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「みちびき」7機体制で、GPSの日本単独運用を目指す
高精度な測位サービスを支えるNECの技術と人
準天頂衛星システム「みちびき」は、衛星からの電波によって位置情報を計算する衛星測位システムです。衛星測位システムは米国のGPSがよく知られており、「みちびき」は日本版GPSと呼ばれています。
これまでは米国が運用するGPS衛星を利用していたため、都市部や山間部、障害物により電波が遮断されると、日本国内から可視できるGPS衛星が少なくなり、安定した衛星測位サービスが受けられませんでした。現在4機の衛星で位置情報を提供している「みちびき」は、測位精度の向上を目指して2024年度以降に5、6、7号機の打ち上げを予定しています。
NECは、「みちびき」初号機より測位衛星用ペイロード(測位信号を送るために衛星に搭載する機器とその集合体)の受託開発(※1)をしています。今回の5、6、7号機では、「測位ミッションペイロード」を開発しました。7機体制になると何が変わるのか、注目の新開発システムについて、開発を担当したメンバーに聞きました。
※1:初号機と5、6、7号機はJAXA様から、2、3、4号機と初号機後継機は三菱電機様から受託
NECとも関わりの深い準天頂衛星システム「みちびき」とは?
──これまでの経歴と「みちびき」プロジェクトにおける役割をお聞かせください。
加藤 2019年にキャリア採用でNECに入社しました。以前はソフトウェア会社でシステム部門のマネジメント業務に携わっており、宇宙に関わるのはこのプロジェクトが初めてです。当初は「みちびき」5、6、7号機のプロジェクト管理の取りまとめを担当し、現在は測位衛星事業のグループ長として、グループ全体の統括業務と将来号機開発のプロジェクトマネージャーを担当しています。
松村 私は宇宙に関わる仕事がしたくて、2009年にNECに入社しました。最初は地球観測衛星で通信系の設計を担当し、準天頂衛星に携わったのは3号機の測位ペイロードと同時に搭載されたメッセージ通信ペイロードの開発からです。その後、2年間の官庁出向を経て、現在は5、6、7号機に搭載する測位ミッションペイロードのシステムマネージャーを務めています。
橋本 NECに入社して10年ほど携帯電話の開発に携わった後、2013年より宇宙部門で衛星通信システムの設計を始めました。現在の部署に異動したのは3年前で、そこから測位ミッションペイロードの設計を担当しています。「みちびき」5、6,7号機では、新しく開発した高精度測距システムペイロードのシステムマネジメントも行っています。
今村 5年前にNECスペーステクノロジーから現在の部署に異動して「みちびき」の開発に携わっています。本プロジェクトでは、測位ミッションペイロードと新開発の高精度測距システムペイロードのアルゴリズム設計を担当。今は5、6、7号機の打ち上げに向けた試験を支援しつつ、その後の運用設計の取りまとめも担っています。
──準天頂衛星システム「みちびき」について教えてください。
加藤 「みちびき」は、簡単にいえば「日本版GPS」です。日本のほぼ真上で8の字を描く準天頂と呼ばれる軌道に測位衛星を打ち上げ、より高精度で安定した位置情報サービスを提供します。2010年に初号機、2017年に2、3、4号機を打ち上げ、4機体制を構築しました。初号機の設計寿命に伴い2021年に初号機後継機を打ち上げ、4機体制での運用を維持したまま、現在も米国GPS衛星の補完と補強の役割を果たしています。
松村 「みちびき」の衛星測位サービスは、スマートフォンやカーナビなどでも日常的に活用されています。また、数cmレベルの測位精度を実現する測位補強サービスは、クルマの自動運転や農業機械の自動化などに向けた実証実験を展開中で、一部はすでに実用化も始まっています。
──NECは「みちびき」とどう関わっているのでしょうか。
橋本 NECは、初号機から衛星測位システムの開発・製造を担うとともに、地上側の衛星管制システムの開発・運用も担当しています。そのなかで、私たちは、測位信号を生成して放送する、測位ミッションペイロードの開発を担っています。
──測位ミッションペイロードとは何ですか?
橋本 測位ミッションペイロードとは、衛星測位サービスを実現するために衛星に搭載されるミッション機器です。測位信号を生成する機器や、距離計測(※2)を行う機器、測位信号を地球へ届ける通信機器等によって構成されています。
※2:測距(そっきょ):目標までの距離を測ること
新システム搭載の3機を追加して「みちびき」を7機体制へ
──みなさんが取り組んでいるプロジェクトについてお聞かせください。
松村 私たちは、衛星測位の搭載ペイロードの設計から試作、製造、試験、納入、運用維持に至るまでの全般を業務として遂行しています。直近で動いていたプロジェクトは「みちびき」5、6、7号機に搭載される測位ミッションペイロードの開発で、2023年12月までに3機の納入を完了したところです。測位衛星用ミッションペイロードの開発は初号機からすべてNECが担当し、今回の5、6、7号機の運用が開始されれば、晴れて「みちびき」の7機体制が実現します。
──7機体制になると何が変わるのでしょうか。
今村 現在の4機体制では、8時間ごとに1機の衛星が日本上空に位置し、24時間を3機+予備の1機でカバーしています。7機体制になると、常に4機が上空に見えるようになります。これにより、測位精度が向上するとともに、米国のGPS衛星に依存しない「みちびき」単独での測位が可能となります。安全保障の観点からも、7機体制の実現は重要な意味を持つのです。
松村 「みちびき」の8の字を描く軌道は、日本を含むアジア太平洋地域の上空を飛行しています。日本独自の測位サービスを提供できるようになれば、アジアやオーストラリアなど他国へのサービス展開の可能性も広がるでしょう。
──「みちびき」5、6、7号機と従来機との違いは何ですか。
今村 最大の変化は、新しく「測距」の機能を採り入れたことです。高精度測距システムを衛星と地上局に搭載し、地上と衛星との距離や衛星間距離を毎秒計測することで、位置情報の誤差の原因となる衛星の軌道位置・時計のずれを改善し、測位精度の大幅な向上を実現します。
加藤 測位精度が上がれば、ユーザーが受けられるサービスの幅も広がります。例えば、自動運転の実現可能性も飛躍的に高まるでしょう。
松村 とくに沖縄など中低緯度の地域は電離圏の影響を受けやすく、測位に乱れが生じることもあるのですが、測距の機能も組み込んだシステムを活用することで、こうした地域制約の低減も期待されます。「みちびき」の7機体制と測距の組み合わせにより、自動運転やIT農業、防災・安否確認など、さまざまなシーンに貢献できると考えています。
──本プロジェクトには、どれだけの部門やグループ会社、メンバーが携わっているのでしょうか。
橋本 「みちびき」のプロジェクトは、搭載ペイロードの開発部隊と地上システムの開発部隊に分かれています。搭載ペイロードの部分だけでいうと、我々の部門のほかにも、NEC内にはペイロードの試験や検査をする部隊、衛星に搭載する際の熱設計や構造設計、ハーネス設計をそれぞれ担当する部隊などがあります。それに加えて、搭載コンポーネントを開発するNECスペーステクノロジーなどのグループ会社、プロジェクトを支援してくださるビジネスパートナーを合わせると、メンバーは100名近くに上ります。規模としては、かなり大きいですね。
計測精度の限界に挑戦した新ペイロード開発
──「みちびき」5、6、7号機のプロジェクトでは何に苦労しましたか。
加藤 大規模なプロジェクトなので、全体の進捗状況をリアルタイムで把握するのが大変でした。お客さまに提出する資料や技術文書も多岐にわたり、何十人ものメンバーが携わっているため、その管理だけでも一苦労。常に何かしらの納期に追われながら、ひたすら力技で刈り取っていた毎日でしたね。
松村 進捗管理と並行して行う、トラブル対処も悩みの種でした。どんなプロジェクトにもトラブルはつきものです。それはわかっていても、リソースやマージンに余裕があるわけではありません。何を優先してリソースを振り分けるか、遅延をどこで吸収するか、といったマネジメント&コントロールには毎回苦労しました。
今村 ハードルとなったのは、やはり新しく搭載した測距システムに関連する部分です。アルゴリズムを一から設計する必要があり、それに向けた調整には苦心しました。関係各所に何度も出向いてやりとりしたのを覚えています。今思えば、それも楽しい経験です。
橋本 高精度測距システムは衛星測位の精度向上を目的として導入されたもので、大きく2つの目標精度がありました。衛星の軌道時刻推定における精度改善と、地上との時刻推定誤差の低減です。これらを達成するには、ペイロード内を信号が通過する時間をピコ秒(1兆分の1秒)レベルで推定しなければならず、まさに計測精度の限界に挑戦するようなもの。狙った精度に落着させるまでは、何度も議論と試行錯誤を重ねました。
松村 ペイロード内の信号の通過時間は、具体的には構成している1本1本のケーブルの中を信号が通過する時間を測定します。それらを高精度に測定する技術力が、NECの強みだと思います。先達の知見が我々の開発に活きているのだと、あらためて実感できましたね。
──プロジェクトを通じて、どんなやりがいや成長を感じられましたか。
橋本 新規開発にはいろいろな課題があり、それを一つひとつ解決していくなかで、少しずつ自分の成長を実感できたことはやりがいにつながりましたね。プロジェクトを通じて信頼できるメンバーや部下が増え、彼らもまた一緒に成長していることが本当に嬉しかったです。
松村 課題は多かったですが、得られた知見もたくさんありました。というのも、解決策を求めてネットや論文を探しても答えが見つからなかったのです。それはつまり、世界中でまだ誰もやっていないことに僕らは挑戦しているのだということ。今回のプロジェクトには、何にも頼らず自分たちで探り当てたアイデアやノウハウが詰まっています。これもまたチームワークの成果であり、プロジェクトの醍醐味ではないでしょうか。
今村 今回は3機同時開発や新技術の設計もあり、相当にハードなプロジェクトだったので、無事納入して一段落ついたときは本当に「やり遂げた!」という達成感が得られました。今後、開発した3機の「みちびき」が運用され、みなさんにサービスを届けられるようになった際には、もっと大きな喜びがあるのだろうなと期待しています。
加藤 もともと、私は技術者としてNECを志望したのですが、入社後、会社から管理業務を担当してほしいと依頼されまして(笑)。最初は戸惑いましたが、会社の期待に応えたいという思いと、みなさんのような優秀な技術者たちに助けられながら、なんとかプロジェクトを遂行することができました。その経験自体が得がたいものですし、自身の成長にもつながったと思っています。
みちびき7機体制で期待できることとは?
──プロジェクトの今後の予定を教えてください。
加藤 2024年度の終わり頃に5、6、7号機の1機目を打ち上げ、2025年度中に残りの2機も軌道に上がる予定です。準天頂衛星システムは、将来的には11機体制を目指しているので、開発はまだまだ続きます。その間に現行機のリプレースもしていかなければなりません。終わりのないゴールに向けて、地道に開発を継続していくことが我々の仕事です。
──今回のプロジェクトは、社会にどんな価値をもたらすと思いますか。
橋本 「みちびき」の7機体制が実現すれば、他国のシステムに頼らない単独測位が可能となり、国のインフラとしての安全性とサービスの向上が実現できます。より正確な位置を確認できる登山用のナビゲーションや災害救助への活用など、これまで以上に幅広い価値を社会に提供していきたいですね。
松村 準天頂衛星システムの開発と維持運用は、国にとっても重要な宇宙政策に位置付けられています。その中核となるのは、ペイロードの技術にほかなりません。私たちがそこを担っていくことは、国におけるNECの地位や競争力の維持と向上につながり、会社の価値向上に寄与するものだと自負しています。
加藤 測位事業は、NECの衛星開発の基盤を支えるビッグプロジェクトであると同時に、皆さまの生活を豊かにする社会インフラです。今後、高精度な測位サービスをさまざまな技術と組み合わせることで、社会に更なるイノベーションを起こすきっかけになると信じています。
準天頂衛星システム「みちびき」は、位置情報サービスの提供により、交通や物流、農業、建設などの産業発展を支える国の基幹インフラです。重要な国家インフラを他国のシステムに依存することには不安があるため、今回のプロジェクトで実現する7機体制の「みちびき」単独運用には、大きな期待が寄せられています。
「航空宇宙技術遺産※」に認定されました!
2024年4月、準天頂衛星システム「みちびき」は「準天頂衛星と静止衛星による高精度衛星測位システム」として、一般社団法人 日本航空宇宙学会から「航空宇宙技術遺産※」に認定されました。
内閣府様、JAXA様、三菱電機様とともに受賞しました。
- ※「航空宇宙技術遺産認定制度」とは、今後の航空宇宙技術の発展に寄与することを目的として、日本の航空宇宙技術発展史上の画期的な製品および技術に対して認定するもの。