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5G/6G屋内ワイヤレス通信向け1ビットアウトフェージング変調による光ファイバ無線システム

Vol.75 No.1 2023年6月 オープンネットワーク技術特集 ~オープンかつグリーンな社会を支えるネットワーク技術と先進ソリューション~

本稿では、1ビットアウトフェージング変調を利用した光ファイバ無線(RoF)システムを提案します。提案するRoFシステムは、分散アンテナユニット内に消費電力の大きいデジタルアナログコンバータを必要とせず、また、光送受信器に要求される動作速度を緩和することでデバイスコストを削減します。このシステムにおける信号帯域幅1GHzの広帯域伝送実験では、ACLR(隣接チャネル漏えい電力比)に関する3GPP規格に適合することが実証されています。今回提案するRoFシステムは、他のシステムと比べ、高い帯域効率を備えていることも示されています。したがって、このRoFシステムは5G/6Gのモバイルネットワークシステムに向けて、費用対効果の高い屋内ワイヤレスソリューションを提供します。

1. はじめに

ミリ波技術を活用した高速ワイヤレス通信は5G(第5世代移動通信システム)で既に導入されており、Beyond 5G/6Gにおいてもキー・テクノロジーとして期待されています。一方で、ミリ波帯は、大きな伝搬損失と高い直進性を有するため、屋外に設置された基地局から障害物の多い屋内の端末への伝搬は、困難です。モバイル通信のトラフィックの80%以上は屋内で発生するため1)、屋内ミリ波通信環境におけるQoS(サービス品質)改善は必須の要素です。ミリ波帯DA(分散アンテナユニット)を屋内環境に高密度に展開することは、QoSの改善に効果的であるものの、実用化にはDAの小型化と低消費電力化、そしてコスト低減が必要です。図1に示した光ファイバ無線(RoF)システムは、屋内環境に柔軟に設置可能な小型で低消費電力なDAを提供できるという点で、有望なソリューションです。

図1 屋内ワイヤレス通信のための光ファイバ無線システム

現行のRoFシステムは、それぞれ図2の(a)(b)(c)に示すように、DRoF(デジタルRoF)、ARoF(アナログRoF)、ΔΣ RoF(デルタシグマRoF)に分類されます。DRoFシステムは既に実用化されており、屋内のモバイルネットワークシステムで広く利用されています。DRoFで用いられるDAは、広帯域信号に対応したDAC(デジタルアナログコンバータ)を装備しているため、電力消費が大きくコストも高くなります。ARoFのDAはDACを必要としないため、消費電力は少なく、サイズも小さくできるという特徴があります。ARoFシステムでは、ひずみによる信号劣化を避けるために、線形性に優れた、高コストなE/O(電気光)コンバータとO/E(光電気)コンバータを含む光送受信器が必要になります。ΔΣ RoFシステムではDA内に高い線形性を持つE/OやO/Eデバイス、あるいは消費電力が大きなDACを必要としないため2)3)、小型のDAを使用した低コストRoFシステムの実装が可能です。しかしながら、ミリ波帯を使う広帯域通信においては、ΔΣ変調器のサンプリングレートを高くする必要があるため、光送受信器には高速動作が要求され、コストが上がる原因になります。

図2 RoFシステムのブロック図

NECでは、低コストの光送受信器を使用できるよう、図2(d)に示すような1ビットアウトフェージング変調によるRoFシステムを提案します。

2. 1ビットアウトフェージング変調の動作原理

アウトフェージングとは、図3に示すように、振幅変調と位相変調されたオリジナルの信号ベクトルSorg(t)を、位相変調のみを持つアウトフェージング信号ベクトルのペア、S1(t)とS2(t)に変換する技術です4)。振幅A(t)と位相θ(t)は、次の式に示すように、極座標変換によってI/Q(同相成分と直交成分)信号から生成されます。

図3 ベクトル分離によるアウトフェージングの原理
数式画像

S1(t)とS2(t)はそれぞれ、式 (2a)と(2b)で表せます。

数式画像

前述の式で、fcとAmaxはそれぞれ、搬送周波数と、A(t)の最大値を表します。アウトフェージングの原理として、次の式で表現されるように、Sorg(t)はS1(t)とS2(t)を合成することで再生されます。

数式画像

提案するRoFシステムで、S1(t)とS2(t)は振幅を値ゼロと比較することにより、矩形の信号波S1b(t)及びS2b(t)に変換されます。これらの信号を、1ビットアウトフェージング信号と呼びます。

図4に、Sorg(t)、S1b(t)とS2b(t)、及び従来のΔΣ変調器の出力信号SΔΣ(t)の、それぞれの波形を示します。Sorg(t)の周期は1/fcであり、S1b(t)とS2b(t)の周期も1/fcになります。したがって、これらの信号のパルス幅は1/(2fc)となり、光送受信器に要求される遷移速度はfcの2倍になります。一方で、SΔΣ(t)の波形は、サンプリングレートであるfsで更新されるため、SΔΣ(t)の遷移速度は、fsに等しく、fcの2倍よりはるかに大きな値になります。よって、提案するRoFシステムでは、従来のΔΣ RoFシステムと比べ、低い遷移速度であることにより、低コストな汎用光送受信器をミリ波帯通信向けに使用できるようになります5)6)。これは、提案するRoFシステムが持つ強みです。

図4 (a)Sorg(t)、(b)S1b(t)とS2b(t)のペア、(c)従来のSΔΣ(t)の各波形

また図4に示すように、ΔΣ RoFシステムのパルスパターンがランダムであるのに対し、提案するシステムは基本的に高低のレベルが時間間隔1/(2fc)で交互に切り替わるという均一なパルスパターンを備えています。このことにより、提案するシステムは、パルスのパターンに依存するタイミングジッタの影響を受けにくい特徴を有しています。

3. 回路構成

第3章では、1ビットアウトフェージング変調を用いたRoFシステムの回路構成を紹介します。図5は、提案するRoFシステムのブロック図です。

図5 提案RoFシステムのブロック図

RU(無線ユニット)内部では、デジタルベースバンド信号のI/Q(同相成分と直交成分)がアウトフェージング変調器に与えられ、デジタル信号処理によって中間周波数fIFでのアウトフェージング信号ペアに変換されます。出力信号はDAC、及び、アンチエイリアスフィルタを介してアナログ信号S1(t)とS2(t)に変換されます。これらの信号は続いてコンパレータでS1b(t)とS2b(t)に変換されたのち、光ファイバを介してDAに伝送されます。WDM(波長分割多重)によりRUとDA間を、1本の光ファイバで接続することが可能です。DA内部ではS1b(t)とS2b(t)が合成され、中間周波数fIFのオリジナル信号が再生されます。このオリジナル信号は、例えばミリ波帯といった所望の高周波帯にアップコンバートされ、増幅とフィルタリング後、無線送信されます。

4. 実験結果

図6に、提案するRoFシステムを検証するための実験ベンチを示します。実験では、64QAM変調を用いた5G NR信号を用いました。また、信号帯域幅fBWとして100MHz及び400MHzの2種類を用いました。アウトフェージング変調器からの出力信号ペアS1(t)とS2(t)は、AWG(任意波形発生器)内で生成され、波長1,310nm、最大伝送速度10Gbps/チャネル、4チャネルを有するQSFP+(quad small form-factor pluggable plus)モジュールに入力されます。入力された信号は、本モジュール内部で矩形化されS1b(t)とS2b(t)となったのち、E/O変換されます。これらの信号は、屋内環境を想定して、50mのSMF(シングルモード光ファイバ)経由で受信側に伝送されます。受信側では受信した信号を合成し、スペクトルアナライザで測定します。参考実験として、AWGからの出力信号をファイバ伝送なしに合成器に直接入力した場合の測定も行いました。

図6 提案するRoFシステム評価の実験ベンチ

図7に、fIFを2GHz、fBWを400MHzに設定して測定したSsum(t)のスペクトルを示します。計測されたACLRは-36dBであり、3GPP規格に適合しました。

図7 fIF=2GHz、fBW=400MHzとした場合の測定スペクトル

実験では、シグナルアナライザを用いてEVM(エラーベクトルマグニチュード)を測定しました。図8に示すのは、fIFに対するEVMの測定結果です。実線は光ファイバ伝送時のEVM、点線は参照となる光ファイバ伝送なしのEVMを示します。円形プロットはfBWが100MHzの時のEVM、ダイヤモンド形プロットはfBWが400MHzの時のEVMです。3GPP規格では64QAM方式によるEVMの上限は8%と定義されており7)、今回の測定ではすべての場合でこの制限内の結果となりました。fIFが1GHzと2GHzではEVMは3%以下、3GHzでは4.24%、4GHzでは4.68%であり、64QAM 3GPP規格に適合しています。

図8 計測したEVM対fIF

図9は、Beyond 5G/6Gに向けた、帯域幅1GHz(10×100MHz)のOFDM(直交周波数分割多重)信号によるSsum(t)のスペクトルの測定結果です。SNR(S/N比)は28dBを超えており、所望チャネルと隣接チャネルの平均電力差は26dBc以上でした。これは、37~52.6GHz帯におけるACLRの3GPP規格を満たすことを意味します。

図9 fIF=2GHz、fBW=1GHzで測定したスペクトル

5. 考察

本稿では、提案するRoFシステムの性能を、デバイスコストの観点で従来のRoFシステムと比較して検討しました。は、提案するRoFシステムと従来のΔΣ RoFシステムとの性能を比較したものです。光送受信器に求められるデバイス速度は、今回提案するRoFシステムではfIFの2倍ですが、ΔΣ RoFシステムにおいては、サンプリング速度に等しくなります。帯域効率は、fBWと各光送受信器のチャネル当たりに必要なデバイス速度との比として定義されます2)。NECが提案するRoFシステムの帯域効率は世界最高の値であり、ACLRに関する3GPP規格に適合しています。

表 提案するRoFシステムと従来のRoFシステム

6. むすび

本稿では、1ビットアウトフェージング変調を用いたRoFシステムを提案しました。このシステムは3GPP規格を満たす最大の帯域効率を備えています。これは、当システムが5G/6G向け屋内モバイルネットワークに低コストで適用できることを意味します。

7. 謝辞

本研究は、総務省委託研究「電波資源拡大のための研究開発(JPJ000254)」の成果の一部です。

参考文献

Copyright(C)2023 IEICE
Y. Kase, S. Hori, N. Oshima, K. Kunihiro: Radio-over-Fiber System with 1-bit Outphasing Modulation for 5G/6G Indoor Wireless Communication, IEICE Transactions on Electronics, 2023.7, DOI: 10.1587/transele.2022ECP5043

執筆者プロフィール

堀 真一
ワイヤレスアクセス開発統括部
プロフェッショナル
加瀬 裕真
ワイヤレスアクセス開発統括部
大島 直樹
海外モバイルソリューション統括部
プロフェッショナル
國弘 和明
ワイヤレスアクセス開発統括部
シニアプロフェッショナル