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赤外線カメラの画像処理技術と応用例
Vol.67 No.1 2014年11月 社会の安全・安心を支えるパブリックソリューション特集赤外線カメラの低価格化、高性能化の進展に伴って市場の裾野が広がるとともに、ニーズも多様化しています。最近では社会の安全・安心を守るための非破壊検査装置として、大きな注目を浴びています。本稿では、非破壊検査に必要とされる高解像度化に向けた画像処理技術とともに、赤外線カメラの応用事例について紹介します。
1. はじめに
赤外線カメラは被写体が放射している赤外線を検知して画像化することから、「暗所での撮影が可能」「被写体の温度計測が可能」といった、可視カメラにはない特長を有しています。近年、急速な高性能化と低価格化によりさまざまな分野で赤外線カメラの利用が拡大し、市場の裾野の広がりとともにニーズも多様化しています。従来、国内市場では主に研究・開発分野での温度計測分野を中心に普及してきました。最近では工場のプラント設備や建築物、道路などの維持管理といった、特に社会の安全・安心を守るための非破壊検査装置としても大きな注目を浴びています。まさに、NECが目指す「人と地球にやさしい情報社会」を実現するための重要なキーデバイスとなっています。
本稿では、非破壊検査に必要とされる高解像度化に向けた画像処理技術とともに、赤外線カメラの応用事例について紹介します。
2. 「複数枚超解像処理」による空間分解能の向上
例えばコンクリート内部にクラック(亀裂やひび割れ)が存在する場合、クラックの影響によりコンクリート表面に温度分布が生じるため、赤外線カメラを用いてコンクリート内部の異常検知が可能となります。ただ、構造物診断の対象となる測定対象物は高所や遠方にあることが多いため、遠い距離でも微小な温度分布を検知できるような高い空間分解能と、温度分解能が必要となります。高画素の赤外線カメラほど高所や遠方の撮影に適しているだけでなく、空間分解能を落とさずに一度に広いエリアを撮影できるため、作業効率が高くなります。しかしながら、近年の赤外線画像センサ開発は高画素化よりも狭ピッチ化・低価格化に注力されており、市販カメラの画素数増加はそれほど進展していません。また、高画素のセンサを搭載した赤外線カメラほど高額になるため、市場拡大の障壁となっていました。
日本アビオニクスでは、「より高画質な赤外線カメラを安価に導入したい」という市場の要求に応えるため、ソフトウェア処理によって画素数や空間分解能を向上させる技術「複数枚超解像処理」機能をサーモカメラに搭載させました。
複数枚超解像処理の概要を図1に示します。連続する複数枚のフレームを参照して高度な演算を行い、映像の“ぼやけ”や“ちらつき(ノイズ)”を抑えながら、被写体が本来持つ緻密さを、解像度を高めながら復元する技術です。複数枚の画像を正確に重ね合わせ、手ぶれなどによって発生する1画素未満のずれを利用して画素間の情報を補間することにより、実際に画素数を4倍、空間分解能を約1.5倍に向上させることが可能となりました。図2には320×240画素の赤外線カメラに対して超解像技術を適用した例を示しています。微小な温度変化が、より鮮明になっていることが確認できます。このように超解像画像処理では、既存の解像度のセンサを活用してより高解像度な画像データを取得できるため、装置導入時のコストを抑えることができます。また、複数枚の画像を重ね合わせることによりランダムノイズが軽減されることから、高い温度分解能という要求にも応えることができます。
本機能をカメラに実装した弊社製の「インフレック R500シリーズ」(写真1)は640×480画素のセンサを搭載していますが、超解像モードにより4倍の1280×960画素で静止画を記録することが可能となります。すなわち、640×480画素の価格帯のカメラで120万画素の高画質な画像を記録できるようになることを意味します。図3と図4にインフレック R500で撮影した画像例を示します。この画像では、超解像による高解像化を分かりやすくするために、画像の1/4を切り出して拡大表示しています。超解像により空間分解能の高い、より鮮明な画像が得られることが分かります。
ただし、この複数枚超解像処理を実現するには非常に高度な演算処理が必要とされるため、PCなどのハイスペックなCPUやメモリが必要となります。本技術の赤外線カメラへの適用は、ドイツのTESTO社が先駆けてPCソフト上で実現しましたが、赤外線カメラ本体への機能実装は弊社が初めてです。弊社が開発した技術は、演算の最適化による処理時間の短縮化を実現することにより、従来困難であったカメラ自体への搭載を可能とし、被写体本来の緻密さを撮影現場で高速かつ高精細に復元することを実現しました。また、復元された画像データの温度精度が、製品スペック内に納まっていることも重要なポイントです。
超解像技術の今後の展開としては、より解像度の高いセンサと組み合わせることで市販最高レベルの高画素モデルを開発するだけでなく、低画素なセンサと組み合わせて、低価格ながらも高画質なモデルを開発することも可能となります。加えて、処理速度の更なる高速化により、動画ベースでの「リアルタイム超解像処理」の実現が期待されます。
3. 赤外線カメラの応用事例
ここでは、構造物診断への赤外線カメラの応用事例として、道路の橋梁点検を紹介します。従来、橋梁点検では打音検査が主に行われていますが、写真2の点検事例に示すように特殊な車両が必要とされます。そのため、点検確認個所の効率的な抽出が、打音検査に要する時間及び費用削減に効果的です。
図5に橋梁点検の結果事例を示します。図5(a)の可視カメラ画像では異常を検出することはできていませんが、図5(b)の赤外線カメラ画像では不均一な温度分布を確認することができています。この事例では、特異な温度分布の個所は打音検査により、確かに異常が生じていることが確認されています(図5(c)参照)。測定対象物となる橋梁が特に遠方や高い位置にある場合は、第2章で説明した超解像による高解像度化が、異常個所検出に効果的です。また、赤外線センサの高感度化、画像処理技術の進展、測定のノウハウ蓄積により異常個所の更なる検出確率向上が期待されます。
4. むすび
以上、赤外線カメラにおける高解像度化技術と構造物診断への応用事例について紹介しました。赤外線カメラの低価格化・高性能化はこれからも進展すると考えられ、適用市場はますます拡大するものと期待されます。日本アビオニクスでは、単に「赤外線カメラ」というハードを提供するだけではなく、お客様とともに測定ノウハウを蓄積し、NECグループが提供する社会ソリューションの価値をよりいっそう高めるよう開発を進めてまいります。
本稿の作成に当たり、橋梁点検に関するデータを西日本高速道路エンジニアリング関西株式会社様より提供していただきました。ここに感謝の意を表します。
執筆者プロフィール
日本アビオニクス
赤外・計測事業部
主任
日本アビオニクス
赤外・計測事業部
マネージャー