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ICTによるグリーントランスフォーメーション・ソリューションの展望
Vol.76 No.1 2025年3月 グリーントランスフォーメーション特集 ~環境分野でのNECの挑戦~グリーントランスフォーメーション(GX)は脱炭素社会に向けた経済社会システムの変革であり、イノベーションや新たな投資が進められています。デジタルトランスフォーメーション(DX)は、GXをより効率的・効果的に進めるうえで両輪となり、これらを一体で進めることが今後のビジネスの主流になっていきます。ICTは、気候変動緩和、適応、サーキュラーエコノミー、ネイチャーポジティブといった分野でデータ分析や効率化を支援します。環境問題解決に資するICTには、AI、デジタルツイン、リモートセンシング、IoT、ロボティクス、ブロックチェーンなどがあります。GXへのICTの活用により、効率化、正確化、監視・予測、最適化、自動化、情報共有などが促進されることが期待されています。
1. はじめに
脱炭素社会の実現に向けた経済社会システムの変革であるグリーントランスフォーメーション(GX)は、環境対策であると同時に、グローバル市場のなかで日本が生き残るための産業政策として位置付けられています。政府の後押しのもとで、企業などによるイノベーションや新たな投資が進められています。デジタルトランスフォーメーション(DX)は、GXをより効率的・効果的に進めるうえで両輪となり、企業にとっては、DX×GXを一体で進めることが今後のビジネスの主流になっていきます。本稿では、ICTを活用したGXの展望について俯瞰します。
2. 環境課題解決におけるICTの位置付け
社会や経済は自然環境という基盤のうえに成立しています。20世紀型の社会・経済は、文明が自然からの恩恵を一方的に収奪する構造でした。21世紀型の社会・経済は、自然からの恵みを持続可能に利用し、知識・技術・資産を活用して自然環境を守る、というサイクルが地球規模で継続的に回る仕組みを作る必要があります(図1)。ICTは、この社会・経済の仕組み作りのなかで中核となる重要な役割を担います。例えば、経済活動の観点からは、AIやデジタルツインなどの活用による最適な意思決定によって、技術や資金が環境保全に回る仕組みを円滑化できます。社会活動の観点からは、行動の可視化・簡易化・自動化によって人々の環境を守りたいという思いを叶え、行動を起こすための仕組み作りに貢献できます。また、ICTは人と人とのコミュニケーションを活発化させ、国境や時間軸を超えた共創空間を作り、環境問題解決に向けた集合知を得ることに活用できます。


環境問題解決に向けてのICTの活用には、「見える化」「分析」「対処」という大きな流れがあります。「見える化」では、データによる環境負荷の見える化と、そのデータ間の連携により、現状を定量的に把握します。「分析」では、AIなどの技術を活用してデータの分析を行い、因果関係の特定や将来予測などができるようになります。「対処」では、あらゆるプロセスがDXによって自動化され、効率的・効果的に環境負荷削減の取り組みができるようになります。
3. GXの各分野で期待されるICTの役割
GXの各分野において、ICTには多様な役割が期待されています。
3.1 気候変動緩和
国連気候変動枠組条約におけるパリ協定では、温室効果ガス(GHG)削減に関する世界的な取り決めにより、世界の平均気温の上昇を産業革命前に比べて2℃より十分低く保つこととする目標(努力目標1.5℃以内)が掲げられています。日本も2050年までのカーボンニュートラル化を目指しています。
エネルギー問題の解決をはじめとした気候変動緩和策に対して、ICTを活用したソリューションの適用が期待されています。例えば、World Economic Forum(WEF)では、緩和策に対してICTを活用することで、エネルギー産業、素材産業、モビリティ産業といったGHG多量排出セクターで2050年までに20%分のGHG削減に寄与すると試算しています1)。
特にAIは、電力、GHGモニタリング、製造業、材料開発、食料生産、輸送などの各分野での緩和策において大きな力を発揮します。例えば、電力セクターにおいては、AIによる天候予測によって変動電源である太陽光発電や風力発電の出力を予測し、それをもとに電力系統の運用計画を最適化できるようになります。また、これら再生可能エネルギー電力の送電インフラにおける異常を遠隔からモニタリングすることも可能になります2)。
再生可能エネルギーや蓄電池などの基盤技術を支える材料開発においては、マテリアルズ・インフォマティクスで新素材の開発を促進できます。AIモデルに過去に実験された材料の大規模なデータベースを学習させ、原子構造と物性との間の定量的な関係を学習し、素材の開発速度を速めるとともに、国際的な知財競争力を維持・向上することも期待されています。
3.2 気候変動適応
2024年の世界は観測史上最も暑い年になり、単年ではパリ協定が努力目標とする産業革命前比の平均気温上昇1.5℃を超えてしまいました。1.5~2℃上昇すると、ドミノ倒し的に気候変動が加速する「ティッピングポイント」(転換点)を超えるとされています。緩和策を進めたとしても、台風や水害の激甚化が止まるわけではありません。このため、気候変動適応策によって、気候災害に対しレジリエントな社会を作ることも重要になります。
気候変動適応におけるICTの活用には、次のようなポテンシャルがあります3)。第一に、予測や対策のベースとなるデータの収集を効率的かつ正確に行うことができます。衛星による地球全体・地域のデータ収集、IoTによる局地的なデータ収集、AIによるデータ分析・利用などがあります。第二に、災害への対処にかかわる意志決定の強化につなげられます4)。AIによる将来の気候変動影響予測、AIによる適応策の優先順位付け、災害発生時の早期警報システムなどがあります。第三に、災害対応をリアルタイムで最適化できます。気候変動リスクを下げる海運ルートの特定、気候災害からの避難時の移動経路の最適化などがあります。第四に、ステークホルダーの適応行動を促進できます。例えば、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)を活用して気候変動の影響をシミュレートすることで、抽象的な概念を直感的なものに変え、生活者などの行動変容を促すことができます。
3.3 サーキュラーエコノミー
動脈産業と静脈産業を連携させるサーキュラーエコノミーは、環境政策の観点だけでなく、資源政策の観点からも促進されています。日本では、循環型社会形成推進基本法のもとで、各種のリサイクル法など社会制度が設計されてきました。近年EUでは、重要鉱物やそれらを含有する製品について、EU域内でのリサイクルなどを通じて資源を確保すべく規制を強化しています。サーキュラー政策に共通するアプローチとして、デジタルプロダクトパスポート(DPP)政策が進められています。その効果はEU内の企業にとどまらず、EUに製品を輸出する日本企業も対象になるため、EUの規制動向は日本企業にも直接・間接の影響を与えます。
サーキュラーエコノミーのためのICT活用では、AI、デジタルツイン、シミュレーション技術、可視化、データ連携などの活用ポテンシャルがあると考えられます5)。例えば、製品の設計段階においては、資源循環に配慮した設計やリサイクル素材の強度評価に対し、AIやデジタルツインが活用できます。販売段階においては、循環資源利用の可視化によって製品の環境特性を示すことができ、その特性をデータ連携で共有できます6)。使用後の回収段階においては、AIなどの活用で使用済み製品の回収を効率化・低コスト化できます。リサイクル段階においては、AIなどの活用で、廃棄物の性状に応じた最適なリサイクル手法の選択や、選別・リサイクル技術の高度化を行うことができます7)。
3.4 ネイチャーポジティブ
ネイチャーポジティブとは、自然や生態系の損失を食い止め、回復させていく「自然資本回復」を意味する言葉です。企業などが経済活動による自然環境・生物多様性への影響を評価し、情報開示するための枠組みである「TNFD最終提言v1.0」 が2023年9月に公開されました。投資家のESGへの関心の高まりを受け、これを機に企業の自然関連情報の開示が進んでいくとみられています。企業にとってネイチャーポジティブは、気候変動対策に加えて取り組むべき重要な経営課題として認識されつつあります。
ネイチャーポジティブに向けては、AI、IoT、リモートセンシング、生物音響技術、ロボティクス、ブロックチェーン、ソーシャルプラットフォームなどのICTを活用することができます8)。これらのICTが活用できる分野には次のような例があります。第一に、自然環境の管理です。例えば、農業分野では、ICTを用いたスマート農業により、環境への影響を最小限に抑えながら収穫量や生産性を向上させることができます9)。第二に、ICTにより自然の状況の測定を効率的かつ正確に進めることができます。例えば、生物多様性の調査・モニタリング・検証を通じて、地域における生態系の現状を評価できます。また、生息域における気候変動の影響分析や、生態系の状態変化のモニタリングなどを行うことができます。第三に、自然の価値の可視化ができます。例えば、森林整備の価値をカーボン・クレジットとして評価し、その価値が流通する際にICTを活用できます。また、ブロックチェーンを用いたデータ連携により、製品のサプライチェーンにおける自然環境への負荷や、資源の投入量・経路などを追跡できるようになります。第四に、自然保護にかかわる知見や情報を、ステークホルダー間で共有できるようになります。例えば、インターネット上で情報共有や相互学習のためのコミュニティを創出できます。
4. むすび
GXへのICTの活用により、環境問題解決に向けた対策の効率化、正確化、監視・予測、最適化、自動化、情報共有などが促進されることが期待されています。近年では環境課題への取り組みは、企業にとっての重要な経営課題になっています。企業は、GXにかかわる政策の後押しやESGを重視する市場の期待に対応し、ICTを含めた技術や仕組みを総動員して課題解決に向けた行動を取ることが求められています。
一方で、AIの普及によるデータセンターの電力需要の増加は、将来的な社会課題として認識されるようになっています。ICT企業はその課題を超えた社会価値を提供すべく、データセンターのグリーン化10)などの対応を進めるとともに、環境問題解決への貢献をさらに高める努力を行っていきます。
参考文献
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執筆者プロフィール
株式会社国際社会経済研究所
ソートリーダーシップ推進部 プロフェッショナル
兼 調査研究部主任研究員
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