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オールフォトニクスネットワークを支えるシリコンフォトニクス光源による波長変換技術
Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~自動運転や遠隔医療などをはじめとする情報通信サービスの高度化を実現・加速するためには革新的な光ネットワークが必要であり、NECでは光技術を最大限に利用した、低遅延・省電力・大容量伝送が可能なオールフォトニクスネットワーク(APN)の実現に取り組んでいます。APNでは、小型サイズと経済性を兼ね備えた柔軟な波長変換技術が必要です。そこで、集積性と量産性に優れたシリコンフォトニクス(SiP)技術を活用して、APNで求められる波長変換のキーデバイスである超小型のデュアル波長可変光源を研究開発しています。本稿では、波長変換技術の概要とデュアル波長可変光源を実現するSiP技術及び波長可変光源技術について紹介します。
1. まえがき
インターネットやスマートフォンの急速な発展と普及により、動画配信サービスやクラウドコンピューティングの通信を前提としたサービスは身近なものになり、情報通信は今日の私たちの生活を支える欠かせない技術の1つとなっています。最近では、IoT(Internet of Things)の更なる高度化、自動運転や遠隔医療などの需要が高まっており、瞬時によりたくさんの情報を通信するサービスが求められるようになっています。
光通信は、前述した情報通信社会を支える基盤技術の1つです。現在、全国の大都市間を光通信で結ぶコアネットワークでは、テラビット級の大容量伝送システムが実用化されています。その大容量伝送を支えるキー技術の1つが高密度波長分割多重(Dense Wavelength Division Multiplexing)(以下、DWDM)で、数十以上の波長のそれぞれに異なる信号を載せて、それらを1本の光ファイバーで一括伝送する技術です。DWDMをはじめとする既存の光通信システムでは、伝送経路での複数回の光信号と電気信号の変換が行われており、遅延の支配的要因となっています。リアルタイム性が要求される自動運転などのサービスを実現するためには、この遅延が問題となっています。一方、更なる伝送容量の拡大にはエネルギー消費量の増大が大きな問題ですが、電気処理を担う半導体は物理的限界に近いレベルにまで微細化が進んでおり、これ以上の消費電力削減は困難になってきているといわれています。
これらの問題に対して、NECでは光信号でEnd-to-End(以下、EtoE)に通信するオールフォトニクスネットワーク(All Photonics Network)(以下、APN)の実現に取り組んでいます。APNは短距離から長距離に至るまであらゆる情報伝送において、光信号と電気信号の変換を最小限に抑えたネットワークであり、従来の光通信システムに比べて圧倒的な低遅延を実現できます。また、大容量(高速)伝送においても省電力な光の特長を生かして、ネットワークの大幅な低消費電力化を達成することもAPNの狙いです。そして、APNでは前述したDWDMの異なる波長ごとに情報を割り当てることにより、エンドユーザーへ大容量のサービスを提供します。
一方、波長は有限な資源であり、APNが目指す光ネットワークの実現には、波長(もしくは周波数帯域)を効率的に扱う技術が求められます。図1に光ネットワークの概略図を示します。コアネットワークでは各ローカルネットワークからの光信号が集中する一方で、1つの光リンク*1では同じ波長の信号を伝送できないため、波長の重複を避ける必要があります。そのため、APNの目指す低遅延、省電力、大容量な光ネットワークには、柔軟な波長変換技術が必要不可欠です。また、EtoEの光パスでは複数の光中継装置を経由するため、光中継装置の前後で伝送距離や使用可能な波長、帯域が異なるケースが想定されます。したがって、波長の変換だけでなく距離に応じた最適な変調方式(変調フォーマット)、光信号帯域へ柔軟に変更することで、波長資源の更なる効率化を図ることが、APNの実現を加速させると考えられます。
- *1光伝送装置間を結ぶ光伝送路(光ファイバー)のこと。
2. NECの考える波長変換技術
前述の通り、APN実現には、効率的な波長・変調フォーマット変換技術が重要です。加えて、光伝送装置の設置スペースには制限があるため、波長・変調フォーマット変換機能を有した小型な光伝送装置が求められます。
NECでは、情報通信研究機構の委託を受けて、高速かつ低消費電力の信号処理プロセッサ(Digital Signal Processor)(以下、DSP)とシリコンフォトニクス(Silicon Photonics)(以下、SiP)技術を用いた小型で低消費電力な光送受信デバイスで構成された、波長と変調フォーマットの両方を切り替え可能なエコで柔軟性に富む小型光伝送装置の研究開発を進めています1)。光伝送装置の構成要素の1つである波長可変光源(Tunable Laser Source)(以下、TLS)は大容量通信を支える重要な光部品の1つです。図2(a)にDWDMの光通信システムに用いられているデジタルコヒーレント方式*2における従来のTLS技術を用いた波長・変調フォーマット方式の模式図を示します。送信側と受信側のそれぞれでTLSが必要であり、また、従来TLSでは、化合物半導体やディスクリート光部品、制御回路部品など多数の部品を用いるため、小型化には限界がありました。一方、近年、優れた量産性と高精度な微細加工性を併せ持つシリコンCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)集積回路の製造インフラを利用して、電子・光集積回路を作るSiP技術が注目されています。SiP技術では超小型な光回路を形成できるため、従来と同サイズの1チップに送受信用のTLSを一体集積したデュアル波長可変光源を実現でき(図2(b))、波長・変調フォーマット変換可能な光伝送装置の小型化に大きく寄与します。
- *2デジタル演算処理により光の振幅・位相・偏波を利用した大容量伝送を可能とする伝送方式。
3. デュアル波長可変光源の実現に向けて
NECでは、これまでにSiP技術及びTLS技術に関して多くの研究実績を積んできました2)3)4)。第3章では、これまでの知見を生かして開発中のデュアル波長可変光源の実現に向けた取り組みについて説明します。
3.1 波長可変原理と特長
SiPではシリコンが光導波路材料に使われ、さまざまな機能を持つ光部品を超小型な光回路で実現できます。これは、シリコンが非常に高い屈折率(約3.45)を有しており、光を非常に強く閉じ込めて数μmの曲げ半径で光回路をレイアウトできるためです。作製したシリコン曲がり導波路では、通信波長帯であるC band(1,525〜1,565nm)全域において10μmの曲げ半径においても0.05dB/turn未満の十分に小さな光損失を確認しました。NECでは、この特長を生かしてレーザーの波長を自在に操ることのできる超小型のSiPチップを設計しています。図3に、開発中のSiPチップを用いたTLSの概略図を示します。このTLSでは、SiP技術を用いて作製した異なる円周を持つ2つのマイクロメートルオーダサイズのリング共振器(Micro Ring Resonator)(以下、MRR)で構成されるダブルリング共振器(Double-Micro Ring Resonator)(以下、D-MRR)で波長可変動作を実現します。図4に、透過スペクトルのイメージ図を示します。MRR単体ではローレンツ型関数の周期的透過スペクトルとなり、その周期は円周によって決まります(図4(a))。MRR単体を直列に並べたD-MRRでは、その透過スペクトルは各MRRスペクトルの積で表されます。したがって、2つのMRRの透過ピークが一致する波長で最大の透過率を得られ、D-MRRは光波長フィルタとして機能します(図4(b))。更に、各MRR近傍に配置したマイクロヒーターを用いてMRRの温度を調整して透過ピークが一致する波長を変えることで、波長可変フィルタを実現できます。SiPチップには、D-MRRに加えて、損失特性に優れる導波路型-非全光反射ミラーを一体集積し、そのSiPチップを半導体光増幅器(Semiconductor Optical Amplifier)チップと結合させて外部共振器を構成します(図3)。D-MRRの透過波長と外部共振器のレーザー発振条件を満足するように共振器長を調整することで(図4(c))、単一波長のレーザー発振を実現します(図4(d))。
このSiP技術を用いた外部共振器型TLS(SiP-TLS)の特長の1つ目は、非常に低い消費電力でレーザー発振波長を調整できることです。これはシリコンが非常に大きな熱光学係数*3dn/dTを有するためで、ガラスなどの従来材料と比べて約20倍の大きな値を示します。マイクロヒーターの配置などを最適化してシリコンの高いdn/dTを生かしたNEC独自設計のD-MRRでは、150×100μm2以内の超小型サイズと12mWの低電力でC band全域の波長可変動作を達成しました。また、構造を改良したより小型・低消費電力のMRRも開発中です。
SiP-TLSの特長の2つ目は、デジタルコヒーレント伝送の伝送容量拡大に求められるkHzオーダの狭線幅を小型サイズで実現できる点です4)。レーザーの狭線幅化には数mm以上の長尺な共振器長が必要ですが、SiP技術では10μmの曲げ半径でレイアウトできるため、D-MMRの波長可変機構と併せて小型チップで長尺な共振器長を実現できます。
- *3温度変化1℃当たりの屈折率変化量。
3.2 SiP-TLSの試作結果
基本動作の検証を目的に、まずは単一光源機能のSiP-TLSを試作しました。写真に試作した光送信モジュールを示します5)。SiP技術により非常に小さなサイズのパッケージを実現しました。構造の最適化で更なる小型化も可能な見込みです。
図5にDWDMで使用される全96波長のSiP-TLSの各レーザー発振スペクトルを重ねたグラフを示します。レーザーの単色性を表すサイドモード抑圧比(Side Mode Suppression Ratio)(以下、SMSR)は、すべてのレーザー発振において37~43dBであり、全波長にて良好なレーザー発振特性を確認しました。
現在、2つのSiP-TLS機能を1チップに集積したデュアル波長可変光源の研究開発を進めています。更なる低消費電力化、高SMSR化、そして、狭線幅化も併せて進めており、小型低消費電力なデュアル波長可変光源により、低遅延・省電力・大容量のAPNの実現に貢献していきます。
- *4レーザー素子、光学/電気インタフェースなどを組み込んだパッケージ。
4. むすび
本稿では、今後ますます発展する情報通信社会を支えるAPNに必要な波長変換技術と、それを実現するSiP技術を用いたデュアル波長可変光源に向けた取り組みを説明しました。APNの描くネットワークでは、長距離伝送や短距離伝送のみならず端末付近にまで光技術の適用が広がり、TLSの重要性・必要性がますます高まると考えられます。例えば、スイッチASIC(Application Specific Integrated Circuit)などの電子デバイスのパッケージを光デバイスと共有するコ・パッケージド・オプティクス(Co-Packaged Optics)(以下、CPO)と呼ばれる技術が、近年、注目されており、CPOでは省電力で小型な複数のレーザー光源が必要になります。SiP技術を用いたデュアル波長可変光源や更に集積度を上げた1チップのマルチ波長可変光源は、CPOへの適用可能性が期待できます。一方、SiP技術の適用はレーザー光源だけにとどまらず、光変調器やフォトダイオードなどの複数の光機能の小型集積化や、光機能と電子回路を一体集積化した光電融合デバイスの創出も期待されています。NECでは、これまで培ってきた光技術を基盤として多くの可能性を持つレーザー技術やSiP技術を発展させ、エコでより快適な情報通信社会の実現に挑戦し続けていきます。
5. 謝辞
本研究成果の一部は、国立研究開発法人情報通信研究機構の委託研究「Beyond 5G超高速・大容量ネットワークを実現する小型低電力波長変換・フォーマット変換技術の研究開発(04601)」により得られたものです。
参考文献
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執筆者プロフィール
光デバイス統括部
主任
光デバイス統括部
主任
光デバイス統括部
光デバイス統括部
シニアプロフェッショナル