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AI技術「自律適応制御」を用いた倉庫人員最適配置ソリューション

近年の物流は、需要の多様化により多頻度小口化が進んでいるため、配送に関する作業は複雑となり負荷が増大しています。労働人口が減少するなか、限られた作業人員を効率的に配置し配送業務を遂行することは、物流業の経営課題です。作業人員の最適な配置は、突発的な作業への対応や、人員の体調などによる作業効率性の変動を考慮すると、過去の傾向を踏まえ制御するという一般的な最適化の手法では対応しきれません。

本稿では、NEC独自のAI技術「自律適応制御技術」により、リアルタイムな状況に合わせ倉庫内の出庫業務の人員を最適に配置するソリューションを紹介します。

1. はじめに

近年の物流は、EC市場の伸張や需要の多様化により多頻度小口化が進んでいるため、配送に関する作業は、複雑化し負荷は増大しています。一方、日本での労働人口は減少傾向のため、作業人員の確保は年々困難になり、限られた人員で増加する配送作業へ効率的に対応することは、物流業の経営課題となっています。

NECは、このようなことから倉庫や配送センター内の出庫業務の効率化に着目しました。出庫業務における人員の割り当ては、多くの場合、現場の作業管理者の勘と経験で行われ、人員の割り当てが悪いと、現場の作業量に即さなくなる可能性があり、作業待ちの発生につながります。もし、現場の時々刻々と変化する作業量に応じて、適宜作業員を最適に配置できれば、作業待ちの発生を防ぐことができ、その結果、作業員の労働時間短縮による労働環境改善や残業コストの削減が期待できます。

ただし、一般的な最適配置の手法では、過去データの分析に基づき計画を立てるため、予測が難しい業務の人員配置への適用はできません。例えば、在庫を持つ倉庫の出庫業務は、当日の突発的な注文への対応が求められるため、細かな需要予測ができないケースがあります。また、現場の作業員は、当日の突然の休暇や体調不良のため、毎日計画通りの作業効率を発揮できるとは限りません。これらを考慮するには、過去の傾向から人員配置の計画を行う制御手法には限界があり、時々刻々と変化する環境に応じて最適に制御する仕組みが有用となります。

近年、無線ネットワークの普及、コンピューティング処理能力の向上に伴い、さまざまな実世界のリアルタイムなデータを取得できるIoT環境が整いつつあります。NECは、IoT環境から取得するデータを元に実世界を最適な状態に向け制御する手法として、自律適応制御技術の研究開発を進めており、先ほど述べた出庫業務への人員配置に自律適応制御を適用することで、業務効率化を図ることができます(図1)。

図1 自律適応制御の倉庫内人員最適配置の適用概要

本稿では、自律適応制御技術の特長と、物流倉庫内の人員配置への自律適応制御の適用、シミュレーション評価結果、実世界への適用システム構成について紹介します。

2. 自律適応制御の特長

自律適応制御とは、環境変化に柔軟に適応する生物のメカニズムに着想を得て開発したNEC独自の技術です。アメーバは、脳が存在しなくても、自身の細胞内の「核」同士が近隣の核と影響し合い、周囲の食物の分布に適応して、全体形状を最適化することで効率的に捕食しています。自律適応制御は、システム全体を細かなサブシステムに分け、個々のサブシステムが相互に交信しながら、動的かつ自律的に自身の動作を決定し、全体最適に近づけていく制御手法です(図2)。

図2 自律適応制御の動作概要

自律適応制御の特長として、以下の二点が挙げられます。

  • (1)
    導入容易性
    一般的な最適配置の制御方式では、過去の傾向の分析に基づき計画を立てるため、過去の多量なデータが必要となります。また、そのデータを元に専門家が分析してルールを導出する必要があるため、導入には時間や労力を伴います。また、環境全体をシステムとしてモデル化するため、環境が変更になった場合、再度全体の分析とモデルの再設計が必要となり、メンテナンスのコストも掛かります。
    一方、自律適応制御では、環境全体のシステムを構成しているサブシステムのみの制御目的(例えば効率性)をベースにした指標で動作します。ある制御目的での指標のモデルを一度設計すれば、適用先が変わった場合に必要な作業はパラメータの設定程度となり、分析に基づくルールの事前抽出やモデルの再設計は必要ありません。そのため、複数の適用先への導入が容易となります。
  • (2)
    即応性
    一般的な最適配置の制御方式では、予測に基づいてシステム全体をモデル化します。そのため、予測が外れた場合の制御は、システム全体の再計算から必要であり、リアルタイムに追随することが困難でした。
    一方、自律適応制御では、サブシステム同士の局所的な分散計算で全体最適に近づけます。環境変動に対する再計算を局所的に対応するので、即応性を持ちます。また、この分散計算が軽量なため、リアルタイムなデータを元に即時で制御値を算出し、環境変化に追随することができます。

3. 物流倉庫内の人員配置への自律適応制御の適用

本検討では、主に在庫を持つ倉庫の出庫業務を想定しています。業務フローは、出荷の注文内容に応じた在庫品のピッキング、検品、マージの3つの作業で主に構成されます。フロア内は在庫品の種別に応じて複数のエリアに分かれており、各エリアにピッキング、検品、マージを行う人員が配置されており、出荷の注文単位に対応するコンテナがコンベヤに乗り各エリアを巡回します。各エリアでは、到着したコンベヤに注文に対応した品物を格納し、前のエリアから運ばれた品物とマージします(図3)。

図3 倉庫の出庫業務フロー

この業務フローでは、特定のエリアの作業の進捗が滞ると、後工程の進捗に悪影響が生じるため、各エリアの進捗が均等になる作業人員の配分が望まれます。

自律適応制御を出庫業務に適用すると、各エリアをサブシステムと見なし、各エリアで同一のタイミングで作業が完了することを指標として、エリアの残作業状況に応じて人員の制御を行います。業務フロー上、特定エリアでの作業進捗の遅延が、後続エリアでの作業に影響を与えるため、フローの影響を踏まえ各エリアの残作業の負荷を判断します。また、各エリアでの直近の作業実績を元に算出する作業効率性を考慮して、作業人員数の増減を制御します。

4. シミュレーション評価

図3に示した出庫業務フローを想定して、自律適応制御を用いた作業員への移動指示のシミュレーションを行い、作業効率が向上するかを評価しました。

  • (1)
    評価条件
    以下の条件で、評価を行いました。結果は、10回試行してその平均値を算出し、人員を移動させない場合と比べ、自律適応制御で作業効率が上がるかを確認しました。

    • エリア数:16
    • 総作業員数:32人
    • 各エリアの作業効率:±30%の範囲でランダムに設定
    • シミュレーション時間:7,500秒
    • 自律適応制御の移動指示算出間隔:300秒ごと
    • 作業員の隣接エリアへの移動時間:5秒
      移動中は作業ができないものとします。
    • 注文の発生頻度:35コンテナ、1,000秒ごと
    開始時点ではいずれのエリアも作業量がないものとして、開始直後に最初の35コンテナの注文を発生させ、すべての注文は全エリアに作業が発生するものとします。
  • (2)
    システム構成
    シミュレーションのシステム構成は図4の通りです。シミュレータ上で図3の業務の各エリアに割り振られる作業員の人数情報、作業情報を作成して自律適応制御に入力します。そして、自律適応制御で計算した作業指示結果をシミュレータに出力し、人員制御に反映しました。
図4 シミュレーションのシステム構成

5. シミュレーション結果

図5では、シミュレーション上の作業未完了のコンテナ数の時間的な推移を示しています。横軸が時間で、縦軸が作業未完了のコンテナ数を表します。シミュレーション開始直後に35コンテナ分の注文が投入された後、1,000秒経過までは作業を遂行しているため、作業未完了コンテナ数が減少します。1,000秒ごとに35コンテナ分が追加で注文されるため、未完了作業コンテナ数の増加を繰り返します。自律適応制御で人員を移動制御した場合、人員の移動なしの場合と比較して、同一時間経過時の作業未完了のコンテナ数が減少しています。

同一時間の作業完了コンテナ数で比較すると、人員の移動なしの場合より12%の向上が確認できます。

図5 作業未完了コンテナ数推移

6. 実世界への適用システム構成

本シミュレーションを実世界の実証や運用に適用する場合のシステム構成例は、図6の通りです。自律適応制御は、ソフトウェアエンジンとしてサーバに置かれます。また、運用現場での作業のリアルタイムな状況を把握するため、倉庫管理システム(WMS)や位置情報取得システムと連携しています。また、自律適応制御からの作業指示を現場に伝えるための表示端末を設置します。

図6 実証・運用時のシステム構成例

各エリアの残作業量や生産実績などの作業情報は、WMSからのリアルタイムな情報を元に取得します。注文情報と、各エリアでの作業完了情報から、各エリアでの残作業量や実績を算出します。

また、各エリアの人数情報は、例えばBLE(Bluetooth Low Energy)を活用し、従業員にBLEタグを所持してもらうことで採取する位置情報を元に算出する方法があります。各作業者が個人を特定できる作業用端末を所持していれば、その端末でのリアルタイムな作業実績を活用する方法も取れます。その他、現場や管理者自身が作業場所をシステムに随時入力するやり方も考えられます。

自律適応制御からの移動指示は、現場から見えるディスプレイなどの表示端末に表示するのが一例となります。実際の現場での指示は、現場管理者が1回移動指示を見たのち、実際の作業人員に直接または放送で指示を与えるなど、運用に即したさまざまな方法が考えられます。

7. むすび

物流倉庫での出庫業務において、限られた人員リソースでの効率的な業務の遂行を目指し、自律適応制御による倉庫内の人員最適配置の作業効率の改善を図るシミュレーションを行い、作業効率を向上させることを確認しました。

なお、本稿は仮想的なデータを用いた結果を紹介していますが、実データを用いたシミュレーションでの検証や、実際の業務運用と連携した実証も進めています。

また、倉庫内の出庫業務での人員配置への適用以外にも、自律適応制御は、エネルギーマネジメント、タクシーの最適配車、ITネットワーク機器の最適化など、さまざまな分野への幅広い適用が期待できます1)。また、今後は複数のロボットの配置制御への適用も構想しています。

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    Bluetoothは、Bluetooth SIG,Inc.の登録商標です。
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    その他記述された社名、製品名などは、該当する各社の商標または登録商標です。

参考文献

執筆者プロフィール

桑子 静帆
クラウドプラットフォーム事業部
立花 誠
クラウドプラットフォーム事業部
マネージャー
岡崎 巧
クラウドプラットフォーム事業部
マネージャー