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気候変動リスクを可視化し、社会のレジリエンスを加速するNECデジタル適応ファイナンス

Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~

気候変動の影響の予測は不確実性が高く、適応策の効果を実感するまで長時間を要することから、適応策への資金は不足しがちです。こうした背景を踏まえ、災害の物理リスクや財務影響、適応策の効果を定量的に評価、投資家や企業に情報提供し投資を促す適応ファイナンスが広まりつつあります。

一方で、気候変動リスクや適応効果の適切で継続的な評価、その評価に基づいた適応策の投資効果算出には、政策・制度面の充実や、更なる技術・知識の向上など、さまざまな取り組みが必要です。

本稿では、デジタル技術の活用によりリスク評価に必要な情報を取得・生成し、適応ファイナンスの社会実装に寄与する「NECデジタル適応ファイナンス」の取り組みを紹介します。

1. はじめに

気候変動の影響により世界中で自然災害が頻発し、甚大な被害が発生しています。自然災害による経済被害額は2000年から2019年までの20年間で約3兆8,000億ドル(約420兆円)に達しました。これは2000年から2009年までの10年間における経済被害額(約5,400億ドル(約60兆円))と比較して、約7倍に増加したことを意味します1)。特に洪水や暴風雨などの水災害による被害は、気候変動の影響によって増加することが予測されています。また、地震や火山活動などの地質災害も、気候変動の影響によって発生頻度や規模が変化することが懸念されています。

これらの自然災害による経済被害は、企業や自治体の事業活動にも深刻な影響を及ぼします。例えば、生産設備やインフラの損傷、サプライチェーンの寸断、市場の混乱などが発生し、事業継続が困難になるリスクがあります。

気候変動対策は、温室効果ガスの排出を抑制する「緩和」と、気候変動の影響に対応する「適応」の2つのアプローチがあります。企業や自治体は、自然災害のリスクに対する備えとして、適応策を実施することが求められていますが、適応策を実施するためには多額の資金が必要です。しかし、に示すように適応策への投資額は、緩和策と比べると約18分の1と広がりに欠ける状況です。

表 適応と緩和の取り組み規模の比較

この背景には、適応ファイナンスへの関心が高まる一方で、適応策の便益や投資効果が計りづらく資金調達が困難であること、長期にわたるプロジェクトのため、リスクの見極めが困難で民間企業がリスクを取りづらい状況があります。

NECでは、これらの課題に対する解決策の1つのアプローチとして、リモートセンシングやAI、デジタルツインなどのデジタル技術を活用し、リスク評価に必要な情報を迅速・適切に、そして継続的に取得して解析し、適応策の便益を可視化する「NECデジタル適応ファイナンス」の取り組みを始めています。

図1に示すとおり、適応策の実施により創出される価値は以下に示す3つがあると考えます。

  • 経済的価値:直接的/間接的な被害による経済損失低減
  • 社会経済的価値:生活やコミュニティなど、地域社会の存続
  • 温室効果ガス削減価値:物資輸送、インフラ再建などの復興
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図1 NECデジタル適応ファイナンスの基本的なアイデア

NECでは、この3つの総体的な価値を適応価値と定義しています。この適応価値をデジタル技術活用によって可視化することで、プロジェクトの組成検討時や資金調達時に出資者・金融機関から求められる必要な情報を整理し、適応策に対する実行の拡大に貢献します。また、金融機関と協力し、気候変動に対応する金融商品の開発・提供を模索し、資金提供手段の観点からも適応ファイナンスの普及に寄与することで、ITによる適応策の社会実装を目指します。

2. NECデジタル適応ファイナンス実装のアプローチ

2021年(令和3年)10月(2023年5月一部更新)に閣議決定された気候変動適応計画の概要では、気候変動の影響と適応策の例については図2のように整理されています。

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図2 気候変動の適応テーマと影響/適応策例

複数ある適応テーマの中で、NECの事業活動とシナジーの高い防災減災領域を赤色でハイライトしています。

NECは、人々の安全・安心な社会の実現に向けて防災デジタルトランスフォーメーション(以下、防災DX)を推進し、IoTや、AIなどの技術を活用した災害リスク予測やデジタルツールを活用した災害情報発信システムに取り組み、自治体による、災害に強いまちづくりや災害対応業務の効率化、迅速化に寄与しています。

内閣府の防災・減災、国土強靭化WG・チームが取り纏めた「防災・減災、国土強靭化5か年加速化対策」2)では、防災・減災に向けた対策を事前防災、発災直前・直後、復旧復興の3つのフェーズに整理しています。その整理に応じて、図3で防災対策のフェーズに応じたNECの防災DXの取り組みを整理しました。

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図3 NECの防災DXの取り組み

「事前防災(平時における備え)」として都市計画/リスク分析防災学習を切り口に、行政と地域コミュニティ・民間企業をつなぐ情報連携プラットフォームを提供し、民間企業が住民の避難支援をサポートする「地域防災情報プラットフォーム」や「河川氾濫シミュレーション」を提供しています。

「発災直前・直後(切迫時、発災、応急対応)」として異常検知・予測、情報共有を切り口に、リモートセンシングによるデータ収集、AIなどによるデータ解析に基づいた監視システムや予測システム、異常検知のソリューションを展開しています。

「復旧・復興」に対しては、データ分析を切り口に、衛星を活用したインフラモニタリングなどに取り組んでいます。

こうした防災DXの取り組みを通じて社会に蓄積されたデータやIoT技術を活用してリモートセンシングの仕組みを構築・利用することにより、自然災害への適応策(防災)や国民生活・都市生活への適応策(インフラ強靭化)の効果・便益を可視化し、経年変化をモニタリングします。この結果を用いて適応価値を算出することにより、適応ファイナンスそのものの普及に向けた活動を開始しています。

3. COP28での提唱

NECは2023年11月にアラブ首長国連邦(UAE)・ドバイで開催された国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)に参加し、環境省主催の「ジャパン・パビリオン」において、適応コンソーシアム準備室(幹事企業NEC)として防災効果シミュレーション技術を活用した適応価値の可視化について展示を行いました。

図4は、実際に過去に起きた洪水災害のケースを基に、現在より4℃平均気温が上昇した場合の災害被害を「実際の被害(図4左)」と「追加の適応策を実施した場合の被害(図4右)」の2パターンで河川氾濫の様子をシミュレーションした結果です。浸水域を青色の濃淡で示しており(濃い青:激しい浸水)、図4左では市街地を通る2本の河川が広範囲に氾濫し、市街地の大部分が浸水しているのが見てとれます。他方、図4右では、2本の川沿いに堤防を1mだけ高くした場合のシミュレーションです。河川の氾濫が大きく抑えられ、浸水の低減が確認できます。この被害想定を基に、水浸しになった家屋や家財、財産、公共施設やインフラ、民間企業の事業設備などの棄損、浸水による事業活動の停止などによる経済損失を試算した結果、追加の適応策なしの場合には51億ドルが見込まれる経済損失を、2本の主要な川沿いの堤防を1m高くすることで11億ドルに抑制できる可能性があることが分かりました。

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図4 適応価値の試算例(洪水/日本)

また、発災後や復興時の物資の運搬や、洪水によって生じた災害廃棄物(流木や倒木、土砂や汚泥などの堆積物、瓦礫、水没車両など)の処理や家屋やインフラの再建に伴って生じる温室効果ガス排出量は、追加適応策なしの場合1.6億ドル、ありの場合0.4億ドルと試算しました。

このケースにおいては、浸水被害による地域住民の生活の毀損、家屋の喪失や避難行動による地域コミュニティの崩壊など、地域社会の存続性などにかかわる経済社会価値の算出までは行っていないものの、経済損失並びに復興時の温室効果ガス排出抑制効果を積算した価値は41億ドルと試算されました。実際には、2本の河川沿いに1m高い堤防を設置することに対しては、河川沿いに既にさまざまな社会インフラが存在し、かつ、河川自体が複数の自治体にまたがるなど、その実現性にあらゆる問題や課題が見込まれます。しかし、このような気候変動が引き起こす災害リスクと被害想定や、取り得る適応策とその効果、更には避難計画なども含めて、事前にシミュレーションしながら議論することは、効果的な防災対策を実現するために、今後ますます重要になってくると考えます。

こうした適応価値の算出が地域住民や企業の設備などへの保険や融資、適応策への投資に対して、どのような金融的価値を創出し得るかについて、保険会社や銀行などの金融機関と連携しながら実証フィールドの探索を含め検討しています。

次にインドネシアの泥炭火災の例を図5に示します。

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図5 適応価値の試算例(泥炭火災/インドネシア)

森林火災においては、燃え上がりをいち早くとらえ、燃え広がる前の早期消火活動に当たることで、延焼範囲を狭めることが可能です。インドネシアは陸地面積の約53%に相当する9,400万haの森林資源を保有し、ブラジル、コンゴ民主共和国に次ぐ世界第3位の熱帯雨林保有国です。同時に巨大な炭素貯蔵庫と呼ばれる最大の熱帯泥炭地保有国であり、世界全体の泥炭地の約36%を保有しているとされています3)。そして、毎年のように森林火災やヘイズ(Haze:火災などの原因による煙霧/煙害)が発生しており、大きな社会課題となっています。

この課題に対して、赤外線カメラなどを活用した火災検知システムの導入による消火活動の効率化を想定し、発火から消火活動までの時間が2分の1に短縮できた場合に、延焼範囲がどの程度縮小されうるか、その結果として低減が期待できる経済損失や温室効果ガスの排出量はどれくらいかをシミュレーションを通じて推定しました。その結果、196億ドルもの適応価値(社会経済価値を除く)が創出されるという結果が得られています。

前述の解析例は、COP28の主催団体である UNFCCC傘下のGlobal Innovation Hubパビリオンで、NECの森田 隆之取締役 代表執行役社長 兼 CEOより「Advancing Climate Adaptation with Digital Technologies」と題するキーノート講演のなかで発表しました。講演では、「適応策の推進には、民間企業や金融機関、政府省庁、国際機関、アカデミアが協力し積極的に行動を起こす必要がある」と訴え、デジタルテクノロジーの活用による適応ファイナンスの事例づくりのための共創を呼びかけています。

4. むすび

適応ファイナンスの社会実装に向けた現状課題は多岐にわたります。気候変動のリスク評価は不確実性と地域差のため従来の手法の延長線上では困難であり、災害リスクの評価と適応策により創出される適応価値に基づいた金融商品の開発には、複数の領域にまたがる専門知識が必要です。また、法的・規制面での整備も伴うことも多く、新たな金融商品の開発・普及・啓発には金融業界、IT産業はもとより、産官学一体となった連携や、国際的な協調も欠かせません。気候変動に適応する新たな金融システムの創出に向けては、単にデジタル技術の活用にとどまらず、産業横断・分野横断した連携が必須となります。

こうした背景を踏まえ、2024年3月15日、NECと三井住友海上火災保険は、「適応ファイナンスコンソーシアム」を設立しました。本コンソーシアムでは、デジタル技術を応用して適応価値(減災効果・環境効果)を予測分析し、定量的にわかりやすく投資家に提供する仕組みを構築し、さまざまな適応策、価値評価手法に基づく保険や債券、融資スキームなどの金融商品組成に向けたユースケース開発を会員企業の皆様、監督官庁、グローバルパートナーとともに進めます。その成果は、国連気候変動枠組条約第29回締約国会議(COP29)をはじめ、さまざまな機会で随時発表してまいります。

参考文献

執筆者プロフィール

足立 龍太郎
GX事業開発統括部
上席プロフェッショナル

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