準コンポーネントとして次世代GPSRが採用されるために、現行のGPSRへの要求仕様に加え、以下の要求に基づいて、次世代GPSRの開発を行っています。
- 1)衛星へ搭載する基本機器として、より小型で軽量、低消費電力、低コストを実現し、国際的な競争力を有すること。
- 2)従来よりも精度の高い位置・時刻データが得られること。
- 3)受信チャンネル数を増加し、かつ同時に受信可能なGPS衛星数を増加させること。
RF回路は、耐放射線耐性を持ったCMOS SOIで専用のASICを開発し、小型軽量化、低消費電力化、低コスト化を実現します。相関処理と専用DSPは、放射線耐性を持ったCMOS SOIとASICにより多チャンネル化を実現します。受信チャンネル数の増加、電離層補正などにより、従来100mの位置精度を数mまで向上させる予定です。
(3) 次世代GPSRの概要
最大6系統のRF入力を持ち、衛星の姿勢がどのような状態でもアンテナの視野を確保します。RF回路は、周波数をダウンコンバージョンせずに直接AD変換するダイレクトサンプル方式を採用し、シンプルな構成としています。受信信号は、L1(C/A):36ch、L2P:16ch、L2C:36chの2周波、3コードを受信します。
(4) 今後の計画
次世代GPSRは、標準コンポーネントとして平成23年度に認定試験が完了する予定です。今後も多くの衛星にNEC製GPSRが搭載されていく予定です。
4. STT(スタートラッカ)
(1) 概要
人工衛星は、その姿勢を決定するために姿勢センサを搭載していますが、スタートラッカは非常に高い精度で姿勢を決定できる、恒星を利用した姿勢センサです。
これまでに打ち上げられた日本の数多くの衛星には、NEC製スタートラッカが搭載されています。これまでに「ぎんが」「ようこう」「はるか」「すざく」「あかり」などの科学衛星や「だいち」のような地球観測衛星に搭載されています。
従来のスタートラッカは、星撮像と星位置計算機能のみを有する第一世代と呼ばれるものでしたが、今後の宇宙科学や地球観測の高精度・高アジリティ要求への対応と、衛星の自律性向上・地上運用負荷軽減のために、以下の特徴を持った第二世代のスタートラッカが求められています。
- 1)自律的な姿勢決定
- 2)高い姿勢決定精度
- 3)搭載性や運用性の向上
これらの要求に対応するために、アプリオリな姿勢情報なしで、全天において星のパターンから、自律的に姿勢決定値を出力する次世代型のスタートラッカの開発を実施中です。スタートラッカは、光学部、電気回路部、フードで構成されます。外観図を 写真2 に示します。
(2) 次世代型スタートラッカに対する要求と対応
次世代型スタートラッカは、第二世代の標準スタートラッカとして採用されるために、以下の要求に基づいて開発を行っています。
1) 自律的姿勢決定
アプリオリな姿勢情報を必要としない自律的な姿勢決定を実現するために、高速の画像処理回路とMPUを搭載し、搭載星カタログとのパターンマッチングによる恒星同定及び姿勢決定計算を実施し、J2000座標系に対する姿勢決定情報(クオータニオン)を出力します。
2) 高い姿勢決定精度
ランダム誤差を低減して高アジリティ要求に対応するために、高感度レンズ及びCCD(Charge Coupled Device)を採用しています。また、搭載温度環境に依存するバイアス誤差を低減するために、光学部は低熱ゆがみ構造となっています。低熱ゆがみを実現するために、光学系(レンズ、CCD)と回路系とを熱的に分離する構造とし、光学系はキネマチックマウントを採用しています。
3) 搭載性、運用性の向上
幅広い搭載温度環境に対応できるように、前述の低熱ゆがみ構造としています。また、高い妨害光回避性能を得るために、世界最高レベルの低反射特性を有するウルトラブラックをフード内の表面処理に採用しています。
(3) 次世代型スタートラッカ機能・仕様概要
次世代型スタートラッカは、要求を満たすために各種の機能・性能を有しています。
(4) 今後の計画
次世代型のスタートラッカは認定モデルの認定試験を実施中であり、平成23年度初めまでに開発完了の予定です。その後は、衛星搭載実証モデルでの軌道上の実証確認と、X線天文衛星ASTRO-H用のフライト製品の製作を実施する予定です。
5. おわりに
本稿では、MTP、GPSR、STTのコンポーネントについて、開発概要を紹介しました。今後、標準コンポーネントとして多くの衛星に搭載され、その役割を果たして貢献していく予定です。
最後に、各標準コンポーネントの開発に当たり、ご指導いただいたJAXA殿に感謝いたします。
執筆者プロフィール
NEC東芝スペースシステム
技術本部
搭載機器2グループ
マネージャー
NEC東芝スペースシステム
技術本部
搭載機器2グループ
マネージャー
NEC東芝スペースシステム
技術本部
搭載機器2グループ
マネージャー
NEC東芝スペースシステム
技術本部
搭載機器2グループ
エキスパートエンジニア
NEC東芝スペースシステム
技術本部
光学センサグループ
エキスパートエンジニア