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群衆行動解析技術を用いた混雑推定システム

Vol.67 No.1 2014年11月 社会の安全・安心を支えるパブリックソリューション特集

安全・安心な社会の実現に向け、防犯カメラの映像に映像認識技術を適用することで、さまざまな社会的課題の解決を図るニーズが高まっています。

本稿ではNECの映像認識技術を用いた群衆行動解析技術とその実現例として、混雑推定システムへの取り組みについて紹介します。

1. はじめに

近年、安全・安心な社会の実現に向け、交通ターミナルや商店街をはじめ、不特定多数が集まる街頭や公共施設に、数多くの防犯カメラが設置されるようになっています。大量に設置されたカメラ映像の全てを人手で確認するのは困難なことから、自動的に異常を検知する映像解析技術のニーズが高まっています。特に街頭や公共施設でよく見られる混雑した環境では、事件や事故の発生リスクが高いため、混雑環境下でも異常性を解析可能な映像認識技術が強く求められています。2020年には東京でオリンピック開催が予定されていますが、世界中から観客が会場周辺に集中することで発生する混雑への対処は大きな社会的課題であり、今後、混雑環境の解析技術の重要性は更に高まると考えられます。

本稿では、こうしたニーズに応えるため、混雑環境での異変を検知する群衆行動解析技術と、この技術を応用した混雑推定システム及び市場での応用例を紹介します。

2. 群衆行動解析技術

(1) 個人ではなく"群"を扱う

従来の防犯カメラに対する映像認識技術は、人物を一人ひとり検出し個別に追跡する技術をベースとしたアプローチが中心でした。本技術は従来と異なり、個々の人物を検出・追跡せず、図1に示すように群衆を個の集まりではなく“群”として扱います。このために、画面をメッシュで分割し、その分割単位で解析を行います。もともと重なっている人々の塊をそのまま解析することで、人同士の重なりにも適応できます。これにより、従来技術では混雑によって人の重なりが大きく解析が難しい状況や、追跡すべき人数が多すぎて処理が重くなる状況でも、群衆の状況を高精度に把握できます。

図1 従来のアプローチと群衆行動解析

(2) 群衆の変化を解析

混雑環境下では、何らかの異常が発生しても防犯カメラからは十分見えず、従来の手法では異常の検知が難しい場合が多くあります。一方、図2に示すように、異常によって変化を受ける範囲は個人にとどまらず、周りにいる群衆や集団にも波及することが想定されます。例えば人が倒れると、周りの人々が立ち止まったり、倒れた人を取り囲んだりといった変化が生じます。

図2 群衆行動解析による異常検出

群衆行動解析技術では、このような群衆や集団の変化を人々の塊単位の解析によって捉え、混雑環境下における異常を検知します。具体的には、図1下のように画面上をメッシュで分割し、メッシュ単位で人々の密度と流れの2つの特徴量を抽出します。そして抽出された密度と流れの特徴量の変化から、図3に示すような異常混雑や集団で逃げる行動、取り囲み行動や集団滞留といった異変を検知することができます。

図3 人々の密度や流れの特徴から群衆変化を検知

例えば、非常に密度が高い状況が一定時間持続すれば、異常混雑であると判定できます。また大きな流れが急に発生すれば、何らかのパニック状態が現場で発生したために、集団で逃げる行動が生じたと推定できます。また特定個所の流れがなくなり、かつ密度も高い状態が一定時間持続していれば、そこには取り囲みや集団滞留が発生していると推定できます。この状態は、先に挙げた異常混雑を引き起こす前兆として捉えることもできます。このように密度と流れの特徴量を抽出することで、群衆や集団のさまざまな異変を検知できるようになります。

(3) シミュレーション画像を使った比較・照合

群衆行動解析技術では、メッシュごとの混雑度合いを推定するために、シミュレーションによって合成された人物同士の重なりを表す混雑状態の画像と、実際のカメラ映像を比較・照合しています。ただ、混雑度合いを正確に推定するには大量のサンプル混雑画像が必要で、これらサンプルを現実の防犯カメラを使い、混雑状態の網羅性とプライバシーの問題を考慮しながら大量に収集することは非常に困難です。そこで図4のように、あらかじめさまざまな向きに撮影された人物画像を用意して、それらをシミュレーションによって合成し多様な混雑状態を示す画像を網羅的に作ることで、人手で大量のサンプルを準備した場合と同等以上の性能を確保しています。

図4 シミュレーションによる群衆パッチの生成

3. 混雑推定システムの紹介

前節で述べたように、群衆行動解析技術では、カメラ映像を使って画面上の場所ごとに混雑度合いと流れを正確に推定することができます。この技術を利用した一例として混雑推定システムを紹介します。

図5は最もシンプルな構成の混雑推定システムです。カメラにIPカメラを採用することで、ネットワークを介して混雑推定用PCに映像を入力しています。

図5 混雑推定システムの構成例

本システムでは、IPカメラで撮影した映像から、リアルタイムにその瞬間のエリアごとの混雑度合いや群衆の移動方向を可視化することができます。また時々刻々と変化する混雑状況をグラフにして表示することも可能です(図6)。

図6 混雑推定システムのUIイメージ例

ヒートマップ表示では、推定した混雑度合いをエリアごとに色分けして表示することで、どのエリアが混雑していてどこが空いているのかをひと目で把握できるようにしています。

本システムは既に設置済みのカメラを利用して構築することも想定しています。例えば既設のIPカメラから1秒間に1枚程度の映像を取得するだけで解析が可能なことから、設置コストをかけずネットワーク負荷も高めることなく、非常に低コストでシステムを構築することが可能です。

4. 市場における利用例

(1) 鉄道市場における利用例

具体的な利用アプリケーションの例として鉄道における利用を紹介します。

図7は駅のホームに設置された監視カメラ映像を混雑推定システムで解析し、ホームにいる乗降客の混雑度合いについて、時刻ごとの変化をグラフにした例です。このグラフでは6時台に発生した事故の影響でホームの乗降客が次第に増えて混雑しています。8時過ぎにはホームから人があふれるほどの混雑となりましたが、8時15分に列車の運行が再開すると混雑が一気に解消されています。

図7 ホームでの混雑推移グラフ(例)

このようにホームやコンコースの映像を混雑推定システムで監視し、異常な混雑が発生した場合にはアラームを発報することで、ホーム転落といった事故の未然防止、適切な駅構内の警備が可能となります。

(2) 空港市場における利用例

次に、空港の保安検査場における混雑推定への応用例を紹介します。手荷物に不審物が含まれていないかを検査する保安検査場は、利用客が集中すると通過に時間が掛かるようになります。空港事業者は保安検査場の監視カメラに混雑推定システムを組み合わせることで、保安検査場の混雑度合いをリアルタイムに把握することができるようになり、検査機のゲート数や対応人員を増やしたり、隣の検査場に誘導したりといった運用が可能となります。更に空港利用客向けには、保安検査場の混雑度合いから検査場を通過するのに掛かる時間を予測して知らせることで、利用客側でも出発までの時間を有効に使って行動することが可能になります。

(3) 警察の雑踏警備における利用例

繁華街に設置された街頭防犯カメラや交差点のカメラに混雑推定システムを適用することで、大きなイベントの終了時などに、街頭にあふれる人の流れを警備する業務に役立てることができます。先に紹介したヒートマップを用いることで、そのときにどの交差点や道路に人が集中しているかがひと目でわかります。この情報を元に、空いている道路を迂回路として動的に誘導することが可能となり、混雑の分散化が図れます。更に、取り囲みや集団滞留、その他のパニック行動も検知することで、事件や事故をいち早く察知して現場に警察官を向かわせることで、市民の安全を確保することも可能となります。

5. 混雑状況の予測

混雑推定システムでは刻々と変化する混雑度合いのデータを継続的に蓄積することができます。長期間にわたって蓄積したデータを、ビッグデータ解析技術と組み合わせることで、朝と夕方の通勤・通学時間帯における混雑パターンの違いや曜日ごとの特性、年間を通じた混雑推移の傾向などの特徴を見出すことも可能です。また、この特性や傾向から、特定の時間帯や曜日、季節ごとの混雑度の予測ができるようになります。事業者は、予測された混雑度に応じて、最適な人員配置計画や混雑を解消するための設備投資計画を立てることができます。

6. むすび

以上、群衆行動解析技術とその実現例として混雑推定システムへの取り組みについて紹介しました。NECはセーフティ事業の拡大に向けた映像解析ソリューションの開発に積極的に取り組むことで、安全・安心な社会の実現を目指します。

執筆者プロフィール

宮崎 真次
交通・都市基盤事業部
航空第五システム部
エキスパート
宮野 博義
情報・メディアプロセッシング研究所
主任研究員
池田 浩雄
情報・メディアプロセッシング研究所
主任
大網 亮磨
情報・メディアプロセッシング研究所
主任研究員

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