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エージェントベースシミュレーションによるグローバルサプライチェーンの持続可能性向上
Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~複雑なグローバルサプライチェーンを持つ現代社会で直面する困難や課題は、私たちに効率性と持続可能性を向上させる課題と機会をもたらしています。直面する課題は、自然災害や予期せぬ事故、異例のビジネス慣行など予測不可能な出来事によって一層深刻化します。気候変動に関する事象の頻度と影響が増大するなか、より高度なモデリング手法の必要性が高まっています。これらのモデルは、リスク軽減と持続可能性向上に焦点を当てることで、気候変動の影響緩和や炭素排出削減への取り組み支援に重要な役割を果たすことが期待されます。
本稿では、強化学習(RL)アルゴリズムの使用により、持続可能性をサプライチェーン運用に直接取り入れ可能にした新しいエージェントベースのシミュレーション手法を紹介します。この手法により、従来のサプライチェーンシミュレーションの限界を超えることが可能となりました。NECが開発したエージェントベースのシミュレーション技術は、炭素排出量を考慮した、持続可能なサプライチェーンシミュレーションシステムです。本シミュレーション技術は、現在は計画中のグリーントランスフォーメーション(GX)の支援を提供する包括的なソリューションにおいて、分析シミュレーションの中核を担うものです。また、本稿では、複数レベルにわたる複雑で不確実性の高いサプライチェーン特性に対応するため、マルチエージェントRL手法の有効性を評価しました。この手法を従来のヒューリスティック手法と比較し、単一及び複数のRLエージェントがサプライチェーンの各段階においてどのようにリスクを管理し、持続可能性を向上させるかを検証しました。その結果、RLベースの手法が従来の手法よりもリスク管理、収益の最大化、及び持続可能性目標達成において優れていることが実験で明らかになりました。
1. はじめに
グローバルなサプライチェーンマネジメント(SCM)の進展に伴い、炭素排出削減が重要な課題となっています。この課題は、環境の持続可能性だけでなく、運用効率や法令遵守の観点からも極めて重要です。現代のサプライチェーンは、多様な地域にわたるサプライヤ、製造者、そして小売業者が絡み合う複雑なネットワークで構成されており、カーボンフットプリントを正確に把握し管理することは大きな挑戦課題となっています。ネットゼロ経済の実現を目指すなかで、多くの国がさまざまな持続可能性政策を導入しており1)2)、国際的な気候目標を達成するためには、炭素排出量を考慮したSCMの最適化が欠かせません。
サプライチェーンにおけるカーボンフットプリント削減には、従来の不確実性に対処しつつ、持続可能性と炭素中立を積極的に目指す包括的なアプローチが必要です。このアプローチにより、サプライチェーンは経済的目標を達成するだけでなく、環境保全でも積極的な貢献が可能となります。機械学習(ML)は、需要予測や販売予測3)-7)、商業パートナーシップの推定8)9)、在庫管理の最適化10)11)など、SCMの向上においてますます重要な役割を果たしています。しかし、ML技術に依存するだけでは、意思決定プロセスの透明性の欠如や大量のトレーニングデータと計算資源が必要になるといった限界が生じます。これらの課題を克服するには、高度な専門知識を駆使し、洗練された手法を開発するか、大規模なデータセットを用いてモデルをトレーニングする必要があります。しかし、特に商業データが取得制限されている場合、これらのデータセットの収集は非常に困難となります。
ML手法だけではサプライチェーンの課題に対処するには限界があるため、これらの問題に対応できるシミュレーション手法とMLを統合する研究者が増えています12)13)。この課題への対応策として、NECは、一般的で複雑な問題に対応可能なシミュレーションツールを提案します。本シミュレーション技術は、エージェントベースの包括的なシミュレーションエンジン、資産管理システム、そして政策の実装とテストを行うインタラクティブなプラットフォームの3つの主要な要素を備えています。効率性とスケーラビリティを重視して設計されており、多数のエージェントと複雑なリソースフローが伴うシナリオを高精度にシミュレーションする能力を持ちます。そのため、シミュレーションフレームワーク内の各コンポーネントの詳細を監視する能力を用いて、従来の方法を超える精度で製品レベルの炭素排出量を算出することが可能です。
RLは、SCMにおけるエージェントベースのシミュレーションを最適化する重要な技術として注目されています。その理由は、RLが複雑で不確実な環境を効果的に扱う能力に優れているからです。第一に、SCMでは、不確かな状況のなかで連続的な意思決定が求められますが、RLは、短期的な利益ではなく長期的な利益を重視し、特に長期的な影響度を考慮した意思決定を最適化できる点で優れています。短期的な行動が長期的に影響を与えることもあるため、このアプローチは、サプライチェーンの意思決定において特に重要です。第二に、RLはエージェント間の相互作用データから複雑な行動を直接モデル化し、学習できます。このため、すべての可能な状態や行動を個別に列挙する必要がなくなります。これは、複雑なシステムにおいて非常に実用的なアプローチです。今回の研究では、各シミュレーションエージェントにRLを適用し、カーボンニュートラルの達成に向けたSCMの最適化を促進するために、さまざまなRLアルゴリズムを評価しました。
本稿でお伝えする主なポイントは次のとおりです。
- 持続可能性を重視して、サプライチェーンの各構成要素間の詳細な相互作用をシミュレートできるエージェントベースのシミュレータを開発しました。
- サプライチェーンの不確実性を低減するために、マルチエージェント強化学習(RL)アルゴリズムの可能性と限界を調査しました。具体的には、サプライチェーンを多層の参加者を含む形で拡張し、その効果を評価しています。
本稿は、第2章では、サプライチェーンシステムのシミュレーションとRLに関する先行研究を紹介します。第3章では、シミュレータの主要コンポーネントとその詳細について説明します。第4章では、サプライチェーンシステムの最適化問題を定義します。第5章では、シミュレーション評価に使用するRL手法と、その実験結果について述べます。最後に、第6章と第7章で今後の課題と本研究の結論についてまとめます。
2. 関連する研究
エージェントベースのシミュレーションツールは、サプライチェーンネットワーク内の企業、消費者、製品などを表すエージェント間の複雑な相互作用の調査に役立つため、SCMにおいて普及が進んでいます。エージェントベースのサプライチェーンシミュレーションプラットフォームの具体例として、AnyLogic12)、Simio13)、MATSim14) といったツールが挙げられます。しかし、これらのツールはサプライチェーンにおける持続可能性に特化したものではなく、製品レベルでの炭素排出量を正確に計算する機能も備えていません。
持続可能性を考慮したサプライチェーンマネジメントに関する研究はまだ十分ではありません。そこで、NECが着目した最も関連性の高い研究が、在庫管理におけるRLからの応用でした。この分野では、まずRLエージェントが現在の在庫状況や需要パターン、リードタイムなどを観察します。その後、エージェントは注文量や再注文のタイミングを決定し、環境が新しい状況を生成するなかで、報酬やペナルティを通じてエージェントの学習を促します。典型的な下流の不確実性の例として、需要の変動がRLの主要な課題とされています。このような場合、お客様満足度と在庫コストのバランスを見つけることが重要です。例えば、Zwaida15)は薬剤の供給不足を防ぐために、Deep Q-Network(DQN)アルゴリズムを用いたオンラインソリューションを提案しています。
3. サプライチェーンシミュレーション
NECの研究目的は、持続可能性に焦点を当てたサプライチェーンシステムの挙動をモデル化できるシミュレーションツールの開発です。これにより、二酸化炭素(CO2)の排出量を削減し、不確実性を低減するための最適なサプライチェーンの意思決定を支援します。エージェントベースのシミュレーションツールとRL最適化手法がシステムの持続可能性施策にどのように貢献するかを評価するために、NECは次のようなアプローチを取りました。まず、持続可能性を重視し、実際のサプライチェーンシステムを炭素排出量削減のための最適化問題の対象として置き換えました。次に、この最適化問題をシミュレートするため、複雑なシステムの一般的なモデリングに適しているエージェントベースのシミュレーションツールを導入しました。本稿では、持続可能性を重視したSCMにおけるシミュレーションツールの適用例を示しています。具体的には、サプライチェーンシステムをケーススタディとして用い、エージェントベースのシミュレーションの理論的背景と、現実世界のシステムをシミュレーション環境にどのようにマッピングするかについて詳しく説明しています。
3.1 シミュレーション技術の概要
一般的な複雑システムは、相互に作用する自律的なコンポーネントから構成されています。シンプルなシステムとは異なり、複雑適応システムは、エージェントが個別または集団レベルで適応する能力を持ちます。この研究は、自己組織化、創発現象、及び自然における適応の起源を理解する基盤となります。概念として、一般的な複雑システムは「エージェント」「リソース」「トポロジ」の3つの主要コンポーネントに分けて考えます。これにより、システム内の複雑な相互作用と動態を全体的にモデル化し、理解しやすくなります。システム内のエージェントは、事前に設定されたルールや適応学習を通じて行動し、相互作用し、意思決定を行います。リソースは、システム内でエージェントが消費、変換、または生産するさまざまな要素や資産を指します。トポロジは、システム内の要素の配置と接続性を示し、複雑システムの構造的側面を定義します。これにより、エージェントがどのようにリンクし、相互作用するかを理解できます。このフレームワークは、複雑システムの概念理解を深めるだけでなく、システム動態を探求し、さまざまなシナリオでの行動を予測し、特定の目標を達成するための介入策を考えるための構造化されたシミュレーションを可能にします。図1に示されているように、本シミュレーションツールはサプライチェーン内でリソースフローを動的に管理する機能を持っています。このモジュールは、効率性や持続可能性に影響を与えるさまざまなサプライチェーン戦略のシミュレーションをサポートします。


3.2 エージェント
エージェントとは、システム内で定義されたルールや適応学習メカニズムに基づいて行動し、相互作用し、意思決定を行うことができる存在です。各エージェントは情報を処理し、リソースを利用し、その行動によってトポロジを変化させる能力を持っています。現実世界のシステムの複雑さは、エージェントの集合的な行動から生じ、自己組織化、適応、進化といった現象を引き起こします。
エージェントの設計と説明は、いくつかの基本的な特徴に基づいています。まず、エージェントは独立した存在であり、他のエージェントから識別できる属性を持っています。これにより、相互作用が可能になります。次に、エージェントは自律的に行動し、環境内及び他のエージェントとの相互作用において独立して動作します。エージェントは、感知した情報に基づいて意思決定を行い、行動を取ることができます。その行動の範囲は、単純なルールに基づくものから、入力(感知した情報)を出力(行動)に適応させるRLメカニズムを含む複雑なモデルに至るまで多岐にわたります。そして、エージェントは時間の経過や外部の変化に応じて進化可能です。本手法では、各エージェントにステートマシンのメカニズムを用いてその状態を表現しています。このメカニズムは、エージェントの操作や意思決定プロセスを定義する離散的な状態と遷移をモデル化するのに適しています。サプライチェーンシステムの文脈では、このアプローチは特に適しており、調達や製造プロセスにおける運営段階と意思決定の流れを反映しています。
図2に示されているエージェントのステートマシンの例では、状態0と状態1の2つの状態があり、それぞれに特定のアクション0とアクション1が関連付けられています。図2には、特定のイベントによって開始される一方向の遷移も示されており、この遷移は各状態の行動の変化を示しています。シミュレーション内では、エージェントは自律性と他のエージェントへの応答性を重視した行動モデルに従って動作します。このモデルは、エージェントがシミュレーション環境の変化に適応できるような意思決定アルゴリズムを組み込んでおり、現実のサプライチェーンの運用における不確実性と動向を反映しています。エージェントは、配達時間や生産率などのパフォーマンス指標を評価し、これらを最適化するために戦略を調整します。このモデルは、リソースの利用可能性や需要の変化に応じてエージェントの行動が変わることを保証し、シミュレーションの入力及び他のエージェントとの相互作用に基づいて自己調整型のシステムを構築します。


3.3 リソース
リソースコンポーネントは、エージェント間の連携やエージェントによって生み出される有形・無形のリソースを管理し、シミュレーションの条件に応じたアルゴリズムを活用します。リソースは供給と需要に基づいて割り当てられ、シミュレーションによってその利用状況や無駄が追跡されます。また、市場動向や需要予測などの要因を取り入れながら、エージェント間のリソース交換もシミュレートします。これにより、リソースの消費と補充のバランスが保たれ、シミュレーション内の持続可能性の指標に合致します。リソースの動態、例えば希少性、競争、割り当ては、エージェントの行動や相互作用において重要な役割を果たし、結果としてシステムの創発特性に影響を与えます。
リソースの性質と動態は、特に協力や競争といった異なる相互作用においてエージェントの行動に大きな影響を与えます。協力の場合、エージェントは共有の利益や共通の目標を達成するために、リソースを共有、割り当て、最適化します。このような設定では、1つのエージェントでは達成できないタスクを完了するためにリソースをプールするなど、協力的な戦略を推奨するように設計する必要があります。シミュレーションでは、協力が効率的なリソース利用、公平な分配、持続可能性のメカニズムにどうつながるかを探ります。一方、競争の場面では、競争的なリソース設定を通じて市場動向、生態系の生存戦略、社会的競争などの現実の現象をシミュレートします。ここでは、エージェントがリソースの希少性に対応するための戦略の適応や、競争がリソース分配に与える影響に焦点を当てます。
3.4 トポロジ
シミュレーションのトポロジコンポーネントは、エージェントとリソース間の動的な接続と相互作用をシミュレートします。このコンポーネントは、システム内の要素の配置や接続性に注目し、複雑なシステムの構造的側面を表現します。エージェントがどのように相互に結びついているかを決定するトポロジは、相互作用の可能性に影響を与えます。システムのトポロジの構成は、情報やリソースの流れを左右し、システム全体のパフォーマンスに影響を与えます。エージェントとリソースの相互作用が進むなかで、トポロジ構造も適応し、最適なシステム構成の発見につながります。
シミュレーション内のトポロジは、静的/動的及び物理的/仮想的に分類され、さまざまな現実世界のシステムタイプに対応します。静的トポロジは、シミュレーション期間中に空間構造が一定に保たれる特徴があります。これにより、エージェントの相互作用や空間配置がシステムの動態に与える影響を分析しやすくなります。このタイプのトポロジは、組織ベースのシミュレーションなど、時間とともに安定した空間関係を持つシステムの研究に適しており、他の動態に集中して検討することが可能です。
一方、動的トポロジはシミュレーション中の空間構造の変更に対応します。これには、エージェントの位置変更、接続の変更、空間配置の変動が含まれます。このタイプのトポロジは、適応性、移動、構造変化が行動に不可欠なシステムをシミュレートするために重要です。例えば、社会ネットワークの進化のシミュレーションがその一例です。
物理的トポロジは、エージェントやリソースの空間配置を扱い、距離や障害物、空間分布などが相互作用や動態にどのように影響するかを考慮します。これは、都市交通パターンなどの現実世界の空間的な動きをシミュレートするのに役立ちます。一方、仮想トポロジは、物理的な距離に関係なく、エージェント間の関係性や通信経路、その他の非物理的なリンクに基づいて接続を定義します。例えば、アイデアの発展や仮想ネットワークのシミュレーションなど、実体間の接続が不可欠なシステムの研究において重要です。
4. 最適化手法
本研究の目的は、複数のサプライヤとお客様を含むシナリオにおいて、サプライチェーン深度が不確実性管理に与える影響を調査することです。このシナリオの中心には、小売業者のような中間業者が存在し、これは意思決定エージェントとして表現されます(図3)。このエージェントは、持続可能性、特にCO2排出量も考慮しながら、戦略的な購入と販売活動を通じて利益を最大化することを目指します。


最初のシミュレーションシナリオでは、3つのサプライヤが中央のエージェントと結ばれており、それが更に3つのお客様と接続されています(図3(a))。これらの接続は製品の取引のために結ばれた契約を示しています。シミュレーションに不確実性を導入するために、特定のサプライヤjと中央エージェントiの間の接続は、任意の時点で確率p_ij で無効になる可能性があります。エージェントiに対するお客様の需要d_iは、ポアソン分布に従うランダム変数としてモデル化されます。この設定により、エージェントはサプライヤから製品を見積価格で購入し、それを自分で設定した価格でディストリビューターに販売することで、顧客需要の動的及び不確実な性質をシミュレートします。
次に、サプライチェーンに複数の多階層エージェントを導入した、より複雑なシナリオを検討します(図3(b))。このシナリオでは、各エージェントが他のエージェントとのやりとりにおいて一定の障害確率p_iiに直面します。そして、下流のエージェントの需要はd_ikとして表されます。こうすることで、サプライチェーンの持続可能性と不確実性管理に関するより深い側面を探ることができます。従来の最適化手法では、確率的な性質や高次元の意思決定を扱うことが難しいため、本研究ではRLを用いています。RLはシミュレーションを通じて実環境でのリスクを避けながら最適な戦略を学習し、不確実性や部分的な情報にも適応し、継続的な改善を促進できます。
5. 実験
5.1 実装の詳細
実験では図3に示すような、本研究で使用したサプライチェーンシステムは3つのサプライヤと3つのお客様で構成されています。エージェントは、サプライヤから提示された価格で商品を仕入れ、自身で決定した価格でディストリビューターに販売します。このモデルは、お客様需要の動的かつ不確実な性質を効果的に再現しています。NECは、このサプライチェーンに対してRLのDQN(Deep Q-Network)を実装しました。図3(a)には1つのRLエージェント、図3(b)では3つのRLエージェントが登場します。RL手法では、各サプライヤの製品価格、各お客様への販売価格、及び各エージェントの在庫量を状態として含めます。アクションには、商品の購入及び販売価格の設定、次の期間における購入量の決定が含まれます。報酬は、製品のCO2排出量とエージェントの利益を考慮して評価します。RL手法と比較するために、一定のしきい値に基づいて意思決定を行う単純なしきい値ベースのヒューリスティック手法も設計しました。
5.2 実装の詳細
RLエージェントとヒューリスティック手法によるエージェントの比較を行い、200回のシミュレーションにおける平均利益を算出しました(表)。シングルエージェントの場合、ヒューリスティック手法は平均183.05ドルの利益を生み出し、標準偏差は12.86ドルと比較的安定したパフォーマンスを示しました。対照的に、RL手法を用いたシングルエージェントは平均利益267.87ドルと大幅に上回りましたが、標準偏差は63.32ドルと大きく変動が見られました。
表 異なる手法でエージェントが獲得した平均収益
同様に、マルチエージェントの場合でも、ヒューリスティック手法は平均利益215.43ドル、標準偏差23.68ドルの成果を出しました。一方、RL手法を利用するマルチエージェントは最高の平均利益307.19ドルを記録しましたが、標準偏差79.31ドルと最も大きな変動を示しました。
これらの結果から、シングル及びマルチエージェントの両方において、RL手法がヒューリスティック手法よりも高いパフォーマンスを発揮する可能性があることが分かりました。しかし、RL手法に関連する標準偏差の増加は、利益の変動リスクが高まることも示しており、これはRLアルゴリズムの動的かつ複雑な意思決定プロセスに起因する可能性があります。
6. 今後の研究
この研究は、持続可能性の考慮とRLを統合してサプライチェーンのレジリエンスと持続可能性を向上させるための基礎的な枠組みを提供します。しかし、グローバルなサプライチェーンは動的かつ多面的であり、更なる研究の可能性が数多く存在します。今後の研究では、特に気候変動の文脈で詳細な持続可能性指標を考慮し、シミュレーションモデルの複雑性を拡張してサプライチェーンのレジリエンスを強化することに焦点を当てていきます。
モデルの複雑性向上:エージェントベースのシミュレーションシステムの複雑性を拡張し、水使用量、土地利用、生物多様性への影響など、より詳細な持続可能性指標を組み込みます。これにより、サプライチェーン全体にわたる環境保全の取り組みをより包括的に評価することができます。
高度なRLアルゴリズム:ディープRLやマルチエージェントRL手法など、より高度なRLアルゴリズムの適用を研究します。これにより、グローバルなサプライチェーンの複雑さと動態をより適切にとらえることが可能になります。
サプライチェーン協力メカニズム:サプライチェーン参加者間の協力と情報共有を強化するためのメカニズムを開発します。これには、ブロックチェーンやその他の分散型技術の役割を探り、持続可能なサプライチェーンの実践における透明性と信頼性を促進することが含まれます。
政策と規制の影響分析:政策や規制がサプライチェーンの持続可能性とレジリエンスに与える影響を分析します。今後の研究では、さまざまな規制枠組みがサプライチェーンの意思決定や成果に与える影響をモデル化し、政策立案者に洞察を提供します。
LLMを活用したエージェントベースのシミュレーション:高度なAI技術の統合を基に、将来の研究では、大規模言語モデル(LLM)をエージェントベースのシミュレーションフレームワークに適用する方法を探ります。これにより、エージェント間の高度なコミュニケーションと意思決定プロセスが実現されます。LLMを利用することで、エージェントは自然言語データを処理・解釈できるようになり、ニュース記事、ソーシャルメディアフィード、業界レポートなどの非構造化データから実用的な洞察を抽出できます。これにより、エージェントはグローバルニュースや市場分析に表れる文脈や感情を理解し、現実世界のサプライチェーンの混乱やトレンドを予測し、迅速に対応する能力が大幅に向上します。
7. まとめ
本稿では、現代のグローバルサプライチェーンが抱える複雑さと課題を深く掘り下げ、これらの不確実性を管理し、持続可能性を向上させるためには革新的なアプローチが不可欠であることを明らかにしました。持続可能サプライチェーンシミュレーションシステムを導入し、マルチエージェントRL手法を活用することで、これらの問題に対処するための重要な進展を遂げました。研究の結果、RLを多層構造のサプライチェーンに適用することで、リスク管理の向上や利益率の向上に加え、環境、社会、経済の持続可能性目標の達成にも大きく貢献することが明らかになりました。また、ヒューリスティック手法との比較分析により、グローバルサプライチェーンが直面する不確実性に対して、RLが優れていることを確認しました。本研究は、持続可能なサプライチェーン管理に関する議論を深め、変動の激しいグローバル環境においてサプライチェーンのレジリエンスと持続可能性を強化するための先進的なシミュレーション技術の可能性を示しています。
参考文献
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執筆者プロフィール
NEC Laboratories America
Researcher
NEC Laboratories America
Department Head of DSSS
NEC Laboratories America
Director of Business Development
NEC Laboratories America
President
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