AI時代の人材育成

AIの社会実装に向けた取り組み

超スマート社会(Society 5.0)の実現に向け、AIを活用して社会課題を解決し、新たな価値を創造できる人材の活躍が期待されています。世界的にAI人材不足が深刻化するなか、各企業の間で優秀なAI人材の争奪戦が行われており、AI人材育成に対するニーズが高まっています。NECグループでは、2013年からAI人材育成に関する取り組みを始め、数多くのAI人材を育成してきました。本稿では、NECグループのAI人材育成を担う「NECアカデミー for AI」の活動事例を基に、AI時代における人材育成方法について紹介します。

1. はじめに

近年、AIの社会実装・活用が急速に進み経済がデジタル化するなか、世界的にAI人材の不足が大きな社会課題となっています。日本においても、内閣府がAI社会原則1)の1つとして「教育・リテラシーの原則」を掲げており、産学官共同でAI人材育成に取り組むことが求められています。また、統合イノベーション戦略推進会議「AI戦略2019」2)のなかでも、デジタル社会の基礎知識として「数理・データサイエンス・AI」の3つが挙げられており、AI人材育成に対するニーズが高まっています。

NECではAI人材を3つの階層に分け、育成施策の検討を行っています(図1)。1つ目は、最先端AIアルゴリズムの研究を行う「研究人材」。2つ目は、IT企業やユーザー企業で「AIを社会実装する人材」。そして最後に、一般社会のなかで「AIを活用する人材」です。今後、あらゆる企業においてAIの利活用が進むと考えられますが、AIを社会実装するための人材は依然として不足しており、その育成が急務となっています。

図1 3階層のAI人材

本稿では、多くの企業で必要となる「AIを社会実装する人材」に着目し、NECグループにおける事例を基に、AI人材育成において考慮すべきポイント及び育成施策について紹介します。

2. AIを社会実装する人材

AIを社会実装するためには、調査/企画/検証/導入/活用の5つのフェーズに取り組む必要があります(図2)。調査/企画フェーズでは、ビジネス上の課題を整理し、AI活用の企画を行います。検証フェーズでは、AIを適用した場合の価値検証を行い、ビジネス価値を見極めます。導入フェーズでは、価値実証されたAIを組み込んだAIシステムを構築します。活用フェーズでは、構築したAIシステムを運用しながら、AIをビジネスに生かします。

図2 AIを社会実装するためのプロセス

AIを社会実装するための各フェーズにおいて必要となるスキルは異なります。一般社団法人データサイエンティスト協会のスキル定義3)に基づけば、調査/企画フェーズではビジネス力、検証/導入フェーズではデータサイエンス力、導入フェーズではデータエンジニアリング力、そして活用フェーズでは再びビジネス力が必要となります。

そこでNECでは、AIを社会実装する人材を4つの人材タイプに分け育成を行っています(図3)。AIを社会実装する際は、それぞれの専門スキルを持った複数の人材タイプが協力しながらプロジェクトを遂行します。

図3 NECにおけるAI人材タイプ

3. AI人材育成において考慮すべきポイント

NECでは、2013年10月からAI人材育成の取り組みを始めています。これまで数百人のAI人材を育成していくなかで明らかとなった、AI人材育成において考慮すべき3つのポイントについて解説します。

3.1 幅広い知識を学ぶためのカリキュラムが必要

第2章で述べたように、AI人材には、ビジネス力/データサイエンス力/データエンジニアリング力といった幅広いスキルが求められます。AI人材タイプごとに習得すべきスキルは異なっており、コンサルタントはビジネス力、エキスパートはデータサイエンス力、アーキテクトはデータエンジニアリング力を重点的に身に付ける必要があります。またコーディネータは、それぞれの専門家を取りまとめる立場として、ビジネス力/データサイエンス力/データエンジニアリング力に関する一通りの知識を身に付けておく必要があります。

それぞれの人材タイプで必要なスキルセットが異なるため、AI人材育成に取り組む際は、幅広い知識を学ぶためのカリキュラムを整備する必要があります。特に、コンサルタント、エキスパート、アーキテクトの3人材は、スペシャリストとして各領域における深い知識が求められるため、基礎的な理論から応用技術まで幅広く学べるカリキュラムが求められます。

3.2 実践力を身に付けるための場が必要

研修プログラムの内容についても工夫が必要です。知識を獲得するための座学研修に加え、ハンズオンやロールプレイングといった演習型の研修を用意する必要があります。しかし、AI人材の育成を考えた場合、研修プログラムを整備するだけでは不十分です。AI人材には、研修プログラムだけでは身に付かない「実践力」が求められるからです。

多くの研修プログラムでは、1日~数日という短い期間で完了させる必要があるため、事前に解くべき課題や適用する技術をあらかじめ設定しておくことが一般的です。一方、実際のAIプロジェクトでは、お客様と一緒に課題を探りながら、どの技術を適用するのか試行錯誤する必要があります。研修プログラムのようなあらかじめ決められた課題を解くスキルと、自らの知識と技術を総動員して実課題を解くスキルは異なるため、実践力を身に付けるためのプログラムを別途用意する必要があります。

3.3 継続的に学び続けるための仕組みが必要

AI技術は日進月歩で進化しています。日々、新しいテクノロジーが生み出されていくため、AI人材は常に最新技術をキャッチアップしていくことが求められます。これは、AI人材育成に終わりがないことを意味しています。一通りスキルを習得した人材に対しても、新しい技術を追加で学べる仕組みを用意しておく必要があります。

また、変化の激しいAI領域に追従していくためには、情報共有や人材交流の機会を、積極的に設けることが重要です。現在、さまざまな業種でAI活用への取り組みが行われています。同業種だけではなく、異業種での活用事例が参考になることも多いため、業種を超えて最新のベストプラクティスを学ぶことができる仕組みを構築することが求められます。

4. NECグループのAI人材育成施策

NECでは、AI人材育成において考慮すべき3つのポイントに対応するために、「NECアカデミー for AI」を開講しました(図4)。「NECアカデミー for AI」において、どのような育成施策を行っているか紹介します。

図4 NECアカデミー for AI

4.1 体系的な学びの場

「NECアカデミー for AI」では、AI人材に必要な3つのスキル(ビジネス力/データサイエンス力/データエンジニアリング力)及び、ベーススキルを身に付けるための研修プログラムを約60講座準備しています。人材タイプごとに求められるスキルセットは異なるため、必要な研修を選択し、スキルを習得できるようにしています(図5)。また、大学と連携することによって、数理・統計・情報に関する基礎理論を学び直したいというニーズにも対応しています。

図5 研修プログラムで習得できるスキル

4.2 実践経験の場

「NECアカデミー for AI」では、実際のAIプロジェクトを通して実践力を獲得するための「道場」を設置しています。第一線で活躍するメンターによる指導の下、On-the-Job Training(以下、OJT)を通して、ビジネスにAIを活用するための実践経験を積みます。実課題を解くスキルは、時間をかけて実際のAIプロジェクトのなかで身に付けるしかありません。NECではAI人材育成を、知識習得とOJTのセットとしてとらえ、実践経験の場を重視するようにしています(図6)。

図6 実践の壁を越えるための道場(OJT)

4.3 継続学習の場

「NECアカデミー for AI」では、AIを自由にさわれる環境「砂場」を準備しています。砂場には、NECのAI技術ブランドである「NEC the WISE」を始め、OSS(オープンソースソフトウェア)の機械学習ライブラリーやディープラーニングフレームワークを配置し、思い立ったときにAIについて学習できるようにしています。また、砂場上で自己学習できるWeb動画を整備することで、時間と場所を選ばずに知識を習得したいというニーズに対応しています。更に、定期的に砂場上で分析コンテスト「NEC Analytics Challenge Cup」を開催することで、参加者のスキル向上につなげています。

この砂場上に、NEC中央研究所などで開発された新しいAIアルゴリズムを配置することで、継続的に最新技術をキャッチアップできる仕組みを構築しています。また、「NECアカデミー for AI」では、AIを学ぶもの同士が連携するための「コミュニティ」も用意しています。コミュニティを通して、AI人材同士が情報共有や人材交流を行い、継続的に最新のAI動向を学ぶ機会を提供しています。

4.4 「NECアカデミー for AI」の今後

昨今日本社会は、少子高齢化や人手不足、過疎化などさまざまな課題に直面しています。NECは日本の労働生産性を向上させ、国際競争力を高めるためのキードライバーを「AI×人財」と定義し、これまでNECグループで培ってきた育成メソドロジーを、大学・大学院や産業界に還元することを決めました4)。文理の境界を超えて数理、データサイエンス、AIの素養を身に付けるための実践的教育の場を設置するとともに、年齢や業種を超えて学ぶもの同士が連携しオープンイノベーションが実現できる場を目指します(図7)。

図7 「NECアカデミー for AI」の目指す姿

5. むすび

本稿では、「NECアカデミー for AI」の活動事例を基に、AI人材の育成方法について説明してきました。世界的にAI人材不足が深刻化する一方で、AI人材を促成栽培することは難しく、各企業の間で優秀なAI人材の争奪戦が行われています。AI人材を育成するためには、時間もコストも必要となるため、いち早くAI人材育成に取り組み始めることが重要と考えます。NECは、市場全体でAI人材を増やし、AIを有効かつ安全に利用できる人間中心のAI社会を実現するために、これからもAI人材育成に取り組んでいきます。

参考文献

執筆者プロフィール

孝忠 大輔
AI・アナリティクス事業部
AI人材育成センター
センター長

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