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光海底ケーブルシステムを支える大容量光伝送技術

Vol.68 No.3 2016年3月 新たな価値創造を支えるテレコムキャリアソリューション特集

世界各国を光ファイバで結ぶ光海底ケーブルシステムは、国際通信ネットワークを支えるインフラとして、重要な役割を担っています。本稿では、最新の光海底ケーブルシステムの概要、主要機器であるデジタルコヒーレント端局装置、海底伝送路、海底中継器、海底分岐装置を紹介するとともに、今後の大容量化にむけた技術の動向について概説します。

1. はじめに

海底ケーブルシステムの歴史は長く、NECは1968年に海底ケーブルシステム事業をスタートし、これまでに数多くの敷設実績を有しています。

図1に、1970年以降の海底ケーブルシステムに関する技術の遷移を示します。海底ケーブルは80年代に同軸ケーブルから光ケーブルに移行し、更に、90年代に光直接増幅技術が導入されると、波長多重方式との組み合わせにより伝送容量が飛躍的に拡大し、現在では国際通信インフラとして不可欠なものとなっています。また、2010年以降、デジタルコヒーレント方式の本格的な実用化に伴い、伝送路における各種信号劣化の大部分を受信機で補償することが可能となり、光海底ケーブルシステムの構成は大きく変わっています。本稿では、デジタルコヒーレント時代における光海底ケーブルシステムと、それを支える光伝送技術/装置について紹介します。

図1 海底ケーブルシステムにおける技術の遷移

2. 現在の光海底ケーブルシステム

光直接増幅方式による光海底ケーブルシステムの伝送容量、及び主要技術の進展を図2に示します。光海底ケーブルシステムの伝送容量は、ここ最近の5年間で飛躍的に伸びており、1ファイバペアあたり10Tb/s(100Gb/s-100波)の大容量波長多重伝送が可能になっています。この大容量化の鍵となる技術がデジタルコヒーレント技術であり、光ファイバ伝送で生じる線形的な信号劣化を、デジタル信号処理により電気的に補償することが可能になっています。

図2 伝送容量の進展

このため、伝送距離を制限する要因である光ファイバ内波長分散による制限が理論上無くなり、光信号の高速化、大容量化に加えて、光信号のルート変更が容易に行えるようになっています。

図3に、光海底ケーブルシステムの構成例を示します。陸揚げ局の伝送端局装置として、デジタルコヒーレント方式のトランスポンダを配置し、伝送路にはEr3+ドープ光増幅器を搭載した海底中継器と、低損失かつ有効コア断面積を拡大した光ファイバを交互に配置しています。伝送路中に累積した波長分散については、基本的にトランスポンダ内のデジタル信号処理によりすべて補償するため、伝送路中ではいっさいの波長分散の管理が不要となっています。この点が、デジタルコヒーレント方式の導入により、従来の伝送路から大きく変わった部分と言えます。

図3 海底ケーブルシステムの概要

海底ケーブルを分岐する海底分岐装置には、給電経路を切り替える機能とともに、波長単位で光信号の経路を切り替えるROADM(Reconfigurable Optical Add/Drop Multiplexer)機能が導入されつつあります。光信号の経路を切り替えた場合には、伝送距離が変わり、それに伴い累積する波長分散量が変化します。デジタルコヒーレント方式では、アダプティブに分散補償量を最適化することができるため、光海底ケーブルにおいてもダイナミックなROADM機能が実現可能となっています。

これらの技術の適用により、太平洋横断クラスの超長距離海底ケーブルシステムにおいて、最大80Tb/s(10Tb/s-8ファイバペア)の大容量、かつ柔軟なROADMネットワークが実用可能になっています。

次に、これら最新の海底ケーブルシステムを支える主要機器及び技術について紹介します。

3. 光海底ケーブルシステムの主要機器

3.1 デジタルコヒーレント海底端局装置

写真1に、デジタルコヒーレント技術を適用した100Gb/s海底端局装置の外観を示します。端局装置は、トランスポンダ部(写真 左)と波長多重分離部(写真 右)で構成されています。トランスポンダ部には、デジタルコヒーレント方式を適用した光送受信機を搭載しており、1波長当たり100Gb/sの偏波多重光信号を送受信し、光ファイバ伝送路で発生した波形劣化を電気処理で補償するとともに、更に符号誤り訂正を行うことにより、太平洋横断クラスの超長距離伝送においても高品質な通信を可能にしています。また、波長多重分離部では、各トランスポンダの光信号を、最大100波長の波長多重分離をするとともに、海底機器の監視制御信号を送受信する機能を有しています。

写真1 100Gb/s海底端局装置

3.2 海底伝送路

デジタルコヒーレント技術の導入により、海底ケーブルシステムの伝送路である光ファイバに求められる性能は大きく変化しています。デジタルコヒーレント導入以前は、光ファイバが持つ波長分散特性を考慮して、累積波長分散がゼロとなるように管理する伝送路設計方法が一般的でした。

図4に、海底伝送路における波長分散マップ設計の遷移を示します。10Gb/s OOK方式(On Off Keying)の時代は、ノンゼロ分散シフトファイバNZDSF(NonZero Dispersion Shifted Fiber)と分散補償ファイバDCF(Dispersion Compensation Fiber)が用いられ、NZDSF伝送路内で蓄積する波長分散を、周期的に配置したDCFで補償するとともに、最終的に残留した波長分散を端局装置内で波長ごとに補償する方法が用いられてきました。その後、一中継スパン内に、正と負の分散値を持つ光ファイバを一定比率で組み合わせた分散マネジメントファイバ(Dispersion Management Fiber:DMF)の導入により、更に高度に分散管理することが可能となり、40Gb/sの高速信号の伝送路として用いられてきました。これら波長分散を管理した伝送路では、海底地震などで切断された海底ケーブルを修理する際に、分散設計を考慮した高度な保守が必要となっていました。

図4 海底伝送路における波長分散マップ設計の遷移

これに対して、デジタルコヒーレント技術の導入により、伝送路における波長分散管理が不要となり、現在では図4(右上)のようにシンプルな波長分散マップ設計が用いられており、修理保守も容易となっています。また、光ファイバも低損失化、低非線形化に注力した高性能化が進展しています。

3.3 海底中継器

1990年代の光直接増幅方式の導入に伴い、海底中継器にはEr3+ドープ光増幅器が搭載され、大容量伝送において重要な広帯域、高出力、低雑音という優れた光学特性と高い信頼性を実現しています。写真2に海底中継器の外観、図5に海底中継器に波長多重信号を入力した際の光出力信号のスペクトル特性を測定した例を示します。高精度な利得等化技術により、信号増幅帯域36nm以上にわたり、信号間利得偏差0.1dB以下の利得平坦特性を実現しています。この優れた利得平坦特性によって、100台以上の海底中継器を多段接続することが必要な太平洋横断クラスの海底ケーブルシステムにおいても、帯域内の波長間で高品質かつ均質な伝送特性を提供することが可能となっています。

写真2 海底中継器
図5 海底中継器の光出力スペクトル特性例

3.4 海底分岐装置

海底ケーブルシステムでは、複数の国や地域を効率的に結ぶため、海底分岐装置により海底ケーブルを分岐する方法が適用されています。写真3に海底分岐装置の外観を示します。海底分岐装置では、1本のケーブルを2本のケーブルに分岐しており、ケーブル内の光ファイバ伝送路と給電伝送路を分岐しています。

写真3 海底分岐装置

海底中継器への電力供給は、陸上に設置された給電装置により行われます。海底分岐装置は、陸上からの遠隔制御により給電経路を切り替える機能を有しており、ケーブル障害時に給電経路を切り替えることで、ネットワーク回線への影響を最小化しています。

近年、陸上で普及が進んでいるROADM方式が海底ケーブルシステムにも導入されつつあります。図6に、現在主流となっている海底ROADM機能を示します。

図6 海底分岐装置におけるROADM機能

現在の海底ROADM方式としては、海底分岐装置内に複数の波長フィルタを搭載し、回線需要の変化に応じて陸上からの遠隔制御信号により、波長フィルタを選択する方式が適用されています。今後は更なるフレキシビリティの向上のために、陸上と同様にWSS(Wavelength Selectable Switch)などの技術が、海底にも導入されていくものと思われます。

4. 今後の技術動向

今後の光海底ケーブルシステムとしては、増加の一途をたどる国際間のトラフィック需要を支えるために、更なる伝送容量の大容量化を進めていく必要があります。

伝送容量拡大に向けて取り組むべき各要素技術を、図7に示します。光送受信技術としては、高次の多値変調方式導入による周波数利用効率拡大、伝送路で発生する線形/非線形劣化の補償能力向上及び符号誤り率訂正利得向上による伝送品質の高品質化が挙げられます。海底伝送路技術としては、中継器増幅帯域の拡大、光ファイバのマルチコア化による信号波長数の拡大が挙げられます。今後、NECではこれら技術の開発に取り組み、光海底ケーブルシステムの大容量化を図っていきます。

図7 伝送容量拡大に向けた主要技術

5. むすび

光海底ケーブルシステムは、現在の国際間通信システムを支えるネットワークインフラとして不可欠なものとなっています。NECは40年以上にわたり蓄積した経験と実績をもとに、更なる技術開発に努め、光海底ケーブルシステムの提供を通して、世界の国々を結ぶネットワークの発展に貢献してまいります。

執筆者プロフィール

間 竜二
海洋システム事業部
エキスパート