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枠を超えた共創活動「せとうちDMO」の立ち上げ

地域共創

地方創生に資する観光分野の重要な方策の1つとして、政府により導入が進められている官民連携組織“DMO”があります。瀬戸内海を囲む7県は連携して「せとうちDMO」を設立しました。NECは、この「せとうちDMO」に立ち上げ段階から参画し、中心的な役割を担ってきました。現地に深く入り現場と密着し、当事者として参画することで、地域課題を理解した事業創出活動を行っています。本稿では、従来のICTが有する価値提供にとどまらず、枠を超えて、全員が自らのノウハウや組織のアセットを活用し、地域と一体化することで実現してきた地域共創の新たな取り組みを紹介します。

1. はじめに

瀬戸内海を囲む7県が一体となった観光地域づくりの官民連携組織である「せとうちDMO」。せとうちブランドの確立による地方創生を目指すこの組織に対して、NECは立ち上げ段階から中心的な役割を担っています。

DMOとは、「Destination Management/Marketing Organization」の略称であり1)、主に米国と欧州で普及している組織体です。日本でも地方創生に資する観光分野活性化の重要な方策の1つとして政府により全国で導入が進められています。

NECはこの分野において、従来のICT事業者の役割を超えて各担当者が自らのノウハウや組織のアセットを活用することで、DMOの新事業を牽引する立場として地域共創に取り組んでいます。

本稿では、地方創生への取り組みの参考事例として、NECが「せとうちDMO」で取り組んできた活動の一部を紹介します。

2. 「せとうちDMO」について

2.1 官民連携の組織“DMO”の誕生

瀬戸内ブランドの確立による地方創生(=地域再生と成長循環の実現)に向けて、瀬戸内海を共有する7県(兵庫県、岡山県、広島県、山口県、徳島県、香川県、愛媛県)(図1)と7つの地方銀行が中心となって、2016年に「せとうちDMO」が発足しました(写真1)。

図1 7県から構成されるせとうちエリア
写真1 「せとうちDMO」の発足

本DMOは、行政主導で設立された一般社団法人「せとうち観光推進機構」と、地域金融機関と域内外の民間企業によって設立された株式会社「瀬戸内ブランドコーポレーション」の2つで構成されています。官と民の色を持つ組織がお互いに自立・連携することで、それぞれの強みを生かした活動を一体となって行っています。

2.2 「せとうちDMO」の特徴

行政中心の「せとうち観光推進機構」は、主にマーケティングやプロモーション活動を通じて瀬戸内へ人を呼び込む、いわば需要の創出を担っています。一方、民間中心の「瀬戸内ブランドコーポレーション」は、サービス供給側である観光関連事業者に対し、増大する需要に対応するためのサービスの質向上や量的な充実に向けた資金支援や経営支援を行う、供給体制の整備を担っています。更に両組織により共同設立された株式会社「せとうちDMOメンバーズ」は、地域事業者を支援するため、DMOの機能を会員向けのサービスとして提供しています。この3つの組織が密に連携して「せとうちDMO」が運営されています(図2)。

図2 「せとうちDMO」の構成

NECは、「瀬戸内ブランドコーポレーション」に出資するとともに出向者を派遣し、主体者の一員として、また出張ベースで深く入り込んだ取り組みを現地と一体となって行うことで、地域活性化に向けたさまざまな面での活動を進めました(写真2)。

写真2 せとうち物産展をNEC本社ビルで開催

3. 会員サービス事業を立ち上げる

3.1 地域事業者を支える仕組みづくり

地域の観光関連事業者は中小企業や個人事業主が多く、新たな観光需要をビジネスとしてとらえるためには、人・モノ・金・情報(知識)の支援が広くいきわたることが求められています。そこで、知識やノウハウ、また経営支援や事業支援サービスを提供し、対価として定額で会費を集める会員サービス事業を立ち上げることにしました。「せとうちDMO」の母体は7つの行政と地方銀行であり、地域の顧客や事業者にとっては信頼性が個々の団体以上に高い組織と受け止められるため、前述の会員サービスの価値だけでなく、「せとうちDMO」が取り組む地域活性化に向けた活動にぜひ賛同したいと考える事業者やサービス提供者が多く集まることも期待できました。

3.2 全員が主体となり枠を超える

本事業は、将来に向けた「せとうちDMO」の収益基盤であり、継続性・計画性のある事業活動を進めるうえでも、早期に組織内の意見をまとめて事業を立ち上げる必要がありました。そのため本事業を統括する株式会社「せとうちDMOメンバーズ」の設立を行うと同時に、会員獲得の営業体制、業務フローの設計やICTシステム開発などを、6カ月という短期間ですべて同時に実現させる必要がありました。そうした状況下では、企画者や技術者といったおのおのの役割を超えて議論し、全員が主体的な遂行者として各組織を牽引しながら山積みとなった課題に対処していくことが求められました。この短期間で事業化へと結びつけることができた最大の要因は、担当者全員が自身の枠を超え、目的のために、どうやったら達成できるかを考えながら推進し続けたことです。

3.3 最先端のICT 古くて新しい仕組み

特に苦労した点として、「文書(紙)ありきの文化(文書文化)」を尊重した業務フローやシステムの検討がありました。NECはIT企業として会員管理システムを多数提供しており、当初想定していたシステムもWebなどの画面でエンドユーザーから入会してもらう形態のシステムでした。ところが、従来の形態ではせとうち地域に強く根付いた文書文化には合わず、業務のフローや機能を地域の要望に合わせて新たに設計していく必要がありました。入会のためには文書に手書きで記入してもらい、その文書に押印して保存しておくといった昔ながらの商習慣が、信頼できる取り引きの主流だったのです。

当初は、これは銀行ならではの文化であって、ともに事業を遂行する金融機関を中心とした要望なのだと受け止めていました。しかし、検討を進めるにつれて会員ターゲットである中小事業者の多くも同様の考えを持っていることが判明しました。そこで、短い開発期間のなかでも、最初の2カ月をかけて伝票フォーマットと業務フローのあり方を徹底的に議論しました。データベース設計に必要な記入フォーマットや選択肢にとどまらず、書面でのやり取りを交えた業務フローの組み立て、例えば、事業者に入会してもらうまでのアプローチや、会員獲得時に販売代理店を経た場合の情報の流れや処理、申込用紙の原紙や控えの輸送と保管をどうするかなどといった、一見古くとらえられがちな商習慣をICTに取り込んだ、新しい形態としての業務フローを設計していきました。議論の結果、当初は2~3枚綴りであった伝票が5枚ものカーボン伝票になり、会員になるまでのステータスもフローに合わせて5段階に分類して運営することが決まりました(写真3)。

写真3 「せとうちDMOメンバーズ」の申込用紙

こうして地域文化を尊重し、現場に寄り添った業務フローとシステムを導入したことで、会員獲得に関わる地域企業の協力を得ることにも成功し、事業の立ち上げと同時に有料会員を数多く獲得することができました。

4. 会員向けサービス

4.1 インターネット販売を支援するサービスの提供

会員向けサービスを検討していくなかで、物産品や体験型観光プログラムを提供する地域事業者の多くは中小企業であり、商品開発に注力はするものの、プロモーションや販路拡大までには手が回らないという切実な課題が見えてきました。そうした状況を踏まえた会員向けサービスの1つとして、手軽にインターネット販売ができる仕組みとその導入やプロモーションを支援するWebショッピングモールを整えました。物産品販売の「せとうちマルシェ」、着地型観光販売の「せとうちエクスペリエンス」、クラウドファンディング(新ビジネスを立ち上げるため、プロジェクトを起案し資金を調達する手段)の「せとうちチアーズ」の3つからなるWebサイト「せとうちブランド.JP」を提供し、会員である地域事業者の販路拡大や販売促進を支える仕組みを実現しました(図3)。

図3 Webサイト「せとうちブランド.JP」

4.2 Webショッピングモールでの成果

2018年2月から3月にかけて「せとうちDMO」と地域放送局との協働による「瀬戸内おみやげコンクール」が開催されました。これは瀬戸内7県のおみやげNo.1をコンテスト販売で決める企画で、期間中は毎日のようにTV放送で商品紹介が行われ、また地域イベントなどでは直接販売による人気投票も行われました。物産品販売では本企画と連携しプロモーションを行うことにより、Webサイト「せとうちブランド.JP」へのアクセスを大きく伸ばすことができました。Web上でも開催期間に連動して特集サイトを運営することで、人気投票販売を行い会員事業者の商品の販売促進につなげました。

またクラウドファンディングでは、起案するプロジェクトの選定から成立に至るまで一連の支援を会員事業者に行い、2017年12月には瀬戸内レモンを扱う事業者とともに瀬戸内ならではのプロジェクトを成立させました。

プロジェクト化に際しては、送付商品が出資賛同者の期待に応えるだけの品質や価値であることと、出資賛同者が多く集まるためのストーリーやそれを表現するWeb画面(洗練されたサイトの印象、安心できるポリシー)が作れることが重要な成功要因になります。本プロジェクトにおいても、起案者である会員事業者との議論を重ねて企画を磨き、最終的に多くの方々に出資賛同いただきプロジェクトを成立させることができました。出資賛同者にはレモンから抽出した天然香料で作られた香水ととりたてのレモンが送付され、「疲れた体がリフレッシュできる」との喜びの感想が会員事業者の方へ寄せられています。

5. 更なるサービスの拡充と将来に向けた展望

会員が増えて多種多様な地域の事業者が参加してくると、「サービスや商品を会員同士で取り引きしたい」、「安心できる事業者を紹介してほしい」、という要望が会員から上がってくるようになりました。そのため、7県に散らばっている数百社の会員同士が柔軟にコミュニケーションをとれるBtoBマッチングのプラットフォームが検討されています。また、当該プラットフォームに存在する多くの情報にプライオリティ付けをして有用なものを会員に配信できるといった新たな仕組みに対する要望も出てきており、サービスの更なる拡充に向けた議論が進んでいます。

「せとうちDMO」での会員サービス事業の取り組みは、全国的に見てもDMOのなかでは先駆的であることから、省庁や他DMOからの問い合わせも多く、世間の注目を集めています。今後は「せとうちDMO」内の事業にとどまらず、本DMOが各地のDMO事業を支援できる仕組みとしてマルチテナント化に向けたサービス基盤への発展や海外DMOへの展開なども期待されています。

6. おわりに

本稿では、従来の枠組みを超えて地域に寄り添いながら価値を作り出した地域共創事例として「せとうちDMO」での取り組みを紹介しました。地域に深く密着することで当事者として地域課題を理解し、またその打開策を一緒になって生み出し事業に結びつけるというプロセスのなかで自社の価値を提供しています。このようなアプローチは、地域共創や地方創生に向けた新しい取り組みとして期待されています。今後も、このような先駆的な地域組織への参画を通して現地のニーズや最新動向を常につかみながら、共創活動を通して従来のICTの枠を超えた価値を世の中に提供します。


参考文献

  • 1)
    高橋一夫: DMO 観光地経営のイノベーション, 2017.6

執筆者プロフィール

幸田 拓也
未来都市づくり推進本部
マネージャー
北脇 佐知子
通信業ソリューション事業部
兼 未来都市づくり推進本部
シニアエキスパート
深澤 克之
南関東支社
シニアマネージャー
久保 勝則
NECソリューションイノベータ株式会社
クラウド・アナリティクス事業推進本部
マネージャー
吉岡 千代
NECソリューションイノベータ株式会社
クラウド・アナリティクス事業推進本部
主任
山内 亜紀
株式会社瀬戸内ブランドコーポレーション
マネージャー
(未来都市づくり推進本部から出向中)

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