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持続可能な社会に向けた都市経営へのパラダイムシフト

データを活用した都市経営のビジョン

世界に先駆けて超高齢化社会に直面している日本において、将来の社会保障財源不足を克服して持続可能な社会を実現することが最大の課題となっています。高度成長期から進めてきた都市の運営を見直して変革していくための都市経営が必要です。ハード主体の社会基盤からデータ活用型の柔らかい社会基盤へ抜本的にパラダイム転換しなくてはなりません。そして、この変革を進めていくためには、デジタル技術の適用に加えてアナログ施策ともいうべき地域共創も必要です。課題先進国である日本において、この困難な社会課題を解決するような新しい概念の社会基盤を創り出すことができれば、それが世界の将来に役立つものと期待されます。

1. はじめに

日本政府はSociety 5.0を掲げ、2016年の官民データ活用推進基本法や2017年の改正個人情報保護法など法整備も含めて、デジタル変革による国際競争力の強化を推進しています。自由民主党IT戦略特命委員会でも2016年よりデータ活用プラットフォームの検討が始まり、NECも積極的に提言活動に参加しました。その結果、デジタル・ニッポン2017にもオープンアーキテクチャーを基本とするデータ活用プラットフォーム:FIWARE(ファイウェア)が掲載1)され、日本国内でのFIWAREの普及も始まっています。課題先進国である日本において、データ活用の取り組みはイノベーションを起こす起爆剤として期待されています。

2. 都市づくりのパラダイム転換

個々の都市には、多くの課題が存在します。交通渋滞、買い物難民、地震・津波などの災害対策、防犯、子育て、健康長寿、国際競争力、過疎化対策など地域によっても課題はさまざまです。しかし、あらゆる都市に共通かつ最大の課題は、持続可能な社会の実現です。

日本は、既に成長期から成熟期に移行しています。人口は、2018年の約1億2000万人から2100年には約4900万人にまで減少する予測2)となっています。2040年には、現在の自治体の半数を消滅可能性都市が占めるという予測3)もあります。超高齢化社会にいち早く直面している日本は、将来的に社会保障財源不足の危機にあるといえます。

したがって、高度成長期に進めてきたコンクリートなどで構成されるハード主体の社会基盤ではなく、今後はデータ活用型の柔らかい社会基盤に抜本的にパラダイム転換する必要があります(図1)。

図1 社会基盤のパラダイム転換

例えば、本の貸し出しのために図書館を建設するのではなく、データを活用したネットライブラリーなどの手段に転換することで、トータルコストが下がらないかといった検討です。また、津波対策のために堤防を増設しても想定外の波がそれを越えてくる可能性があるのであれば、想定外の事態にも柔軟に情報伝達可能な防災ナビゲーションサービスなど、住民とのコミュニケーションを強化するデータ活用施策を併用することで代替できないかという検討をします。更に、医療・介護費が増大するなかで、治療に至る前の予防にコストの比重をシフトすることでトータルの社会保障費を低減できないかという検討です。そのために、パーソナルデータを活用したコミュニケーション手段が活躍します。個々の分野の高度化ではなく、分野間で相互に連携して全体最適を目指します。こうした議論が、今後の持続可能な社会の実現に向けて必要になっています。

3. データ活用型の柔らかい社会基盤づくり

3.1 経済循環モデル

柔らかい社会基盤が目指すところは、持続可能な都市づくりです。その実現には複雑な要素が関与しますので、これらを経済循環モデルに関連付けて整理します(図2)。

図2 持続可能な都市に向けた経済循環モデル

都市の運営には、継続的な財源が必要です。財源が不足すれば社会基盤が維持できなくなり、不安や不便さが増して人口流出につながります。すると、更に財源が不足してしまうという悪循環が発生します。また、人口が減少すれば消費にも影響を及ぼし、これに連動して産業が衰退します。産業が衰退すれば必然的に地域内での雇用が少なくなり、これが住民の収入に影響し、生活防衛心が働いて消費が更に落ち込むという悪循環も発生します。

3.2 持続可能な都市経営

持続可能な都市づくりのためには、こうした二重ループからなる経済循環モデルを何らかのきっかけで好転させなければなりません。そのきっかけを作るのが都市経営であり、直接的に社会基盤に変化を与えることで経済循環モデルのさまざまな要素に間接的に影響を及ぼします。民間企業が古くからデータに基づく経営をして生き残ってきたように、都市も経営することで環境変化に合わせた変革を促し、生き残っていかなくてはなりません。

具体的には、目標に資するようなKGI(Key Goal Indicator)とKPI(Key Performance Indicator)を設定し、PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルを回します。目標に対する手段は1つではありません。施策候補は複数あり、データに基づく仮説検証によって効果が現れなければ見直すことも大事です。日本政府の行政改革推進本部でもEBPM(Evidence Based Policy Making)を推進4)しており、データ活用が前提となります。どのような施策を実施すると経済循環モデルの各要素にどのような影響が及ぶのか、AIにて相関分析する試みも始まっています。そして、社会基盤の各分野に割り当てた予算配分(図2のeの流れ)を環境変化に合わせて見直していきます。

これら都市経営には多角的なデータ活用が必須であり、データ活用なくしては始まりません(図3)。

図3 柔らかい社会基盤のイメージ

3.3 新たなエコシステムの組成

次に、都市サービスの担い手についても変革していかなくてはなりません。従来は行政が主導してきた都市サービスですが、既に海外の先進都市では官民連携の新たなエコシステムを組成する動きが出てきています。地元の企業や大学やNPOなどが参加した地域共創の場をつくり、イノベーションを起こしていきます。一度構築したサービスを延々と同じ形で使い続けるのではなく、より使いやすいサービスになるよう進化を繰り返していきます。その過程で新たな産業が生まれ、経済活性化を促します。携わる地元のメンバーに自己実現というモチベーションを創発させつつ、経済循環モデルを好転させます。こうした状況を創り出すため、データを開放し、APIを開示し、APIエコノミーを成立させます(図3)。

3.4 住民とのエンゲージメント強化

住民とのエンゲージメントも強化します。住民中心という考え方のもと、ワンストップ行政サービスに代表されるように、使いやすいサービスに変革します。モノ消費からコト消費への移行を意識したサービス開発が必要です。

また一方で、住民からの意見を採り入れる仕組みも有効です。持続可能な都市に変革していく際には、痛みを伴う事案も発生します。橋梁などの老朽化対策には莫大な税金が必要ですが、老朽化対策を諦めて通行禁止にすれば不便さが増します。使用頻度などのデータに基づいて納得できる解を導き、社会基盤の予算配分を変更すべく合意形成に向けた双方向のコミュニケーションが必要です(図3)。

3.5 クロスドメインでのデータ活用

こうした取り組みを推進していくためにはデータ活用プラットフォームが不可欠です。しかも、オープンデータ化にとどまらず、クロスドメインでのデータ活用が必要になってきます。欧州FI-PPP(Future Internet Public-Private Partnership)にて開発されて世界に普及しているFIWAREはこうした用途に最適です。しかし、分野ごとに最適化されてきた従来の行政システムをクロスドメイン型に移行することは簡単なことではないので、段階を経て徐々に成熟度を上げていくことを目指します(図4)。

図4 クロスドメインの成熟度

まず、行政情報をオープンデータ化して業務効率化を図ります。次に、分野間で相互にデータ利活用できるように共通プラットフォーム化することで、業務改革につながる素地をつくります。例えば、1つのカメラ画像が入場ゲートのセキュリティ、健康状態の把握、災害時の安否確認など複数の分野に活用できる可能性があります。更に次のステップで、個々のサービスがつながり、利用者視点でのワンストップサービスを実現するなど価値創造を目指します。そして、こうした個々のサービスの向上に加えて、全体としての施策の最適化を実現すべくデータに基づく都市経営を行います。

3.6 都市のマネタイズ(収益事業化)

前述した通り、都市の運営には継続的な財源が必要です。都市経営によって経済循環モデル(図2)の各要素に変化が起これば受益者からのお金の流れにも変化が起こることが期待できます。以下の(a)~(d)は図2に対応します。

人口(昼間人口・夜間人口)の改善は、(a) 住民税、ふるさと納税を含む寄付金などの増加につながります。消費・投資の改善は、(b) 消費税・地方消費税、不動産・金融取引に関わる所得税・住民税、固定資産税などの増加につながります。雇用・所属の改善は、(c)給与に関わる所得税・住民税などの増加につながります。産業・起業の改善は、(d)法人税・法人住民税・事業税、寄付金、広告料などの増加につながります。この他、受益者となり得る地権者が出資する(d) BID(Business Improvement District)、民間資金提供者を巻き込んで成果に応じて対価を支払う(b) SIB(Social Impact Bond)、住民が出資する(b) クラウド・ファンディングなど新しい資金調達の仕組みも活用され始めています。

もちろん、短絡的に資金の流れが改善するほど簡単ではありませんが、こうした流れが生まれることを期待しつつ、個々の地域の状況に合わせた方法で試行錯誤していくことが重要だと考えています。

4. 地域共創による事業継続

データ活用プラットフォームを中核とするデジタル技術を都市に実装しただけではコトが前に進みません。人間の行動が原動力となる地域共創(共に創る)、つまり、アナログ施策とも言うべき活動も必要です。

NECは2017年4月に未来都市づくり推進本部を発足させ、個々の地域の事情に合わせた形態で「砂場:サンドボックス」をつくり、地域共創を実践中です。その手法は、共創ワークショップの開催、街づくり協議会の運営、包括連携協定の締結、DMO(Destination Management Organization)の設立、特別目的会社への出資などさまざまです。しかし、いずれにも共通することは、ICTシステムを構築するベンダーの立場ではなく、地域にて異業種で構成されるエコシステムを組成し、課題解決に向けた議論を重ねていることです。デザイン思考も採り入れて試行錯誤で進めています。メンバーが多岐にわたれば、新しいアイデアも生まれやすいですが、一方で、文化や立場の違いなどから議論がまとまらず、衝突することも少なくありません。したがって、ファシリテーション能力が問われることにもなり、切磋琢磨しているところです(写真)。

写真 共創ワークショップ風景(香川県高松市)

5. むすび

目指すビジョンは大きく掲げましたが、いまだ新たな挑戦は始まったばかりであり、大きな成果が出たという状況ではありません。NECは以前からICTシステムの構築を通して都市づくりに貢献してきましたが、ここで言う都市経営に資する活動は新しい経験であり、さまざまな課題に直面しています。それらを一つひとつ乗り越えて、地域での仮説検証を通して一歩ずつ前進させていきます。

課題先進国である日本において、この困難な社会課題を解決するような新しい概念の社会基盤を創り出すことができれば、やがて世界にも訪れる高齢化社会において、それが役立つものと期待しています。

参考文献

執筆者プロフィール

小野田 勇司
未来都市づくり推進本部
本部長

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