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世界のデータ利活用型スマートシティ開発動向
データを活用した都市経営のビジョンデータ利活用を起点に欧米における都市のデジタル変革を目指す取り組みについて紹介します。これらの地域では、これまでのスマートシティ活動の課題も踏まえ、分野横断型、課題解決型、進化型、市民中心設計といった観点を組み入れて持続的な都市経営に資するデジタルスマートシティへの転換を目指す動きが活発化しています。また、データ活用プラットフォームのデファクトスタンダードを目指して世界に普及しつつあるFIWAREについて、関連するエコシステムも含めて紹介します。そして、先進的なスマートシティの取り組みを紹介しつつ、デジタル化を推進する方法論についてもまとめます。
1. はじめに
世界では、人口爆発とともに都市に人口が集中する都市化が進んでおり、2050年には、世界人口の3分の2が都市部に居住するといわれています。これに起因して、インフラ整備の遅れや生活格差の拡大、また資源不足(食糧、水、エネルギー、レアメタルなど)や気候変動などさまざまな社会問題が起こっています。一方で、欧州や日本など産業発展が成熟期を迎えた地域では、高齢人口の増加や都市インフラの老朽化などに伴う新たな課題が顕在化しつつあります。国連では、これらの課題を2030年までに包摂的に解決すべく、17の目標と169のターゲットを定め、持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals:SDGs)としてまとめました。これが2015年の国連総会にて、193の加盟国によって全会一致で採択されました。各国ではこれらターゲットのいくつかをデジタル革命によって解決する取り組みを進めており、持続的な都市経営に資する先進的なスマートシティの取り組みが注目されています。
2. 世界に広がるデジタルスマートシティ
スマートシティの取り組みは欧州で始まり、世界中に広がりを見せています(図1)。
初期のスマートシティは、電力や交通など分野ごとのサービスを効率化する分野特化型スマートシティでした。しかし、都市の課題は分野横断で相互に影響するため、持続可能な都市づくりのためには、包括的な取り組みが必要になります。また、初期のスマートシティはテクノロジー主導型で開発されてきた面もあり、結果として市民生活が本当に良くなったのかという疑問も比較的初期から出てきていました。また、多くのプロジェクトが実証実験の域を脱していないという問題もあります。国の予算で初期構築しても、継続的な運用ができるような金銭的な仕組みをも確立していかなければ、スマートシティ自体が広がっていきません。
最近になって、AIやIoTといったデジタル技術が登場し、その活用に大きな期待が持たれるようになってきました。しかし、単に新たな技術の活用を優先するのではなく、都市のスマート化という活動そのものを課題解決型のアプローチに転換するとともに、種々のステークホルダーにとっての財政的持続性を維持する工夫が求められています。
このような課題認識を踏まえて、次世代のスマートシティへの転換を目指す動きが出てきています。
欧州ではDSM(Digital Single Market)戦略を掲げて、欧州域内での基盤統合を進めています。2016年には、産業デジタル化ビジョン及び電子政府アクションプランを策定しました。各国のオープンデータを集結したOpen Data Portalを整備することで、分野横断でのデータ活用を促進しています。
米国では、GCTC(Global City Teams Challenge)を2014年に開始しました。米国国立標準技術研究所(National Institute of Standards and Technology :NIST)が主導し、IoT技術をスマートシティに展開することを目的としたプログラムとなっています。交通、安全、エネルギー、健康など多様な分野の横断的な連携であり、解決したい課題を抱えている自治体、学術機関、企業、NPOなどがチームを組んで参加しています。このプログラムには、日本も含めて米国外からの参加者も増えています。
英国では、都市の指導者が社会課題の克服に向けた変革を達成するために、スマートシティ戦略立案ガイド(Smart City Framework:SCF)を発行しました。英国規格協会(British Standards Institution:BSI)が公開仕様書PAS-181:20141)として策定しています。そこには、脱サイロ化と市民中心設計でのサービスを目指した統合運用モデルが定義されています(図2)。
本稿では、こうした次世代の共通的な取り組みをデジタルスマートシティと呼びます。それは初期のスマートシティでの問題を次のように解決して都市のデジタル変革を目指しています(図3)。
まず、特定技術を前提とせず課題解決型に転換し、分野横断でのデータ活用に重点を置きます。オープンデータによって各分野の行政情報が活用できるようになり、IoTの整備によって実世界データも融合され、多角的なデータを重ねて利用することができます。
次に、提供するサービスは、イノベーションの創出によって進化することを前提とします。標準的なAPI(Application Programming Interface)を公開することで、さまざまな開発者が参加できるようになります。市民とのエンゲージメントも強化すべく、市民との接点となる活用系システムは市民中心設計(デザイン思考アプローチ)とします。
一方、限られた費用のなかで持続可能な運営をしていくためにマネタイズの確立が必要です。投資モデル/経済成長モデルを策定して、持続的にスケールしていくことを目指します。仮説を立てて実行した施策について、データによる効果測定ができるようになり、エビデンス立脚型の都市経営を実現します。
こうした複合的な取り組みによって、個々の分野の課題を解決するとともに全体として新たな社会価値を創発します。さまざまな環境変化に柔軟に対応するためのイノベーションが新たな産業を生み、それが経済成長につながって持続可能な都市の実現につながります。
3. データ活用プラットフォーム:FIWARE
スマートシティの先進地域として知られる欧州において、次世代インターネット官民連携プログラム(Future Internet-Public-Private Partnership:FI-PPP)によって2011年より5年にわたって開発投資されてきたデータ活用プラットフォームがFIWARE(ファイウェア)です。NECは当初より、この開発に参画しています。
FIWAREは、多様なIoTデータを必要なタイミングで活用系システムに提供する「コンテキスト情報管理」機能を中核としています。最大の特徴は、この機能を国際標準(OMA NGSI-9/10)に準拠したAPIとしてオープンソースソフトウェア(Open Source Software:OSS)で実装していることです。オープンアーキテクチャであるため、単一ICTベンダーに依存せずにシステムの拡張を進めることができます。また、モジュール構造であるため、自らの都市に必要なモジュールを自由に組み合わせて迅速に立ち上げることができます。作成されたモジュールは他の都市に融通して再利用することも可能であり、拡張性に優れています。
また、FIWAREを中核にさまざまな情報源システムと活用系システムを接続することで、分野横断でのデータ活用を効率的に実現することが可能になります(図4)。
2016年には民間主導の推進組織であるFIWARE Foundationが非営利団体として設立され、開発者、起業家、政府関係者などのステークホルダーの交流の場としてFIWARE Summitを定期的に開催しつつ、次のようなエコシステムを構築して普及活動を活発化しています。
まず、OASC(Open & Agile Smart City)やTM Forumなどのスマートシティコンソーシアムとはアーキテクチャの連携を図っています。そのTM Forumはマニフェスト「City as a Platform Manifesto」を2017年に発行し、スマートシティの成功を促進する10の共通原則を定めました。この原則には、オープンアーキテクチャに基づくことやSDGsの目標11(住み続けられる街づくり)を支持することなどが含まれます。
また、FIWARE Foundationはスタートアップ企業の加速支援を通じたFIWAREの普及にも力を入れており、投資機関との連携や技術供与などを進めています。
更に、国際電気通信連合(ITU)、欧州ETSIなどの各標準化団体とAPI仕様の連携も進めています。このようにしてFWIAREは欧州でのデファクトスタンダードとなりつつあり、欧州域外も含めて2018年現在115都市以上にFIWAREが採用されています。
前述したFIWAREコミュニティの取り組みは、日本がSociety 5.0の実現を目指すうえで極めて有益なものであるとの考えに立ち、NECは2017年3月にFIWARE Foundationに最上級会員(プラチナメンバー)として日系企業としては初めて加入し、BoD(Board of Directors)及びTSC(Technical Steering Committee)の一員としてFIWAREの機能拡充・強化と普及を牽引しています。
4. デジタル化を推進する仕掛け
4.1 先進的なスマートシティ事例
現実において、デジタル技術を導入しただけではデジタル変革は進展していきません。先進的なスマートシティにはデジタル変革を推進する仕掛けにも工夫を凝らしています。
アムステルダム(オランダ)では、インテリジェントシティの実現を目指し、推進組織として官民共同出資のコンソーシアムであるASC(Amsterdam Smart City)を設立しました。また、2014年には、市にCTO(Chief Technology Officer)を設置しています。ASCが中核となり70以上の企業・団体が参加し、市民を含むボトムアップアプローチを重視してデジタル変革を進めています。ASC主体でスタートアップ支援を実施するとともに、データラボを市が運営し、200以上のプロジェクトを実施しています。1~2年実施して成果が確認されればエリアを拡大していきます。
ヘルシンキ(フィンランド)では、都市をイノベーション拠点とすることを目標に掲げ、スタートアップ支援に力を入れています。2011年にHRI(Helsinki Region Infoshare)を開設して、オープンデータを自由に活用できるようにしました。カテゴリは交通、建造物、経済、税金、文化、健康など多岐にわたります。2010年にヘルシンキを含む複数の自治体で組成されたHSL(Helsinki Region Transport)は、オープンデータやオープンAPIを提供してスタートアップ企業を支援しています。複数の企業がオープンデータを活用して、経路案内などMaaS(Mobility as a Service)を中心としたサービス開発を行い、30以上のサービスが登録されています。
これらの都市に共通して見られる特徴は、(1)部局ごとの効率化を超えて都市が目指すべき最上位の目標が明文化され、共有されていること、(2)このような市長レベルの想いとベクトルを合わせつつ地域発のイノベーションを担うさまざまなステークホルダーを技術面も含めてファシリテートする組織が存在すること、です。更に、FIWARE Foundationでは、各都市にiHub(イノベーションハブ)と呼ばれる物理的な地域共創拠点を設けて、地域の企業、大学、公的機関、起業家などのステークホルダーの交流の場としています。iHubの一例であるマラガ市(スペイン)の例では、FIWARE上に集積されるさまざまな市内のデータを用いたアプリケーション開発の環境提供に加えて、スタートアップへのビジネスモデル指導や開発された製品のデモ展示などがひとつのオフィスで行われています。
また、IoT時代におけるアジャイルな価値検証の仕組みであるリビングラボは、ソリューションの有効性検証の場として注目されており、DOLL2)やENoLL3)などの活動が有名です。DOLL(デンマーク)は、スマートシティソリューションの開発者と購入者の出会いと体験の場であり、Living Lab(体験の場)、Quality Lab(テスト環境)、Virtual Lab(仮想開発環境)という3つのラボで構成されています。一方、ENoLL(European Network of Living Labs)は、欧州を中心とした世界のリビングラボの国際的な協議会です。2006年に発足し、オープンイノベーションエコシステムというコンセプトで、実験施設やベストプラクティスの情報交換など、参加者間で相互にベンチマーキングすることが可能です。
4.2 デジタル化推進策の共通点
これらの事例を踏まえて、デジタル化の推進に必要な共通点を以下にまとめます。まず、都市の目指すビジョンが明文化されており、首長の強いリーダーシップがあることは最低条件です。しかし、それだけでは長年にわたってサイロ化されてきた業務を変えて新しいことに挑戦する勇気が、現場には生まれません。そこで、先進的なスマートシティでは、ファシリテーション、スタートアップ支援、イノベーションハブ、リビングラボで構成される4つの機能を持たせています。
ファシリテーションは、首長に代わってデータ戦略を含めた分野横断でのスマートシティ化を牽引する役職または組織です。役職はCTOやCDO(Chief Digital Officer)などがこれに当たり、結果に責任を持ちます。KPI(Key Performance Indicator)を設定して施策候補からデータに基づく仮説検証を繰り返します。外部からのコントロールではなく、市側に常駐して司令塔となることが重要です。
スタートアップ支援は、地域経済振興の原動力となる起業家を育成する環境づくりです。データ活用や事業化のためのトレーニングプログラムやメンター紹介、ネットワークづくりの支援を行っています。
イノベーションハブは、ボトムアップでイノベーションを起こすための交流の場です。行政のみが行ってきた都市サービスから転換し、地元での新たなエコシステムを構築します。行政、市民、大学、企業、NPOなどのコミュニティメンバーによるマルチステークホルダーでのアイデア交換によって、デザイン思考アプローチでのサービス創出を目指します。
リビングラボは、新サービスをスモールスタートできる実証実験の場の提供です。IoTサービスのテスト環境として期間やエリアを区切った実環境を提供します。オープンかつアジャイルでの開発をスモールスタートできます。
先進的な都市は、こうした仕掛けを組み合わせることによって、サステナブルかつ市民中心型の都市運営に向けたデジタル変革に取り組んでいます。
5. むすび
本稿では、世界のデジタルスマートシティの開発動向を紹介しました。近年では個別分野のスマート化から分野横断でのデータ利活用型スマートシティへとトレンドは移っています。まだプロジェクトとしては実証実験段階のものが多い状況ではありますが、変革のための先進的な取り組みの共通点も見えてきました。
日本においても政府主導で、Society 5.0を実現するためのデータ活用推進策に取り組みはじめています。これらを単発的なものに終わらせず、地域が自立して持続的に変革していくために、世界での先進的な取り組みが参考になれば幸いです。
* OMAはOpen Mobile Alliance Ltd.の登録商標です。
* その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。
参考文献
- 1)
- 2) DOLL - Lighting the Future of Smart Cities
- 3)
執筆者プロフィール
執行役員
FIWARE Foundation 理事