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フュージョン照合を活用した虹彩認証高度化技術
バイオメトリクスを支えるコア技術・先進技術近年では、虹彩認証は、スマートフォンにも実装され、一般に普及しつつあります。また、国民IDシステムや入国管理システムなどにも利用され始めており、利用が加速しています。本稿では、虹彩認証技術の概要から、NECの虹彩認証技術のポイント、特に高精度化の要であるフュージョン照合技術を中心に紹介します。また、米国国立標準技術研究所(NIST)で開催された虹彩認証コンテストの精度及び最新の虹彩技術動向についても紹介します。
1. 虹彩と生体認証
生体認証は現代社会において、既になくてはならない重要な役割を果たしています。生体認証の手段(モダリティ)は最も古い指紋から始まり、システムの発達に伴って、顔、静脈なども研究され、実用化されています。とりわけ虹彩は比較的新しい手段の一つとして認知されています。
ヒトの虹彩は、角膜と水晶体の間にある薄い膜で、瞳孔の大きさを変化させ、光の量を調整する役割を持ちます。この膜を動かす平滑筋の模様はメラニン色素の量で決まり、この模様を利用して、個人認証することができます。
虹彩のパターンを利用する認証コンセプトは、いつ誰が提起したものか諸説があり、一般的には1936年眼科医Frank Burchが提出したコンセプトだと言われています1)。
現在の虹彩認証が最初に広く認知されたのは、1994年にケンブリッジ大学のJohn Daugman教授が特許化したアルゴリズムによるものと言われています2)。その後、ケンブリッジ大学コンピュータ研究所が、2005年6月に発表した2,000億回照合の結果3)で虹彩の精度が広く知られるようになりました。これまで国内外の多くのベンダーがこの特許を利用したソリューションを展開してきています。一方、NECは独自のアルゴリズムで研究開発を行い、製品化までこぎつけました。
認証における虹彩の撮影において、可視光による撮影では角膜の反射や、人種の差異が大きく見られますが、近赤外線による撮影では人種の差異が抑制され、比較的安定した情報量を得ることができます。近赤外線による撮影は照明反射も制御しやすいため、現在の虹彩撮影はほとんどが近赤外線を利用したものとなっています。
また、虹彩は角膜に保護されているため、人体の中でも損傷を受けにくい部位といえ、生後数カ月から半年の間にパターンが安定し、終生不変のものと認知されています。そのパターンはランダム性に富み、一卵性双生児でも類似性がなく、同一人物の左目と右目の類似性も認められないなど、生体認証として優れたモダリティであるといえます。
2. 虹彩認証の原理
虹彩認証は、以下の処理で実施されています。まず初めに、虹彩の位置を特定します。それには、図1に示す虹彩内円と虹彩外円を検知し、ドーナツ状のリング範囲を検知します。実際の撮影状況によっては、このドーナツ状のリングは真円ではなく、変形が発生することがあり、高精度化のために楕円として扱うこともあります。

次に、図2に示すように、ドーナツ状の虹彩範囲をリングとセクターに分割し、それぞれの微小空間にある虹彩の輝度を数値化します。そして隣接微小空間の数値変化を符号化することで特徴量を生成します。

最後に、図3のように生成した特徴量を比較照合して類似度を算出します。

3. NECの虹彩認証
NECは2007年から虹彩認証技術の研究開発に着手し、2009年に最初のアルゴリズムを確立して特許を取得しています。その後2014年から、より多くの研究者を動員し、精度性能向上を加速化してきました。その後、米国国立標準技術研究所(NIST)の虹彩認証技術評価IREX IXにも参加し、精度首位の評価を獲得しています4)。精度首位獲得に貢献したポイントを、以下にピックアップして紹介します。
3.1 指紋認証技術で培った画像認識技術の応用
虹彩認証技術を研究開発するにあたり、指紋認証技術を長年研究開発してきたメンバーを中心に開発メンバーを組織しました。指紋画像認識と虹彩画像認識は画像から特徴量を抽出するという部分に関して、似た性質を持っているため、指紋で培った画像認識技術を応用して、高精度な虹彩画像認識技術を構築することができました(図4)。

3.2多検出特抽フュージョン技術
虹彩認証の高精度化にも、フュージョン照合技術と呼ばれる生体認証技術では、一般的なアプローチが有効です。フュージョン照合技術とは、複数の方式で特抽照合し、結果を合成することで精度を向上させる方法です。一般的にフュージョン照合は、バリエーションが多くなるほど有利になることが知られています。そこで、数多くの特徴抽出方式を構築するために、図5に示すように、瞳孔検出などの内部処理を細分化し、それぞれの内部処理を複数方式開発することで、組み合わせ数によるパターンの増大を狙いました。これにより短期間で数多くの特徴抽出パターンが構築可能となり、精度向上に貢献しました。

3.3 CPU最適化による高速照合技術
照合精度と速度はトレードオフの関係にあります。照合を多く実施し、多フュージョンにすることができればそれだけ高精度な結果が期待できます。そこで、照合の効率化を実施するために、CPUのポテンシャルを最大化させるための最適化を実施しています。これには、NEC 中央研究所の専門チームに協力を要請し、ベクトル化による最適化を実施することで大きく処理性能を向上させることができ、その分、多くのフュージョン照合を実施することができました。
3.4 フュージョン照合のチューニング技術
多くの特徴抽出方式を構築しても、組み合わせが効果的でなければフュージョン照合の効果は限定的です。NECでは、指紋認証で培った長年のフュージョン照合最適化技術を保有しており、この技術を転用することで、短期間で最適なフュージョン照合の組み合わせを実現しました。
3.5 虹彩独特の課題への取り組み
虹彩認証には、他の生体認証にはない独自の照合上の課題があります。その一つに、ピンボケによる他人受入率増大があります。虹彩認証は、虹彩部の模様パターンをそのまま特徴量として利用します。そのため、虹彩部がぼけている場合に、他人同士でも高スコアになるという課題がありました。NECでは、ボケ画像による他人受入率を抑制しつつ、本人を高精度に照合させる技術を開発しています。(図6)

4. 虹彩認証の応用
生体認証は既に日常的に使われていますが、他のモダリティと比べて、虹彩の応用シーンにはいくつか特徴があります。
ネガティブ認証では、虹彩が利用されることはほとんどありません。例えば、犯罪捜査においては、虹彩の模様は犯罪現場で他の物体に残らないという特性があります。また、通常監視目的にも、利用されません。虹彩は面積が小さく、離れた距離で通常の画角で撮影した画像は、虹彩情報を得るために必要な解像度を満たすことができないためです。また、虹彩の撮影は赤外線を利用するため、顔と同時に撮影することは困難です。
虹彩は、ポジティブな利用シーンに使われます。虹彩の他人許容率は非常に低く、気候や体調による変化を受けにくいため、電子決済などへの利用に適しています。また、目以外が覆われている場面、例えば、医療関係者がマスク、手袋、帽子を着用するケースや、重要施設の入退場で防具を着用するケース、更に炭鉱作業者など、他のモダリティでは利用しにくいケースにも活用できます。
他のモダリティを併用したマルチモーダルシステムの場合(例えば、国民IDシステムなどへの応用)にも適しています。代表的な国民IDシステム、インドのAadhaarの場合、国民がID登録時に、指紋、顔、虹彩の生体情報登録が義務付けられています。Aadhaarシステムの他人許容率は1千億分の1以下となっており、単独モダリティでの実現は困難ですが、虹彩と指紋、顔の併用によって、この精度を実現しています。
5. 虹彩認証の展望
虹彩認証は、虹彩を撮影する専用デバイスが必要という点が、導入の妨げとなってきました。しかし、この10年間で光学部分も大きく進化し、導入の敷居も低くなりつつあります。
虹彩のイメージは約500dpiの解像度で得ることが理想です。虹彩は面積が小さいので、VGA(640×480画素)サイズでも十分ですが、この特性によって、カメラから離れると撮影には長い焦点距離のレンズが必要になります。そのため撮影の画角は狭く、動く人は撮影しにくくなります。また、赤外線の光量が少ないケースで、高速シャッターを利用すると、絞り値を小さくする必要があります。その結果、被写界深度が浅くなり、焦点が合った利用可能な距離は狭い範囲に限定されます。
現在、最も可用性が高い虹彩カメラでは、顔認識と虹彩撮影を併用しています。カメラ内で、顔の位置を瞬時に判定し、虹彩を撮影するカメラのレンズを可動させて、虹彩の位置にレンズを動かすことで撮影の画角問題をクリアしています。理論上、長距離での虹彩撮影は可能で、既に1mほどの距離で撮影するカメラは市販化され、使われ始めています。このような、長距離からの虹彩カメラがより安価になり小型化が進めば、更なる利用用途の拡大が期待できます。
NECでは、今後も虹彩認証の高速化と高精度化を追求し、より大規模での正確な認証技術によって、安全・安心な社会の実現に貢献していきます。
参考文献
- 1)連邦捜査局:Iris Recognition,pp114
- 2)John Daugman:Biometric personal identification system based on iris analysis,U.S. Patent,No. 5,291,560,1994.3
- 3)
- 4)
執筆者プロフィール
第二官公ソリューション事業部
プロジェクトディレクター
第二官公ソリューション事業部
マネージャー
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